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人生の選択

 やる事が決まれば騎士団は強い。

 硬直してきた北面を鋒矢陣形で強襲し、包囲を一気に突き抜け、北進騎士団の東翼を盾に借りて追手を振り切る。

 その後ティレーネの先導に従い、臼の小山まで下り、さらに小山を大回りして、その先に見える杵の峰を目指す。

 日が落ちると寒さは急激に厳しくなるが、体を動かしていれば耐えられる。だが体力の消耗は著く、誰もが黙々と足を動かす。


 目的地に着く前に真っ暗になってしまったが、夜目の効く仲間がいるので暗闇でも明かり無しで行軍ができた。

 様々な個性持ちが集う我が騎士団は悪条件においても何かと利がある。


 想像通り、途中で高所に陣取る敵の見張りを見つける。

 こういう時はマギウスライフルが便利だ。数名ならば敵に悟られずに倒すことができる。

 ちなみにマギウスライフルは魔法兵が使う武器だが、今回は夜の狙撃なので目いいミミズク系のパーン兵が照準を合わせ、魔法兵の魔力供給で狙撃した。

 このように魔方陣の精度が高ければ、パーンであっても魔法を顕現させることができる。


 目的地の杵の峰の麓の丘は、主戦場から見て東北東に位置する。つまり我々は北進騎士団を北西に臨む地に陣取っている。

 幸い敵に動きはない。

 静かに瞬く両陣営の灯りから察するに、どうやら今日の戦いは終了したらしい。


 目的地点に着ついても休息は訪れない。休まず城壁作りに入る。

 堀を作ってそこから出た雪を光が出ないように出力を絞った火の魔法で溶かし、その上に雪をかぶせる。これを繰り返し十スブほどの高さまで積み上げる。

 スコップのような素敵な道具はないが、それでも千五百名が集中して作業をすると、朝ぼらけの頃には長さ四十ホブ(約十二キロメートル)の氷雪の長城が出来た。

 なんと一日で自分も城持ち貴族!

 肉体労働でスゲー泥臭かったけど、これで僕も「アナと雪のなんとやら」と同格だ。



 自分で立てた作戦ではあるが、徹夜前提とはなんて酷い計画なんだろうかと、ティレーネは思っていた。

 どの兵も疲労困憊。自分から見れば疲れ知らずのパーン兵ですら、ぐったりと沈み込んでいる。

 さもありなん。ここに至るまで恐ろしいほどの強行軍を繰り返し、更には決死の一戦まで繰り広げてきたのだから。


「壮観だけどティレーネ、キミの籠城作戦は兵には重いよ」

「すみません、無茶を言って」

「承認したのは僕だけどね。けど、見てごらん! これで一か月は持ち耐えられそうだ」

 やっと出来上がった長城を見渡して小さな上官がうそぶく。

 大げさに言うのは自分を気遣ってくれたからだと理解しているが、ここで一か月も耐えるなどトンデモない。

 包囲を突破するために食料や予備装備の類いは殆ど捨ててきた。野営用のシュラフすらないので、今回は超短期決戦を挑まねばならない。

 だが、まずは体力回復だ。

「かまくらを作って兵に仮眠を取らせましょう。四名ほど入る穴を掘って上から固めるだけで十分です。どうせ捨てる長城ですから」

「捨てる? こんなに苦労したのに?」

 寝不足の耳に甲高い声が響く。

「ええ、向こうが釘付け作戦でくるなら、こっちは囮です。これだけのモノを作れば敵も大戦力が投入されると警戒します。その時間で次の作戦を遂行します。名付けて雪だるま作戦です」

