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聞き込み

 イェンはギルド“渡り鳥の巣”のほど近くのアパルトマンに住む、イリアからの信頼も厚い男である。

 仕事は配達の割り振りを決める“入札係り”。それをもう何年も担当しているという。


 イェンの家に行くと、彼はアパルトマンの中庭にある共同公園で、備え付けの椅子付きテーブルに身を預け、西日を浴びて日向ぼっこをしていた。早くも一杯始めながら。


「イェンさんですね」

「あぁ?」

 生気のない濁った目がこちらを向く。

「僕はラド・マージア。皇衛騎士団の統合中隊長をしている」

「はぁ……」

 声のトーンは疑問形だ。まぁこんな見慣れぬ探偵服を着込んだ子供に隊長と言われても眉唾だろう。

「イリアさんから紹介されて来ました。ギルドの仕事について聞かせてくれませんか?」

「ああ、いいけどよぉ」

 イリアの名前が効いたのか、或いはちらっと見せた杖の宝飾で本物の貴族と分かったのか、とにかく渋々話始める。


「俺の仕事は運び先の入札でよぉ――」

 その先はイリアから聞いた内容と同じだ。しばしば震える左手で杯を煽りながら、たどたどしく語る。どうやらアル中らしい。

「マルッカとエスクードって人を知ってますか?」

「ああ、メッセンジャーだ。マルッカとは飲み屋で会う事がある。だがそれだけだ」

「申し合わせて?」

「いや、あいつにゃ“豊楽の園”に惚れた女がいるからな。俺がそこに行きゃ必ずだ」

「ありがとう。イェンさんは随分お酒好きのようですね」

「独り身のやることなんざ、それしかねぇもんだ」

 そういうモノだろうか。世の中楽しみなんていくらでもある。何も好き好んで余暇をアルコールに費やすこともあるまいに。


「ところでイェンさんの前職って?」

「メッセンジャーさ。若い頃に狂獣に襲われて半身やられちまってな。いまじゃこんな落ちた仕事さ」

 白いものが混じり始めた無精ひげをカサカサの左手でひとなでして、イェンはふっと目を落とした。メッセンジャーが上仕事で、入札係りが下仕事なのかは分からないが、負け組に感を全身に漂わせて、イェンは盃に残った酒を一気に煽った。

「俺はもう飲みに行くぜ。用があったらまた来てくださいな」

「ええ、用がありましたら、また」

 どうやら準貴族は敬語の対象にはならないらしい。明らかに思い出したような丁寧語に、自分の身分の不確かさを感じる。どうやらこれは準貴族を盾に聞き込みをするのはムリそうだ。


「ところでイェンさん、借金ってあります」

「……」

「あ、いいです。どうせギルドや店で聞けば直ぐ分りますし」

「ああ、確かにある。イリアに金を借りてる。だがそれがどうした!」

「いいえ、金銭事情はひとそれぞれですから」

 イェンは震える左手をテーブルに付き、背中を丸めて中庭を出て行くのであった。

 動機は金。単純な世界だから一番ありえる線だが、そんな奴らばかりだったら捜査の手がかりにはならないかもしれない。



 日を改めて、ラドはイリアから聞き出したギルドの仮宿を訪ねてみることにした。

 被害者の人となりを知ることは推理の第一歩だ。それに殺されるには殺されるなりの理由がある。例えば背後に強い恨みや怒りがあるとか。事件はそこに結びついている。


 仮宿はギルドの二軒奥の旗竿地に、ひっそりとあった。日当たりの悪い空間は、石の壁と石畳に覆われてカビ臭く、なんとなしに肌がじっとりとする。

「こりゃ、体に悪そうだなぁ」


 迫りくる建物の狭間を見上げれば、煙突のような視界の向こうに、木枠に囲われた小さな青が見える。

 王都と言えど、通りに面した防衛目的の建物でなければ、三階、四階は安上がりな木造だ。いわゆる下は石造りで上は木造という野外演劇場であったハイブリッド工法。

 そんな貧しさが滲み出た宿の入り口は僅か一つのみ。中は寮のようになってるのだろうか。


 扉をそっと開ける。

 イェンの経験をもとに今度は下手に聞き込みだ。


「失礼しまーす。こんにちはー。あっ」

「なんじゃい。おまえは~。ガキの来るところじゃなか。ここは」

 なんと玄関を開けたらいきなり大部屋だ! どういう設計!? 普通、廊下じゃないの?

