表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/152

己の価値

 その頃、シンシアナ皇軍はアムセンを追いかけるべく、雪原に歩みを向けていた。

 先走り功を焦るバカな新兵をひっ捕まえ、雪の城に籠ると見せかけ我々を欺いたガウべルーアどもに追いつきぶっ潰す。

 誰もがそう意気込んでいたが、一人、ゲニアだけは違うモノを見ていた。


 ――この雪原、何かがおかしい。


 戦場における違和感とは危機を意味する。熟練の兵ならば罠や伏兵の存在、嘘偽りの情報の類は分析するより先に直感が働き警告を発するものだ。

 ゲニアは一歩戻る。

 すると差し込んだ陽光を受けた、だだっ広い雪原の一点がキラリと光る。

 一歩前に出る。

 今度は離れた別の場所がキラリと光る。

 また一歩戻る。

 先に光った一点が、またキラリと光る。


 ――たしかに雪は日の光に輝く。だがこれほど強くは照り返さない。


「止まれ! 後ろに続く隊にも待機を伝えろ」

 追撃に盛んな兵は急な停止に面食らう。

「どうなさいましたか皇軍将殿」

「おい貴様、この跡といい、その雪原といいどう思う」

 ()()とか()()とか言われても若い兵にはピンとこない。ゲニアが見ていた足元を必死に思い出して、それっぽい言葉を引き出す。

「はい! 愚かな敵の足跡です!」

「バカ者! 違和感があると言っているのだ!」


 ゲニアが警戒したのは、もちろん伏兵の存在だ。

 何もない雪原を見渡せば、遥か向こうにアホな部下が一名。ここからはハッキリ見えないがブロードソードを振り上げ敵兵一人を仕留めようとしているのが見える。

 その奥には岩場がぼんやりと見える。

 下山はこの雪原を渡り向こうの岩場を抜けるルートだ。だが……不自然なほど足跡がない。確かに昨夜は雪が積もった。だが千の足跡は一晩の積雪ごときでは消えない。たとえ三シブ積もったとしても。


 回れ右をする。

 背後には勇猛な皇軍兵が五千。そして今、抜けてきた森。

 森の雪は積もっていたが足元は踏みしめられていた。あの固さは万に近い兵が移動した証だろう。だが追いかけてきた足跡は余りに少なかった。

 なぜ敵は撤退を二手に分けたのか?

 考えられるのは囮の可能性。

 奇策を取ったつもりだろうがガウベルーアの考える事はおおよそ検討がつく。魔法使いどもは長城で身を守り遠距離攻撃を算段したが、我々の兵力に持久は無理と判断したのだろう。

 キルゾーンをずらして有利な地形で戦う。

 ここの地形を見れば片面には崖、雪原は足を取られて機動力が落ちる、背面は密度の濃い森で長剣は振るいにくい。

 敵は我々が空の長城のお守に気づいて激怒することを見込み、一匹狼を追いかけて雪原に行くと予想したのではないか?

特に後段やってきた敵援軍の奴らはなかなか機転がきく。一晩で雪の城壁を作り守りに入ったかと思えば、折角作り上げた長城を捨てて雲隠れする。そこまで我々を翻弄する敵がここで雪原に剣光を晒すボロを見せるだろうか。

 ならば次に来る手は……。


「うむ……」

 ゲニアは下山ルートを見る。

 麓に続く雪原は軽い起伏を持っているが緩やかな下り。まだ荒らされていない綺麗な雪面を縦走するように真新しい足跡があり、数名の敵兵が雪煙を上げながら走っている。

 ――間違いない。


「アムセン! 戻れ! 敵は森にいる!」

 ゲニアは巨躯からしても一層大きな声でアムセンに呼びかけた。



 アムセンは血の気は引いた。

 『狩人罠にかかる』

 森という事はこいつらは囮。ココいる敵は雪原を走る十数名のみで、おっさんは単なる惹きつけ役に過ぎない、いうなれば捨て駒だ。

 なんてことだ! 自分は功を焦り敵のいない雪原のど真ん中に、まんまと引っ張りこまれたのだ。

 しかも、こんな重要な局面で。

 初陣でも分かる。この戦は終盤に入りつつある。この先にある戦いがこの戦局での最後の大規模戦になるだろう。それに完全に出遅れたのだ。

 仲間を出し抜いて敵の首を取ってやろうと息巻いていたが、愚かにも最も武勲から遠い所に来てしまった。

 『ガウべルーアの奴らは俺たちを孤立させ包囲して叩きにくる。奴らは弱いがずる賢い』

 オヤジが言っていたのは本当だった


 ――クソが!!!


