王城の会談
断ろうと思えば断れるアミリアだったが、アレの親族になる嫌悪よりも、『オラが貴族ども性根を叩き直してやる』が勝り、そのままもらってしまった。
けど間違い。おかげでカレンファストが言った“お使い”が本当に沢山でた。
ムンタムを落としたシンシアナは勢いづき、北進騎士団がムンタム包囲で動けないのをいいことに、周囲の村や街を荒らしまくったからだ。
その度、持ち場のない皇衛騎士団はアンスカーリの命で北方に遠征し、その尻拭いをして回った。
泥沼を匍匐し敵に奇襲をしかけ、ライシュウの地下に放たれた狂獣を退治し、収穫期には一か月も畑を警備しシンシアナと昼夜のない小競り合いを演じる。
平原の戦いは力と力のぶつかり合いになるのに、畑は荒らせないから神経を使う。
リレイラとティレーネはイニシアティブが取れる作戦を立てて抗戦。イチカは魔法兵でもシンシアナの一撃を受けられるようにと、一時的に筋肉のリミッターを弱める“バフ魔法”を開発し、チートまで使って戦い抜く。
それでも北進騎士団はムンタムを奪還できず。時間だけが過ぎた。
もともとムンタムは対シンシアナの砦として、強固な構えを持つ難攻不落の城塞都市だ。その固い守りが今度はガウベルーアに向かっている。
そう簡単にはを落ちない堅固さが仇となった。
で、困った王様が作ったのが”ムンタム対策会議”。
ふと思い出す。
前の世界でも大事件や大災害が起きると、時の政府はとりあえず○○対策会議ってヤツを開いていたっけ。
生半可な事ではムンタムは奪還できないと気づいた王が考えたのは、そんなクダラナイことだった。
いつの世もヒトの考えることは変わらない。
王宮の奥の院には、国王陛下とガウべルーアの大貴族が話し合うための会議室がある。
石作りの豪奢なテーブルの一段高い席に、この国の王、フォーレス・ブルレイドと何だかめっちゃ自分を睨むアメリー王妃が背筋を伸ばして凛と座っている。
ガウべルーアは王政なので国政の全ては国王が決定するが、執行を担ういわゆる官僚は大貴族や序列が高い貴族が努めており、国政を司るには彼らの協力が不可欠だ。
また、騎士団が大貴族の傘下にあるため、近衛兵を持たぬ王は軍事行動において貴族の力を借りねばならない。
必然、王の権威は限定的になるので、王政といえどもこの国は、合衆国に近い政体になっている。
それでも王国といわれる所以は、国王が国民に審判されない事にある。
そして王には幾つかの特別な君主権が付与されている。一つが貴族の任命権。そして通貨の発行権。もう一つが有力貴族を招集し意見を求めて、ガウべルーアとしての内政や外交を決定することができる統国権。その中には戦争の遂行も含まれる。
これは貴族が所有する領地の内政や領内戦争とは異なり、全貴族が一体となって団体行動を起こす義務を生じるものだ。
今回、ラドが呼び出されたのは、この王が招集する貴族会議であった。
国王陛下と王妃の元に参集するのは、当然だが大貴族の筆頭、アンスカーリとワイズ。その継承権のある親族と、アミリアを持つ彼らの準係累。
そして、大貴族につらなる序列二位、三位の貴族たち。そこには六大騎士団の主君が含まれる。
人数にすると二十名はいるだろうか。
彼らが、この国を動かす本丸だ。
会議は国王陛下のこんな言葉で始まった。
「余の参集に応じた貴公、貴卿らに感謝する。この度はムンタム奪還について皆の意見を聞きたい」
集まった者どもは、言葉を発せず王の言葉に耳を傾ける。ラドの横には真面目な顔をしたカレンファスト、さらにその隣には長い顎ひげを手で撫でるアンスカーリが座っている。
その隣はない。アンスカーリは筆頭貴族なので王の左側に座るのだ。
ラドの左側は序列二位の貴族が座っている。だが名前は知らない。たぶん今後も関係は無いので覚える気もない。
国王陛下と王妃が座るお誕生日席から数えて四番目に自分が居るのだから、アンスカーリからもらったアミリアとは随分凄いものたったらしい。アミリア様の威光ではあるが自分も随分偉くなったものだと感じる。
「この一年、皆にはムンタム奪還に多くの犠牲を払ってもらった。しかし結果は知っての通りだ」
音には出ないが、場にはため息にも似た重々しいよどみが生まれる。
「特に北進騎士団の疲弊は著しい。このような事態を余はうれいておる」
前面に見えるスタンリー・ワイズの表情が歪む。彼は今年にもワイズ家の家督を継ぐと言われている。スタンリーの父は病床に臥しおり、余命を悟った彼は周囲の反対を押し切って、まだ二十代の長男、スタンリーにワイズ家を引き継かせる事を画策している。
今日はその内情を示すように、筆頭席にスタンリー・ワイズは座していた。
「特に秋の奪還作戦の被害は大きい。あわや第一砦、第二砦を落とし、足がかりを失うところであった」
「陛下、申し訳……」