 時間が無かったので、作戦の説明は『敵包囲突破』と『防衛線の長城建築』で止まっていた。だが頭の中には次の計画がある。作戦会議の続きをしなければならない。



 作戦会議はマージア連隊長、リレイラ筆頭参謀、エフェルナンド大隊長、そして自分で行われた。

 エフェルナンド大隊長に説明するのは、もの凄く緊張する。この人は連隊長よりも貴族っぽいし、一昨日まで自分の上官だったからだ。

 そして、向こうは認識していないだろうが、どんくさい私はよく大隊長に怒鳴られていた。


 すっかり固くなった雪の大地に腰を下ろし、広げた地図に頭を寄せ合う。

「――なるほど雪だるまね。キミは想像以上に策士だね」

「恐れ入ります。これも子供の遊びなんです。陣取り合戦。ここらへんで遊びのない子供達の冬の楽しみなんです」

「陣取り合戦ですか?」

 聞いた事のない言葉にリレイラ筆頭参謀が身を乗り出す。喋りはクールだが目がキラキラしている所をみると、どうやら興味があるらしい。

「仲間を作って二手に分かれて、夜のうちに雪壁の陣を何個か作るんです。朝になったら雪玉を投げ合って合戦をするんですが、相手がどこに潜んでいるのかを探り合うんです」

「それは興味深いです。しかし寒そうです」

「楽しいですよ。この戦いが無事終わったら雪遊びをしてみましょうか? 冬は狂獣が少ないので山は私たちの遊び場なんです」

「ハイハイハイハイ、フラグ発言は禁止。話を戻すよ。全体像は分かった。僕は全面的に君の作戦を支持する。二人はどうだ?」

 筆頭参謀のキラキラの瞳が一転渋くなる。

 分からなくもない。地形を知っているだけの一般兵が付け焼き刃で考えた計画なのだ、筆頭参謀や大隊長は当然、承諾しないだろう。

 だが、

「ま、留まってもジリ貧だし、ダメ娘を信じるか」

「私は反対です。ですが作戦の整合性を優先し是とします」


「えっ……」

 意外な結果に私がポカンとしていると、マージア連隊長に肩をポンと叩たかれた。

「オペレーションスノーマン承認だ。期待してるよ」

「ティレーネ! 体力がない分はアタマで挽回しろよ!」

 急に名前を呼ばれてビックリしたが、エフェルナンド大隊長が私のことを覚えていてくれたことが嬉しい。これは期待に応えなければならない。



 一通り作戦の全体像を決めた皇衛騎士団は、一旦の落ち着きを取り戻す。

 北進騎士団は期待通りに引いている。

 ラドはティレーネを側に置き、望遠鏡でシンシアナ兵の様子を伺っていたが、昼頃になり周囲の状況が分かり出すと流石にシンシアナ軍にも動きが出てきた。

 当たり前だが、突如現れた長城に驚きが起こっている様子で、本来なら北進騎士団と一戦のところが、戦いは一時止められ、意識はこちらに向いている。

 それを物語るように、白い服を着た兵がこちらを指差しながら、なにやら数名で話し合っているのが見てとれる。


「どうやら気づいたようだよ。予想より反応が早いか……」

「いえ、シンシアナは血気盛んですから、夕刻には交戦もありえると思っていました」

「そうか」

 ため息と一緒にあくび。

「眠いですよね」

 ティレーネに言われて、ラドは明確に疲れを意識する。

 続けざまの行軍にマギウスレーダーの制作、そしてこの築城と徹夜が続く。眠くないといったらウソになる。だが気持ちが昂ぶって眠れないのも事実だ。

「大丈夫だ。徹夜は慣れてる」

「本当ですか? リレイラ殿はあの調子ですよ」

 横を見るとリレイラは白目をむいて半口を開けて城壁にもたれていた。よほど眠かったのか、監視中に寝落ちしたのだろう。

「ははは、彼女は寝ないとダメなタイプだから」

 笑うラドに釣られてティレーネも目だけで笑い返す。

