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北北北に進路をとれ

 マギウスプラント事業は王都だけではなく、ヴィルドファーレン村や駐屯地にも魔力を供給している。

 おかげで村民宅に温かな明かり灯り、路地には街灯もつくようになった。

 光の魔法は極めて効率が良いので、一人の魔力でも数千のマジックランタンを半日以上も灯すことができる。ただ魔力圧が高くないと魔法動線の隅々まで魔力を供給できないので、プラント事業に関われる担当者が限られるのが残念だ。

 他にも下水道、廃棄物処理や汚物処理といった公共インフラも整備された。

 これらのやりたくないが蔑ろにはできないサービスは、ヴィルドファーレン村が王都に提供しているくらいなので、寧ろ王都よりも清潔で充実している。


 一方、遅れているのが駐屯地の施設建築だ。

 工兵達は訓練や警備で日々忙しいので、必要な施設を作る暇がない。そもそも連隊規模で工兵を持つのは人数的にちと厳しいのだ。

 そこで駐屯地の施設建築をヴィルドファーレン村に外注することにした。

 もともと村と駐屯地は一体、工兵は村では大工をやっているのだから、まぁ無理に分ける必要もないだろうという事でなし崩しに決定。


 ところが、この発注のおかげで村にお金が流れ官製景気が到来。

 財政にゆとりが出たヴィルドファーレン議会は、村民の食事を改善するために一時的に村の各所で無償の炊き出しを行うことにした。

 いわゆり配給だが、これが良かった。

 総じてエンゲル係数の高い村民の懐にゆとりが生まれ、人々はこぞって生活必需品を求める。だが王都では買い物が出来ない、これがまた奏功し村では家内制手工業の一大ブームが到来した。

 欲しいものは服や食器や収納家具など軽工業品なので、ちょっと手先が器用な者なら誰でも作れる。作って売ればお金が手にはいる。それで材料やモノを買うといったサイクルが回り始めた。

 急速な産業の勃興はハコモノ需要も生み出す。

 食料倉庫、加工工場、公衆浴場……、まるでストラテジーゲームみたいに建設が進み、村の中心部にひときは大きい学校ができた。


 時を同じくして長らく建設していた二階建ての食堂兼会議棟が駐屯地に建つ。

 二階建築はヴィルドファーレン村と駐屯地における一つの到達点なので、モニュメントの意味も込めて、この建物に名前を付けることにした。

 その名も「ユニティ」

 意味はもちろん、一つに集まるという意味だ。



 訓練中途でラドに呼び出されたメンバーは、ユニティに集まる。

 未だ木の香りが濃厚に漂うユニティは、今年の冬に建てられたばかりの駐屯地で一番大きいログハウス建築で、ヴィルドファーレン建設庁に大工の心得があるヤツが入ったのを期に、『やってみなはれ』精神で思いっきり自由に設計させたものだ。

 中二階を持つ半吹き抜け構造で、集会の際は上の階にも仲間が集まれる。

 夏は天井付近の熱を外に逃がす、マギウスサーキュレーター――魔法照明弾の応用で簡単にできた――を装備し、冬はペチカで全館を温め、しかも暖気を逃さない高気密住宅となっている。

 そしてこの世界初の窓ガラスを採用! これはアキハが「ムリー!」と泣きながら作った自慢の吹きガラスだ。

 これで夏の暑さも冬の寒さも採光もバッチリ!


 ユニティには千名近くが入るので、食堂や会議の他に疲れたときの憩いの場や交友の場としても使われている。

 なによりこの季節になると温かいので大人気。

 訓練や警備の仕事が終わると、みんなここに集まりご飯を食べて、ずーっとゴロゴロ。

 人が集まると体温だけでも温かい。

 暖かいからみんな集まる。そしてゴロゴロ。

 Hot is good.

 温かいは正義!