スタンリーはそこまで言いかけて、国王に手で制され口を閉じる。周囲もスタンリーに刺さる視線を向ける。王の発言は遮ってはならぬのが不文律。それを冒したことを戒めているのだ。
「ワイズ卿を責めているのではない。それほどムンタムは手ごわいのだ」
「寛大なお言葉、感謝いたします」
国王は、ふぅと息を吐き二十名を見渡す。
「余はこれ以上の犠牲を望まぬ。そこで問いたい。戦によらぬ案を考えられぬだろうか。たとえば和平交渉など」
どよめきとざわめきが王の元に押し寄せ、それが混然の引き潮となって出席者の胸に吸い込まれていく。
国王が貴族会議に提案を投げることはよくある。ここに集う貴族はその提案を受けて実現する方法を模索する。逆に貴族からの提案を国王が決裁することもある。
どちらにせよ、腹芸で生きる者どもが、提案だけで否定的などよめきを起こすことはまずない。和平交渉とは、それほどありえない提案なのだ。
「いかがであろうか。貴公・貴卿らの意見を聞かせてくれまいか」
これが発言の合図で、若きスタンリーが真っ先に口を開いた。
「畏れながら陛下。敗戦の領主たるわたくしが申すのも憚られますが、和平交渉などありえませぬ。奪われたのは我々です。それをなぜ我らから頭を下げねばならぬのですか」
スタンリーは持て余す若さを発露させ、国王にも物おじせず鋭い語気で言い放つ。
「ワイズ卿、口が過ぎますぞ。陛下は一つの案を申されたに過ぎぬ。選択肢は多くあった方がよい。籠城戦で後詰めにやられ、勝てぬ戦に力押しでは付き合わされる兵も領民も苦しゅうなるばかりじゃろ」
鷹揚にスタンリーの言葉を捌きつつ、スタンリーの無力をことさら強調するアンスカーリ。むろんスタンリーもそれには黙っていない。
「アンスカーリ公のお力添えも、半端だったのではありませぬか。ここに至り陛下が貴族会議を参集されたのは、我らがわだかまりを陛下御自らとりなし、王国一体となるよう促されたものと考えます。公が怠慢により陛下にご心労をおかけした自覚はごさいませぬか」
「ワイズ卿、言いがかりも甚だしいですぞ。北方の利権を主張するは“狂獣の合”に際し、ワイズ卿が申されたお言葉だったと記憶しております。それとも耄碌した爺の記憶違いでしたかな」
「おのれ、アンスカーリ」
触発の状況に、スタンリーの横に座る年長の親族と思しき男と、アンスカーリの横に座るカレンファストの仲裁が入る。
「ワイズ卿」
「アンスカーリ公、若造ごときにムキになることもないでしょう」
「ムキになってはおらん。お前の横のヤツじゃ……」
あとは二人でもにゃもにゃ言っているが聞き取れない。
「甘いですなぁ。公の御趣味は理解に苦しみます」
「うるさいわい!」
どうも自分の事を話しているようだ。
カレンファストは場馴れた空気で辺りを見回すと、いかにも人を手玉にとるようなあしらいで国王の名代きどりの言葉を場に落とす。
「和平交渉となれば、なにか材料をもって取引となります。さて、我々はその材料を持っていますかな?」
「例年北方はシンシアナに食料を狙われております。冬季の食料支援などはカードになりませぬか?」
「なるほど、カードたりえますな。他には」
「領土の交換はいかがでしょうか? ムンタムを解放するかわりに西方のパラケルス以北の荒れ地を譲渡するのは」
――パラケルスを敵国と隣接させるのか! そんなこと許せる筈がない!
身を乗り出して反対を唱えようとすると、カレンファストは肩をぐっと押さえて無理やり椅子に体をおしつける。
「あくまでも一案だ。替地など陛下ですら認めん」
ラドは頭の上から響くカレンファストの小声に促され顔をみる。そこには絵に描いたような微笑みを張り付かせたカレンファストが遥遥と皆の発言を迎える姿があった。
凍える微笑みに、背筋に冷たいものが走り抜ける。
この世界にきてもう七年だろうか。多くの自分よりもエライ人、権威のある人、力のある人に会ってきた。だが背中が冷たくなる人はアンスカーリ以外に会ったことはなかった。だがそんな恐ろしい人が自分の右隣に二人もいる。
人が抱く恐怖の根源は命にまつわることが多い。その意味でこの二人はいつでも自分を殺せる人なのだと思う。逆にいえば自分以外も容赦なく殺す人である。
それはこんな命の軽い世界では、心強い力でもあるのだが。
実際、この力のおかげで自分はここに座っているのだし、ありえないと思えるパーンとハブルの村や部隊を作ることもできたのだ。
ラドは乾いた口を、ギラギラとやけに魔法の光を反射するグラスの水で潤すと、カレンファストに目を合わせた。
「失礼しました。故郷でしたので」
「知っているよ。そしてあの地には工場もある。アンスカーリ公も絶対に手放さない」
「はい。そうですね。動揺した自分が恥ずかしいです」