「リレイラ殿も一般の出なのですか? 連隊長は平民から騎士団を持たれたと」

 ティレーネの質問に、ラドは望遠鏡を覗きながら答える。

「まぁそんなところだよ。運が良かっただけさ」

「リレイラ殿はパラケルスの魔女さんのお弟子さんなんですよね。あれ? でも連隊長のことを師匠って呼んでますけど」

「いや、僕らはどっちが上とか下とか、師匠とか弟子かとかじゃないんだ。ここで使っている魔法はイチカとリレイラと僕の三人で作った。誰が欠けても出来なかったから」

「凄いです! 魔法を作るなんて。一体どうやって魔法なんか作ったんですか?……連隊長? 連隊長?」



 ティレーネが返答がない隣を見ると、一人の子供が雪壁に肩を預けてコクリコクリとしていた。

「やっぱり疲れてるじゃないですか……」

 そりゃそうだと思う。十歳くらいの子供だ。この歳で大成するのだから、徹夜に慣れているのは本当かもしれないが、この位の年ならばいくら我慢しても眠くなれば即、落ちてしまっていた。気張っていても、やっぱり子供なのだ。

「ちょっと休んでてください。大丈夫です。続きは私がやりますから」

 ティレーネはラドの代わりに望遠鏡を取る。

「これを覗いてましたけど……」

 何やら分からぬ道具を縦に横に眺めて、ラドがやっていたように筒に目を当てる。

「白? わっ! なにこれ!」

 驚いてうっかり大声を出していまい、上官を起こしてしまったのではないかと身をすくめる。

 だがすっかり深い眠りに落ちてしまった少年の瞼はピクリとも動かない。

「はぁ~危なかった。これ、遠くの物が大きく見える道具なんだ。これも連隊長が作ったのかしらん」

 そう思い、改めてラドの顔を覗き見る。

「かわいい寝顔……」

 こっくり首の落ちた、ぷにぷにのほっぺたに魅了されて触ってみたくなるが、子供のように見えてこの人は自分の遥かに四階層も上の上官だったと思い出し、伸ばした手を引っ込める。

「上官かぁ」

 ・

 ・

 ・

 ある日突然、自分が世話になっている農家のご主人に呼ばれて、『明日からお前はお払い箱だ。身寄りのないお前を引き取った恩を忘れやがって』と散々罵られ、何も持たされずに家を放り出された。

 何が起きたのかと思ったが、考え直すと思い当たるフシは一つしかない。

 野菜を市場に卸しに行った帰りに街で見た看板。そこに書いてあった、『身分種族性別不問』の一文だ。

 何を思ったのか自分は、普段なら気にもとめないその一文がひどく心に残った。

 多分、心が求めていたのだ。気づかずに身分という見えない枷からの開放を。


 そこに書いてあった住所は丁度、帰り道の近くだった。

 行くか行かないか迷ったが、行ったからといって何かしなければならないわけではない。好奇心が勝った。

 興味本位に募集の場所をかすめて見ると、募集の住所とおぼしき家の前に一人の女性がしゃがみこんで泣いていた。

 『もしもし』と声をかけて直ぐに気づいた。この子はハブルだと。なぜなら立ち上がった彼女の背丈が自分とは全然違っていたから。

 後で知るが、彼女は連隊長の同郷の友人、アキハさんという。

 ・

 ・

 ・

 望遠鏡を覗くと、白服で迷彩したシンシアナの斥候が匍匐でこちらに来るのが見える。この筒は便利だ。遠くの怪しい動きが手に取るように分かる。

「来たわね」

 連隊長を起こすか。いや、ここは私の作戦の範囲だ。想定の事が起きているなら想定通りに動くだけ。


 近くの魔法兵を呼び出す。

「シンシアナの偵察が六名きてます。皆さんはできるだけ広がって待ち構え、攻撃範囲に入ったら一斉に苛烈な攻撃をするよう各隊に伝えてください。こちらが大戦力を保有していると錯覚させます」

