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予感

 王城を出ると外の城下町では会議の終わりを聞きつけたティレーネと、何故かアキハが待っていた。

「おまたせ。あれ? なんでアキハがいるの?」

「昨日帰って来なかったら、なんか大変な事があったのかと思ったのよ! 悪い!」

 いきなりの浴びせ倒しで怒鳴られる。

「なんで喧嘩腰なんだよ」

「心配してるのに、そういう言い方するからよ!?」

「別に心配してなんて言ってないよ」

「なにそれ! アンタなに様!?」

 掛け合いながら段々距離が近づいていく二人の間に、ティレーネが無理やり割り込んで両手で押し広げる。


「もう、団長もアキハさんも。どうして、お二人はそう会うたび会うたび、いがみ合うんですか?」

「いがみ合ってないよ。いがみ合うとは敵対視することだよ。アキハは敵じゃないし」

「そぉいうクドいところ昔より悪化してない? ラド」

「くどい!? 正しい言葉を使ってくどいですか!」

「屁理屈こねるの、ラドの悪いクセ。べーーー」

 アキハがわざわざ身を縮めて、ラドの顔の前で舌を出す。


「まぁまぁ、アキハさん。団長も大人げないですよ。皇衛騎士団を預かって一年、今や王国の重鎮なんですから」

 『大人気ない』。これは痛い言葉だ。見た目が子供だから、つい精神年齢を揶揄する言葉には敏感になってしまう。

 とはいえ確かに大人気なくもケンカ越しだった。まだ貴族会議の戦闘モードが抜けきっていないのだ。ついアキハに向けた口調も厳しくなってしまう。だがアキハだって付き合いが長いんだ、そのくらい許してくれてもいいではないか。ティレーネだって。


「……悪かったよ。でも僕も疲れてるんだからアキハも察してよ」

「なに、おこちゃまな事いってんの? それともわたしに『お疲れ。ラドよく頑張ったね』って言って慰めて欲しいの?」

 ああ、ううっ! コイツはっ。

 相変わらず口はアキハの方が達者だ。今、まさに会議で大暴れしてきて、年寄り共をぐうの音も出ないほどやり込めてきたが、なぜアキハにはやり込められる?