「ふふふ、いいね。そうこなくては。だが楽しいだろ。愚者の駆け引きは。もしそう思うならキミはディーラーになる素質がある」
笑顔の口許を隠して、カレンファストは言うとテーブルの上で指を組み、
「ほかにも金や技術もありませんか? そこのテーブルにあるガラスや魔法鋼も我々が持つカードの一つです。交渉道具は多い方がいい」と、何事も無かったように全体に告げる。
そうして彼は大貴族を手のひらで転がして、貴族会議を仕切り始めた。
貴族会議が終わったのは、翌日の昼過ぎだった。大あくびをして部屋を出ると、扉の向こうに白いスラックスの見慣れた立ち姿があった。
制服姿の貴女はラドを認めると、左手を背に回して軽く会釈、詰襟の金の飾り紐を揺らして、大股でこちらに来る。
近づく間も会心の笑顔。面白いオモチャでも見つけた子供のように、全身からワクワクを溢れさせている。いったいロザーラは何が嬉しいのか。
「やあ、ラド殿。やはりラド殿も駆り出されたか」
「ロザーラ、何をそんなに嬉しそうに」
「それは嬉しかろう。ラド殿にも会えたのだし、なにより皇衛騎士団が護衛ならば、またラド殿と仕事ができるのだ。あははは」
耳早くも今回の決定が白百合騎士団に伝わっているらしい。
「あははじゃないよ、責任が重すぎて僕は胃が痛いよ」
「何を言うか。ラド殿以外にこのような重責は担えんだろう」
「それはロザーラもじゃないの? 王妃の護衛なんだから命を賭しての世界だよ」
「なに、所詮、我々はお飾りだ。実戦は前後を守る騎士殿にお任せだ。それにもし我々に危機が及ぶときは王妃もだな。あははは」
「物騒だなぁ。でも何かあったら頼むよ。頼りにしてるんだからね」
「私もだ。頼むぞ、ラド・スカーリ・マージア殿」
ローザらは少し屈むと、いたずらげに手を広げてラドの背中をバンと叩いた。
「やめて! それ、すごい嫌なの。自分の名前にアンスカーリの名前を入れられちゃうって。分かる? その違和感」
「アミリアをもらって、まさに孫だな。ラド殿はいつまでも大きくならぬし」
そうしてロザーラは、ラドの脇に手をいれて高い高いをしながら、「あはは」と笑う。
貰ってから知るがアミリアとは継承権のようなものだ。アンスカーリには子供はいない、聞いた話では近しい親族もいないという。そのためアンスカーリは莫大な土地と権力と財産を誰に引き継ぐかという問題を抱えている。
財産はアンスカーリ閥の誰かのモノになるのか、王族に没収されるのか、遙か遠い親族が継承するのか――、そんな問題を解決するために予め継承先を決めておくのがアミリアだ。
なんでそんなものに選ばれたか全く分からないが。
「もう、離してよ!」
「ラド殿は軽いなぁ。私でも持ち上がるのだから」
「ロザーラが力持ちになったんだよ」
「そうか? そんな自覚はないが」
「鏡をみてみなよ。随分体が締まってるじゃない」
「鏡? どうやってだ?」
言われてそうだったと思い出す。この世界には金属ピカピカに磨いた手鏡か水鏡しかない。水鏡は平面にしか置けないので顔しか映らない。手鏡では現身のように綺麗に自分の姿を見ることはできない。この世界の技術はそこまで達していないと久しぶりに気づいた。
「あー、今の忘れて。とにかく、会った頃のロザーラはもっとふにょふにょだったのっ!」
「ラド殿は嫌な事をいうな。まるで昔の私がまるまると太っていたみたいではないか」
「太ってはいなかったけど。そう、ロザーラが一度、『衛兵を呼ぶー』とかいって騒いだ事があったよね。僕がそれを止めて押さえ込んだとき、そう思ったんだよ」
「ほほう。ラド殿はその時の私の体を覚えていたのだな。むふふふ。ラド殿もいやらしい男だ」
「いや! まて! なんでそうなるの!」
「子供の風体だから、なんでも許されると思うなよ。父上、兄上以外で殿方に抱かれたのはアレが初めてだ。しかもその殿方は私の体が忘れられないという。これは責任を取ってもらわなければいけないな」
「ちょっと! 責任って」
「あははは、冗談だ。取る責任ならば私の方がたくさんある。それはさておき、今回は各騎士団の共同作戦だ。白百合のサルディーニャ騎士団長が後ほどラド殿に話があるそうだ、追って使いを出すので後ほど会おう」
ロザーラはラドを降ろして、そっと足をつけると、ラドの黒髪をぽんぽんと叩いて背中をみせた。
ウェストを絞った赤と青の丈の短い上着の裾から、スラックス越しにも分かる鍛えられたお尻が見える。その後ろ姿を「足が長いなぁ」などと思いつつ眺める。
腰からぶら下げたソードと一本に縛った髪が大股で歩く歩調に合わせて揺れて、ロザーラは、もはや以前の私ではないと、主張しているようだった。
初めて会った時は不機嫌な娘だった。心を許してくれて可愛い人だと思うようになった。だがいまは勇ましく元気な騎士団員だ。
環境は人を変えていく。それはラドだけではない。