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持たざる苦悩

 前の世界で身につけたスキルはこの世界でも継承されるらしい。

 リーマンスキル”ロジカルシンキング”と”速読”もそのままラドに引き継がれていた。そのスキルは夜の工場でいかんなく発揮される。


 工場長が帰った夜の育成棟。

 ちょびひげの監督者、ウィリスが居ないのをいいことに、ラドは育成棟に引きこもりひたすら魔法の勉強に没頭する。

 何故なら育成棟の方が外より明るいからだ。

 理由は分からないが、ホムンクルスを入れた培養液は青白く光る。

 物音一つない培養室の天井が青白くゆらゆら光っているのは少々不気味だが、慣れてしまえば臭いと同じで気にならない。それに夜の工場には警備くらいしかいないので、いくら大声を出しても文句は言われない。魔法詠唱の練習だってできる。


 そんな勢いで、夜っぴいて勉強するものだから、ラドはあっという間に十冊の本を読み終えてしまった。それでも足りぬと工場にある書籍を物色する。

 この工場の前身は大貴族アンスカーリ家の私設実験場で、魔法に関する蔵書が使われていない埃だらけの倉庫に保管されていのだ。ほとんどが古文書だが現代語で読めるものもあり、それをこっそりと持ち出し隅から隅まで読み漁る。

 おかげで、すっかりヒュウゴを超える魔法の知識を得てしまった。もはやヒュウゴに答えられて、ラドに答えられない問いはないほどである。だがラドがそこまで知識に拘るには理由があった。


 魔法が顕現しないのである。


 なぜ魔法学校というものがあるのか今なら分かる。そしてなぜヒュウゴのように何も知らない人物が魔法の先生を名乗れるかも。

 詠唱のみで顕現する光の魔法以外は、魔法を顕現させるためには”人それぞれに合ったやり方”を見つける必要があるからだ。それを見つけない限りは魔法は発動しない。

 ヒュウゴは魔法の知識こそないが、魔法顕現のためのあらゆる方法を知っている。その手腕でとある貴族から報奨をもらうほどに。

 そんな手練に手ほどきを受けても、ラドは魔法が使えるようにならなかった。

 なぜ顕現しないのかをヒュウゴに聞いても「いろいろ実践してみるしかない。そのうち自分にぴったりの方法がわかる」と、言われるだけ。

 魔法のやり方の個人差は激しい。火の魔法の場合、ヒュウゴは魔方陣の一部を想起すると言ってたが、エルカドは手のひらにエネルギーを集中するイメージが必要だと言っていた。

 自分にはどんな方法が適切なのだろうか?

 それを調べるための勉強でもあったが、いいかげん行き詰まりも感じていた。


『七十 眉間に力をいれて呪文を唱える ×』

『七十一 詠唱と同時に変身ポージング ×』

「これもだめか」

 ラドは街の人から聞いた魔法の出し方をまとめたノートをパタンと畳むと「ふう」と息をついた。

 今日は生徒が少なく、ラドは午後の陽が静かに差し込む大広間で一人、席に座り今までのトライを振り返っていた。もう七十個以上のやり方を試したことになる。

 ヒュウゴには聞いていないが、これほど沢山のやり方を試した生徒はそう多くはないだろう。


 疲れた目を休ませたくて中庭の緑に目を移すと、そこには練習の合間にひと休みするエルカドが、縁石に腰掛けて汗を拭っているのが見えた。

 エルカドは着実に成長を遂げており、最近、氷冷の魔法を覚えたところだ。この魔法を自由に扱えるようになれば卒業である。

 彼はここに一年もいないというから、恵まれた魔法のセンスがあったのだろう。実際、光、火、氷冷の魔法を一年で自在に操れるようになる人はそう多くないという。


 ラドはエルカドが腰かける縁石に歩み寄る。子分たちがいないのは丁度よい。

 あの一件以来、生徒たちの間では、『コイツはチビのくせにヤバイ』という雰囲気が生まれた。

 それならそれでいい。アホなガキとつるみたいとは思わないし、むしろそれで無視してくれるなら好都合だ。だが僻みや妬みの対象になるのはいただけない。特に最初に絡んできた四人衆には完全に目をつけられた。

 初めはちょっとした失敗をバカにしたり、上着を盗んだりする程度だったが、とある事件をきっかけに過度に絡んでくるようになった。その事件とはこんな内容だ。



 ナナリーINNに、動物の死体が投げ込まれたのだ。それも三日連続で。

 INNは宿だけではなく食事も扱うので、そんなことをされたら大迷惑なのだが、店主はラドを首謀者だと決めつけ客の前で殴り飛ばした。

 身に覚えのないラドは根拠を尋ねたが、店主は『向かいの商店の主人が走り去るラドの後ろ姿をみた』と断言する。

 所詮はご近所、うっかり見間違えたのではないかと思いながらも、アリバイがないためその場では反論ができなかったが、死体の後片付けのために二階に掃除用具を取りに行くと、連子窓から例の四人衆が向かいの商店の隙間に隠れて、こっそりこっちを伺っているのが見えた。

