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終いは次の始まり

「謎解きに熱をあげて命を落とすとは、てめぇも世話ねーな」

 ウォンが笑う。

「俺が半身やられていると思ってナメてたろ、小僧」

 そう粋がるのはイェンだ。続けてレアルも獲物のナイフを手の平で叩いてニヤリと笑う。

「すまねぇな。怨みはねぇがお前にゃ死んでもらう。殺しは重罪だがトンズラしちまえばコッチの勝ちだ」

 悪事が明るみになったとはいえ、所詮はこの部屋の中だけの話し。外に漏さなければ無かった事になる。ならばやることは――。

 そんな覚悟を決めた五人がジリジリとラドに詰め寄る。


「まぁそうなりますよね。でも、そう簡単にはいきませんよ」

 ラドはポケットに忍ばせた手を引き抜き、これ見よがしに突き出す。

「これ、なんだと思います?」

 そっと開いた手から現れたのは、紐に繋がれた親指大の木笛。

 それを認めた応接間の面々は、瞬きすら忘れてピタリと止まる。

 褐色の木笛は街道警備隊の警笛だ。

 ラドが警笛を吹けば聞きつけた騎士団が即ココへやって来る。仮に今ラドの口を封じたとしも現場を押さえられればさすに言い逃れは出来ない。


「では……」

 ラドは振り子に揺れる笛を手繰って口に近づける。

 そして思いっきり息を吸うと渾身の力で笛を吹いた!


 大きな音が出ると思ったのだろう、誰もが身を縮める!


 だが……。


 いくら顔を赤くして息を注いても音は出ない。


 うんともすんとも。


 風音ほどすらも。


 その様子にガチガチに固まったイリア達五人の体は、紅茶にとろける角砂糖のようにポロポロと崩れていく。

 そして堰を切ったように大爆笑。


「ひぃぃぃ、お生憎だったな!」

「とんだ安モンじゃないのさ」

「ぶっ壊れてのかよ!」

 腹をよじって転げ笑う。

 顎が外れるほど大口を開けて笑うイリアは、それでも足りないとソファを叩き泣きながら大笑い。

 イェンは膝から崩れて、何度も平手で床を叩いて息を吸う暇もないほどに苦し気に笑う。

 レアルは余りの可笑しさに自分のナイフでケガをしてしまいそうになるほどだ。


 そんなバカ笑いの時間がひとしきり過ぎ、ようやく五人にいつもの顔が戻ってくる。

 いつもの顔?

 それは違う。彼ら彼女らの相貌には明らかな殺意がある。

 同じ笑いでも先ほどとは違う残忍な笑いを浮かべ、ゆっくりと、だが確実にラドの命に狙いを定める。

 高まる危険を察知したラドは、一歩暖炉の壁へ後ずさりし警笛が鳴ることを期待して、もう一度強く木笛に息を吹き込む。

 だが期待とは裏腹に警笛は鳴らないのであった。



 その頃、渡り鳥の巣より遙か向こう、テラコッタ屋根の上に待機するライカとリレイラ。

 ライカのネコ耳がぴくっと動く。

「母さん、来ましたか?」

 その音はリレイラには聞こえない音域だが、獣の血を引くライカにはハッキリと聞こえていた。

 犬笛の音域は三十キロヘルツに及ぶと言う。

 人の可聴領域は二十ヘルツから二十キロヘルツ。子供であればもう少し高い音まで聞こえると言われているが、それでも犬笛の音は聞き取れない。

「もうっ、遅いぞ、しゅにん。待ちくたびれちゃったぞ」

「大方、推理に興が乗って、喋り続けていたのでしょう」

「んじゃ行くぞ、リレイラ!」


 合図を認めて腰を上げるリレイラを置いてきぼりにして、ライカはしゃがんだままの姿勢から屋根を蹴って隣の建物に大ジャンプ。

 踏み込まれた素焼きの瓦が半分に割れてパラパラと屋根下に落ちていく。

「早いです、母さん! 二回目の合図はまだなのではないですか!」

「お先にゃ!」

「母さん!!! 下! 往来の人がケガをします!」


 すっかり待ちくたびれたライカは、突入の合図もまだだというのに、猛スピードで屋根の上を駆け抜ける。

 通路を挟むアパルトマンとアパルトマンは二十スブ(六メートル)はあろうかと言うのに、そんな距離など小川を跨ぐが如しと、遥か手前から両手を突いて踏み切り、人の身からは想像もできない大ジャンプ。