 寒空の下、部下を鍛えていた小隊長以上の幹部メンバーがゾロゾロと吹き抜けホールに入ってくる。

 みな口々に、「冷える」だの「寒い」だの今年の気候の厳しさを呪う言葉を口にして、暖炉の前で手をこする。判で押したように同じことを言って、同じことをするのがちょっと面白い。


「隊長、なんですか。まだ耐寒訓練の途中だってのに」

「ああ、すまない。急用があってね」

「わははは、そりゃ戦争ですか?」

「……」

「えっ! あたりですか!?」

 集まったメンバーがどわっとざわつき、「何時だ」「何処だ」と騒ぎ出す。あるいは深刻に俯く者も。

 騎士団だから有事があれば出撃するのは分かっていた筈だが、それが思ったよりも早く訪れてしまった事に誰もが驚きを隠せない。


「みんな、静かにして。えー、これから重大なことを言うから」

 中隊長同士が目配せすると小隊長が意図を察知し、自部隊の指揮系に集合する。こういう言葉にしなくてもモードが切り替わるようになるまで本当に苦労した。このような意思疎通が出来る事が訓練の一番の成果だ。


 場は既に落ち着いているが、十分時間を取ってから話を続ける。

 重要な話しをするときは、静まってなお間を取った方がよい。その方が場の集中力が増す。


「明後日、僕らは北方のフトトゥミに向けて出立する。深追いして山岳地帯に取り残された北進騎士団の中隊を助けるためだ。彼らはシンシアナ軍に包囲されて窮地に陥っている。僕らは北街道を経由して、可能な限り早く山に入り敵の背後を急襲して中隊の後退を支援する。尚、これはアンスカーリ公からの直命だ。僕らの強さを見込んで指名された」

「やっぱり、そこから来たか」

「小競り合いしてたからなぁ」

「しかし山か……、厳しいな」

 この指示の背景を考える発言が出ることから分かるように、騎士団をやっていなくても厳冬期にシンシアナが食料を狙って攻めてくるのは王都では常識だ。

「質問は?」


 発言を待つがない。取り残されは中隊長を愚かと笑う者が居ないのは良いが、敵の規模や緊急度を聞いてくる者が居ないのは寂しい。彼ら彼女らはまだまだひよっこだ。

 それが顔に出たのを悟られたか、

「連隊長、編成はどうしますか。敵兵数は?」

 リレイラが動く。

 現在、作戦参謀はイチカとリレイラが担っている。リレイラは集団をまとめるのは苦手だが、余人が認めるほど作戦立案に適正がある。

「実は敵兵の規模が分からないんだ。中隊は小規模な小競り合いを日に何度も受けており大規模戦は起こしていない。だから、どの程度の規模のシンシアナ兵に包囲されているか分からないんだ」

「北進騎士団の援軍は動いているのですか?」

 イチカの確認。

「北進騎士団の各中隊は、北街道の各戦線にバラバラに置かれて、どの中隊もシンシアナの足止め作戦にハマり釘付け状態だ」

「愚かな……」

 リレイラはネガティブな発言が多い。参謀自ら部隊の士気を下げては示しがつかないので非常に気になるが、かといって無暗なポジティブシンキングはもっと困る。冷静さを失えば軍はあっという間に侮りモードになり窮地に陥る。情報を正しく選別し、期待を交えず分析して、苦しさの中からプラスを引き出すような力が欲しい。

「それだけ上手いやり方だったんだよ。あちこちに時間差で小競り合いを起こして、少しずつ北進騎士団は引き出したらしい」

「カルカラの戦闘はいつからですか?」

 カルカラはフトトゥミから二日北方の街だ。

「十二月。もう一か月も戦っている」

 リレイラは難しい顔をしてイチカと考えをまとめ始めた。



「魔法中心の部隊が苦戦していますので敵は対遠距離戦を講じていると思われます。そこで当騎士団の編成はパーン部隊を中心にします。冬山ですから寒さに強いパーン部隊は極めて有利です。混成部隊も寒さに強いものを選抜して三百名の小数先鋭にします。戦闘が長引くことが予想されますので止むを得ません、軍事糧秣を使います。現在戦闘中の中隊の兵糧も厳しいはずです。兵糧は多めに持ちます。防寒衣は重要です。特に手足に雪が入らぬように装備を固めてください。機動力が落ちますが凍えて動けなくなれば致命的です」