 それでもこの一人は仕留めてやろうと背筋に力を込めた、その時、アムセンは全身に強い痺れを感じ、振り上げていたブロードソードが己の意に反して手から滑り落ちる様を見た。

 ボトリと落ちた剣先が、無様に惚ける敵の股の間にトスっと刺さる。


 ショーンは朦朧としながらも敵が落とした巨大な剣にしがみつく。

 もはやこれは考えてやっている事ではない。ただ体が生を求めて動いているに過ぎなかった。

 這い寄って、手が切れるのも忘れて刃を手繰り柄を持つ。重すぎて片手では持ち上がらないので抱きかかえて持ち上げる。

 なぜ敵青年が剣を落としたのかは分からない。

 そんな事はどうでもいい、やるんだ、こいつをやるんだ、やられる前にやるんだ。それだけが頭の中をぐるぐると回り、斜めに倒れ掛かってくる敵の横腹に剣先を向けた。


 うつろうアムセンに感覚はもうなかった。

 体がまるで自分とは別の物体になって、全身から急速に力が抜けていく。

 流れ行く視界には、森に向かう皇軍の奴らと雪面にヒョンと突き出た二つの頭があるのが見えた。

 そして眼前の雪がみるみる赤く染まって溶けて行くのが、コマ送りのように見えて、そして消えた。


 「やった……やったんだ、オレは……」

 何が起きたかは分からないが、それでも自分は勝ったのだ。

 シンシアナ兵と一対一で戦い。そして勝ったのだ。

 ボロボロのクソ戦闘だったが、それでも勝った。

 それがショーンの中に小さな矜持となって残って、そしてショーンもまた暗闇の中に消えた。



「ライカ大隊長、命中です」

「どこからにゃ?」

「森の手前の一番大きな木の上の狙撃兵です。でも今の狙撃で位置を悟られたかもしれません」

「しょうないにゃ。ショーンを見捨てられないし、あいつは倒す必要があった」

「いえ、お待ちください。わずかに動いています。『雷針』の効果が弱かったようです。狙撃兵が不慣だったのかもしれません」

 ライカの横で()()()を担う鳥系のバーンが、眼力を込めて先程撃たれたシンシアナ兵を観察する。

 『雷針』とは電撃魔法の変化系で魔力を針のように絞り高電圧でショック死させる致死性の魔法だ。

 ファイアバレットは顕現すると大いに炎を発するので狙撃には不向きだ。そこで炎の出ない雷の魔法が用いられることになった。だが雷の魔法はド派手で魔法消費が激しい。そこで顕現点を究極に絞り高圧で一気に感電死させる『雷針の魔法』が開発された。

 だが秘密裏に遠方の敵を暗殺する仕事など皇衛騎士団にあるわけでもなく、作ったはいいが出番がない魔法になっていた。そのため今回が初の実戦投入となる。


「そっか。敵はまだ動くか? ショーンに任せて大丈夫そうか?」

「ここからでは詳細は確認できませんが討ち取ったようです。敵の出血を確認しております」

「よし、よくやったショーン。致命傷じゃないかもしれないけど、この寒さなら敵も動けない。じゃ背中のケリがついたことだし動くぞ」


 後顧の憂いを断ったライカは、左右に広がる中隊長に手信号を送る。


『ステルス アンド アプローチ』

 気配を消して近づけ


 パーン同士であれば以心伝心で気持ちは伝わる、それをラドは『心話』と名付けたが、心話では命令は伝わらない。また戦場では声が通らない事が多いので、命令を的確に伝えるためにラドは手信号によるコミュニケーション手段を確立していた。