 かと思うと、煙突を支点にくるりとターン、直角に曲がると尾根から尾根へと三段跳び。

 この世界に陸上競技があれば、強化選手は間違いなしだろう。


 その後を引き離されまいとリレイラが続くが、距離は離れる一方だ。

「まったく、どんな運動神経ですか」

 そう愚痴っても詮無い。生き物として基礎体力が違うのである。


 そうしているうちに、二回目の笛の音が断続的聞こえてくる。遠方にライカの耳の動きを認めたリレイラ。

「母さん! 突入の合図です!!!」

「あいな!」

 はるか向こうを矢のように走るライカから大声が返ってくる。

 約束では二つ目の合図で、まずリレイラが魔法を使う手はずになっていた。

 リレイラは空に向って一発の魔法を放とうするが、ライカはもうギルドの建物の目の前だ。

 詠唱を開始するリレイラを無視してライカが振り返る。

「リレイラ、煙突に魔法にゃ!」

「わかってます! 急かさないでください!」

 ライカはもう突入直前の体勢であった。



 その頃ラドは。

「ちっ! こういうときに限って切り札の秘密アイテムが壊れているとは」

「バーカ! 何か秘密のアイテムだ。ただの笛じゃねーか。しかもスカスカときてらぁ」

「ふぅ、これはしくじりました。推理にかまけて笛の確認がおろそかになっていたとは」

「がははは、まったくだな。まぁ死んだら後悔もねぇから安心しな」

「なら死ぬ前に一つだけ教えて下さい。僕の推理でも分からなかった事です。分からず死ぬなんて僕には耐えられい」

「ガハハハ、お前にゃ何百ロクタンも貰ってるからなぁ、一つだけなら教えてやってもいいぜ」

「本当ですか! 色々と調べたのですか、どうやって王城から秘密を聞き出していたかだけが分からなかったんです。それだけが気がかりで」

 ぺたりと座り込み諦めと愁訴を湛えた瞳で、ここにいる地下組織のメンバーを見る。


「はははっ! お前は知らねーだろうが、ハブルにゃガウべルーアと見分けがつかねーようなヤツがいるのさ。背もちっちゃくて華奢で。そういうのを拾ってきて送り込むのさ」

「でも王城には、そう簡単には潜り込めませんよ。僕ですら」

「下女ってのがあるんだ。顔と器量いい娘なら、ちょろいもんだぜ」

「でも下女に秘密の持ち出しなんて出来ないでしょう」

「かかかか! 城のお貴族様が秘密なんか気するわけねぇだろ。ダダ漏れさ」

「そうでしたか。もっともそれを早く聞いていたら……」

「全くだな」

「もっと早く聞いていたら、人生も変わっていたでしょうに」

「そうだな」

「いえ、君たちがね」

 ラドはニヤリと笑うとチラッと窓の外を見てハンカチを口に当てる。と同時に応接室を揺るがす爆音と暖炉からぶわりと舞い上がる煤。


「油断とはこういうときに起きるんです。僕がここをホームだと思って来ると思いましたか?」

 と、言うより早く窓の格子を蹴破ってライカが踊り込んでくる。

「いっちばん、にゃー!」

 その勢いのままライカは腰の棒手裏剣を抜くと、レアルに飛びかかり手元を蹴り上げてナイフを弾く。なんとそのまま空中で姿勢を入れ替えて延髄切り!


 ヘナヘナと倒れるレアルを向こうに、シリングとイェンの後頭部をたて続けに手裏剣の柄で打ち付け失神させる。

 そして流れのままに、いま制圧し倒れつつあるシリングの背面にするりと回り込むと、その背中を支えに、正面で我を取り戻して構えつつあるウォンの鳩尾に掌底で一打!

