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北空の雲行き

 ”渡り鳥の巣”の事件以降、騎士団の強化に、魔法の開発に、ヴィルドファーレン村のインフラ整備にと、大忙しのラドたち。


 そのせいではないだろうが、今年の冬は早かった。十一月だというのに雪が降り、気の早い雪化粧に王都は白亜の遺跡のごとく輝きを増した。

 明るいのは街だけではない。子供たちは朝から路地に繰り出し、寒さなどもろともせず雪合戦に勤しむ。

 暖房用の燃料を販売する卸問屋は大繁盛で、早朝から雪の大路を右へ左へと行き交っている。

 だがそんなに明るい話題ばかりではない。

 晩夏から急に進んだ寒さのせいで東方の穀倉地帯は豊作とは言い難く、穀物の値段はジリジリと上がりつつある。

 それに実りの秋を飛び越えて一気に冬を迎えたせいか、森に住む狂獣にも動きがあり、街道も安穏と歩けず物資が滞り気味になっていた。


「らどぉ~、もうお芋飽きちゃったわ」

 ぶす~と愚痴るのは、ラドの部屋で夕食を共にするアキハ。

「今年は食材が高いんです。お芋だって高いのですよ」

「ひげ芋もかい?」

「ええ、それでも私たちはカチャさんのおかげで、お魚が食べれるんですから」

 不作はパラケルスのあたりもで、生産が安定している芋ですら今年は小ぶりのようだ。もっとも餓死者が出るほどの不作ではないのだが。

 ヴィルドファーレン村の食料は商団を立ち上げたカチャに頼んでいる。カチャは今、南方の市場を開拓中で発注を出せば少しならば塩漬けの魚が食べられる。魚は気候に左右されないので、このような冬が早い年には有難い。

 カチャは他にもキノコや果物、村ではまだ作れない食器や道具なども仕入れてくれる。パーン達は王都に入れないため建村当時は仕入ができず大いに困ったが、カチャのおかげで村に市場が立ち、売買が始まり経済も動き始めた。

 王都に比べればけし粒みたいな市場だが、売る方も買う方も笑顔が溢れている。獣化度の高い毛むくじゃらパーンの親子が、買った果物を麻かごに入れ、手を繋いで楽しそうに歩いている後ろ姿を見た時は、夕日に伸びる影が幸せさすぎて、胸が詰まって泣きそうになってしまった。


 なんて思い出して感動に涙腺を緩めていたら。

「でも魚ってわたし苦手なの」

 なんて贅沢な!

「僕らは子供の頃から芋ばっかだったんだから、魚があるだけいいじゃない」

「でも、食べ飽きたのぉー」

「まったく、アキハも贅沢になったもんだよ」

 するとアキハはジト目でこちらを見てボソリとひと言。

「ラドが悪いのよ」

「なんでだよ」

「だって美味しいお菓子、一杯買ってくるんだもの」

「一杯は買ってないよ」


 そんな会話に義務的に芋を口に運んでいたライカが乗ってくる。肉好きのライカにとって、炭水化物ばかりの食事は拷問だ。アキハ以上にウンザリしているのだろう。最近は食事の時間になっても目がどんよりと死んでいたが、その目がキラリと光った。

「うんにゃ、一杯かってるし、一杯食べてるぞ。その分がココに――」

 アキハの隣に座るライカは、退屈な食事のお供を見つけたとばかりにニヤっと笑い、あぐらをかいたままの態勢で身を乗り出す。

「きゃん!!!」

「いっぱい、つまってるにゃ!」

 アキハのおっぱいを服越しにツンと突く。

 すると、その指が予想外の弾力に戻ってくる。


「ちょっとライカ!」

「む~、同じ女なのにこの柔らかさは不公平にゃ」

「そうですねぇ」

 そんな悪戯を横目に、快調にお芋を食べ終えたイチカが草根茶をすすりつつ、おばあちゃんのようにほっこり答える。

「はぁ~、なんだかなぁ。毎日おイモばっかりだし、アキハはどんどんおっぱい大きくなるし、ヒドイ毎日にゃ」

「ちょっと! わたしを芋と一緒にしないでよ!」

 アキハをからかってみたが、それでも芋の不味さを紛らわせられなかったライカは、捨て鉢な口調で声を上げるとバタンとその場に寝転がった。


 アキハと違いライカがつるぺたなのは理由がある。

 パーンであるライカは発情モードにならないと大人の体にはならない。

 ヒトとは違いパーンは年齢や体調、月の満ち欠け、そして異性の匂いといった条件が揃うと発情モードになり、そういう行為ができる体に急速に変化する。以前ライカが狂乱したときは、彼女も乳房も大きな妖艶な大人の体になっていた。

