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欲に頂きなし

 怒涛の数日を終えて久しぶりに『麗しの我が都 ヴィルドファーレン』に戻る。

 村と呼ぶのはもう止めた。

 今のヴィルドファーレンは、夜だというのに往来には人が重なり、どの路地にも魔法の明かりが灯る、商店には品物が所狭しと並び、飲食店にも広間にも喧騒と活気が満ちあふれる大都会だ。

 故郷パラケルスはあんなに寂れているのに宿場街と呼ばれている。ならヴィルドファーレンはパラケルスなど比較にならぬほど栄えているのだから村と呼ぶのはもはや不適切だろう。


 僅か一年、本当の僅か一年の激変だった。

 なんて言うんでしょう? いわゆる高度成長ってやつですか?

 成長のきっかけは苦し紛れに始めた”魔力の個宅販売事業”の特需だった。


 魔力の個宅販売事業はヴィルドファーレンマギウスサプライ公社が行っている。

 契約者宅まで魔法結線を引いて、お宅にライトの魔法陣が刻まれたランタンをつなぐ。

 夜になると公社は魔力を供給するので、お宅のランタンがペかーっと光る。

 まぁ便利なモノではあるが全くウケなかった。

 なにせライトの魔法は使える人が多いので、幾ら王都に出張って『灯りを売ります』と言っても見向きもされない。

 顧客も明かりを大量に使う商店か、警備がわりに常夜灯を置く小金持ちくらいしかいなかった。


 そして、これは自分も悪かったのだが、どの村民にもお仕事をと思い、力仕事ができない”ご高齢のおじさまに”に販売員をやってもらったのだが、このマイナスインパクトがマジスゴくて……。

 『マッチ売りのおっさん』

 メラビアンの法則がこの世界でも通用するのだと痛感しました。もちろん心傷ついたおじさま方には土下座で謝らせて頂く。


 そこで構造改革!

 まずライトの魔法のサービスは止め、売る物を必需品から贅沢品に切り替える。贅沢といってもモノの贅沢ではなく体験の贅沢だ。

 そうして思い付いたのが、マギウスクーラー。

 今年は暑い夏だったので、マギウスランタンに替えて涼を売ることにしたのだ。


 名前こそ御大層なマギウスクーラーの仕組みは超簡単だ。

 二枚の木の板の間に魔法陣を描いてニカワで接着。無理に開くと魔法陣が壊れるプロテクトをかけ、魔法結線を繋いで天井に吊す。

 魔力を流すと魔法が顕現して板が冷え、氷式冷蔵庫よろしく天井付近から冷気が降りて部屋をひんやりと冷やす。

 利用料金は月額にするために、魔力供給線に魔法陣を描いた木製のヒューズチップを設けて、それがないと動作しないようにする。

 ヴィルドファーレンマギウスサプライ公社は、月初に大魔力を魔法結線に流してヒューズを切る。ユーザーが継続してマギウスクーラーを使うにはヒューズを買わなければならない。このヒューズ代が利用料金というわけだ。

 マギウスクーラーは毎日使っても一回だけ使っても同じ料金なので不公平感はあるが、殆どの人が快適温度を求めて毎日使ってくれるので不満は起きない。

 なおヒューズは前払いで買ってもらうので、月初にヒューズが切れてもマギウスクーラーが使えなくて困る人は出ないという寸法だ。


 さて、モノが決まればプロモーションも変えねばならん。

 セールスはしない。向こうから欲しいと言ってもらうためには良さを体験してもらうのが一番なので、数件の宿屋と交渉して、無償でマギウスクーラーとパンフレットを置かせてもらうことにした。