 拍子にボキッと鈍い音がして、ウォンは目をひんむいて泡を吹いて倒れる。

 たぶん肋骨が折れたのだろう、ラドは顔を顰める。


 そして制圧した四人を目線で見張りながら、ライカはもたもたと這いつくばるイリアの腕を後に捻り上げて、調教された犬でもあしらうように顔をラドの方に向けさせた。

「いたたた、離せ。離しやがれ!」

 痛みに金切り声を上げるイリアをライカは容赦なく締め上げる。


「馬鹿だなぁ。僕の隊の者が周りにいないから油断したんでしょ。兵は予め城下を通じる門と怪しいところに配備済みだよ。僕の目的はこの事件を解決することじゃない。それは刑事か本物の探偵の仕事だ。そんな事までしてガウベルーアで犯人を上げることに意味はない。僕の本当の目的は君達、地下組織を壊滅させること。手紙がシンシアナのスパイメッセージだと分かった瞬間に目的は切り替わったんだ。そしてまんまとキミらは僕の前で馬脚を現した訳だ」

 そんな説明が一通り終わった頃、遅れたリレイラが派手に応接間の扉を開けて現れる。

「みなさん! 抵抗は止めて――」

「誰も抵抗してないぞ」

 リレイラはすっかり鎮圧された応接室をキョロキョロと見る。

 煤だらけの部屋に、ぶったおれた男が四名。悔しさに歯ぎしりする自分よりも大食いの婦人が「うーうー」とうなっている。

「はぁ……。母さん、これでは私がいる意味がありません」

「そんなことないよ。リレイラの魔法はいい目くらましになった。それよりリレイラ! エマストーンでエフェルナンドに通信! ここのメッセンジャーギルドと宿屋“サンセットムーン”を押さえさせろ。イオも動かせ。裏街も押さえて退路を完全に断て。誰一人逃すな全員しょっぴく。アンスカーリには下女全員の身柄を拘束するよう伝令を出せ。城内のスパイを城から一人も出させるな。城には秘密の通路がある。気取られないようにしろと伝えろ!」

「は、はい!」

 慌てて応接室を出ていくリレイラと入れ替わりに、皇衛騎士団メンバーが数名が入ってくる。


「さて、君達が喋っちゃったせいで地下組織は壊滅だ。君らも陽のあたる場所には二度と出ることはないと覚悟するがいい」

 イリアが顔を歪めてラドを睨む。

 一方ぶっ倒れていた男四人は、後ろ手に凧糸でキツキツに縛られた親指が痛いのか、目を覚まして痛い痛いと泣き叫ぶ。

「さてこれから知っていることを全て吐いてもらうけど、魔法で痛い目をみてから自白するのと、痛い目を見る前に自白するのとどっちがいいかな?」

 笑顔のラドに震え上がる地下組織のメンバーだった。



 その後の話は、言うまでもないだろう。

 ギルドのメンバーの半数はスパイ容疑で検挙。宿屋“サンセットムーン“は皇衛騎士団に包囲され全員がブタ箱送り。

 更にサンセットムーンから王城に繋がる地下通路も見つかり、そこから続々と関係者が連行された。

 王城の下女も全員が解雇され、秘密の通路は全て封鎖。

 一部、逃げおおせた者もいたようだが、数百名のスパイ関係者が捕まり、末端の者どもは次々と公開処刑された。


 スパイは王城の外にもいて、クルチザンヌに扮したスパイと接点があった貴族は、勅命を受けた皇撃騎士団により次々と拘束。

 数日後には一部貴族の疑いは晴れたが、特にシンシアナに近い北方の貴族で国防や物流を司る者は、当然のことながらターゲットにされており、機密情報を漏らして罪で要職を更迭され減封。金と引き換えに重要情報を売っていた貴族は除封となってしまった。