 もう事件の全貌は見えたようなものである。

 四人衆は以前盗んだラドの上着を着て、わざと向かいの店の主人に背中が見えるようにして動物の死体を店に投げこんだのだ。

 してやられたナナリーINNの主人は当然飛び出してくる。そして目撃した向かいの店の主人に事の成り行きを聞くだろう。すると隣人は見慣れたラドの上着みて『犯人はラドだ』と断言するという寸法だ。

 そして仕掛けた四人衆は、ナナリーINNの主人に怒鳴られ泣きべそをかいて後始末をする哀れで惨めなラドを陰から笑うと。


 バカめ。泣き寝入りなどするものか。


 ラドは裏手から忍び寄り、四人衆を驚かせて隙間から追い出し、出口に立たせていたナナリーINNの店主にとっ捕まえさせてやった。

 真相を暴いても当然四人はシラを切るが、知恵ではこちらが遙かに上だ。ガキどもの獣の匂いが染みついた手を指摘して、ぐうの音もでなほど悪辣ないたずらを責め立ててやった。

 おかげで四人衆は、呼び出された親とナナリーINNの店主に、往来のど真ん中でダブルで叱られ本泣きして帰っていったという、実にどうしょうもない事件だ。



 こんな単純な嫌がらせが、なぜバレないと思ったのかはさておき、それ以来、四人衆はけなしのプライドを傷つけられ逆恨みをした挙句クラスを巻き込んで日々悪知恵を凝らした嫌がらせに勤しんでいる。

 まったく、負の感情を消化できないのは自分の問題だろうに、ガキは前頭葉が未発達で困る。

 ……まぁ自分もだが。

 その中で唯一エルカドだけは、そんなグループ行動から距離をおいていた。

 始めは裏で何か画策しているのではと思ったが、エルカドから話しかけてきたとき、彼は自分に一目置いているのだと分かった。

 客観的に考えると、エルカドは自分だけが『異端児』である自分と対等に話せることに利を見出してもおかしくないと気づく。先生すら魔法の知識で凹ませる嫌味なガキを、この中で唯一コントロールできそうな存在。それは自分だけという優位のアピール。

 ここで重要なのはコントロールできるではなく、できそうと思わせる点である。そこに気づくのは、まさに商人の息子らしい商才であろう。

 多くの人にとって評価は”らしい”でいいのだ。庶民は商品やサービスに正当な評価を下せない。それは正しい情報と判断力を持ち合わせていないからだ。逆に言うと間違っていようと、”これはいい”と判断させれば商売は成立し得る。

 お客がなぜエルカドの公証荷屋を選ぶかといえば、ほかと比べて安心・安全で良さそうだからだ。それが公証という看板なのである。エルカドはその事をよく理解していた。


 視界の前に落ちる小さな影に気づいたエルカドがゆっくりと顔を上げる。表情は決して不愉快ではない。

「やあ、エルカドはどうやって氷冷の魔法を使えるようになったんだい?」

「さん付けで呼べと何度言えば覚える。お前は俺より六つも下なんだ。そんなに頭がいいなら、いい加減覚えろ」

「しっかり覚えているよ。覚えた上で僕は()()()()を呼び捨てにしてるけどね」

 小首をわざと傾げて、会心の微笑みを差し向ける。

「お前はなぁ」

「ならエルカドも僕のことを名前で呼んでよ」

「お前を対等に扱えるか!」

「僕だけ年で上下を決めるのはズルいよ。エルカドは魔法の才でみんなに一目置かれてるのに」

「ちっ! 頭が回るやつだ」

「お褒めにあずかり光栄かな」

 嫌じゃない思いが漏れたエルカドの苦笑い。見せるのは子分たちと居る時とは違う顔。

「それで氷冷魔法だって?」

「うん、苦労してたみたいだけど」

「出来るようになったぜ、でも得意じゃない。でもあれは戦いには使えないから困りはしないけどな」

「そうか、やっぱり魔法の種類でも得手不得手があるみたいだね。ちなみに何をきっかけに使えるようになったの?」

「体だ。なぜか首筋に意識を集中すると顕現した。色々な試した中でそれが一番顕現率が高いな」

「ふーん」

「お前はどうなんだよ」

「お前じゃなくて、ラドだけどね」

「ちっ! ()()はどうなんだ? あんなに知識があるんだ、もう顕現してもいいだろう」

「残念ながらまださ。詠唱や形のイメージや力の流れをトレースしたり、いろいろ試してるんだけど」

「そうか」


 遠くからエルカドの取り巻きが楽しそうに話す声が聞こえてくる。

「おっとエルカドさん、子分がきたよ」

「うるせ」

 エルカドは気だるく立ち上がり、お尻をポンポンと払うと生意気な口を叩くラドの頭を手の甲でコツと叩き背を向けてその場を去る。

「まぁ、がんばれ」


 エルカドに励まされるまでもない。もうここに通い始めて四か月になる。季節は夏だ。さすがに勘の悪い子でも火の魔法くらいは使えるようになってもおかしくない時間が過ぎていた。