 宿屋へご飯を食べに来たお客様に涼を体験して頂き、「なんだ! 夏なのにこの涼しさは!」と注意を引き、マギウスクーラーに関心を持ってもらうAIDMAモデル。

 久しぶりにサラリーマンスキル使っちゃったぜ。

 ターゲットは中流家庭なので、もちろん価格もお手軽にする。


 仕上げは購入を決意させる最後のひと押し。

 マッチを売るならおっさんよりも少女がいいワケで、お財布の紐を緩めるには理性を緩めるのが一番なので、安直だがお色気を使わせていただく。

 宿屋のすぐ近くに申し込み所を設営して、ちょっと可愛い寄りの美人を雇って売り子にする。

 魅惑げに太ももがチラッと見える、神○屋ライクな制服を着させて黄色い声で「旦那さまステキですぅ」なんて接客させる。

 人は残念なほど欲望に素直。押せるやる気スイッチは素直に押させていただく作戦。


 快適を売るインフラ事業は王都でも初だったのと、体験プロモーションが功を奏して、マギウスクーラーはたちまちバイラルを引き起こし王都の話題をさらった。

 特に真夏の暑い日を狙ったのは実に良いタイミングだった。

 クーラーなんていう究極の快適アイテムを知った王都民は、もう昔の生活には戻れない。

 真夏の涼を体感した人々は、家でも涼しく過ごしたくなり、こぞってマギウスクーラーを求める。

 贅沢品が生活必需品になるのは時間の問題で、後は雪だるま式に契約者が増え、打出の小槌のようにお金が降って湧いてきた。

 そして部屋が冷えるならばと、商人は勝手にアイデアを膨らまし、今度は食品の運搬をする荷馬に『食糧品を日持ちさせる為のマギウスクーラーが欲しい』と問い合わせが来るまでになった。

 もう向こうから勝手に金が転がり込んでくるようなもの。

 他のお貴族様が人頭税をかけるご時世に、人様のお役に立って、かつ面白いように儲かるなんて素晴らし過ぎる。


 ヴィルドファーレンマギウスサプライ公社の売上は莫大で、約百万王都民の四十パーセントが月額五十ロクタンのマギウスクーラーの利用料金を払うので、約二千万ロクタンの月商となる。

 前の世界の物価に換算すると約六億円の月売上!

 対して費用は公社の社員給与と原料の木材費くらいなので利益率は七割に達し、毎月一千四百万ロクタンの現金が転がり込んでくる。

 これは全村民の衣食住を全て提供してもお釣りが来るほどの額だ。

 この収益を全て公社のモノにすると大変な事になるので、公社ではあるが六割の法人税をかける。ヴィルドファーレンに税制がある訳ではないが、収益事業をやっているのだから公社に納税義務を設けてもよかろう。

 法人税により八千万ロクタンの金が月々ヴィルドファーレンに入るので、まずは八割もあった村民税を二割に下げることにする。そして有り余る金はヴィルドファーレンのインフラ投資に振り向ける事にした。

 社会保障に使う案もあったが、配給や住居の提供など最低限の保障は既にあるし、いま金があるからと大盤振る舞いすると、後に引けなくなるので議会には自重を促しておく。

 優しい世界の住人は、もう忍土には戻れない。

 そうしてバラマキの果てに破綻しそうになった国から来た身なので、ここは慎重に行きたい。


 インフラはもともと不足していた住居の増床、灌漑の整備、そして議会が提案して可決された官営工場に振り向ける。

 真っ先に作ったのは木材加工公社。

 丸太を加工できるようになると、建築材料と燃料が同時に手に入るので村の基礎収支が一気に楽になる。

 ついでに木の皮から紙が作れるので製紙公社も作る事にした。樹皮紙は草根紙より室がいいので少々くすんだ色でも高値で売れて利益率も良い。

 ついでに僕、ヴィルドファーレン領主の特権で印刷公社も作らせる。鉛もしくは鉄と紙があれば印刷は可能だが、なぜかこの世界では印刷物を大量生産する発想がない。本は住民知識の飛躍的な向上に寄与するので、地味だが必須の成長ファクターだ。

 また印刷技術があると、今まで手描きだったマギウスクーラーの魔法陣も印刷で作れるようになるので、劇的な作業効率の向上になる。それでも魔法陣のプロテクトエリアは引き続き手描きなので、仕事が無くなることはない。


 産業が起こり金が回りはじめると、儲け話に目ざとい王都の商人がヴィルドファーレンに分店を出したいと言ってきた。

『パーンは怖いが金は儲けたい』

 全く人の欲ってぇのは際限がないものだ。

 だがこちらとしては好都合である。村が大きくなるにつれ、どういうメンタリティか分からないがパーンやバブルの王都入街が難しくなったので、この申し出は実にありがたく、議会は市場の一角に警備区画を作り『小王都市場』と名付けて、プロフィットシェアのショバ代を払うことで商売の許可を与えることにした。

 最初に出店が進んだのは食料品や被服などの消費財だったが、売れ行きが良いと分かると王都で口コミが広がったのか、次第に菓子や家財道具などの贅沢品も売られるようになった。

