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重責

 時は遡る。


 敵包囲の突破後、シャミはラドの命を受け、伝令として一人夜の雪山を走っていた。

 行き先は北進騎士団がいる北面。そこまで敵に見つからぬよう北の峰を大回りして到達せねばならない。しかも可能な限り早く。


 この作戦は北進騎士団の開放が目的になる。だが眼前には万に及ぶ敵がおり目的の遂行を阻む状況だ。

 打開するには北進騎士団の協力が必要になる。

 快進撃だと思ってここまで追撃してきたナバル北進騎士団長に、追撃の判断は誤りだったと分からしめ、さらに一時的にしろ皇衛騎士団が立案する作戦に協力して戴かなくてはならない。それは非常に難易度の高い交渉を意味している。

 シャミはエマストーンを握りしめ走る。

 パーンの自分には重すぎる任務を噛み締めて。



 一晩走り続けたシャミは、なんとか翌日の朝方に北進騎士団の背面に到着した。

 だが、ナバルとの謁見を求めるも、半獣人という理由で捕縛されてしまう。

 その場で切り捨てられるかと思われたが皇衛騎士団の制服がそれを留めた。こんな雪山に制服姿の半獣人がノコノコ現れるのはおかしい。そう思った衛兵は己の判断を躊躇い、不審者の処分を騎士団長に仰ぐことにした。

 おかげで運良くか悪くか、騎士団長コディ・ナバルに会う道が開けた。ただし手は後ろに縛られ、刃物を突き付けられてだが。


 幹部幕舎の中は十名近くの北進騎士団騎士が詰めていた。一方こちらは自分ただ一人。

 人数といい、立場といい、圧倒的に不利な光景だ。

 だが怯んではいけない。


「あなたが騎士団長さんですか!」

 決意が声に出たか、幕舎に比して大きな声がシャミから出る。

「こいつは何だ」

「外をうろついていました。自分は騎士団の者だ、ナバル様に会わせろとのたまう不届きな半獣人でしたので処分のご指示を仰ぎに――」

「半獣人が私にだと?」

 目は口ほどに言う。ナバルの蔑む視線が言葉以上にシャミの存在を傷つける。だがシャミは力を振り絞って逆に睨み返す。

「あなたが北進騎士団長さんですね! わたしは皇衛騎士団のシャミですの! お願いです! 合図が出るまで一時的に撤退し攻撃は控えて欲しいですの……です」

「皇衛騎士団だと? 戦場を放棄した者が何様のつもりでココにいる!!!」

「ちがうですの! ラドさんには作戦があって――」

「ならばなぜ小僧がここに来て直々説明せん!!!」


 北進騎士団にはそう見えるのだろう。盾にしようとしていたラド達は、どこに逃げ道を見つけたのか、するりと敵の包囲を抜け出し、どこぞにトンズラしてしまった。正面から激突している北進騎士団からすると戦場を放棄したと見えてもおかしくはない。

 そのせいで両大軍は苛烈な激突となり、北進騎士団は大いに損害を被った。アテが外れた原因をラドに押し付けたくなる気持ちも分からなくはない。

 だがそれ以上にナバルを怒りに駆り立てたのは、伝令が半獣人な事だった。しかも子供の女である。バカにするにも程がある! そして獣風情がこともあろうか騎士団長の自分に命令をしている。


 ナバルはシャミを正面から蹴り倒すと躊躇わず剣を抜いた。ムンタムの城内なら半獣人など切り殺しても構わない。コイツらは人ではないのだから。

 蹴られたシャミは肩から転げ、拍子にテーブルの脚に頭を打つ。

 普段の自分ならそんな事をされた瞬間に脱兎の如く逃げ出すだろう。自慢ではないが自分は危険に敏感で恐怖に弱い。これほど怒気をたぎらせた相手など、とても対峙できない。今だって震えが止まらない。