 伝令に抜擢された魔法兵は、後ろに眠るラドとリレイラを見て「はっ!」と敬礼をして走る。

 虎の威を借る狐。上官が背後にいるとはいえ、ほとんど面識のない兵に高圧的な指示を出す自分が何だかいやらしい。その行動が、あの日、アキハにされた事を思い出させた。

 ・

 ・

 ・

 魔法兵募集の家の前で泣いていたアキハさんを慰めているうちに、わらわらと人が集まってきた。

 どの人も貧しいなりをしており、私と同じ身分のようだった。

 その中の一人が『暴徒と化した民衆が頭から血を流した少年の遺体を洛西に担ぎ出しているのを見た』と言ったのがきっかけだったと思う。

 刹那、アキハさんは振り向き、涙も振り払わずキッと顔を上げたかと思うと、何を思うたか私の胸ぐらを掴んだのだ。

『アンタ! ここの人たちをまとめて西の跳ね橋に連れてきなさい!』

 突然の事に私があうあうしていると、

『私は馬と武器を取ってくる! 十分後に合流する! 名前は!!!』

 問われるままに答えて、後はこのアキハという女の子に言われるまま洛西に赴き、コゴネズミと戦ってきた。

 だが、この日の事はそれっきり。私は遅くに家に戻り御主人にしこたま怒られ、晩御飯も与えられず農奴仲間が住む家に蹴り込まれた。

 その後、この魔法兵募集の家にも、アキハという少女にも会っていない。

 会ってもいないのに私は魔法兵の募集に応募しており、後日、マージア連隊長が自ら身元引受人になって御主人のもとに来たのだった。

 そこにどんな駆け引きがあったのかは知らない。

 そしてヴィルドファーレン村に来て、初めてあの女の子がアキハと言うのだと知った。

 ・

 ・

 ・

 長城の少し離れた所から、一斉攻撃が行われるのが見える。

 魔法は便利だ。魔法陣さえあれば魔法導線を使って魔力を流し込めば、魔法士の存在など関係なく魔法が顕現する。

 この攻撃は連隊長が魔法兵に命令して、雪の城壁に書かせた魔法陣から行われている。

 これは何かと質問する私に連隊長は、「簡易の砲台だよ」と教えてくれたが、その時は砲台の意味が分からなかった。だがこうして雪壁の魔法陣が火を吹くのを見ると、これが火の魔法の無人発射装置の事だと分かる。


 シンシアナの斥候六名は急に始まった猛攻撃に逃げ惑い、ほうほうのていで元来た道を帰っていく。

 望遠鏡を見れば彼らの表情まで分かる。

 斥候たちは多方向から降り注ぐ想定以上の攻撃に、『カウベルーアは長城の中に相当数の兵力を擁している』と報告するだろう。

 その報告を聞けば、彼らは警戒して攻撃をためらい兵力を貯めてくる。

 雪中の攻城戦は足場が悪いので、籠城する受け手が有利だ。数の力を借りねば攻められないことは戦い慣れたシンシアナ兵なら身をもって知っているハズ。


「偽装は成功かな」

 独りごちるが安堵はない。

 すぐ次の作戦に進まなければならない。



 ティレーネは、ダーバラン中隊長のもとに向かう。

「あのぉ、ダーバラン隊長殿」

「うむ、君は誰だね」

「皇衛騎士団副参謀のティレーネと申します」

「副参謀? 昨日は居なかったと思うが」

「すみません、昨日急に任命されました」

「昨日だと? ラド殿はどうした?」

「連隊長は仮眠を取られております。昨日は不眠不休で長城作りを指示していましたので……」

 ダーバランは頭を抱えるが、ティレーネにその意味は分からない。

 騎士団のルールなど庶民は知らないのだから、突然、一般兵が参謀になるのが如何に非常識極まりないか知る由もない。

「そうか、それで私に何の用かね」

 疑いの眼差しを向けるダーバランを直視できず、ティレーネは喉に詰まる苦しさに戸惑う。

 連隊長は『いまキミは選択が出来る』と言った。自分には今まで人生の選択権が無かった。だから選択することを忘れていた。けど今その権利は自分の手中にある。

 これを決して手放してはいけない。そのためには勇気が必要だ。勇気が無ければ『選択』はするりと指の隙間から漏れてします。そして一度手からすり抜けた『それ』は、もう自分の元に戻ってくることはない。

