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白く煙る

 翌朝になり騎士団の中から体調の悪い者を街に残して山に向かう。


 カルカラ山脈の標高は高くない。だが風は強く寒さは平地の比ではないと聞かされているので、みんなモコモコになるまで着込む。

 なめし革の綿入れ外套、手には厚手の手袋、足はかんじき。そして一列縦隊になりに綱を持って歩く。滑落や雪庇を踏んだときの転落予防のためだ。


 緩やかな山道を歩き始めて一時間。

 木々はすっかり葉を落としているので見通しは良いが、新雪の道なき道を歩くため歩速は上がらない。

 それでも北方向にマギウスレーダーは反応し、進路を絞り込むことができた。

 ただ反応は微弱で音はわずかにカリカリと聞こえる程度。この反応がどのくらいの距離を示しているかは分からない。なにせ即席で作ったレーダーだ、反応を読むには知見が少なすぎる。

 音が大きくなるほど近づいていると分かるが、魔力が距離の二乗に反比例して減衰するのか、三乗に反比例するのかすら分からないのだ。


 そうして三十分おきにマギウスレーダーを使い、何度も雪に埋まりながら歩みを進めること二十七時間。一晩寒中で宿を取り、いい加減鉛色の空も嫌になってくる頃、目の良い鷹系パーン兵の一人がひと尾根超えた向こうの山腹の窪地に交戦する人の動きを認めた。

 あれが北進騎士団ダーバラン中隊に違いない。



 こちらから見えるという事は、向こうからも見えるという事だ。皇衛騎士団がダーバラン中隊に接触する頃には、遠目に白アリのようにみえた雪中行軍衣のシンシアナ軍はとうに撤退しており、今日の戦は終了していた。

 戦争というと四六時中戦っているイメージがあるが、実は準備にかける時間の方が長い。実際の戦闘行為は数時間というのもザラだ。


 疲れ切った中隊の者どもに、慰労の声をかけながらダーバラン氏を探す。

 するとうなだれる兵の中に、ただひとり凛々しくも折れぬ気概を持ってくすんだ空を見上げる者がいた。

 あれが中隊長のダーバランだろう。


 踏み固められた野営地の雪原を行く。

「皇衛騎士団連隊長のラド・マージアです。援軍としてまいりました」

「皇衛騎士団?」

 見下ろす怪訝な顔。

 もっともな疑問だ。なぜ違う閥の騎士団が来たのか? しかもこのご時世に支援として機能していない皇衛騎士団が来たのか?

 そう思っているのだろう。

「伝令は来ておりませんか?」

「お前がこの隊の隊長なのか?」

 分厚い防寒服に身を包んだ肩がこちらを向く。オールバックにした黒髪の壮年らしい中隊長は、寒さに凍りつきびしっと伸びた口ひげを動かす。目元が鋭いのは疑念の現れだろう。

「ご懸念はもっともです。自分はワイズ公の要請に応じたアンスカーリ公の命により派遣されております。身なりはこの通り子供とお思いでしょうが」

「そこはいい、アンスカーリ公に気に入られている子供がいるのは知っている」

 気に入られている子供ねぇ……。

 隣に控えるエフェルナンドとリレイラがムッとした表情を作りラドの前に出ようとするが、それを手で留める。

 隊長を愚弄するとは、その部下も愚弄することになる。エフェルナンドは貴族としてこの悪言に耐えられなかったのだろう。だが、ここは我慢だ。

「苦難の持久戦であったとお察しします。貴殿が真偽を今から確認するのは無理ですが、支援要請があったのは事実です。受け入れて戴きたい」

「失礼。驚いただけだ。受け入れるもなにも受け入れぬ訳にはいかぬ。我が中隊は……。場所を変えましょう。幕舎へ」


 ラドはリレイラ、ライカ、エフェルナンドを連れて幕舎に入る。そこは上官が入るとは思えないほどお寒い布張りの幕舎だった。

 ダーバラン中隊長はフードを取ったライカを見ても一瞥しただけで何も言わない。それに気づいたのだろう彼はこちらから言わないのに説明を始める。

「魔法騎士などしているが我が家は『山切り貴族』だ。山切りには半獣人は使うからさして驚きはしない」

「山切り貴族? ですか?」

「木材卸からなった貴族のことだ。どの家も三代で絶える。山は五十年も切れんからな」

 街を作れば王国の指揮下に置くための統治者、つまり貴族が必要になる。そして街を守るためには兵がいる。貴族だ騎士団だとカッコよく言っているが、そんなきらびやかな名前は兵隊集めの蜜に過ぎない。