 だがそうじゃない普段は、ツルッとすっきりスレンダー。


 それをじーっと見ていたリレイラ。

「私も母さんに似たようです」

 ぼそりと言うと麻編みの服の上から自分の胸にぺたりと手を当てて、ややしばらく停止。

 皆の視線を釘付けにする謎の自問の挙句、やおら顔を上げてアキハの一部をじーっと見る。

 イチカもライカも申し合わせたようにアキハの一部を凝視。


「ちょっと、ジロジロ見ないでよ!」

 見られたアキハは別に露出している訳でもない胸元を両手で覆い、隠すように身をねじる。

 ちょっと顔が赤らんでいる。

 普段着なのだ。なにも恥ずかしがることはあるまいに。

 だが、隠そうと胸元を覆うほど、その下に隠された柔らかな塊がむにっと存在感を主張する。それが納得いかなかったのだろう。

「それです! まったくイラッとします」

 リレイラは素直な気持ちを吐露。

「しかたないじゃない!」

「ちっ! イチカを見て心を宥めます」

 冷静な顔して爪を噛む。


 そんな引き合いに出されたイチカは。

「そうですか、わたしが慰めになるならなによりです」

 と言ったが、ひきつる笑顔に青筋が。

 やはり本人もエブリデイ幼児体型を気にしているらしい。

 ここで男の自分が一言でもからかうと、イチカもリレイラもマジ切れして魔法が飛んで来そうなので、何事もなかったようにうまく合わせた相槌を打っておくことにする。

 こういう女の子のセンシティブな問題には触れないのが吉ですな。


「いゃぁ、全くそうだねぇ」

(ほっこりむ~ど)

「……」

「……」

「……」

「……」


 ――あれ? 何でみんな不穏な顔で僕を見るの?


「何が全くなんですか!!! ラド!」

 フォークを床にぶっさして激怒するイチカ。木のフォークが床に刺さってるんですけどーーー!


「うわぁん、しゅにんひどいぞ~」

 嘆くライカ。


「デリカシーがなさすぎます!」

 声を荒げるリレイラ。


「私だって気にしてるんだから! バカラド!」

 バカ扱い?

 