 因みに、ステルスは手のひらを下に向けて上下に動かす。アプローチは腕を水平に振る。これを三回繰り返す。


 ティレーネからライカに伝えられた使命は実に単純だ。

 ”敵の足に一撃を食らわし機動力を奪う”こと。

 そのために夜のうちに極力足跡を残さず雪原に潜み、一晩を明かした。

 自分達が通った足跡はショーン達の足跡にかき消される。雪原に一晩身動きせずに留まれば、雪がつもり自分たちは雪原に埋もれた切り株の一つになる。

 そうして身を隠し、シンシアナに奇襲を仕掛ける。

 ライカは身を隠すなら森が良いと言ったが、ティレーネは仕掛けをするから敵は必ず雪原に背を向けると言った。

 それがどんな仕掛けは理解できなかったが、朝日が登り雪原に魔法鋼剣の反射を見たとき、彼女がこの雪原に何を仕込んだのかが分かった。

 表面が固くしまった雪面に剣が刺さっているのだ。それはまるで剣を構えた伏兵に見える。

 だが所詮は生気のないタダの鋼。

 一瞬の疑惑を生むがそれ以上の何ものでもない、ここに狙いがあるのだと分かった。

 『シンシアナはこれを見て罠を想像し、森に意識を向ける』

 だが実際雪原に潜伏してみると、これだけでは偽装には弱いと思った。そんな時に現れたショーンの単独行動は実に好都合だった。

 まるでこちらに誘っているように見える。


 また手信号を発する。

『キープ フォーメーション』

 陣形を崩すな


 この奇襲は一撃離脱。誰一人欠けさせないためには先行と出遅れを無くし、全く同時に全員が敵中をすり抜けなければならない。


 横一列になって一歩一歩と近づく。

 音は全くしない。少くとも猫系パーンの自分の耳にも微かな気配しか感じない程の静けさだ。


 この高い身体能力はヒトには無い特質だ。

 一晩雪の中で身動き取らずに耐えられること、気配を殺して動けること、言葉を使わず仲間と想いを伝え合うこと。

 ヒトと一緒に暮らして、それらは素晴らしい自分達の特徴なのだと初めて知った。同時に自分達は確かにパーンというヒトとは違う生き物だと感じた。

 ヒトはこんなに寒さに強くないし、獲物を狙えるほど俊敏でもない。そして仲間を守れるほど力もない。

 だからいつも何かを疑い、徒党を組もうとする。そしてパーンを排斥しようとする。その根っこには狂乱以上に圧倒的な強者であるパーンへの恐れがあるのだと思う。

 だがヒトの弱さを知ることで、ヒトとの違いは悲しい事じゃないと思うようになった。

 むしろパーンであることは誇らしい。なぜなら、こうやって仲間の役に立てるのだから。

 ――ったく、単純にゃ

 そう思ってしまう自分に呆れるが、単純にそう思えるのもパーンのいい所なのだと思いたい。


「伏兵を警戒しろ! 上を見ろ。ここは俺達が歩いてきた森だ。下には敵はいないぞ! 敵は木の上に潜伏しているはずだ!」


 敵司令官の指示が聞こえるまでの距離にきた。

 超高速の一撃離脱だから、敵は相手の出方も分からず何も出来ない筈だ。

 その混乱に乗じてリレイラは敵指揮官の狙撃が可能ではないかと提案してきた。そのために腕のいい狙撃兵を一人だけエフェルナンドから借りている。

 それが先程、ショーンを救った狙撃兵なのだが、不慣れな魔法のせいか、一晩中木の上にいて凍えていたせいか、はたまた寝不足のせいか、雷針の威力はかなり微妙だった。

 この威力で狙撃をしても指揮官は倒せないだろう。それどころか狙撃兵を危険に晒す事になる。そもそも狙撃は動いている敵には不向きだ。

 隣に潜む鳥系はパーンに伝える。

「敵の親玉の狙撃は成功しないと思う。狙撃は止めるように伝えて欲しいにゃ」

「了解です。私も同感です。突貫のタイミングで回収すると指示を出します」

 狙撃兵の回収をしても足はコッチが圧倒的に有利だ。体重の重いシンシアナ兵は新雪に不利で追いかけることすらできないだろう。


『スタンバイ』

 最後のサインを送る。


 我々はもう敵の背後、一ホブを切る所まで来ている。まだ気づかれていない。

 迷い込んだシンシアナ兵は消して憂いを断った。背後に危機を告げる者はいない。

 あとは心話で攻撃の合図を出すだけだ。


「木の上に一人いたぞ!!!」

 敵がショーンを助けた狙撃兵を見つけた!


『いくにゃ!』

 心に力を込めて叫ぶと左右の雪の小山から、仲間達が雪崩打って躍り出てきた!



「敵襲ーーー!」

 背後からの突然の攻撃にシンシアナ兵は大いに動転した。雪は音を消す。敵襲に気づいたときにはガウべルーア兵はもう目前に迫っていたからだ。

 林の中いるだろう伏兵を警戒して抜剣はしていたが、そう簡単に五千の兵が急反転し、別の敵に対応できるワケはない。

 それでも皇軍兵は各々の判断で敵を迎え撃つ体制をとり始める。

 だが対応が揃わないため、剣を弾く金属音は疎ら、野太い男の叫びも散漫に聞こえるのみ。


「魔法がない! 敵は半獣兵だ!!!」


 先を行くゲニアがその声を聞くときには、ライカ隊は既にゲニアの目前まで迫り、皇軍の早さとは比較にならない素早さでシンシアナ兵の足や手などの局部に一撃を与えているところだった。

「初撃は受けろ! 半獣兵は早さに翻弄されるな! 皇軍将補の指示で軍を再編しろ!」

 ゲニアはイニシアティブを取られて総崩れになるのを恐れたが、混乱に乗じて自軍を突貫した半獣兵は切り返すこともなく、背後からは第二波が来ることもなかった。

 敵は皇軍の合間をただ突風のようにすり抜け、林の中に消えていったのだ。

 そして後には致命傷ではないが、腕や足に負傷を追った兵の唸り声と吹きすさぶ風の音だけが残った。


 やや暫く一級の警戒を敷いていたが、偵察の報告を聞いてゲニアは知った。

 森に伏兵などいなかった。

 雪原には剣だけがあった。

 そして敵はわずか数百の兵で一撃のみの奇襲を仕掛けたのだと。

 完璧な奇襲ができる兵と、我軍と同等かそれ以上の兵力があるというのに。


 意図が分からない。

 ガウベルーアが何を考えて、このような無駄な一撃をしたのか全く分からない。

 だが一つだけ確かな事がある。

 雪原に散りばめられたら違和感に惑わされて、またも一杯食わさたということ。

『畜生め、俺は皇軍将の器じゃないってことなのか。畜生め』

 ゲニアは野戦任官で得た筆頭皇軍将の地位を確かにする機会を二度も潰した自分に対して、ただ怒りを溜めるしかなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