 そしてこんな末端の貴族は戦があれは強制的に駆り出されて、最も危険な戦地に送り込まれる捨て駒となる。

 その筆頭が『山切り貴族』と呼ばれる者たちだ。


「おかけください」

 ダーバランは言葉遣いを改めて着席を勧める。

「我が中隊に抵抗力は残っていない。昨日、軍事糧秣を使い切った」

「撤退の検討は?」

「させてくれんのだ。完全な消耗戦を挑まれている。窪地に押し込まれ毎日の夜襲と奇襲。突破を試みるも敵の機動力が高く思うように動けん」

「逆にこちらから仕掛けては?」

「反撃しようとすると奴らは引く。だが引き切らず弓兵で翻弄されているうちに近接線に持ち込まれる。こちらも押し切るほどの機動力はなく成果に至っていない。まるでシンシアナとは違う戦いをしてくる」

 確かになんとも煮えきらぬダラダラとした戦いをしている。実にシンシアナらしくない。

「負傷兵は出ているのですか?」

「約十名だ」

「十名!? 少な過ぎませんか!?」

「そこが不思議なのだ。きゃつらめ、やろうと思えばいつでも攻められるものを戦を伸ばしている」

 向こうも兵力が少ないのか、あるいはスパイの摘発が関係しているのか……。

 恣意的ならば背後で何らかの作戦が動いているのは間違いないのだが、それは今考えるべき事ではない。情報は明らかに足りない。この状態で考えても推論に過ぎない。何の根拠もないただの仮説に時間を費やすのは愚かだ。


「詮索はこの修羅場を超えてからにしましょう。ダーバラン中隊として当騎士団に期待するのはなんでしょうか? 支援ですか? それとも補給」

「一旦下がらせてもらえんか。我々はここにもう四十日以上も釘付けにされている。凍傷の兵もいる。軍事糧秣もなく食料すらあと二日で尽きる状態だ。もはや貴殿を後援することも叶わぬ。今更補給を受けても、ただいたずらに食料を消費するに過ぎぬ」

 これは重たい要請が来た。撤退するダーバラン中隊を守る盾になるとは、機動力に勝るシンシアナ軍と正面から向き合うことを意味する。そして一旦の意味する所を察するに体制を立て直したダーバラン中隊が復帰するまで持ちこたえてくれということだ。それはピン留めを狙う敵の消耗戦を受け入れる事を意味する。


「リレイラ、どう思う。僕は中隊の撤退には反対だ」

「なに! 支援にきて我らに残れというのか!」

「ダーバラン殿、そうは言っていません」

「マージア連隊長は共に撤退するのが良策と考えています。いまダーバラン中隊のみで撤退すれば、シンシアナは我々ではなくダーバラン中隊を狙うでしょう。我が騎士団の力なしには撤退は無理と考えるべきです。ならば共に麓まで降りるのが賢明です」

「しかし、我々に下された命令はカルカラに巣食うシンシアナの撃退だ。私の立場ではその命令を無視できぬ。それにもし我々が動けばカルカラのシンシアナが北か南に動いてしまう。さすれば他所で戦う中隊への敵増援になってしまう」

「しかし死んでしまっては元も子もないでしょう。もはや撃退はおろか足止めも無理です。それに敵は我々よりも足と情報で勝る。戦局を俯瞰で見るならここが汐時です」

「しかし……」

「ではこうしましょう。この撤退はマージアの独断で行った。僕はワイズ公には評判が悪いですし、仮に残って撃退に成功しても功にはなりませんし、むしろダーバラン殿が譴責の憂き目になりそうですし」

「しかしそれでは……」


 ダーバランは静かに目を伏せた。

 眉間に深い皺から彼の思考を推し量ることは出来ないが、苦悶の表情から己の無力化や戦の現実、敵対派閥の助力受ける屈辱や部下の命など、様々な問題への答えを一度に考えているのがわかった。