「な、なんでみんな怒るの!!!」

「怒るにきまっています!」

「怒るにきまってるにゃ!」

「怒るにきまってます!」

「怒るにきまってるじゃない!」

 そんなに揃うなんて。君たち僕を責めるときだけ仲よすぎ。

「そんな、僕はイチカの胸なんて全然気にしてないから、ホント全然! スッキリしてていいと思う!」

「そうですかよかったですインエルアルトザフル――」

「まって、まてまて! それ極大のファイアチェインだよね」

 イチカとリレイラの光る右手が天を向いた。



「マジ、殺されるかと思った……」

 ぷんっと顔をそむける四人を見つつ、マジックランタンの明かりに白く焦げた前髪をくりくりとほぐして思う。

 気がつけばイチカもリレイラも少女と呼ぶには失礼なお年頃だ。青春のいちページっぽいことが話題に上がるのも分からないではない。

 ライカなど中身はさておき、遠目で見ればちょっとした凛々しいお姉さんだ。

 リレイラも街を歩けば、目を離したすきに何人かにナンパされている。

 イチカは……子供と勘違いされているが、時々買い物でおまけされているから、きっと可愛がられているのだろう。

 アキハは……、アキハはどうだろうか。


 極力胸を見ないようにしてチラッと顔をみる。

「なに?」

「いや、別に……」

「別にってことないじゃない」

「い、いやぁ……」

 普段はしげしげ見ないが、改めて見るとコイツ、こんなに女の子っぽかったかと思う。

 ライカじゃないが、突っつきたくなるようなほっぺたのやわらかそうな感じなど、高校生の頃の秋葉に一層似てきた。

 特に胸元の存在感が……。

 このまま見ているとムラムラしちゃうというか、赤面してしてしまうので、深呼吸して素知らぬ方を向く。

「そうだラド、ロザーラさん、しばらくサルタニアに帰るって知ってた?」

 急に思い出したのだろう、ポンと手を鳴らして閃いたようにラドがそらした顔の方にアキハはグッと身を寄せる。

 急に目の前に現れたアキハの顔に、びくっと身を引くラド。


「あっ、ああ、帰郷の前日に僕の所にも来たよ。なんでもサルタニアの警備強化の為だって」

 唇が近い!

 うるんだ赤味に心臓を掴まれて、パラライズを受けているとライカがラドの背中によしかかりながら話題に入ってきた。

「なんでにゃ?」

 アキハはのしかかるライカの額を指で突いて、ネコ耳の頭をグリグリと押し戻す。

「シンシアナが穀物を奪いにくる可能性があるのよ」

「ああ、ウチらが捕まえたスパイの情報だな」

「サルタニアはシンシアナの侵攻ポイントになっているんだって。今年は他にも領地に戻る貴族や騎士がいると思うわよ」


 実際、この年は多くの貴族や魔法騎士が地方に戻っていた。特にムンタムへ繋がる北街道に領地をもつ貴族たちは、王都駐在をほっぽり出してほとんどの者が帰ってしまったという。

「まったく、貴族っていうのは身勝なもんだよ」

「あんたも、その貴族よ」

 そうだが、そんな貴族はこんなところでモジモジしながら、毎日芋など食ってないだろう。


 食料問題は切実だ。

 食料資源庁は自給率向上のために、アンスカーリから王都の外堀に作られている屎尿処理場を買い取り、人糞を用いた堆肥作りを始めたが、土作りは年単位の事業だ。今年は秋の蓄えが出来るほどの実りはない。

 実りがないので、皆はなけなしな貯金と村庫を崩して食料を購入している。

 それでも足りないので、少しの足しにと村民の魔力を魔法導線で王都に送り、住民が魔力を使わなくても家のマジックランタンの明かりが灯る『マギウスプラント事業』を始めたが、顧客はそう簡単には増えず村民の腹を満たす程の収入源には至っていない。


 村の自給自足体制には他にも意味がある。

 村民は搾取されるためではなく、自分たちのために作る畑と実りに、大きな満足を得た。

 だがそれは開放された今年だけの感慨で、来年からはその実りでお腹を満たす事が求められるだろう。

 皆に働く意味と、自分達の存在価値をとり戻してもらわないといけない。


 村の成長と豊かな暮らし、そして騎士団の維持で財政は火の車。皆のモチベーションアップまで考えなくちゃいけないなんて、まるで社員急増中の経営者だ。

 どこに落とし穴があるか分からないのでホント、気が気じゃない。



 北進騎士団はシンシアナ帝国からの守りを主務とする大騎士団だ。それはガウべルーアにとっては生命線であり、六大騎士団の中でも最も誇り高い花形騎士団である。

 北はワイズ家の領有地なので、北進騎士団もほぼワイズ家の派閥で締められている。その騎士団長は領主スタンリー・ワイズの信頼も厚い、派閥筆頭貴族のコディ・ナバル。

 だが名ばかり貴族ではない。

 家柄、実力ともに兼ね備えた騎士団長に相応しい男だ。


 その騎士団が今年は忙しい。

 シンシアナの動きが活発なため、十二月になる頃には北進騎士団の各中隊は、駐屯地のあるムンタムから各戦地に派遣され、いまムンタムにいるのは北進騎士団ナバル直属の近衛隊のみ。北の要塞都市は今冬の寒さに負けぬ、お寒い宿になっていた。


