確信
ラドはエフェルナンドと共にヴィルドファーレン村の家に向かう。途中で駐屯地に立ち寄り勤務中のイチカとライカ、リレイラにも声をかける。
駐屯地はヴィルドファーレン村を囲むように円形に配されている。村と駐屯地の境界にはリング状に配置された住宅があり、一スブほどの高床基礎の上に隙間なく平屋を建てる事で、村の防壁としている。
王都の領内であっても城壁の外は野盗からも狂獣からも無防備だ。いくら村の外周を皇衛騎士団駐屯地で守っても、百パーセントの防御は望むべくもないので何らかの防壁は必要となる。
だが、それを作る時間も資材も無かったので、家を防壁にする苦肉の策となった。
切妻屋根の一棟はひたすら長い長屋となっている。
一棟十室。間取りは一室六畳ひと間で、階級に関係なく広さは同じ。そこに仲の良い者同士が二、三人でチームを作り一緒に暮らす。
壁一枚の向こうには別の仲間が暮らしている。
もちろんラドファミリーもこの長屋に住んでいる。騎士団幹部や古参組だけ特別なんてしたくないので、ラドの家の隣はイオとシシス、反対側にはアキハが一人で暮らしている。
そんな部屋が千室以上もあるのだが、さすがに円形長屋だけでは足りず、最近は別棟も作った。
ここにはいきなり異種族同居生活に踏み切れない家族が住んでいる。
まずは同じ敷地で同じ生活をして、慣れたら一緒に暮らす算段だ。
このような生活の工夫や配慮も、ヴィルドファーレン議会が自分達の判断で行っている。
そんな長屋のひと間に五人も入り、ギュウギュウの木枠の空間に身を寄せ合って車座に座る。
イチカ、ライカ、リレイラは、この調査には関わっていないが、鳥打帽をかぶったラドの姿を見て例の話だと気づき、順に顔を見合わせてラドが話し始めるのを黙って待つ。
「知っていると思うけど僕はエフェルナンドとメッセンジャーギルド”渡り鳥の巣”の殺人事件を追っている。殺されたのはメッセンジャーの三人。犯人は不明。金欲しさの強盗と思われるが事件の全貌はまだ分からない。関係者は他にも三、四人いて誰もが怪しい気がするんだ。そこで済まないけどイチカとリレイラにも調査を手伝ってもらいたいんだ」
やはりその話だと合点してうなずく三人。
イチカもリレイラもラドが街で起きた事件を追っているのは知っていたが、三人も死んでいるとは思わなかったので、話しの重さに僅かに眉をしかめて崩した足を直して座り直す。
ラドは一呼吸おいてから、事件の概要をかいつまんで説明する。するとイチカとリレイラは二、三の質問をしただけで、ほぼ同時に「状況は理解しました」と答える。
登場人物は多く話は入り組んでいるが、ホムンクルスはなぜかこの手の情報整理に非常に長けており話を聞いただけで見てきたように状況を把握できる。
今ならば分かるがイチカやリレイラが目覚めた瞬間から多くの知識を持っていたのは、この情報整理の力が培養槽の中でも発揮されていたからだ。
エフェルナンドは、二人がこうもあっさり状況を理解するとは思っていなかったらしく、はぁ~と深いため息をつき肩を落として凹む。
一方、ライカは対照的だ。
「ライカは全然わからなかったけどいいのか?」と、明るくご質問。
「ごちゃごちゃした話だからね。まぁ僕がちゃんと指示をするから心配しなくていいよ」
「しゅにんがそういうなら手伝うぞ」
実にライカらしい割り切りだ。
「さてと、正直僕もこの事件の犯人が全然分からないんだ。そこでもう少し情報取集をしたい。まずエフェルナンドとライカには、この事件に関係する荷物の発送と受領を記したリストを”渡り鳥の巣”から全て入手してきてもらいたい。日にちと行き先と物品を把握する」
「本気ですか! イリアの奴、絶対出しませんよ。ギルドでも他のページ見せなかったじゃないですか」
「大変だが上手くやってくれ。対象になるのはフランが王都を旅立つ日から、マルッカとエスクードが殺されるときに運んでいた荷物までだ」
「まかせるにゃ」
「このネコが勝手に受けやがって……」
仔細は分からないが、やることが分かればライカは強い。面倒な仕事でも胸を叩いて快諾する。
ぶつくさ言うエフェルナンドとは正反対。
「イチカはこのショートソードとダガーナイフの出処を探ってくれないか。まずはアキハに聞いてみるといい」
「はい」
「僕は、そうだな。カチャにマギグラムを打つか。まだ王都から届く距離にいるといいのだけれど」
バブルやパーンが王都で買い物をするのは難しいので、カチャには村の食料や生活用品の調達を頼んでいる。
だが、常に行商に回っているカチャに日用品を依頼するのは難しい。そこでエマストーンを改良して六色六ビット通信でメッセージを送れるエマストーンを開発した。