 それが切実に分かるから腹に力を込める。

「お願いがあって参りました!」

 ティレーネはダーバランの取り巻きを押しのけて雪原に地図を広げた。


「ダーバラン隊を分けます。もう戦えない兵を選んで撤退を始めて下さい。南東の林を進むと断崖のどんづまりになります。左に曲がれば杵の峰の西斜面に繋がる雪道、右に曲がれば下山ルートなのですが――」

「ならば右だな」

「い、いいえ! その前にひと仕事をお願いしたいんです」

「是非もない。体力も魔力もない兵に出来ることならばやろう」

「ありがとうございます。ではまず横隊を作り一歩毎に三点を踏んで歩みを進める雪中足法で、ここから林を抜けて断崖まで行って下さい」

「足元が危険なのか?」

「いいえ、なんてことのない山道なんですが」

「ならば何故足元を確かめながら進む必要がある? それに横隊の意味も分からぬ」

 ダーバランが解せぬ顔を見せると、ティレーネの胸中には急に己への猜疑が生まれる。

 私は間違った事を言っているのではないか。怒られるのではないか。無視されるのではないか。

 ご主人に意見して受け入れられた試しなど一度もない。今までの農奴生活で経験してきた負の感情が溢れ出す。けど、

 ――連隊長は私を信じてくれた。その私を私が信じないでどうするの!


「さ、作戦です! 作戦なんです。続けていいですか? 林を抜ければ断崖です。右手には雪原がありますので、そこに兵達が持つ剣を捨ててきて下さい。出来れば思いっきり放り投げて」

「剣を捨てるだと? そのような事、出来るものか!」

「だ、だ、大丈夫です! もう戦闘行為はありませんので、ご、ご心配なく」

「そうではない! この剣は魔法鋼の官給品だ、それを許可なく処分するなど出来るかと言っている! 騎士団規にだな――」

 ダーバランの語気の荒さに怯むが、ティレーネは自らを鼓舞し言葉を続ける。

「振るわぬ武器ならば、別の用途で活用される方が意味があります。武器なんて使われてナンボですからっ」

「そうではあるが……理由なしには行えん」

「理由ならあります! 敵を誘導します」

「誘導だと? こちらが遥かに少数なのにか?」

「たしかに通常なら、少数の我々はシンシアナ軍を分断し各個撃破するのが安全だと思います。しかし今回は兵も疲弊し食料もなく短期決戦を余儀なくされています。揺動ではなく地形を使って有利に事を進めるべきと判断しました。それに今回のシンシアナは明確な戦略がありますが、敵の思考は元来直感的で直情的です。それを利用して沢山の敵を集めて、相手を意のままに操ります。勝算ならあります。ダーバラン殿はご不満だと思いますけど……」

 おどおどしつつも言い切るティレーネには確かに勝算はあった。

 麓の街でここ数日の天気を聞いたところ、ここ二、三日は暖かい日が続いているとのことだった。それを裏付けるように林間の雪面はキラキラと光っている。ならば雪原は一度溶けて凍った固い表層に覆われているハズ。そこに剣を放り投げれば、雪に沈まずプスリと刺さる。

 これこそ本作戦に望む状況。むしろこの雪面だからこそ、この作戦は成立しうる。


 ダーバランは、前のめりになるティレーネを見てむむっと唸り、次に疲れ果ててへたり込む若い魔法兵の姿を一人、二人と見た。

 兵はもう限界なのは明らかだ。魔法の使い過ぎは人の気力を削ぐ。それが明らかに出ている。

 人は精神の生き物だ。心は想像以上に体と頭脳に影響を与えている。いかに力があろうと、いかに戦い慣れていようと、心が折れてしまえば人は止まってしまう。その極限が死だ。