 大部屋はカーペット敷の広間で雑魚寝のメッセンジャーが何名かおり、全員がジロリとこちらを睨んでいる。これはいきなりのお出迎えだ。


「えーと、皇衛騎士団の方から来ました」

「の方って、どっちじゃい」

「ああ、すみません。の方じゃなくて、ホントに皇衛騎士団から来ました」

「そんなちっこい兵士なんか、おらんわい」

「いや、そう言われても。ラド! ラド・マージアです! そう言ってわかります?」

 言いつつ杖の貴石を見せる。


「あぁ、ラドさん。きいとるばい。なんではやくいわんと」

「あはは、そうですね。結構顔が売れてるから分かるかな~と思ったんですが」

「そんな格好や、わからんじゃろ」

 なんたることか。自分の認識の半分が制服頼りとは。でも某多人数の女性アイドルグループだって、ジャージやユニク■の部屋着を着込でいたら本人だって分からないだろう。ここは気を取り直して……。


「お休みの所を済まないのだけれど、先日ここのギルドであった殺しを調べてまして、話を聞かせてもらいたいと思ってるんだけど」

 すると別の雑魚寝の男が口を開く。

「そんなのウチラに聞いてもむだっちゃ。見とらんもんは答えようがないっちゃ」

「いや、事件そのものというか、フランやエスクード、マルッカさんがどんな人だったかを聞きたいんですよ。あなたの名前は?」

「シリングや」

「じゃシリングさん、ご協力をいただけますか?」

 すると、

「教えてもいいが……」

 にやりと笑うと親指の爪を見せる。情報料とはちゃっかりしている。

「分かったよ。その代わり払った分はちゃんと教えてよ」

「わかっとる。安心せっしゃい」


 聞き込み進めると、フランが死んだと分かった数日後、マルッカは随分取り乱し、咆えるように叫んで部屋で飲んだくれていたという。

「部屋にはシリングさんも行ったの?」

「ああ、マルッカに飲もうと言われてな。だがあいつはもうべろべろになってしもて、途中で逃げてきたっちゃ」

「フランとマルッカは懇意だったの?」

 ちょっと話の引き出しに口を挟むと、

「バカば言いんしゃんな。酒場ん女で争うくらいだ。仲がよか訳なかじゃろう」と、別の男から突っ込んだ情報が出てきた。

「マルッカは顔がよかけんな。フランが好きな酒場ん女ば寝取ってしもて揉めとったぞ。あいつは手癖が悪うていけん」

「じゃ、フランとは女のことで揉めて?」

「さぁな、そんな度胸はねぇな。ま大分、熱を上げとったがな」

 動機としては薄いが、痴情のもつれのセンもあるか。


「エスクードは?」

 するとまた親指をちらつかせる。

「さっきやったじゃない」

「あらマルッカの分や。エスクードちゃ別や」

「わかったよ」

 しょうがない。また財布からロクタン貨を取り出して渡そうとすると、首を横に振る。

 百ロクタン貨を一枚、二枚……。


「三枚以上なら別の人に聞くからね」

「へへへ、まいど」

「ちっ、ちゃっかりしてるよ。で、エスクードのこと」

「マルッカより年上やったか? あいつも身寄りのねぇ流れ者さ。小賢しい奴で弱みんつけ込むところがあるさかい好きなやつぁおらんな。一度それでイリアとやりおうて干された時期があって、今じゃ便利に使われる身の上ちゃ」

