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雪の長城

 ラドは杵の峰の西面に向かう。

 ここは山頂を伺う急斜面で木々もまばら。夏ならば岩場に灌木が点々と生える鬼の押し出しとなっている場所だ。

 ティレーネは冬にここまで来たことはないが、夏ならば薬草となる高山植物が取れる穴場だと言っていた。

 この斜面に二十スブ幅で魔法兵を並べて、山頂付近まで縦隊になって登山する。

 途中で雪面に深い穴を掘って、先端にカチカチ凍らせた雪玉をつけたロープを埋めていく。

 穴を掘るのは火の魔法を雪面に放つだけで良い。顕現した火の魔法は雪を溶かしながら下へ下へと潜っていく。ただし顕現点に魔力を送り続けるにはコツがいる。


 そのロープを繋いて山頂に向けて引っ張る。

 そんなのを二、三百個も埋めただろうか。地味な仕込作業が終わったのはもう辺りも暗くなった頃だった。

「このロープは何ですか?」

「導魔線だよ。知ってた? 魔力は意識した物体に沿って流れる特性があるんだ。だから魔法陣なんてものが存在する」

「それと私の作戦にどんな関係が?」

「キミの作戦は途中まではいいのだけれど、至るところに運の要素があってリスクが高いと思ったんだ。だからちょっと改良させてもらった」

「はぁ……」

「僕たちはいいコンビだと思わない? ティレーネは作戦を考える。僕は魔法でアシストする」

「はぁ……」

 ティレーネは思う。雪だるま作戦の何がリスクなのだろうか? 高所を取り、上から雪だるまを落として敵を翻弄する。

 全く子供の雪遊びの通りの作戦で、ただ違うのは雪玉が魔法攻撃になるだけなのに。

「腑に落ちない顔だね。まぁ上手くいくと思うよ」

 そこに雪をかいて魔法兵が割り込んでくる。

「連隊長ご報告します。導魔線の通魔試験クリアです!」

「ご苦労。ロープはしっかり雪に埋めたか? 大魔力を瞬間的に流すから熱で切れる可能性があるぞ」

「ご命令の通り雪に埋めて踏み固めております」

「よし。これで準備は整ったな。ティレーネ副参謀、エフェルナンドに通信、状況開始だ!」

「は、はい!」



 ラドが出立した長城は、その後、小出しの攻撃を何度か受けたが、その都度ライカ率いるパーン部隊とエフェルナンド率いるハブル兵が全力を以て敵を弾き返していた。

 敵の出方が小出しなのは威力偵察を仕掛けているからだ。通常、戦線は右翼、左翼、中央を複数の軍団で分担して守る。そのため長城の数点を攻撃することで兵種や兵数を伺い、敵の全体像を予測することが出来る。

 そのような軍事行動を取ることは想定済なので、エフェルナンドはラドから手渡された望遠鏡で敵の動きを見て行動を先読みし、敵の動きに合わせて隊全体を右へ左へと大移動させ、あたかも大軍が控えているように見せかけていた。