 その本体を率いるナバルが、各中隊の報告を記したガウべルーア王国地図を見ながら、部下のヨルドム・メシャと話している。

「今年は引き際が悪いな」

「例のシンシアナスパイの摘発が利いているのでしょう。王国にとっては良いことなんでしょうが、我々には全く迷惑ですな」

「そう言うな、ヨルドム、お前の腰の業物も坊っちゃんのおかげなのだからな」

 ヨルドムと呼ばれた男は、手を広げてそうでしたと軽くおどける。それをナバルは微笑で受け流す。


 ヨルドムがナバルの側近になって大分長い。

 二人は子供の頃から知った仲だ。筆頭貴族のナバル家をメシャ家が支える関係はヨルドムも分からぬほど前の先祖から続いている。

 この構図は長らく変わらぬ不変の序列だが、それをヨルドムは不快と思うことはなかった。

 コディ・ナバルは実力者でありながら、それを殊更押し出すことはしない弁えた男だ。そんな良主を引き立てるのは、自分の有用性を自覚できるようで、むしろ心地よい。


「これは有り難い支給でしたが。たしか魔法鋼でしたか? 正直恐ろしいものを作るものだと思いました」

「全くだな。アンスカーリ公の差配には得心しかねるが、魔法研究局をあてがわれるのもうなずける」

 騎士団長ナバルは己の剣を柄から抜いて、刀身の中程を中指の爪でピンと弾く。

 一層洗練された魔法鋼の剣はもはや櫛ほどの厚みもなく、弾くだけで楽器のような澄んだ音色を奏でて静かに震える。

 一振り五十万ロクタン。

 筆頭貴族ともなると、最高級の魔法鋼の剣が与えられる。この剣一つで下手な商家の年収に匹敵する。

「硬すぎて研げないのが難点だがな」

 騎士団長は刀身を煌めかせて、二、三方向から刃紋を眺めると、慣れた手つきで片刃剣を鞘に収めた。

 寸分違わず作られた鞘が、チンと終いを知らせて鳴く。


「さて、各地に派兵した中隊の具合はどうだ」

「どこも撃退には至らぬ状況です。戦力をまとめられれば良いのですが、そうも行かず」

 地図上には四千、六千と朱で数字が書かれている。どうやら敵部隊の推定規模らしい。

「身動き取れずか。本国の軍事糧秣はどれほど残っている」

「補給が滞っています。このまま支給を続けるとあと二十日といった所です。各中隊の残量は更に厳しいかと」

「持久戦に持ち込まれたな」

「我らの弱点をつかれました。どの部隊も巧みな揺動と撤退で魔力を浪費させられました。それに深雪と狂獣怖さで物流が滞るのも計算に入れているようです」

「このままではジリ貧だな。ヨルドム、どうする」

「彼らに撤退する気などありません。兵を小出しにすれば伏兵を置かれ先手を取れるでしょう」

「事態を動かすには、我々も出る必要があると考えるがどうか」

「いかにも、しかしどう動きますか?」

 コディは癖になった顎に手を当てるしぐさをして、わざとらしくうーんと唸る。


 彼がこういう仕草をするときは、答えを持っているときだとヨルドムは知っている。知ってはいるがそれをコディに言う事はない。なぜなら騎士団長という役柄、人の話に耳を傾け一考する態度をとらねばならない事は多いからだ。

 それが相手を納得させる手管だし、そうすることで騎士団がまとめる上で歓迎されるべき態度となる。

 もっとも、それを自分に対して行う必要はないのにとも思うのだが。


「そうだな。近衛隊でコルシュンの一個中隊を支援する。我らが出てシンシアナ軍を蹴散らし、そのままコルシュンからカルカラ、ライシュウ、フトトゥミと敵を蹴散らしつつ南下するのはどうだ。こちらが分散しているということは他方も分散しているということ。ならば先手を取り続ければ容易に拮抗は崩れ、我が方に流れは傾く」

 決意を聞いたヨルドムは跪く。

「良きご判断かと。きゃつらの気性のこと、最終的にシンシアナは必ずや我らを倒しに集まって来るでしょう。力を見せつけてやりましょう」

「ヨルドム、この持久戦、ケリをつけようぞ!」

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