「わかったよっ」

「はぁ、もう、困ったお二人です。ところで貴族会議の決定は?」

「それはここじゃ話せないから、戻ってから話すよ。はぁー、もう疲れたよ。二人とも時間ある? 帰る前に甘い物食べに行こうよ」

「わぁ! 賛成!」

 さっきまでプンスカしていたアキハは、朝陽を浴びて花弁を開く、南の国の大振りな花のような笑顔を弾けさせる。

 一方困惑するのはティレーネ。

「さっきまで大貴族とやりあってた皇衛騎士団長が甘い物って……」

 頭を抱えて眉を下げる。

 同じものを見て、こうも反応が違うのは、元来の性格に違いない。


「じゃティレーネはいらないの?」

「食べますけど……」

「ほら、キミだって平民女性初の六大騎士団騎士なのに、甘い物を食べるんだから同じだよ」

 その暴論が納得できないのか、ティレーネはほっぺたを膨らませる。

 だがアキハの提案はティレーネのモヤモヤをあっさりと払う。


「ねぇお店、“蜜の樹”でいい?」

「蜜の樹ですか!!!」

「いいね、あそこの……」

「ハニートーストは絶品!」

 三人の黄色い声が、王城の白壁に響いた。



 ラド達は甘味所で至福のエネルギー補充をした後、親方の工房に寄って、数点の献上品の作成を依頼する。

 ガラスの器に、貴石を散りばめた魔法鋼のブロードソード。先程ロザーラと話して閃いた現身の鏡も加えておく。それと双眼鏡。

 どれもシンシアナには無い技術で作られた品物で、交渉に入る前に贈られる献上品の一つだ。


「難しい物が多いな。納期はいつだ?」

 親方が当然の心配をする。

「四月一日(いっぴ)までにお願いします。それが本当の締切です」

「ふたつきか。ガラスの器は簡単だが貴石は研磨に時間がかかる。双眼鏡も光軸を合わせるために何度もガラスを作らにゃならん。献上品は市販とは違うからな」

「もっともです。もし間に合わなかったら目録から外しますけど、一日、二日くらいなら会談会場まで早馬で届けますよ」

「そこまでギリギリねばらねぇよ。ダメなときゃ、もっと早く言ってやる。ギャラは高えぞ」

「王国発注なんで言い値でいいですよ。二千万ロクタンくらいですか?」

「はっ! 二千万か!!! いいなぁそりゃ! よっしゃ! 久しぶりに大仕事がきたぜ。遂に俺もここまで来たかぁ~。しゃーーー! アキハァァァ!」

 気合を入れるマッキオ親方を見てアキハが手を上げる。どうやら『男って単純ねー』などと呆れているらしい。

「これは私も忙しくなりそうね」

「頼むよ。アキハにも期待してるから」

「“には”でしょ」

「そうだね。アキハもいっぱしの職人だもんね」



 駐屯地では皇衛騎士団幹部が会議棟に集まり、貴族会議の結論を今か今かと待っていた。

 ティレーネが扉を開けると、「団長、待ってました」と気さくな声がかかる。

 ここに集まったのは、中隊長以上の気心の知れた仲間達だ。

 参謀格のイチカ、リレイラ。混成部隊のエフェルナンド大隊長に中隊長になったショーン。

 ライカやイオ、シシス、シャミ他、パーン部隊。

 誰もが共に死線を超えてきた信じられる仲間であり友だ。


「お待たせ。長引いちゃってごめん。実はちょっと」

「甘いものでも食って来たんでしょ」

「なんでわかるの!」

「扉を開けた瞬間から、甘い香りがしてますって」

 だははは、と笑いが起こり、ラドは頭を掻いて皆をくるりと見回す。

「甘いもの食べなきゃ、やってられなかったんだよ」

 笑いながらもラドの言葉を受け止めるように、会議棟の意識はラドの引力に引っ張られていく。


 そんな意識を磁石のように集めながら、座の真ん中に腰掛ける。


「四月にフォーレス・ブルレイド王とアメリー王妃がシンシアナ帝国との会談に向かう。相手はシンシアナ皇帝だ」

 どぉぉぉと驚きの声が上がる。そりゃそうだ。フォーレス王になってから、そんな話は一度も出たことはない。それ以前も先王が一度だけ内密で皇帝に会ったとか会わなかったとかそんな真偽のわからぬ噂話しかない大事(だいじ)である。


「場所はどこですか?」

 気になるのは当然そこだろう。状況を鑑みれば、皇衛騎士団にも随行の命令がおりそうな話しだ。エフェルナンドが身を乗り出すのも理解できる。


「ムンタムの向こう、緩衝地帯に会談の場を作る。ライシュウの大工が北進騎士団の護衛と、シンシアナ皇軍の監視のもとで作るそうだ。もうシンシアナには親書を持った使いが飛んでいる。先方が承諾すれば準備が始まる」

「それって、ほとんど敵地の真ん中ですの」

 シャミの震える声が、一気に張り詰めた緊張を如実に示していた。


「交渉はこっちから持ちかけてるんだ。ここは譲歩だ」

 緩衝地帯と言っても、影響力はシンシアナの方が大きい。それは誰もが身を持って知っている。

「陛下も随分と思い切られましたな」

 エフェルナンドのため息混じりの感想が漏れたが、次の言葉は聞こえない。

 だが聞きたいことは容易に想像できた。


『ここまでの譲歩が可能と陛下が判断された根拠は、そして誰が安全を担保するのか』


 期待と危険の不釣り合いな天秤は、誰かが釣り合わせなければいけない。


 沈黙を破ったのはイオ。

「我々が護衛ですか」

 会議棟を制する渋い声が問う。


「そうだ。皇衛騎士団の主務は国王陛下の護衛だ。その本来の任務に従う」

 その回答に戸惑いの声が上がった。いままでそんな事を意識してこの騎士団に居たものはいない。陛下は王都の外に出ることはないし、仮に出ても随伴は王を周りにいる数名の側近だけであり、視察先の騎士団が護衛から受け入れまでまとめて行うのが普通だからだ。


 戸惑いの声はボリュームを上げて、不安の渦となって会議等を巡る。

「絶対に失敗できねぇな」

「もし陛下が怪我をされたらどうなるんだ?」

「ワイズの陰謀じゃないッスか」

 色々な声が聞こえてくる。

 囁きだった声は会議室に渦を作り、周回を重ねるごとに、臆測を味方につけて大きくなる。

 だが渦が疑心と恐怖に姿を変える前に、その流れを止める声がした。


「ウチらでいいのか?」


 見えない所から声がすると会議棟は一瞬で静まり、ライカとラドを通す一本の道が出来た。

 沿道にはずらりと並ぶ顔と頭。その向こうにキリリと凛々しいライカの目だけが見える。

 目だけがクローズアップして見えるのは、この質問がライカにとって、つまり彼女の部下達にとって極めて重要だからだ。

 その目力に押されて会議棟は一層静かになった。


 パーン部隊が一国の王を護衛する。

 それは本心なのか疑心なのか。信頼なのか捨て駒なのか。


「ライカは王様が認めてくれなかったら、護衛をしてくれないのかい?」


 ラドの逆質問にライカは間を取って答える。

「しゅにんが、やれというなら。これはライカの仕事だから」

 大概ふざけた奴だが、真顔のライカは身震いするほど頼もしくてカッコイイ。運命と戦ってきた者が持つ圧縮された重厚感がある。


「正直いうとかなりの反対意見が出た。でも国王陛下は反対を押し切って皇衛騎士団に護衛を命じた。それに僕はライカがいないと護衛はできないと思ってる。ライカが断るなら僕は護衛を断るつもりだ」