 女遊びは貴人の常か。脇が甘かったと言えばそれまでだが、背任貴族はいざしらず、うっかり喋っちゃった方々には同情を禁じ得ない。

 そういえば徐封リストの中にカレス・ルドールの名もあった。アイツとは洛西の戦いの後、会ってないが、胡散臭いヤツには胡散臭い人脈があるもので、ざまぁみやがれだ。


 ちょっとした探偵ごっこが、貴族社会を揺るがす大事件に発展してしまったのだが、なんとアンスカーリ閥の重鎮からは嫌疑のかかった貴族は一人も出なかった。

 さすがは諜報部を押さえている大貴族と思いきや、アンスカーリ閥重鎮貴族の間では身元の怪しい者をまとめたブラックリストが出回っており、妖しい人脈を持つ貴族や胡散臭い交友関係は整理済みだったという。

 いつか証拠があがる『エックスデイ』が来ると踏んで、身綺麗にしていたのだそうだ。

 どうりでサンセットムーンを押さえた後のアンスカーリの動きが早かったワケだ。あっという間に王城を押さえた手腕に『さすがは大貴族』と感心したが、事前に準備をしていたのだから、そりゃ当たり前だ!

 しかもアンスカーリはエックスデイを、敵対貴族にダメージを与える格好のチャンスと位置づけていたという。

 なんてやつ!

 そうとは知らず意気揚々とスパイを摘発してしまった自分って一体。おかげで一人で恨みを買うことになってしまったよ。ああ、ワイズ派の報復が怖い。


 恨みを買うと言えば……。


 今回の事件で、ブルレイド王から賞揚されたのだが、これが実に良くなかった。

 なにせ王国をシンシアナの魔手から救ったのである。国王ブルレイドはこの功績は非常に高く買い、王国勲章の中でもかなり高位の“救国大功褒章”なる勲章――といっても貴石が埋め込まれたバッチみたいなもの――を貰う事になってしまった。

 正直、やっかみを頂くだけなので非常に迷惑なのだが、王様のいう事なので断れず……。

 貴族連中の冷たい視線を浴びながらもらう勲章。

 いたたまれない。


 授与式では、皇衛騎士団の連隊長にも任命されてしまった。

 そして参列の皆様から、『ハイハイ、ラドさん凄いですね。ああ、そうですか、おめでとうございます』的な適当な拍手を戴く。

 心のこもっていない拍手ありがとうございます。


 どっぷりと疲れた授与式から帰ると、騎士団と村の皆が「昇格をお祝いしましょう」と云うので宴を開くことになった。

 王都のしきたりが分からないので、宴はパラケルスの『籠りの前夜』みたいな祭りにする。

 焚火を囲んで歌って踊り、牛やイノシシを数頭潰して、焼いたり生で皆にふるまう。

 牛はコズヴィー牛という乳をよく出す牛なのだが、本当は繁殖させたいので食べちゃうのは勿体ない所だ。でも酒をのみ陽気に仲間と歌う村民や、生肉にかぶりつくパーンの同士たち、普段は食べられない木の実や雑穀を焚火にあたりながらのんびり食む草食系のパーン達の姿をみていると、たまにこういうのもイイものだと実感する。

 建村以来、生きるために皆、休みなく働いてきたが、祭りや宴はそんな辛い忍土の息抜きなのだと思う。

 やってよかった。


 よかったけど……この全額を支払うの僕なんだよね。

 探偵は楽しかったのだけれど、ホントその後の諸々の方が大変。


 ところで、連隊長と統合中隊長はどう違うかだって?

 名前が『中』から『連』になっただけで、やることは変わらない。だって結局は三部隊の面倒を見るのは変わらないのだから。

 でも、いつのまにやら連隊長かぁ。

 理想は“ドラゴンを倒して、お姫様を守るかっこいい魔法騎士”だったのに、どんどん組織のマネージャーみたいになって行くんだよなぁ。このままでいいのだろうか。


 いまさら気づいたのだが、ガウべルーアの騎士は騎乗を許された兵という意味じゃない。騎士は階級であり貴族の役職の一つだ。だから一般人は魔法騎士ははなれないし、魔法騎士がパーティーを組んでドラゴンを倒しに行くこともない。

 つまりドラゴン倒して武勇をあげるなら、目指すべきは冒険者だった……。

 早く気づけよ俺!