 学校が終わり工場に行く途中、アキハが働く工房の前を通ると「ラドーーー」と、馬鹿みたいに大きな声が騒がしい通りを超えて飛び込んできた。 

 工房の前には黒く煤けた厚手のエプロンをしたアキハが、マンガみたいに大きな手袋の手を全身で振って立っている。

 往来でそんな大声で呼ばれては無視もできず、ラドはポケットに手を突っ込んで荷車が行き交う街道を横断する。


「ラド今帰り? 学校どう?」

 そう嬉しそうに聞くアキハにイラッとする。こいつは知ってて聞いてるのか。

「最悪だよ!!!」

 しまったと思った時には衝動的に答えてしまっていた。アキハ相手だとつい地が出てしまう。

 ラドはアキハから怒りの鉄拳が飛んでくることを覚悟したが、余りに相手を無視した怒りだったからだろうか、ラドの顔をぽかんと見るだけで怒鳴り返すことはなかった。


「ごめん、つい……」

 ――何をやっているんだ僕は。これじゃ四人衆と同じじゃないか。


 自己嫌悪に気持ちにシュンと縮こまるのが分かったのだろう、アキハは「大丈夫? ラド」と本当に案ずる表情をみせる。裏表のない子なのだ。そういう姿を見せつけられると逆に傷つけられてしまう。だからプライドを殺して心情を吐露する。


「実技がダメなんだ。何をやっても光の魔法すら使えなくて」

 心当たりがあるのだろう、アキハは手袋をエプロンの前ポケットに突っ込むと、うつむいて暫く掛ける言葉探す。


 そして頭を上げずに、自分の足元を見て独り言のような言葉を捻り出した。

「焦んなくても、そのうち出来るようになるよ、きっと」

「そのうちは、いつだよ」

 そんなのはアキハに言う事じゃない。

 でもヒュウゴが渋い顔をするほどしごかれても何も起きない。なにより温厚なヒュウゴにそんな顔をさせること自体がラドの胸を抉る。

 不安や不満、イライラ、焦り、情けなさを誰かにぶつけずにはいられない。

 感情を止められない自分が嫌だ。

 それ以上に現実を受け止められない自分はもっと嫌だ。

 だから、こんなダメな自分をいっそアキハに怒って欲しかったが、そういう時に限ってアキハは日頃の乱暴な素行をどこかに隠して、母性を感じるほど優しく言葉を紡ぐ。


「ラドが諦めなかったら、きっと」


 なんて悲しい言葉だろう。アキハは何度も魔法を教えてくれている。それでも何も起きなかったのを見続けてきた。最悪な結末を想像しているのかもしれないのに、それを感じさせない配慮が痛かった。


 最悪の結末。


 それを認めたくないから恐怖や怒りが吹き出すのだと思う。スキもなく何かに没頭するのは僅かな隙間に不安が胚胎するからだ。ムクムクと頭をもたげる不吉なそれに飲み込まれないようにするためひたすら動くことで抗う。


「ごめん、僕、もう行くよ」

 アキハの優しさはそんな内面を掘り起こしてしまいそうで、ラドは寂しく微笑んでいるだろうアキハの顔も見ず、思いを断ち切って工場に向けて走った。

 心の中で『ちくしょう!』という言葉を何度も発しながら。



 一方ヒュウゴも真剣だった。

 魔法の芽が全く出ないラドに丸一日、つきっきりで指導したこともある。嫌がる生徒たちに魔法顕現のきっかけを語らせたりもした。それは教師としての親心もあったが、我が身の出世の為でもあった。

 ラドの魔法の知識と好奇心は一級品だ。呪文の法則、魔方陣の種類、そもそも魔力というエネルギーを魔法という現象に転換する仕組みの仮説はかつて聞いた事のない概念であり、このまま成長すれば魔法の大家、大貴族アンスカーリ公に繋がる媒体になる可能性がある。

 魔法が顕現しないが十歳という年齢を考えるとあっさり捨てるのは余りに惜しい。

 この街でそれなりの生活はしているが、今のより上の生活はもうないのだ。それに魔法学校などという地に足の着かない仕事をいつまでもしてはいられない。

 だがもし自分の門弟に大物が出れば――。


 他方、ここに来て魔法が使えない生徒を出すのは悪評が立って困る。

 弟子の不出来は我が身の不出来。

 その意味でヒュウゴも、もう覚悟を決めねばならなかった。

誤植訂正

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