 その思考の中には、たぶん上官への言い訳もあっただろう。


 その表情を変えずにダーバランは静かに目を開く。

「委細承知した。全て貴殿の申す通りにしよう。遣える先が違うのに過分な配慮、誠に申し訳なく思う」

 ダーバランは自分の子供ほどの他閥の将に深々と頭を下げた。それは彼が生真面目で出来た人物である査証に思えたが、それ以上にラドには、ある種の哀れに思えた。

 責を担うとは清濁の際を突き付けられ答えを出し続けること。

 だがそれを、こんな他閥の子供に突き付けられるとは。

 それは山切り貴族の中隊長であっても、よほどの屈辱だろう。

 もっも出自や年齢、性別、種族の違いで屈辱と思う社会の方にこそ問題はあると思うのだが。



 話は少々戻る。

 騎士団長コディ・ナバル率いる北進騎士団近衛隊は快進撃を続けていた。

 ムンタムを出て、コルシュン近くの山中で北進騎士団の一個中隊と合流し、その勢いを借りて敵部隊を退け、追撃に移行。最寄りに都市カルカラを持つ山腹で敵に追いつき、元々ここで対峙していた部隊と合流、大規模な戦闘を繰り広げる。

 魔力の補充が乏しいといえ、数個中隊を加えた北進騎士団の数の力は大きく、シンシアナ軍は抵抗虚しくジリジリと押され、その圧をもって両軍は尾根伝いに更に一日南方のライシュウの戦線と合流。ここに一旦の戦線を張るに至る。


「快進撃だな」

「ええ、長期戦をしてきたのはシンシアナも同じ。疲労は予想以上に溜まっていたということでしょう」

「軍事糧秣の補充はどうした」

「ワイズ公が手を打っております。数日中には到着するかと。フトトゥミには、ワイズ公が手配した援軍もおります」

 ナバルは顔を歪める。

「……そうか。不愉快な援軍だな。アンスカーリめ」

「ですが坊やは戦上手との噂もあります。ここは便利に使うのが得策かと」

 ナバルは本陣幕舎のテーブルに広げられた地図に指を滑らせ、声も高らかに宣言をする。

「言われずともそうする!」



 一方、フトトゥミに陣を張るシンシアナ第七皇軍麾下ゲニアは、その夜を待たず増援された敵部隊への急襲を計画していた。

南合(なんごう)作戦』

 この作戦は皇帝陛下が直々に立案されたものだという。なんでもついにムンタムを奪取するのだとか。その意欲的な目的を聞いて自分も大いに興奮した。

 シンシアナには、一から二十までの番号が振られた一隊に約五千人が所属する皇軍がある。第七皇軍はムンタム周辺に配されガウべルーアに睨みをきかせる部隊だ。

 だが平時の自分の役割といったら、もっぱら小競り合いを起こし冬には穀物を強奪する実にしみったれた仕事だった。

 それはそれで重要な役割だと理解している。だがいつまでも山賊風情の仕事はしたくない。

 食料生産が足りなのなら、土地を奪えばいいのだ。生産者がいなければ奴隷を使えばいい。それがシンシアナらしいし生きていくために必要ならやるべきなのだ。

 そう考えてはいても、ここ数十年で急激に強化されたガウべルーア騎士団と正面切って戦うのは厳しいのも事実だ。


『シンシアナの人口は多くない。実力が拮抗してくれば戦闘は膠着状態に陥り、人口に勝るガウべルーアが有利となる』


 皇帝はそう仰って大規模な戦いを控えていたが、どのような心境の変化が訪れたのか、ここ数年で積極路線に変わられた。

 ガウべルーアの抵抗力を調べるために、狂獣をけしかけたり、威力偵察を兼ねて東方に大規模な派兵も行っている。それにガウべルーアの怪しげな技術にも興味を示しているそうだ。

 帝国にとってここが踏ん張りどころだ。老いていく我が国に歯止めをかけねばならない。

 ムンタム攻撃の賽は投げられた!

 そのために敵の足を止め、奴らが軍事糧秣と呼ぶ魔力の素を消費させてきたのだ。


「この一戦、必勝の計は万全なり!」

 大声で居並ぶ猛者共に喝を入れると、「うららぁ」と声を張り上げて屈強な男どもが応える。実に実に誇らしい!