 おかげで長城の内側は号令一斉全力疾走祭りだ。


 だが、昼頃には攻撃が止み、シンシアナ軍の動きが変わる。

 どうやらシンシアナは『長城の敵数は大なり』と判断したようだ。

 その後は敵兵集まれど動きなく、そのまま日は暮れる。

 雪壁といえ攻城戦に単純突撃は無謀だ。『何かしら備えるため即激突とはならず夜を迎えるだろう』と言うティレーネの予想が当たった形となる。


 その結果を受け入れるのは癪と思いつつ、エフェルナンドはすっかり暗くなった見張り台に寝そべり、剣束に掛けた光の魔法に顔の陰影を映す。

「敵さんの動きはどうだ?」

 監視のパーン兵にゆるりと確認する。

 敵軍の監視はエフェルナンドと偵察に長けたパーン兵が行っている。長城に一段高い見張り台を作り、交代で雪上に寝そべって視覚と聴覚、嗅覚にたよりに相手の動きを読む。

「動きなしですが、壕を掘ってますので戦いは翌朝かと」

「気を抜くな。そうやって夜襲を仕掛けるのが常だからな」

「はい!」

 夜になれば望遠鏡は使い物にならない。

 あたりは深々と降る雪に明かりも音も吸われて、十スブ離れれば冥界に迷い込んだかと思うほどの孤独に襲われる。


 全くのモノクロ、圧倒的な無の世界。


 だのに、こんな劣悪な環境下で彼らは敵の動きが分かるという。

 聞くところによると、一部のパーンは人の体温がぼんやりと見えるという。また微かに雪の鳴る音だけで何処に何があるかが分かる者もいるという。

 まったく獣の非常識な力に呆れるが、それは思っても口には出さない。まがりなりにも自分の部下だ。くだらない感情を吐露して士気を落としてはいけない。


「体が冷え切る前に交代しろ。夜は長いぞ」

「ありがとうございます」

 やたらと嬉しそうに監視のパーン兵が答える。

 相手はお前らを虐げてきた貴族様だぞと思うが、もう彼らは自分をすっかり信じている。この信頼が個人的なものなのか連隊長の人徳によるものなのかは分からない。

 分からないからか、胸のあたりが苦くなってくる。

 それを押して「お前らの力に期待している」と言ってツルツルの階段を下りた時だった。

 手首に巻きつけたエマストーンがチカチカと光った。


 このエマストーンは同調型と言われるものだ。従来のエマストーンは全ての石が反応はしていたが、同調型は送り手が受け手を選べる。

 しかし何故、同調型と言うのかはエフェルナンドには分からない。

 エマストーンが三回の明滅を繰り返し、一息待ってまた三回の明滅を繰り返している。これは「作戦開始、移動しろ」の合図だ。

 エフェルナンドは長城の走り伝令の兵を捕まえ、パーン部隊、混成部隊の各中隊長を呼び出す。

 このような役割分担を明確にした兵の運用も連隊長が考案したものだ。一般人だったというのにあの子供はどこでこんな考察を深めたのだろうと思う。

 翻って自分はまったく不甲斐ない……。


 などと胸の内に胚胎し始めた靄を振り払い、集まった中隊士官に命令を発する。

「連隊長から通信だ。我々は作戦通り最小兵力を残し長城を捨てる。パーン部隊と混成部隊のハブル兵はダーバラン隊が付けた足跡に従い断崖へ向かえ」

 各中隊長は声を出さずにガウべルーア式敬礼で是と答える。

「エフェルナンド大隊長。我々魔法兵二十五名はここに残りリレイラ殿の命令を遂行します」

 彼はショーンという一般兵だが、特殊任務を帯びているためこの場に参加している。

「魔法導線に繋いだマジックランタンに魔力を流し続けて、長城全域を煌々と照せ。雪だるまの兵だと悟られるな。光らせるランタン石はランダムに変えろ」

「承知しております!」

「他の奴らは例の物は持ってるな。準備ができ次第移動を開始する!」

 長城居残り部隊、次の作戦段階に移行する。



 その夜のシンシアナ第七皇軍。

 寒空の下、ゲニアは今ごろムンタムを強襲しているだろう第一皇軍を恨めしく思いつつ、ネズミのしっぽのように萎びたイモをかじっていた。

 自分の役割はムンタムから騎士団を引き剥がす囮だ。

 北進騎士団を引きずり出したら、できるだけ南に引っ張り込み、そこで彼らを足止めする。

 それは理解している。そのために第四から第七皇軍が駆り出されてるのも。その任務を今冬の初旬からずっと遂行してきた。


 その耐え難き我慢の任務が遂に終わると思った矢先、突如側面に巨大な長城が現れた。

 こけおどしに違いないと思い、試しに叩いてみると籠もったと思えぬ苛烈な攻撃が返ってくる。

 敵は我らの猛攻に恐れをなして、いつもの籠城に切り替えたのか?

 だが全軍が移動していない、それに急ごしらえの作戦に思えてならぬ。

 ガウべルーアは狡猾だ。ブラフもありうるので夜まで様子をみると、雪壁の狭間に無数の明かりと兵影が見えるではないか。あちらからもこちらからも。

 不幸にも雪に音はかき消され城内の喧騒は聞こえないが、これは長城の腹に莫大な数のガウべルーア兵が詰め込まれたと考えて間違いない。


 ゲニアは爪を噛む。

 ――慣れぬ策など弄してモタモタと戦いを伸ばしてしているからこうなる!

 忸怩たる思いで雪塹壕開削の指示を出し、やっと自分が留まる雪中壕に戻ると第六皇軍筆頭皇軍将が冷え切った雪中壕で待っていた。


 待ちくたびれたのか筆頭皇軍将はやおら要件に入る。

「第七皇軍ゲニア補将に命ずる。右翼に現れた長城を攻略せよ。分かると思うがあれに側面を脅かされては我々は本隊を叩くに叩けない。そこでだ」

 筆頭皇軍将は一歩詰め寄る。

「当地の状況を最も熟知している貴官に第六皇軍三分隊、三千の兵を与える。貴官の兵と合わせてこれを攻略せよ! 現時点において貴官を長城攻略皇軍、筆頭皇軍将に任命する!」

 突然の任官。

 皇軍には順位がある。第一皇軍が最上位で第二皇軍、第三皇軍と続く。そのため戦地において第六皇軍は第七皇軍に命令を発する権限を持つ。

 順位があるのは連携行動を取るうえで混乱が生じないためであるが、しばしば順位を傘に来た命令が飛ぶことがある。

 この瞬間がまさにそれであるが、大概面倒な命令もゲニアには朗報以外の何物でもなかった。

 元々命令に背いてでも目の前の敵をブチのめしたい衝動に駆られていたのだ。こんな敵の鼻元をくすぐる様な戦いはシンシアナの戦いではない。足止め作戦は必要だが頑なに敵を消耗させる戦い方に自分も兵士も酷く苛立っていた。

 長城の始末は自分に任せるというならば、もはやダラダラと戦う必要はない。やりたい放題大暴れしてやろうではないか!