 後をラドが続ける。

「敵は揺動で北進騎士団をおびき出し、自分たちにとって立地の良いところで包囲に入り、そのままガウべルーア騎士団に脅威を与える一貫した作戦をとっている。僕らもそれにはまらないよう気をつけて欲しい。明後日朝十時に行軍を開始する。輜重はリレイラの指示を仰げ。明日、二の鐘時(にのかねじ)に改めて作戦会議を開く。以上だ」

 ざわつくメンバーが、ガウベルーア敬礼で一斉に頭を下げる。

「もう一つ。イチカ。今回は抜けてくれ。この行軍はキミには厳しすぎる」

 イチカが虚を突かれた顔をしてラドを見た。

「で、でも。ですが!」

「もう決めた事だ」

 イチカの体力も不安だが、リレイラにはここで一皮むけてもらいたい。そのためにも一人でこの作戦を考え仲間の力を引き出してやりきって欲しい。

 とはいえ、この行軍はかなり不安な要素が多い。冬の行軍は辛さしかないのだから。



 王都は北方と比べて温暖ではあるが、それでも一月の朝は氷がガチガチに固まる寒さとなる。

 まだ暗い朝の中を、息を白くした魔法兵とパーン兵が荷を馬車に積み込んでせせこましく走り回っている。この厳冬期に元気なのは馬だけだ。


「寒いですな」

 エフェルナンドが手を息で温めながらラドの元に歩いてくる。

「ああ、気が滅入るよ」

「ご自分で持ってきた仕事でしょうに」

「こういうとき、自分の引きの悪さを呪うよ」

「それに引きずり回される騎士団はもっと大変ですがね」

「それを言うなよ。エフェルナンド」

 エフェルナンドは地下組織のガサ入れ以来、随分ラドのことを信用するようになった。それが分かるように何となくだが言葉使いが以前とは違う。前は鼻にもかけない小ばかにした感じだったが今はそれなりの敬語になっている。それ以上に同じ騎士団を運営するものとして、自覚ある発言が出てきた。

「隊長は子供なんですから、雪は好きなんじゃないですか」

 前言撤回。相変わらず人を小馬鹿にする。

「アンスカーリと同じことを言うな。雪なんて好きなものか。そういうのは……」

「ライカ大隊長ですか?」

 エフェルナンドはラドと息を合わせて、雪かきで出来た小山の方を見た。

 そこには歓声を上げて騒ぐ、臙脂の制服の女と子供の声。

 深更に積もった新雪に、ライカとバーンの小さい子は雪合戦の真っ最中だ。


 村にはパーンの小さい子もいる。彼ら彼女らは兵士ではないが、両親とも騎士団の兵士の子もいるので、そんな子達の気分晴らしにと、ライカはこのように子供達の遊びを相手になってあげている。

 傍から見ると子供と一緒にはしゃいでいるように見えるが、本人は「これはライカのお仕事にゃ!」と大真面目に答えるのだ。なんでもパーンの信頼はそういう言葉を超えた何かで作られるらしい。