 南下してきた友軍二千と我が隊、合わせて三千の強者どもでムンタムのゴミどもを撃つ! だがその前に目の前のこわっぱを蹴散らす!

「ついに決戦の時はきた! 野郎ども大いに暴れよ!」



 両軍の背後に何があったかなど知らないダーバラン中隊とラド達は、腰を落ち着ける間もなく大混乱の真っ最中であった。

「方陣を崩すな! 魔法兵を守りながら耐えろ! ダーバラン隊も魔力のある者は参戦をっ」

「分かっている! 小隊、魔法兵の選別を急げ、動ける者は皇衛騎士団の指揮下には入れ!」

 ラドとダーバランの指示が飛ぶ!


 自分が来たことでシンシアナが撤退するとは思っていなかったが、まさか夜も待たずに攻撃を仕掛けて来るとは。

 しかもシンシアナは引いたはずの南方とは別の北方から攻めてくる。敵圧は想像以上に高く苛烈と言っていい。これはもはや足止め戦ではない。どうやら敵は増援をみて本気で挑むことを決意したらしい。


 敵は弓を巧みに使い陣の崩れを作っては、一気呵成に攻めてくる。かと思えば突如に下がり虚を突いて弓を放って方陣の二列目を撃つ。

 かつてない知的な戦い方!

「ダーバラン隊長、ここのシンシアナはいつもこんな戦い方をするんですか!?」

「我々もこのような激しい攻撃を受けた事はない!」

 そうダーバランが叫ぶに合わせてダーバラン隊の伝令が駆け込んでくる。

「隊長! 南面を突かれました! シンシアナ軍約三千、雪面を下り数分後には交戦となります!」

 ダーバランと顔を見合わせギョッとするがもう遅い。こっちが昼に確認したシンシアナだ。ならば北面は新手。

 思い込みが過ぎて北面に兵を集めすぎた。今、南面は余りに手薄。その失策を見事に突かれている!


「みんな円陣に固まれ! 分散したら各個撃破されるぞ!」

 ラドの指示より早くパーン部隊は現状を認識しており、八人の中隊長は既に各々の判断で本陣を中心に集まり始めている。

「魔法兵を内側にいれるにゃ!」

 ライカの良く通る声が雪に吸収されず戦場を駆け巡る。

 エフェルナンドは怒鳴り散らして混成部隊を引き戻している。

「恐れるな! お前らが着てるのは革の防寒衣だ、矢に当たっても死にはしない! バブルの歩兵は南面の壁になれ!! お前らならシンシアナと互角だ!!!」

 エフェルナンドも無茶を言う。綿入れごときで矢は防げないだろう。


 だが各隊の善戦虚しく南北の圧に負けて、ジリジリと縮退する自軍。

 そこにシャミの報が舞い込む。

「ラドさん、北の新手は一万を超える大群ですの!」

 シャミが戦闘で荒らされた足場の悪い雪原をまさに脱兎のごとく駆けてくる。シャミには戦闘が始まりそうになったとき、真っ先に偵察を頼んでおいた。

「どこに、そんなのがいたんだよ!」

「分からないですの。足のいいのを五人走らせましたの。報告を待つですの」

「南から来た敵はどうだっ」

「ウチと同じくらいの数ですの。兵装は弓と大剣。昼とは違う武装ですの!」

 やはりここでやる気だ。僅か四千の兵で両面を攻略するのはムリだ。

「リレイラ、ここから動く、南北の追撃をかわすうまい手を考えろ! このままじゃ撤退どころか、ここで犬死するぞ!」

「乱暴すぎる指示です! せめて大局くらい押さえた指示をください!」

「僕は神様じゃない! この状況で大局なんてわかるか! とにかく一瞬でもいいから有利な展開に持っていけ。そしたら突破口はある」

「こんな足場の悪い雪原ではムリです! 仮に窪地を出られても先は新雪です、足が落ちます」

「泣き言なんか聞きたくない! 混成部隊! エフェルナンド! バカスカ魔法を打つな! 魔法消費は最小限にしろ窮地を脱するときに残す! ライカ!!! 矢に当たるな」

「そんなの、むちゃにゃ!!!」

 無茶は承知だ。だが何処をどう抜くか分からないが一点突破にかけるしかない。穴が開けばパーンの部隊は足がいい。機動力が落ちる魔法兵を助けながらでも、この兵数なら多少の犠牲で逃れられるかもしれない。


 そんなぐちゃぐちゃなやり取りが三十分ほど続いたろうか。斥候に走った五人がぽろぽろと戻り始める。

「北に更なる大軍を発見」

 敵か? 味方か?