「それじゃ順番が逆にゃ。しゅにんは時々アホになるな」

 そんなライカの気の抜けた言葉に、クスクスと失笑が漏れて、辺りは笑いに包まれた。


 国王の護衛をすると言ったがその話は半分嘘だ。たしかに国王陛下は皇衛騎士団を指名した。だがラド達が運ぶのは貢物だけ。王と王妃はカレンファストの部隊が護衛し、アンスカーリの部隊もダミーで北に向かう。

 核燃料の運搬と同じで、移動途中で狙われないようにルートは隠して分散させる。

 その事実をラドは皆に伝えることはできない。それは国王が狙われる危険を減らすためだが、有事があった際は騎士団員に責任が及ばないようするためだ。


 真実を隠すのは心苦しい。特にパーン部隊の皆に対しては。

 この一年、我々は北進騎士団のムンタム奪還の煽りを受けて、何度も北の地に駆けつけ、同じくらい何度も大損害の危機を潜り抜けてきた。その危機のほとんどはライカが率いるパーン部隊の活躍で切り抜けている。

 魔法兵や混成部隊は確かに強いが、活躍するには場所や時間を選ぶ。作戦が軌道に乗っているときはよいが、何かの拍子に裏をかかれると俄然馬脚を露す。

 近代戦でいえば魔法部隊は砲兵だ。機動に劣り戦況の変化に追従できない。

 その弱点をライカ達が捨て身で補ってくれていた。だからライカは随分部下を失っている。

 部下が死ぬたび、ライカは人知れず泣いていたが、彼女はそのうち泣かなくなった。

 ただ唇を嚙みしめて、戦場跡を眺める。

 そんな背中を何度も見た。だが声をかけることもできず、ただ風になびく彼女の後ろ髪を眺めることしか出来なかった。ライカの努力と覚悟に傷を付けたくなかったからだ。


「パーン部隊の皆には済まないと思っている。キミ達はたくさんの活躍をしているのに報いることが出来ていない。ライカもまだ一般兵のままだし。何度も騎士に推薦しているのだけれど」

「それは気になんかしてないぞ。でも王様が認めてくれたのうはうれしいかにゃ」

 ライカの気持ちが緩むと、イオやシャミ達、八名の中隊長もふわりと和む。そしてパーンの一般兵の顔にも笑顔が漏れる。

 パーンは種族が違っても、心の深い所で繋がっている。気持ちを分かち合う力は人とは全く異なるのだ。


「護衛は会場までの移動、そして会談中の会場警備、もちろん帰路の護衛もだ。僕らは全部隊で護衛に入る。アメリー王妃には白百合騎士団もつく。馬車の周りは彼女たちが守るから、僕らはその周りを守るんだ」

「ロザーラさんも参加されるんですね」

 イチカが手を合わせて嬉しそうに言葉を発した。王族を守るなぞ不安しかない仕事だ。気心が知れている者が居ること自体は何らメリットをもたらすモノではないが、ただ不安を癒す薬にはなる。

「ああ、イチカも今回は入って僕をサポートして欲しい」

「はい、よろこんで!」


「わたしはどうしましょうか?」

 ティレーネが立ち上がり、胸に手を当ててラドに確認を求める。

 ティレーネの席は副参謀。元々この席はリレイラが持っていたが、体調に不安があるイチカが豪雪の陣から主席参謀の席を開けたため、リレイラが繰り上がりで主席となり、空いた副参謀はティレーネが担っている。イチカが戻ってくれば居場所はなくなると考えるのが当然だ。

 魔法兵としては全く冴えない彼女だったが、作戦立案では多くの活躍を見せている。それが自信になったのだろう。すっかりグレーのスラックスに臙脂の上着が頼もしく見ていたのだが、今日ばかりはその制服姿がやけに小さく心許なく見える。

 心の具合はこうも視覚に影響を与えるものだろうか。人間の感覚とは不思議なものだ。


「ティレーネには、エフェルナンドの中隊から、パーン二百五十名と魔法兵二百五十名を特別編成させた中隊を任せる。ライカに二千五百のパーン。千五百名の魔法兵はエフェルナンドにまかせる」

「わたしが中隊を指揮するんですか!?」

「ああ、ティレーネは頭がいい。戦うよりも作戦立案が合っている。でもキミが本当に力を発揮するには、実際に隊を指揮する経験が必要だ」

 ティレーネは、「あ、あ」と言葉にならない声を発して、棒立ちに立ちすくむ。


「いたっ!!!」

 ビタンとやけにいい音に合わせて、ティレーネが飛び上がる。


「心配ないにゃ! ティレーネなら大丈夫にゃ」

 足元には振りかぶった手をひらひらと泳がせるライカ。そして叩かれた尻を両手で押さえ「いたぁ~」としゃがみ込むティレーネ。


「ティレーネのお尻はいい音するにゃ」

「恥ずかしい事、言わないでください!!!」

 ムードメーカーのライカがいつもの調子を取り戻すと、会議棟にはいつもの活気が満ちてくる。気持ちで負けないことはいいことだ。だがラドには一つだけ気がかりがあった。

 四月という季節。


「うまく月の満ち欠けを外せればよいのだけれど……」

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