 その意味でダーバラン中隊の兵はもう半分死にかけていた。


「分かった。不安であるが剣は捨てて下山しよう」

「いえ下山はまだです。断崖を右に曲がって下さい」

「今度はなんだ?」

「西斜面まで沢山の足跡をつけ続けます。途中夫婦杉の巨木がありますので、その付近は特に重点的にお願いします。それが最後の仕事です。あとは縦隊で夫婦杉を右に曲がって下山して下さい。最後尾の兵は木枝で足跡を消しながらで」

「分かった善処しよう。しかしそれでも足跡は残ると思うが」

「問題ありません。あとは峰を遠回りして下山し、ライシュウに向かって下さい。決してフトトゥミには戻らぬよう」


 互いに睨み合う間。

「これで我らがやるべき事は全てか?」

「全てです」

「これで誘導できるのか?」

「想定では」


 空を見れば今晩は雪だ、雪は積もるが付けた足跡は翌朝になってもうっすら凹凸として残る。

 敵はそこからガウべルーア兵の存在を感じとるだろう。不信を深めた心で。

 この読みがこの作戦の死活を分ける。


「ところで我らが抜けて皇衛騎士団は大丈夫なのか」

「申し訳ございませんが魔法が使えぬダーバラン隊はむしろ足かせなのです。できれば一刻も早く抜けて戴きたく……」

 小娘にそこまで言われてダーバランは唇を噛むが、その状況判断に間違いはなかった。ただ人数だけが多く、それでなくても少ない兵糧を無駄に消費するだけの戦力にならぬ兵。

 それをはっきり言わねばならぬと覚悟をしたのだろう。震える声は彼女が勇気を振り絞った証なのだとダーバランは理解して話を制する。

 確かに昨日まで一般兵だったろう、しかし今は参謀として職務を全うしようとしている。


「分かりました。貴殿の作戦に従いましょう。皇衛騎士団の排膿だけでは三日分の食料もない筈です。それに本中隊はもはや限界を超えております。残りの団員、皇衛騎士団に託しましょう」

「ダーバラン殿のご配慮に感謝致します。借り受けた団員は卑職にお任せください」

 ダーバランはふっと笑う。

「ティレーネ殿、貴殿は()()()()()の副参謀だ。一介の中隊長に敬語は不要です」

「あ、いえっ。私なんかに」

「貴殿は中々の参謀です。胸を張って頂きたい。ところでフトトゥミに戻らぬのは敵の目があると考えているからですか?」

「はい。そして先行してムンタムへ――」

「委細承知しております」

「恐縮です」

 ダーバランは頭を下げて去っていく。

 ティレーネは自分の指示と返答が皇衛騎士団の決断となる恐ろしさを肌身で感じつつ、更に次の仕込みにとりかかる。



「リレイラ殿、リレイラ殿!」

 しどけなく口を開けて眠るリレイラを揺すって起こす。

「ふぁ、う、うう」

 眠気から脱しきれないリレイラは目を閉じたまま大きな欠伸。その口の中に違和感がある。

 ――リレイラさんの八重歯、大きいなぁ。

 自分と比べて明らかに大きな犬歯。それが大口を開けるとハッキリと見える。

 ――噛まれたら痛そう!

 などと、まさかの展開を考えてしまうのだが、その妄想がおかしくて、不意に「うふふ」と声にしてしまった。お互いこの年になって二人で引っ掻きあうキャットファイトもあるまい。


 農奴のときは妄想だけが唯一の楽しみだった。

 暖かな家。家族で美味しいご飯を食べる団欒。そしてときには両親と街に入り、皆で甘いお菓子を食べる。素敵な男性に一目惚れする妄想もした。夜中にこっそり家を抜け出し、星の揺れる夜に村の見張り台で逢瀬をする。

 いろいろな妄想をした。だが自分が騎士団に入って参謀をやる妄想は、妄想でもしたことはなかった。

 人生、何が起こるか分からない。

 分からないが奇跡は起きる。

 それが今、リアルに自分に起こっているのだ。


「う、うーん、そうですね。母さん、お芋は飽きました」

 寝言?