 だが子供達がそれをどこまで分かっているかは疑問だ。

 遊んでいる様子を見ると、子供達はライカを同レベルの楽しいお姉さんと思っていることだろう。

 見た目十歳くらい、つまり実年齢三歳位のパーンの子達に、彼女が二千人の兵士を束ねる親分だとは分かりはしない。


 そんなライカが捕まえた子供を高々と頭の上に持ち上げて、新雪の中に放り込む。

 するとキャッキャと黄色い笑い声。

「お前もにゃーーー!」と、追いかければ、きゃーと雪に埋もれながら駆け出す。

「パーンってのは寒さに強いですな」

「本人は嫌いだと言っていたよ、と言っても僕らより遥かに強いけど」

「シシスは今朝方、頭から冷水をかぶって体を拭いてましたが」

「彼は特に寒さに強い種族だからね。獣化度も高いし」

「失礼ながら獣の類と思ってましたが、彼は責任感があります。浮ついた一般魔法兵以上に忠義に厚い」

「うむうむ、エフェルナンドも大分パーンの事が分かってきたね」

「生肉を食う生態にはまだ慣れませんがね」

 そんなエフェルナンドの変化を喜ばしく感ずる。


「隊長! 混成部隊準備完了です」

 魔法兵の一人が敬礼とともに進捗を告げる。

「ありがとう、ごくろうさん」

 ふわっと感謝を告げるラドとは違ってエフェルナンドは厳しい。

「遅いぞ!」

「寒冷地への遠征は初めてで準備に手間取りました」

「なら次は早くやれ」

「はい! 大隊長」

 ライカが騎士になれないので、皇衛騎士団の階級呼称は大隊長、中隊長に統一されている。


 続いてパーン大隊の方も準備が整いイオが連絡に来た。

「パーン大隊の準備完了です」

 すっかり大人の男になったイオが、エフェルナンドより低いハスキーボイスで完了を報告する。

「ごくろうさま。じゃライカを呼んできてよ。もうサービスタイムは終わりだ」

 イオと比べるとまるで女の子みたいな声だと自分で思う。

 前の世界の自分はどんな声だったろうか。エフェルナンドくらいだったか、いや彼より大きかったのだ、イオくらいの声だったかもしれない。

 だがそんな自分声も忘れてしまった。それが意味もなくおかしくてクスっと笑う。

「どうかなさいましたか? 連隊長」

「いや、何でもない」

「おかしな隊長ですね」


 耳の良いライカが、子供達に手を降ってこちらに走ってくる。

「何がおかしいんだ? しゅにん。 それよりイオ、終わったかぁ」

「はい、滞りなく」

「イオはこういうのが得意だな、任せて安心だ」

「お褒め預かり光栄です」

 真面目なイオはピシリと敬礼してライカに答える。文字も言葉も知らない子だったのに随分成長したものだ。自分も老いたか子供が大人になりゆく姿を見ると、ついほっこりしてしまう。

「じゃキミたちは出発まで待機ね」

「はい」の声も高らかに、向こうへ肩を並べて歩いていく二人。

 後ろから見える屈託なく笑うライカと生真面目なイオ横顔。その会話が聞こえてくる。

「ライカ、これは本当は君の仕事だよ」

「いいのにゃ、得意なヤツが得意な事をするのが一番にゃ」

「ライカはもう!」

 いいコンビである。



 四百台の馬車を引いて北街道を行く。目指すは北街道十一番目の都市、フトトゥミだ。

 フトトゥミは林業で栄える街であり、王都に大量の木材を運び出している。北街道を大木を引いた馬が蹄を滑らせて行き交う姿は、ここらではちょっとした名物だ。

 木材は街の西方に位置する、カルカラ山脈から切り出す。

 木材は生活物資を生み出すだけではなく燃料としても使われており、この天然資源がガウべルーアという国を支えている。そのような重要な資源が枯渇しないよう、王国は山を大切に維持しながら使っている。

 最初に切り出しが始まった山がカルカラ。そこに一番近い平地に街を作ったから、街の名はカルカラ。そしてその山々をカルカラ山脈と名付けた。

 次の三十年からは山を変えて切り出しが始まる。その切り場の近くに街の礎を作った貴族、ライシュウ卿を讃えて、その街の名はライシュウとなった。

 その山を二十年切り出し、次の山の近くに街を開き、そこを国王がコルシュンと名付けた。

 ここから分かるとおり、ガウべルーアの林業は計画的行われる公営事業だ。これだけ厳格に伐採が行われるには訳がある。

 パラケルスの周辺の砂漠化が進んでいるのは、なにも気候のせいだけではない。ガウべルーア王国に連なる先王朝が、無計画に森を伐採し、そのせいで沃土を石と砂の地にしてしまった失敗の歴史があるからだ。

 乾燥した地域の地表から植物がなくなると地力の回復は難しい。

 乾燥が乾燥を呼び、ついには沃土をこのような芋しか取れないカラカラの大地にしてしまう。そして、ひもじくなった民衆は暴動を起こす。

 そうした不満を見方につけ、先王朝を倒した現ガウべルーア国始祖王は、西方の全てを棄てて遷都を決意し、未だ手つかずの肥沃な東に王都を移した。と、魔法史書に書いてあった。