ガウべルーアは六十音の表音文字なので、六十四パターンを識別できれば、エマストーン程度の通信手段でも遠方にメッセージを送れる。ただしエンコードとデコードが出来る技師が必要となる。
四人の動きは迅速だった。
イチカが調べたショートソードの出所はアキハによってあっさり分かった。その説明に本人がやってくる。
「イチカから預かったショートソードだけど、やっぱりウチのよ。急いで私が打ったものだけど」
「やっぱり。発注した人の顔と名前は覚えてる」
「もちろん。私を誰だと思ってるの? 来たのはシリングって人」
「さすがアキハ! 一度聞いた名前は忘れない」
「だってメッセンジャーからの依頼よ。そんな珍客なんて忘れるわけないじゃない」
「ダガーナイフは?」
「知らない。それは何処でも売ってる粗鋼の安物だもの」
エフェルナンドは、“渡り鳥の巣”の発送帳簿と受領書の写しを持ってきた。
「ちゃんと写し取れた?」なんて、ちょっと疑いつつ二人が書き取った写しをめくると、なんと誰が何時どこへ荷物を運んだかが克明に書いてあるじゃないか。
二人の性格を考えると、ちゃんと写しを取ってこれるか心配だったが、やる時はやるヤツらだったとかなり見直す。
「よく取ってきた! 素晴らしいよ! こりゃ今晩は肉のご褒美だ」
「ホントかしゅにん!」
「ああ、エフェルナンドは肉なんて食べ飽きたろうからナシだけど」
「生肉ならいらんですよ。俺は麦酒でいいっす」
「じゃ芋酒な」
「隊長ったらご冗談を。じゃあしょうがない米酒で」
「おい、値段上がってるぞー」
「肉でいいだろ。エフェは生肉を食わないから弱っちいんだ」
「人はハラ壊すんだよ!」
「それは同感だ」
二人をからかいつつも目は止めない。
「六月二十日、六月二十日……あった、フランだ。ちゃんと残ってるな。さすが信頼が重要なメッセンジャーギルドだ、イリアは意外いい管理をしてるよ」
「見つけましたか。それを見てどうするんですか。隊長」
「フラン、マルッカ、エスクードの動きを追うのさ。ほら見てごらん。この三人は六月二十日の同じ日の、かなり近い時間にイリアから荷物を受け取っている。そしてこの後、フランの名前が出てこないということは、フランはこの日以降に殺されたと分かる。なるほどイリアが二人に殺されたと言うのは筋が通るね」
「ですけど、別の人に殺された可能性もありますよ」
「ある、あるけど凶器と言われるダガーナイフが戻ってきたことを考えると、犯人はギルドの身内である可能性が高いんだ」
「最後の発送と受領はマルッカが七月四日発十日着の北の街、エスクードが二日発十日王都着のシンシアナ イルカンドです。でもエスクードの着日は九日を十日に修正しています」
「両方とも受領証はありか。これについてはさすがに矛盾はないね」
イリアは受領証がないからウォンに二人を探すように頼んだ。殺しあった二人を見つけてウォンが受領書を回収したというシナリオは成立しているように見える。だが日付は単純な書き間違いだろうか?
「問題は手紙だ。今晩と書いているくらいだから往路の日にち指定に思えるけど、色々な可能性が考えられる」
「因みに二人の最後の行き先は同じ所ではないです」
イチカの補足。
「なら復路の可能性はないか。フランを殺害するための申し合わせたか、フラン死後に往路で何かをするために申し合わせたか」
「エスクードは荷物を届けているならば、往路で殺しあってません」
リレイラの補足。
「『今晩会おう』がフラン殺害のための連絡の可能性もある。それだと最初のイリアの説明とは異なるけど、とはいえイリアも現場にいたわけではないから想像の説明としてはおかしくはないし……。しょうがない中継所に行ってみるか」
「はい、その可能性を潰しましょう」
「シンシアナ中継所の担当官が覚えていると良いのですが」
話の流れが分からないライカとエフェルナンドはキョトンとしているが、論理思考が強いイチカとリレイラは、この推理についてきている。
「よし! じゃエフェルナンドの次の仕事ね。ココとココの期間でマルッカとエスクードが門をくぐったのを覚えているか各門の門番に確認すること」
「うぇーーー! まじっすか! 面倒くさっ」
「面倒くさいなんて言わないっ、仕事なんだから」
「へーい」
「ところでもう一つ謎があるんだ。エスクードはシンシアナへの配達に行ってるけど荷物の送り先がイルカンドなんだ。その地名がズボンの裏地に書いてあったんだけど、なんで書き残す必要があったのかな」
「分かりかねます!」
リレイラは、ズバリ言い切る塩対応!