「リレイラ殿、起きてください。お願いがあるのですから」

 たしかに寝ないとダメなタイプらしい。なかなか起きないので更にガクガクと揺さぶる。すると「ふあ」とも「はっ」とも取れない不思議な反応をしてリレイラは目を覚ます。

「かぁ……ティレーネ殿。もしかしてだいぶ寝てましたか」

「はい、少々」

「それは……ふぁぁ~失礼した。敵は?」

「斥候が来ましたが、大げさに追い払いました。まだまだ本体は動いていません。その間にお願いがあるのです」

 リレイラは眠い目を手で擦って、だが擦った自分の手の冷たさに驚いてびくっとする。

 怖い人だと思っていた。喋る言葉はみなキツイし、連隊長にすらビシビシとツッコミをいれる。だが、ちょっとおバカさんなところがあって、かわいいと思う。

「お願い……ああ、作戦会議で言っていたトラップですね」

「はい、そのことで混成部隊の魔法兵二十五を残し動かします」

「詳細を聞かせてください」


 作戦の仔細を聞いたリレイラは成功確率を十の五(五十パーセント)としつつも、どちらに転んでもマイナスはないことを確認し、歩哨に歩いている魔法兵を捕まえて熱弁をふるって指示を出す。

 身振り手振りを見ると、どうやら大量の雪だるまを作れという指示を必死に伝えているらしい。それを遠くから見ると、余りに真剣でつい可笑しくなってしまう。

 最後は兵の両手を取って、「どうか頼む」と言っているらしい。

 ――やっぱり、かわいい人だ。


 だが指示を出し終りこちらに戻ると、おもむろに自分の上官である連隊長の肩を蹴り上げた。

「師匠、起きてください。師匠!!!」

「リレイラ殿! 上官ですよ! それに連隊長はひどくお疲れのようで起こすのはおかわいそうかと」

「仕事です。寝ている方が悪いのです」

「そうかもしれませんが、あのぉまだお小さいですし、きっとご無理をされているのだと」

「……見た目に騙されてはなりません。師匠はもう成人してますし、人使いが荒いですし、甘いものには目がないですし」

「成人? ホントですか??? おいくつですか?」

「十六だったと思います」


「……」

「……」


「……サギですね」

「そうやって女の子を手玉に取って仲間に引き入れるのです」


「そ、それで私も魔法兵に……」

「です」


 そんな怖い裏話をしていると、足元でボソリと子供の声がした。

「違うよ。ティレーネはアキハの推薦だよ。思い出したよ。キミはコゴネズミとの戦いのときアキハの元に報告に来た娘だろ。アタマのいい子だから騎士団に入れるといいと言ってきた」

 急に聞こえた高い声に二人はやおら振り向く。

「師匠、起きてたのですか」

「そんな悪口ばかり聞かされれば、眠くても起きるって」

「残念です。日頃のうっぷんを晴らし切れませんでした」

「そういうのは本人の前でやらないものだよ。それより状況が進展しているようだけど?」

「はい、連隊長がお休みの間に次の作戦の準備に入りました。今、トラップを仕掛けに行くところです」

「わかった。僕も行く」

「師匠、こちらものっぴきならない状況ですが」

「こっちはライカとエフェルナンドに任せる。なに一日シンシアナの目を欺けばいいんだ。向こうへの刷り込みは成功してるんだろ。ならあの二人でも大丈夫さ。ふぁぁぁ、さてライカは何処にいるかな」

 寝起きの割に鋭い判断をするラドにティレーネは驚くのだった。

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