 さてこのカルカラ山脈。

 山脈とは言ったもんだが、標高六十ホブ程度のさして高くもない山々の連なりである。

 だが山脈の存在は大きい。

 山脈はガウべルーアの気候を分ける重要な気候因子であり、北方においては隣接するシンシアナとガウべルーアを隔てる国境となっている。

 一見すると人の交わりを分かつ大きな壁。

 しかし冬になるとシンシアナは、あえてここに出城を築き、実り豊かなガウべルーアへ略奪の手を伸ばしにくる。


 行きにくいとは、攻めにくいを意味する。

 山岳戦は体力のあるシンシアナには有利で、虚弱で寒さに弱いガウべルーアには不利だ。

 シンシアナはそれをよく心得ており、わざわざ雪深くなってから北街道の山脈沿いの、コルシュン、カルカラ、ライシュウ、フトトゥミといった街を襲撃しては収奪を繰り返している。

 言うなれば、この収奪は恒例行事だ。

 攻められる方はたまったもんじゃないが。


 皇衛騎士団が王都を出立して、フトトゥミの街についたのは八日後の夕方であった。

 十一番目の街とは王都を出て徒歩で十一日目に着く街ということである。それを八日で踏破したという事は、ラド達は救出を急ぐべく、かなり無理をして騎士団を進めたことになる。

 千名を超える兵が旅人より早く移動するのは至難の業だ。人数が多いと野営に入るだけで数時間もかかる。野営を畳んで出発するのもまたしかり。

 だから八日とは、寒さの中、寝ずに歩く日が三日もあった事を意味している。


 こういう急ぎの任務のときに、いつも思う。『車があればどれほど便利だろう』と。

 この世界では現代軍隊のような重火器はないので、行軍では兵糧のみ運べばよいが、それでも兵糧の運搬は困難なお荷物である。

 なにより重い。

 ひとり一日、五スシュ(約一キログラム 一スシュは二百グラム相当)の食を持つとして、千五百人の兵なら七千五百スシュ。その行軍を一ヶ月行うと三十倍の食料を運ぶことになる。

 その重さは、実に二十二半ホシュ。(約四十五トン 一ホシュは二トン相当)

 今回は救出する中隊の分も持つので、三十五ホシュもの食料を運搬する。この量は馬車四百台に及ぶが、そのほぼ全てが食料だ。

 それがイヤだと言って、どこぞの軍隊のように現地調達をするわけにはいかない。



 フトトゥミの城門を抜け街に入る前に領主へ挨拶にいく。

 面倒だが千五百名もの武装集団を、無礼に街に入れる訳にはいかない。アンスカーリには心配りが足りんと言われたが、そのくらいの礼儀は弁えているつもりだ。

 頭を下げるのは連隊長の自分だけでいいので、その間、騎士団はライカとエフェルナンドにあずける。


「フトトゥミの街で一旦休憩を取り武装するから、僕が戻ってくるまでに雪中行軍の準備と武装を整えておいて。足りないかんじきや防寒衣はこの街で調達するから。街に入れないからって魔法を使って暖を取らせるなよ。魔力は温存する。街に入ったら温かいご飯が食べれるように交渉するか期待して待って」

 寒くて返事をするのも億劫なのか、エフェルナンドは、短く「はっ」とだけ答えて隊に戻る。


「さて、リレイラは僕と領主の所へ行くよ。筆頭参謀だからね」

「はい、お供します」

 なんて話している間に、向こうの騎士団からは「うわぁー」と歓声が上がる。

「どうやら温かいご飯は無敵らしいね」

「どの者も寒さと疲労で士気が落ちておりました」

「皆の顔を見ればわかるよ。これで山に入れば救出するどころか共倒れだ」

 リレイラは得たりやと微笑む。言わずともラドが兵を休ませてくれた事に安心したのだろう。


 領主への挨拶はつつがなく終わり、フトトゥミに皇衛騎士団を駐屯させる許可は無事おりた。もっとも蹴られることのない交渉だ。貴族には評判悪いラドでも公務ならば相手はノーとは言えない。

 街の中での休息や食事を取る許可も出た。ただし問題は起こすなと条件がつく。

 つまり、パーンの信頼はまだそんなものなのである。それでも地方の都市としては大盤振る舞いの処置である。パーンは馬以下、道具にもならないので入城すれば打ち首なんて所も珍しくはない。