「ごめんなさいラド、わたしも想像がつきません」
イチカが済まなさそーに頭を下げる。
畏まるイチカもかわいい。もう、いいんだよ、そんな事でちっちゃくならなくても。
「いいよ、僕も分からないんだから。じゃ、また発送帳簿と受領帳簿を見てみようか」
受領書の写しをめくると、シンシアナへは思ったよりも多くの手紙や荷物が送られていた。
もちろんフランが運んだ荷物はイルカンドへ届いてはいない。
「エスクードはフランの死が分かった同日の朝に特急便で王都を出ていますね。しかも同じイルカンドです」
「ああ、それで早馬か。つまりフランが死んだから、荷物を間に合わせるためにエスクードが出たのか。レアルは『荷物は回収していない』と言っていたから、イリアは依頼主に保険金は払って同じ内容の荷物を用意してもらって発送したのか」
「随分準備が良いですね。七月二日に発送した荷物は六日に届いています。王都への帰着は九日です。早馬にしても帰りが早いですね」
「確かに。このシンシアナ宛の急ぎの荷物は怪しいな。リレイラ、イルカンドはどこにある街だい?」
「少々お待ち下さい、地図を持ってきます」
リレイラは床にシンシアナの地図を広げてイルカンドを探す。獣歯牙ペンはペン先が太く細かい文字が書けないので地図は必然大きくなる。
「ありませんね」
「近い名前なら、ヘルカンド、キー二ルカンドかしら」
「うーん、もしかしても僕の見間違いかな?」
ラドはエスクードの服から書き写した地名を見直す。
「確かにイルカンドだ」
「差出人が間違えたのでしょうか?」
受領書の写しも見てみるがやはりイルカンドだ。
「イリアの書き間違い?」
「あるいはこの地図も原本の写しですから、転記屋(本や地図を書き写す職人)の書き間違いかもしれません」
だが発送帳簿の写しを見ると別の日にもイルカンド宛の手紙ある。
「ここにもイルカンドがあるのだから、本当はどこかにある地名なんじゃないの? それにシンシアナに急ぎの荷物を送る人物が宛先を間違うとも思えないし。地図の間違いかもしれないね」
そう言って地図を畳もうとすると、
「ちょっとまってくださ!」
イチカが止める。
「ラド、リレイラこれを見てください。この受領証の地名。この宛先も地図の地名と一文字だけ違います」
「コルガレードが、地図ではオルガレードになっていますね。それがどうしたのですか? イチカ」
「こっちはジンクヨルドですが、地図はジンクオルド。そしてこれも」
「たしかに偶然にしては一文字間違いが多いな」
「もう一度、間違いを洗い出してみましょう」
エフェルナンドやライカの力も借りて、受領証と地図を見比べて一文字違いの地名を拾集める。
するとかなりの数の地名間違いが見つかった。そのどれもが一文字違い。
「隊長、週によって間違いの量に偏りがありませんか?」
「いいところに気づいた! このルール性と偏り。これはシンシアナにつながる大きな鉱脈を当てた気がするよ」
「この間違いが事件の解決になるんですか?」
エフェルナンドの疑問を無視して、ラドは腕を組み目を瞑るとうーんと唸って思考を巡らせる。
かと思えば徐に立ち上がり、狭い部屋の中を右へ左へとうろうろ。
「……ところでリレイラ、村の水が臭くなったのはいつだったかな」
「十日くらい前でしょうか。」
「ふむむ、そうか。ライカ、シャミを連れてひと仕事してくれないか。一つは裏街の聞き込み。もうひとつは“渡り鳥の巣”での仕事だ」
「わかったぞ!」
「リレイラは、うーん、そうだな。僕の財布を預けるから、このお金で“渡り鳥の巣”のギルドマスターとご飯を食べてきてくれないか」
「……はい?」
「時間稼ぎだよ。イリアが居ない間にライカとシャミがギルドに忍び込む。だから出来るだけ一杯食べさせてイリアの外出を長引かせてくれ」
「分かりました! お任せください」
「僕はシンシアナへの中継所に行ってくる」
ラドは矢継ぎ早に指示を出すと、早馬の手配のために王都に戻った。
早馬というのはかなり体に負担がかかる。馬に馬車など引かせず二人乗りでひたすら全力で走らせる。馬は街につくたびに乗り捨てる。馬と言えども全力で走れる時間は限られるからだ。