 その続報が届く。

「援軍来ます! 北進騎士団です! 近衛と思われます!」


 更に続報。

「北進騎士団は本中隊に合流する進路をとっています」


 四人目の斥候の報告。

「最初の攻撃を仕掛けたのは、北進騎士団に追撃されたシンシアナの残党と思われます」

 残党!? こんな気勢が上った残党がいるだろうか? もしや……リレイラもこちらを見ている。


「コイツラは残党じゃない! くそ北進騎士団のヤツらめ、僕らを壁にしたな!」

「壁だと?」

 一か月も足止めを食らって情報不足に陥っているダーバランの疑問に答えてやる。

「北進騎士団の各中隊は南北に長い戦線を張っています。たぶんこの戦線は山の尾根を伝って東西で二国がにらみ合う形になっていると思われます。そんな状態で北進騎士団はムンタムを出立して戦線を南に押し出したのです。たぶん快調に追撃して、ここで我々を使って逃げるシンシアナ軍を足止めし一気に仕留める作戦に出たのでしょう」

 ダーバランは唖然としていたが、次第に苦虫を潰した顔になっていく。

 ラドも全く同じ気分だったが今はイラついてる場合ではない、してやられたが援軍は窮地を脱するのには助かる外部要因だ。


「リレイラ、北進騎士団と合流後の作戦を想定しておけ。こっちも北進を使う」

「承知しました」

 ダーバランはもう事態に着いてこられないようで聞き直そうとするが、その耳に次の報告が飛び込む。

「北の敵圧、下がっています。潮が引いて行きます。代わりに南面の敵、散開して当部隊を東西に挟む形に」

 んん? 違和感……。


「リレイラ、どう読む!」

「北進騎士団が北面敵兵の背後に到達し開戦したのだと思います。ですが北進騎士団は、ここまで呼び込まれと考えるのが妥当です」

「だな」

「マージア殿どういう事だ。私には全軍の動きがわからん。いやまて近衛ということはナバル殿が動いているのか。ならば今のムンタムは……そういことか!」

「ええ多分、この状況に至り斥候より後に開戦するのは変です。北進騎士団は引き込まれています。ならば敵が狙うのはその先にある空白」

「なんて大胆な囮なんだ! 今ムンタムは領主ワイズ卿直轄の騎士団のみ、狙いはムンタムか!」

「つまり北進騎士団がここに足止めされるのは危険な状況です」

 リレイラの言う事はもっともだ。一日も早く北進騎士団をムンタムに戻さなければならない。だが……。


 ここは大きな選択だ。

 命令は中隊の救出。ならば今をチャンスにダーバラン中隊と共に力技でここを抜け出し戦いを放棄すればいい。だが、間違いなく敵は大きな獲物を狙っている。それを看過して良いのか。

 今ならまだ士気の高い兵で背面を脅かせる。北進騎士団を開放せしめ、ムンタムを守れるかもしれない。

 だが、それを手勢で出来るのか。無理をすれは全滅も考えられる。

 いや、サルタニアのシンシアナを思い出せ。占領されればムンタムはどうなる。

 何処を突く、どう動く、何を成す。

 思考しろ、思考しろ、思考しろ――。


「ダーバラン殿、リレイラ……北に向かおう。そして北進騎士団と入れ替わりで僕らでシンシアナ一万三千を押さえよう。一日だけ。一日だけ粘って、僕らの力で状況を変えよう。やらっぱなしは悔しいじゃないか」

 ダーバランは茫然としていたが、リレイラの「はい!」の声に目覚める。

「シャミ!」

「は、はいですの!」

「ここの地理に詳しいものを探せ。副参謀に入れる!」



 こんな中で待つ時間は長い。もう何分待っているだろうか。

「あのぉー」

 