 まことに皇衛騎士団の名前の大さを実感する。


 このお達しを騎士団に伝える。

「入街の許可は取った。飲食もよいが問題は起こすなよ。理由は分かると思うから言わないけど。と言う訳でお酒はダメーーー!」

 と言って、ぶーぶー言うのは混成部隊の奴らだ。

「連隊長ぉぉぉ」

 顔は見えないが人混みの向こうから泣きそうな声で嘆願が聞こえる。

「泣いてもダメ!」

「連隊長だって、お菓子を止められたらテンション落ちるじゃないですか」

「それはそうだけど……いや! お菓子とお酒は違います!」

 なんて笑いを取りながら跳ね上げ門をくぐる。板橋の下は目も眩むような深い堀だ。

 こんな片田舎の都市に暴力的なまでの深い空堀があるのは、それだけシンシアナの脅威があるからだろう。


 軒並み宿屋を押さえて、その飯屋で兵が各々に食事と休憩を取っている間、ラドとリレイラは明日の作戦会議だ。

「さて僕らはみんなが休んでいる間に、救出する中隊の位置を把握しないとね」

「はい。それですが師匠。いえ、連隊長。どのように調べましょうか? 街で聞き込みですか?」

「それも考えたけど、初期布陣から動いているだろうね」

「はい、わたしもそう考えております」

「そこでだ。僕にアイデアがある」

「アイデアですか?」

 リレイラは怪訝な顔を作ってラドを見る。場所などアイデアで分かるものではない。

「パッシブレーダを作ってみよう思うんだ」

「レーダー?」

「レディオ・ディレクティング・アンド・レンジング。でもレディオじゃなくてマギウスだからマーダーか。そりゃちょっと怖い名前だな」

「なんですか? それは」

「中隊が生きているなら魔法を使っているはずだ。魔法を使えば魔力が漏れる。その魔力を指向性の高い高感度のマギウスカウンターで拾うんだ」

「なるほど! 素晴らしいアイデアです。魔力反応がある方角に中隊が居るわけですね。さすが連隊長です!」

「問題は感度をどう上げるかだけど。魔法陣の物理的サイズを大きくすれば感度は上がると思うんだ。でも魔法陣の魔法結線が長くなると魔力抵抗が大きくなって逆にノイズを拾ってしまう」

「そうですね……」

 リレイラが眉間にシワを寄せ、腕を組んで考え出す。腕を組んで考える込むのはラドの癖だが、すっかりリレイラに移ってしまったようだ。

「師匠は魔法が使えないので知らないと思いますが、魔法は種類により魔力の精緻さが異なります。この特性は使えませんか?」

「ふむふむ、特定の魔法が使用されたときに発生する魔力に、受信魔法陣を同調させれば不要な魔力を拾わなくなるという事だね。ラジオと同じだ」

「ラジオと言うものを知りませんが、火の魔法の魔力を検出し多段的に増幅すれば感度を上げるのと同義と考えます」

「うんその通りだ! それ採用! リレイラも応用力がついてきたね」

「お褒めに預かり光栄です」

「二人のときはいいよ、堅苦しくなくて。じゃさっそく魔法陣を作ってみようか。うまく作れば魔法陣でレフレックス回路が作れそうだ」


 近くの商店に走り、大きな樽を入手して、内側に魔力を受信する魔法陣と注いだ魔力を発信させる魔法陣、マギウスカウンターの魔法陣やらを書く。

 検出した魔力は音に変えることにした。光だと夜中に敵にバレてしまう。

 樽という筒を使うことで、魔力の検出に指向性を持たせることができる。指向性とは方向を絞り込むということだ。樽の口をあちこちに向けて「ガリガリ」と音が出る反応があれば、その方向に魔法を使用している者がいる。つまり北進騎士団の中隊がいるはずだ。


 一階の飯所でたらふくに胃に飯を詰め込み、腹をさする騎士団の若い衆を二、三人連れてきて、試しに城外で火の魔法を使わせてみる。

 すると何もない樽の中なら、ガポンッと何かが爆ぜる音が反響した。

 ならばと樽の向きを九十度変えてみると、今度は全く音がしない。

 また方向を戻すと、同じようのガボっ、ガガとまた音が響く。

「師匠、成功です!」

 普段、嬉しい感情をあまり表に出さないリレイラだが、この時ばかりは白い歯を見せた。

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