すると体感速度で時速千五百ホブ(約時速五十キロメートル)くらいの速さで街道をぶっ続けで走り抜けられる。
シンシアナとの中継所がある緩衝地帯までは、約十万ホブ(約三千五百キロメートル)。本人の体力が続けは、論理的には三日で走破できる。
体力が続けばだが。
ラドはその工程をギリギリ六日で往復してきた。
かなりハードな旅だった事を物語るように馬から降りた瞬間によろけてバタンと顔から倒れ、立ち上がろうとしてもフラフラ。まるでゾンビのようにしか歩けない。
「ライカー!」
ラドは大声でライカを呼び出し、駆けつけてきたライカの腰に腕を回して絡みつく。ライカはそんなラドを小脇に抱えて家まで連れてきた。
「しゅにん、フラフラだぞ。少し休むか?」
「いや、皆をあつめてくれ。一分でも早くこの事件を終わらせる」
ラドの家に集まったのは、エフェルナンド、アキハ、もちろんイチカ、ライカ、リレイラもいる。
「まず僕から。中継所で返信を確認してきた。荷物や手紙が届いているなら、その返事があるはずだからね」
「とうでしたか?」
「ゼロだ。一通も宛先の人から返事はない」
「そんなことがあるのですか??? 宛先には色々な方の名前があったではないですか」
「でも街の名前が間違っている荷物からだけ返信がないんだ」
「それは住所が間違っているから、ではないでしょうか?」
「いや、もしそうならこれほどの間違いは問題になっているはずだ」
「……そうですね。ならこの荷物は」
「それは後の謎解きだ。あと確かにエスクードは中継所に行っていたよ。彼の服装を担当官は良く覚えていたから。エフェルナンド、門番の情報は?」
「北門の門番の話です。エスクードが早馬で戻ったの見ています」
「よし!」
「遅い時間の早馬なので印象的だったようです、日にちまではさすがに……。マルッカについては、夕暮れに泥酔して足元がおぼつかないヤツが誰かに支えられて外に出たのを覚えている門番がいました」
「日にちは!?」
「それが覚えてなくて」
「門番の輪番周期は分かるか?」
「週輪番です。しかし週一回立てば、どの日に立ってもいいので」
「見たのはいつからいつの輪番かは分かるか?」
「それなら、確か前回と言っていたので、十一日から十七日です」
「上出来だ」
「よい情報ですね」
イチカがにっこりほほ笑む。
「ああ、門は多くの人が通過するんだ、それだけ覚えていれば十分だ。シャミは?」
「はい、それっぽい情報があったですの。普段より腸骨ゴミの多い日があったですの。月の丸い日で、ひとつの店から木箱で三つ出てますですの」
「前回の満月だから十日か十一日だな。よし! もちろん出処も追ってるね」
「ろちろんですの!」
「うんうん、シャミは頼りになるね」
長い耳が生えるシャミの後頭部を撫でると、シャミはえへへとはにかんでモジモジ。
「ライカの方はどう? 例のものはあったかい?」
「ホントにあったぞ。すごいな! しゅにん! なんでそんなものがあるってわかったんだ?」
「ふふふ、それが推理。まさにこういう隠された事件の真相を暴くのが探偵の仕事さ! さて、僕とライカは最後の仕上げのためにカチャの使いに会ってくる。その間にエフェルナンド! 渡り鳥の巣に皆を集めといて、あとは僕がケリをつける!」
コートを翻してキメっのラド。
――ふふふ、キマッた……。
けど、周りのみんなが顔をそむけるんですけど。
「師匠、興奮気味に語るのはいいのですが汗臭いです。いい加減、その汚いコートを脱いではいかがでしょう」
「……」
「……」
「……」
「いいの!!! もう! 気持ちよく言わせてよ! それよりリレイラさん! 返してもらったお財布が空なんですけどー!」
「はい、ご指示の通り二人で可能な限り一杯食べました。師匠の悪口を肴に」
「ちょっとぉ、五千ロクタンはあったよね! 五千って二十人分くらいの飯代になるハズなんですけど!」
「はい、ですから頑張って五千ロクタン分を食べました。お腹がはちきれて死ぬかと思いました」
イチカがクスクスと笑っている。
「凄かったのですよ。リレイラのお腹がお山のようになってて」
「お前なぁ。長引かせろと言ったけど、全部使えとはいってなーーーい!」
こ、こいつ。ここぞと胃袋の限界までうまいもん食いやがったな!