 かけられた声に顔を上げると、モコモコの毛張りの革の防寒具に頭をすっぽり覆うフードをかぶった兵がモタモタとこちらに歩いてくるのが見えた。

 起毛衣で口元は隠れており、わかるのは赤っぽい目だけ。かろうじて声の高さから女性であるとわかる。

「キミは? パーン? それとも魔法兵?」

「魔法兵の者です。人です」

 やっと聞き取れる、布越しのくぐもった声が答える。

「人? パーンも人だけど」

「す、すみません、すみません!!! そういう意味じゃなくて! 混成部隊の一般兵です」

 ラドの不機嫌な抑揚を察し、うっかり上官の逆鱗に触れたと気づいた女は、慌ててフードを外して何度も頭を下げて訂正する。

「それで、キミは?」

「はい。あのぉ、ここら辺の地理に詳しいと言う事でシャミさんに呼ばれました」

「それなら早く言ってよ。今からキミはこの作戦における副参謀だ。事情を説明するから僕らに知恵を貸してほしい」

「えっ! いきなりそんな大役を! 無理です。ムリムリ。私なんてっ」

 赤というよりはピンクに近い瞳が驚きに丸くなり、かんじき履きの足は今きた足跡をなぞって一歩、二歩と下がる。雪を踏み締める音が戦場の喧騒に中、ぐぐっと唸って聞こえた。

「断ってもいいけど、ここは僕らの勝負時なんだ。いまキミは自分の意思で選択が出来る。だけど踏み出すか退くかはキミの人生目線で考えてほしい。もっともその人生があればだけど」

 ほっぺたを真っ赤にした子供の言うセリフではなかったのだろう。女は虚を突かれ、一瞬止まったあと目に力を宿して暫し考える。


「……分かりました。お力になるか分かりませんが」


「ありがとう。きっと力になる。キミの名は」

「ティレーネです。王都洛北の農奴の娘です」

「『だった』だろ。今は皇衛騎士団員なのだから」

「はい!」



 作戦会議は戦闘の大喧噪の中で行われた。

 幕外の鍔迫り合いがうるさくて、何度も聞き直しが行われる中、ティレーネは即興で山の地図を描き、山々の高低とそこに繋がる山道を記していく。

 彼女の記憶は素晴らしく明確だった。

 七つまでフトトゥミにいて、流行病(はやりやまい)で親をなくして王都に売られた彼女は、十年間、王都近くの農家の元で牛馬のように畑を耕した。だが持ち前の記憶の良さは彼女をただの農奴に押し込めなかったらしい。

 性格こそおどおどしているが、言葉は明瞭で因果に矛盾のない話をする。


「――でしたら、逃走と見せかけて山を降り、途中、この北東の臼の小山を盾に大回りするのが良いと思います」

「敵にバレないか?」

「はい、臼の山周りは新手がばらまいた監視の兵にだけ気をつければよいです。大回りですので監視するには敵軍本体から遠すぎます」

「師匠。地図によると、ここらでフトトゥミ山についで高いのは臼の小山に連なる杵の峰です。敵は夜襲や奇襲を仕掛けていたならば高所に見張り台があったと考えるべきです。ならば新手も同じように行動するはず。その先手を取るべきでしょう」

「いい考え方だ。リレイラ。だが高所を取っても敵はどう押える?」

「防衛戦を張るのはどうでしょうか」

「言葉を知っているな。ティレーネ」

「はい北街道は木材と兵隊さんの道です。騎士さんが休みながらそんな話をするのをよく聞きました」

「けど皇衛騎士団とダーバラン中隊の人数では防衛戦は貼れないよ」

「なら城壁を作りましょう」

「城壁?」

「子供の雪遊びです。雪の壁を作るのです」

「なるほど。ファイアの魔法で雪を溶かして積み上げれば、この寒さであっという間に固まり丈夫な壁になるな」

「上策かと思います」

「よしそれでいこう。全軍に通達! 南面の敵を引き連れて北東の敵を突破。後、臼の小山に移動するぞ」

暴力的な残業続きで更新が止まってしまいました。

でもちゃんと続きますのでご安心ください。

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