 だが、本能を殺して起き上がり、克己心を奮い立たせ仁王立ちにナバルに向き合う。

 怖い。

 テーブルの脚で切った額から赤い物が伝って、床にポタポタとシミを作るのも怖い。

 だが、いつものようにヒトを恐れて逃げてはいけない。自分はラドに重要な使いを頼まれているのだ。


「怒ってもダメですの。ラドさんに伝言をあずかったですの!……です」

「歯向かうか! 獣!!!」

 ナバルの咆哮に合わせて両隣の魔法騎士も剣を抜く。その奥の魔法騎士も詠唱体勢だ。

 騎士団にいれば分かる。人も狂獣も剣の一撃如きでは葬れない。切られれば反撃してくるから、こういう場面では必ず介添えが立つ。つまりこの人は本気でやる気なのだ。


 そこに重い声が響く。

「ナバル様、その半獣の言葉はともかく、皇衛騎士団の動きは本当です。斥候が杵の峰の麓に砦が作られつつあるのを認めております。ラド・マージアは長城を作る作戦に出たのかと。事実、敵の動きは猛攻の後、一旦止まっております」

 言われてナバルは確かにと気づく。緒戦の攻撃に比べて本日の出足は鈍かった。早朝に探り探りの一戦があったきり。

 あれは何かと思ったが、側背面に出来た長城を恐れての様子見だったのだ。


「手の縄を解いて欲しいですの。ラドさんの手紙がわたしの防寒着の内ポケットにあるですの!」

 そう言われても胸に忍ばせた手紙など、どの魔法騎士も取りたくはない。気を許せば半獣人が噛み付くかもしれない。もし噛まれれば怪しげな病に罹る可能性がある。

 騎士達は怯んで誰も動かない。

 ナバルもその理由が分かるので、顎で指示を出して手縄を切るように命じる。この人数ならばもし半獣人が暴れても切り捨てる事が出来る。正面からも近づくよりも安全だ。


 若い魔法騎士は、シャミが胸の奥から引っ張り出した手紙を恐る恐る受取りナバルに手渡す。

 ナバルは汚物を触るように手紙を受取ると、封蝋のない四つ折り紙を開いて目を走らせる。


「……マージアめ。北進騎士団を愚弄するような作戦を」

「違うですの! ラドさんは北進騎士団が動けるよう反対側を押さえるための四十ホブ長の城壁を作って敵を押さえてるですの」

「そのような意図など信じられるものか! 封蝋もない手紙など何の証拠にもならん! 確かに皇衛騎士団は半獣の団だ。だがキサマが皇衛騎士団の者である証拠など微塵もない!」

「そんな! 向こうの長城からここまではシャミじゃないと来れなかったですの! ヒトじゃ見つかっちゃうし、凍え死んじゃうですの!」

「そもそも半獣人が報告している時点で全てが信じられん」


 シャミは珍しく苦しげな表情を浮かべると、ムムとうなり、疲れと困惑でしんなりしていた耳を立てた。

「わかったですの」

 決意をにじませ徐にコートを脱ぎ始める。

 上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、遂には下着一枚に。

 うさき系のパーンは寒さに強い。強いとてこの雪山で下着一枚では、そう長時間耐えられるものではない。

「シャミは本気ですの!!! 騎士団長さんが信じないなら命を差し出すですの!」

 ナバルはピクリと眉を動かす。

「長城は騎士団総出で雪と氷で作ったですの。ラドさんはその城で半数のシンシアナ軍をおびき寄せて、更に追撃させてまとめてやっつけるつもりですの。だからこっちから今、戦われると迷惑ですの。シャミがウソを言ってると思うなら今、ここで切ればいいですの!」


 ナバルは威勢よく言い切るまだ凹凸のない少女の全身を見た。

 肉のないほっそりとした体が細かに震えて、でも赤い目だけがギリギリと自分を睨んでいる。長い耳もそうだが、脚力がありそうな少女とは思えない筋肉質の太ももには、腹まで繋がる白い柔毛がみっしりとあり、その存在がたしかにこの娘がヒトあらざる生き物だと主張している。