「了解いたしまいた」

 厳かに答えるが腹の中は興奮に燃え上がっていた。

 自分の後ろには第四から第七皇軍が集結している。ここでハメを外してなんの躊躇があろうか。


 筆頭皇軍将はいくつか命令を次々と伝えて、「以上だ」の台詞一つで話を打ち切り去っていく。

 言いたい事だけ言い放つとは全く無礼だが、一人雪中壕に残されたゲニアはニヤリと笑っていた。

 まさかの野戦任官。

 第七皇軍筆頭皇軍将がひと街離れた戦地いたのが幸いした!

 一般的にシンシアナ一皇軍には五人の将がおり各々千名の兵を預かる。そのうち一人が筆頭皇軍将として全軍の指揮を預かる。

 ゲニアは普段ならば皇軍補将という、筆頭皇軍将、副皇軍将に次ぐ三番目の地位にある。五人中三位とは実に微妙だが、今回は全軍指揮を任された為、階級の方を一時的に上げることになった。

 しかし長城攻略が終わればまた元の補将に逆戻りだ。であるから、ここは是が非でも手柄を上げねばならない。戦場おいてもチャンスはそうそうないのである。



 翌朝、ゲニア率いる長城攻略皇軍は長城に向かって進軍を開始する。


 不完全だが夜のうちに雪塹壕は掘った。ある程度の距離までは安全に進軍できる。

 だが問題は塹壕が切れた向こうだ。

 安易に突撃して敵の斉射を受けてはならない。雪は兵の足を食う。夏は避けられる魔法攻撃も驚くほどあっさりと食らってしまう。

 仲間が火の魔法でやられた現場を眼前で見たことがある。あれは自分が入隊して間もない頃だった。

 その死に方は凄惨だった。体の内側から燃え出た炎は、まるで生き物のように一気に広がり、肉をブツブツと焼き、顔を溶かし目玉を飛び出させた。

 一分前までバカ話をしていた友が、物言わぬ黒い炭塊となる。

 二十年の人生が、たった一分で炭だ。

 そんなひどい目に自分の部下を晒したくはない。


 進行は敵の出方を伺いつつ、じりじりと行う。

 敵はバカではない、長城は見事に我々より高所を取っており、視界に入る範囲では攻めるに適した場所は見あたらない。凸所見つけて集中攻撃が理想だがそのような場所があっても登坂が必要な戦い難い地形となっている。

 それでも好所を見つけねばならない。攻城戦は壁を破るところから始まる。

「先遣隊は雪塹壕を出て匍匐で長城に迫れ。壁の強度を調べろ」

「了解!」の声も勇ましく、ゲニアに近しい兵が十名ほどモソモソ雪塹壕を出て肘で雪面を割りつつ匍匐を開始する。


 小雪舞う静寂の雪原に、しばらく匍匐が続く。

「ゲニア殿、敵の攻撃はないようです」

 ゲニアの隣の側近が報告する。

「見ればわかる。先遣隊は慎重にいかせろ。接近して狙い撃ちを企図しているかもしれん」

 ゲニアの指示に馴染みの側近の一人が神妙に頷く。


 先遣隊は雪原の効果を最大限に発揮して、ジリジリと距離を詰めていく。

 雪中戦のいいところは、何かあれば埋もれてしまえるところだ。うまく匍匐すれば雪に体が埋まり暴露面を最小に出来るため、素人魔法兵では狙いをつけることが出来ない。

 もっともその手が使えるのは荒れていない戦場の、しかも先頭の兵だけだが、それでも偵察のような場面では有効な手法だ。


 その兵が長城まで約一ホブに近づいたときだった。

「くそ! 馬鹿にしやがって!!!」

 一人が大声を上げて勃然と立ち上がった。

「バカ! しゃがめ! 身を引くしろ!!!」

 ゲニアの指示を無視して、天に腕を上げて吠える!

「うぉーーー!!! クソチビどもーーー!!!」


 彼が見たものは何だったのか?

 それをゲニアも直ぐ目にすることになる。

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