 規模こそ小さいが、今や名前に負けない大市場だ。


 商工業が発展すると逆に働き手が足りなくなってきたので、議会は何名かの交渉上手を見繕い、ヘッドハンターとして各都市に送り出す事にした。

 ヘッドハンターはガウべルーア人、ハブル、パーンからバランス良く人選する。

 パーンからは鳥系のヘッドハンターがたくさん選ばれた。彼ら彼女らは力が弱くて肉体労働は苦手だか、喋りが上手く、というか日がな一日喋り続けて手が疎かになるくらいなので適材適所が見つかってよかった。

 ヘッドハンターは各都市のスラムに住むパーンや最下層でこき使われるガウべルーア人やバブルなどに対して人種を問わず声をかける。

 スラムに住まうパーンは警戒心が強い。

 王都の情報も入らないのでヴィルドファーレンのことも全く知らず、声をかけると人さらいかと思い逃げてしまう。

 そこでヘッドハンターは敢えてぼろボロの服を着てスラムに潜り込み、影響力の強い声の体と大きいパーンに狙いを定めて接触する。

 パーンは心を開けは思いが通じ合うので、仲良くなれば話しは早い。

 バブルのヘッドハンティングはもっと簡単だ。下働きのハブルなど使い捨てなので、雇い主には少々の金を握らせれば簡単に譲ってくれる。


 三か月ほど近くの都市を巡回しただけだが、住人は予想以上に集まり、村の人口は一気に五万を超えるほどになった。

 だが実はヘッドハンターはそんなに街を巡回していない。

 ハブルのヘッドハンターが王都周辺を彷徨いていた昔の野党仲間に声をかけたことで、元ヤンキーがこぞって仲間になったからだ。

 もちろん居住条件は改心する事。

 なんて条件を突きつけると当然元ヤンは「これからは真人間になって頑張ります」と言うわけだが、いきなり信じるわけには行かないので、暫くは準村民として住民監視のもと野良仕事から始めてもらうことにした。

 ハブルは乱暴な気質だ。チャンバラをすれば容赦なく人の頭を竹刀でポカスカ叩くし、買ってきた甘葉やお菓子を本人の許可もなく勝手に食うし、何かにつけ楯突いてきて言葉は荒いし、それが野党ならばきっとヴィルドファーレンには馴染まないだろうと思いきや、なんと数か月後には、どいつもこいつもあっさりヴィルドファーレンに溶け込みやがった!

 中にはすっかり表情まで柔らかくなり、目尻に笑いジワが出来る者もいるくらい。

 『貧すれば鈍する』

 明日の生活もままならなきゃ、そりゃハブルでなくても強盗まがいの狼藉もはたらこう。

 しかし、こうも人間が丸くなるとは……。

 ハブルの気性は乱暴と言ったのは誰だ、全くのウソじゃないか! アキハを除いては。


 人が増えると同時に増えるの食事なのでカチャの商団への食糧発注も半端なく増える。おかげでカチャの商団は一気に巨大商団への道を駆け上がることに。

 久しぶり会ったカチャに「急に忙しくしちゃってゴメンね」と詫びると、「ええで、ええで」と何か企む悪い笑顔でひたすら優しく許してくれた。

 絶対悪いことを考えているので、あえて詮索しない。巻き込まれたくないからね。

 その後、カチャとは会えていないが、風の噂では最近、羽振りのいい商団があってスゴイ勢いで商談をまとめていると聞くので、どうやらカチャはアチコチで商いに精を出しているらしい。

 少々無鉄砲な所がある子なので、色んな意味でムチャをしてなけゃいいのだけれど。


 生活が豊かになると子供も生まれる。

 流石にヒトとパーンの異種族婚はないが、パーン同士の出産は多く、多くの混血児が生まれた。

 パーンの子は大きくなるのが早いので直ぐに分かったが、種族が離れているほど獣化度が高くなるらしい。例えば蛇系と犬系の間に生まれた子は、多くの場合、ほぼ獣になり言葉も通じぬ乱暴者なる。また多くが生まれて直ぐに亡くなる短命の定めだ。