 その半獣人が命を張っている。


 ナバルは剣先をシャミの喉に突きつける。

 山の冷気に冷やされた魔法鋼の切先がシャミの喉に刺さる。その先に感じるのは冷たさだろうか。否、痛みかもしれない。


「キサマを、ラド・マージアを信じる根拠は」

「ないですの!!!」

 そう言い切ってからシャミはラドから託された貴石の事を思い出し、先程投げ捨てたコートを視界に探す。

「そこの外套の右ポケットを探すですの。ラドさんの貴石が入っているですの!」


 言われたナバルの部下がいやいやコートのポケットを探る。

「ありました!」

 ナバルは部下からグイっと差し出された青く光る石を指先で摘み取る。

 ――手紙の次は貴石か……。

 半獣人が触った物を二度も触る羽目になるとは、今日は何たる不運な日かと呪う。こんな奴らを喜んで飼うラド・マージアは余程の変人か阿呆だろう。

 まったく無知とは恐ろしい。

 自領内でも若い娘が産み捨てた半獣人の赤子をしばしば見た。人の腹から獣が生まれるのは誠におぞましい。おぞましいだけならまだよい。気の弱い娘は自分が産んだ子を見て発狂する事もある。

 獣の血はどこで混ざるか分からない。

 幼くしてあれ程の知識があり、それを知らぬ訳でもあるまい。


「ラピスラズリか。この石を渡すという事は少なくとも小僧は私に会って釈明するつもりはあるのだな」

 耳の長い小さな女の子は震えなのか頷きなのか分からない仕草で、ガクっと大きく震える。

「ナバル様、この獣の言う事は作戦的にも正鵠を射ています。ここは信じるべきかと」とヨルドム。

 無二の友であるヨルドムが言うのである。その言葉をナバルは無視できなかった。

 ナバルは顎に手を当てるしぐさをして、うーむと唸る。眉間には深い皺を寄せて。

 これは本当に悩んでいる仕草だとヨルドムだけは分かった。



「服を着ろ。私に半獣人をいたぶる下衆な趣味はない。ラド・マージアは北進騎士団と()()するというのだな。小僧め、己が功のため北進騎士団を顎で使いおって」

 シャミは違うと言いかけて続きを飲み込んだ。ムンタムが襲われているだろうことは今、言うべきではない。目的は忽ちこの戦いを済ませて心置きなく北進騎士団に転進してもらうことなのだ。ここで動揺させてしまえば、この騎士団長は誤った判断をしかねない。


「敵は長城により分断されるのだな」

「はいですの。でも直ぐに背後の作戦に気づくと思いますの」

「北進騎士団には何を望むか」

「シンシアナと拮抗する様な戦い方ですの。明日以降、シャミが持つエマストーンが光るですの。一度光ればシンシアナの分断に成功ですの。三回以上光れば失敗ですの」

「成功の時、失敗の時、それぞれ我らは何をすればよい」

「同じですの。エマストーンが光ったら総攻撃ですの。ただし――」

「ただし?」

「失敗した時は相応の被害が出ることを覚悟してほしいですの。ラドさんは皇衛騎士団の総力をもってシンシアナの後ろを追いたてるですの。挟み撃ちですの」

「……わかった。これで全てか」

「全部ですの」


 ラピスラズリはマージア家の貴石だ。この半獣人がそれを持っているという事は、少なくとも坊やの使いであることは間違いない。

 しかしアンスカーリ閥の者が、北進騎士団のためにこれほど知略を巡らすのは、裏があるように思えてならない。

 だが……。

 山脈を縦走する連戦で兵は疲れ、兵糧も乏しい。短期で決められるならばそれに越した事はない。


「同じガウべルーアの騎士だ。裏は読まんぞ」

「感謝するですの」

「お前ではない! 今のはマージアだ!」

「はうう、ごめんですの」

 怒鳴られて、ぎゅっと萎縮する。

 なまじ中隊長などやっているものだから、こういうとき勘違いしてしまう。公式な立場ではパーンであるシャミは中隊長でも騎士ではない。だが、パーン部隊の実質的な役割は騎士そのものなのだ。

 それを改めて思うと、自分も随分生意気になったものだと思う。それがおかしくて声を殺してクスクス笑う。


「何がおかしい!」

「なんでもないですの。急におかしくなっただけですのっ」

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