 でもここでキャリアを変えちゃうと別の誰かが騎士団長になり、せっかく救った仲間たちもパーン部隊も解散させられてしまう。

 もう自分は行くところまで行くしかないワケで。


 しかし連隊長ってピンとこないけど、株式会社でいうと部長くらいかしら?

 皇衛騎士団のオーナーはアンスカーリだから、あのじいさんが社長として、騎士団長は専務くらい? ということは本来なら大隊を数個率いる連隊長は事業部長くらい?

「んんんん、よくわかんないっ! まぁいっか! とにかく続ければいつかは、お姫様を守れるしドラゴンも倒せるだろう」

 あれ? まてよ。

 そもそもフォーレス・ブルレイド王に姫はいるのか?

 そしてこの世界にドラゴンはいるのだろうか? オークやゴブリンすら居ないというのに。

 とりあえずネズミ退治はもいやなんだ! はやくゴブリンを屠りたい!



 その頃、シンシアナ帝国は帝都、石造りのホールの真ん中にて、ガウベルーアに築き上げた情報網の崩壊が皇帝に報告されてた。

 報告者はスパイ活動を行っていた生き残りのシンシアナ兵。


 まだ若い女性兵が報告を終えると、簾舞の向こうから侍従の声が静かに響く。

「誰の手によるものか」

 反響して消えて行く威圧的なほど渋い男性の声。


「ラド・マージアという皇衛騎士団の者です」

 シンシアナ人にしては小柄で細身の少女兵は、顔を上げずに大理石の床に向かって答える。

 彼女の逃走はまさに命がけだった。ガウベルーアの摘発は激しく、逃げ道の地下通路はことごとく行く先を封鎖されていた。そのため王都から脱出せんと地下通路を使った者の殆どが捕まってしまった。

 機転の利いた彼女はそれを逆手に取り、堂々と王都の大通りを歩いて跳ね上げ門を潜って王都を出たのだ。

 だがそれも素早くかつ単独で動いたから出来た逃走であった。

 同じような行動をとっても、通常は行われない出都の荷物改めで少しでも怪しい所がある者は次々と捕まっていった。

 うまく王都を脱出したが街道の旅程で別れた仲間とは、その後会ってはいない。たぶん立ち寄った宿場町で捕まり帰らぬ人となったのだろう。

 二度と逢えぬ友の顔を思い出しつつ、ラド・マージアについての情報を付け加えようとすると、それより先に従者の声がした。


「パラケルスの……特異点……」

 だがそのささやきは皇帝に向かっている。

 ささやきと表現するのは実にふさわしいと思う。なぜなら侍従の声は微かで風の音にすら掻き消えてしまうほど小さいからだ。さらに皇帝の声に至っては虫のささやきの如く聞こえない。

 その二人の会話が続く。


「目覚め……ホムンクルス……」

「……せよ……」

「左様に」

「……コモンマジックを……」

「御意」

「……」

「布石……」


 目覚めたホムンクルスの事は知っている。人手不足の我が国が代替労働力として価値を見出した技術だ。だがその後、ガウベルーアでも目覚めたホムンクルスは再現されていないと分かり、技術の奪取は中止された。

 コモンマジックとは何だろうか?

 スパイ仲間でもその単語は聞いたことがない。だがまたガウベルーアが編み出した新しい技術なのだろう。

 ガウベルーアは目覚めた。

 そして止まることを知らぬゾウフルのように軍事技術を開発し続けている。


 御簾の向こうでは未だ囁きが続いている。

 話の内容はもう聞き取れない。

 だが事知らぬ兵にも一つだけ分かったことがあった。


 『シンシアナはいま動こうとしている。その引き金を引いたのはラド・マージア』


 巨大な石の間にただ一人跪き、少女兵は忘れ去られた時間を漂う。

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