 この事実は非常に興味をそそられ、研究のしがいがあるのだが、ヴィルドファーレンの存続に関わるので議会と相談して、異種族婚を禁止することにした。

 だが異種族の線引きが難しくて住民から反対の声が。

 ライカからも

「ライカとイオはけっこんできないのか?」と聞かれる。

「結婚したいの?」

「絶対ないけど、例えばの話しにゃ。例えば」

 横で聞いていたイオがめちゃ落ち込んでいる。普段が威風堂々とした風貌だから落ち込んだときの気の毒さが痛々しい。

 誰が見てもイオがライカを好きなのは明白だが、本人は気づいていないと。。。

「あはは、二人ともネコ科だし、獣化度も低いから結婚できると思うよ」

 イオの顔がぱぁと明るくなる。

「そっか、こんなに大きいのに、ライカ大丈夫か?」

 イオが自分の股間に視線を落としてちょっと赤くなる。いやいやそのサイズじゃぁない。

()()サイズがね。でも二人は遺伝的に近いから問題ないよ。いろいろ似てるだろ」

 イオはウンウンと頷いていたが、「ぜっんぜん似てないぞ」と言われてあんぐり。

「イオはいちいち細かいし、意外慎重だし、何か失敗するとくよくよ悩むし」

 おいおい、その位にしてやれよ。大隊長補はお前が取りこぼした案件のフォローで大変なんだ。隊の為に日々頑張ってるんだよ。お前がそうさせてると分かってやれよ。

 落ち込むイオに『分かってる。分かってる』と微笑みかけライカの話を訂正する。

「それは性格の話し。食事の好みとか生活スタイルだよ。二人とも肉が好きだろ。わりと気ままな所とか」

「そうかな~。でもイオは普段は気ままだもんな、ライカと違って」

 いや! それはお前だ!


 そんな相談というか意見が騎士団からも住民からも頻繁に投げかけられる。 

 例えば『犬系と狐系はどうなのか』とか、『牛系と馬系はどうなんだ』とか、『そもそも自分は何系なんだ』とか。

 グレー過ぎて答えに窮するが、それでもでもどこかに線引きをしないと、いつか事件が起きそうなので心を鬼にして判断する組織を作ることにした。判断には事例が必要なので産児獣化記録、つまり戸籍制度を整備する。


 ルールを決めれば破られたときの罰も決めねばならない。罰則がないルールは、ただの念仏か同調圧力に変質してしまうので、ここは手を抜かない。

 これも批判が強かったが、苦渋の思いで議会と完全に分離した裁判機能を作ることにした。

 議会は強力な立法権限を持っているので、ここに司法権を持たせるとルールの設定者と行使者が一体になり、何かの拍子に暴走しかねないからだ。

 もちろん議長のムスリナムはそんな子ではないと知っているが権力は魔物だ。特に最近は莫大な金が動いているので、良心に依存するのは怖い。


 とはいえ誰もが法律も法解釈も素人なので、とりあえず議会は殺人や汚職などありがちな犯罪に対する刑罰を決め、無作為抽出で種族と立場が違う住民から六名の初代裁判官を選び、自分は裁判所長になることにした。

 ユニティの隣に小さなお白洲を作り裁判所にする。

 早速だが、村の金を使い込んだ食料資源庁担当官が出てしまったので、ヴィルドファーレン初の裁判を開き刑を確定した。

 『役職解任の上、一週間晒の刑』

 村の真ん中に牢で衆目に晒されるかなりメンタルに痛い刑罰だ。

 被告人は村がまだひもじい時からの担当してくれた子でガウべルーア人の女性だ。裁判官からは功績も大きいのだから少しくらい金をちょろまかしてもいいだろうとか、女性なので晒し牢はやり過ぎではないかとか、情状酌量を求める声が上がったが情はかけない。

 『好事魔多し』

 調子がいい時期だからこそ、悪事の末路は知らしめねばならない。


 食料資源庁担当官の空席には自分の付き人を充てる。アミリアをもらうと同時に強制的に付き人をもらってしまったので、処遇に困っていたのだ。

 アンスカーリの付き人だった男なので、一般人だが読み書きそろばんが出来て、王都の世事にも詳しい。

 本人も覚悟を決めて「何でもやります」と言っているのでちょうどよかろう。


 体制作りは面倒くさいが、豊かになると貧富が生まれ特権階級が出来てしまう。特権階級は自分の領域で権力を行使し始めるので、放置すると議会が機能しなくなってしまう。

 それを防止するために安易に絶対君主制に頼る手もあるが、虐げられてきたからこそ民主的な村にしようと決めたフィロソフィーに反してしまうので、三権分立の統治システムや税制はこのタイミングで一気に整えるしかない。

 官営工場もどこかで払い下げないと市場原理追い越されてしまう。その下準備としても資本の暴走を抑制するフェイルセーフは先に組み込んでおくべきだ。

「でも仕組みは理念に共感していないと機能しないから、こういうのは憲法に書くべきなのかな」

「憲法つくるのか? オレ!?」

 むー、もうコレ、完全に村の領域を越えてるぞ。

公共事業なので使用料というよりは利用料金ですね。

ご指摘ありがとうございます。

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