「やりあった?」

「イリアが店の金をちょろまかしたのを見つけて、小銭をせびったのさ」

「なるほど、そりゃ関係も悪くなるね。マルッカとエスクードは面識があるの?」

「知らねぇ仲でないが、仕事仲間程度のものっちゃ」

「エスクードの殺される前の行動を教えてくれないかい」

「殺されるちょっこし前だな、イリアに呼ばれて早馬を借りた仕事をもろうとった」

「早馬を借りる?」

「ああ、俺らに自慢して、『イリアに認めさせてやったぜ』と言ってたから間違おらん。その日からあいつの姿を見たやつはおらんが」

「それはいつの話?」

「マルッカが騒いだちょっこし前だったか? まぁそんなところっちゃ」

「マルッカとエスクードの部屋を見たいんだけど。彼らを知るヒントが欲しくて」

「ああ、ならそこの木箱の中を見な」

 指された先にりんごの木箱のような箱が二つ。中を覗き見ると、数枚の服と麻のタオル、それと木の器が入っていた。

「これだけ?」

「まあ、そんなもんだろ。俺たちだって大差ないさ。エスクードだってイリアに金を借りてる身だ。贅沢なんざできねぇ」

 ごろ寝していた者が盛大に鼻をほじりながら、ラドの顔も見ず吐き捨てる。

「そうですか……」

「そういうこった」

 しんみりした言葉の温度を感じながら、ラドは詰めこまれた服の一つ手に取ってみた。

 洗濯前だったのか広げると酸っぱい臭いが広がる。それが不快で眉間にシワが寄るのを止められず慌ててたたみ戻す。


「ん?」

 眼にとまったのは不自然な汚れ。

 それはズボンの裏地にあり、どうやら文字らしい。『宛先イルカンド』とある。他にいくつかの地名……。

「どうしたけ?」

「いえなんでもありません。この荷物は誰のモノか分かりますか?」

 どれどれと腰を上げて覗き込んだ仕事仲間が、顔に手をあて、うーんと唸る。

「エスクードやろ。服の色があいつらしい」

「この荷物は誰かに物色されてる?」

「みんなが見とる中で、そんなことする奴はおらんちゃ。それに死んだ奴らの荷物なんざ誰も興味ねーさ。けどここに置いたイリアが何もしとらんとは言い切れんちゃ」


 ラドは文字列を頭に叩き込みズボンを畳む。

「その荷物、捨てないで置いといてください。あとで取りに来ます」

「いいっちゃ。そのかわり……」

「わ・か・り・ま・し・た!」

 またお財布からロクタンが飛んでいく。

 ああ、二百ロクタンも……。僕の今日のデザートが……。


「また来るけど、ホント、その荷物捨てないでよ」

「ありがとよ。騎士団さん。また弾んでくらしゃい!」

 弾んでくれって……。

 ちくしょー! 六百ロクタンは払いすぎだったー! またライカは怒られる。やばっ、ここのことは皆には黙っておこうっと。



 にしてもイルカンド……。王国の地名はおおよそ知っているがそんな都市はない。ならば自分の知らない地方の街か村だろうか? そもそもエスクードは早馬でどこまで行ったのだろうか?

 夜になっても考えがまとまらず布団の中で考える。


 ラドの隣には、きっちり気をつけスタイルで仰向けに寝るイチカが静かに寝息を立てている。

 朝起きても蒲団にシワがないところを見ると、イチカはこのまま寝返りも打たずに寝るのだろう。

 その向こうにはうつ伏せで、枕に顔を沈めて寝るリレイラがいる。

 朝起きたときもうつ伏せのところを見ると、リレイラもこのまま寝返りも打たず寝るのだろう。

 どうやって息をしているのだろうか。まさか鼻と口を塞いでも呼吸ができる魔法など開発したのだろうか。

 ライカは……。

 コイツは危険なので、可能な限り離れたところに寝かしている。寝相の悪さが尋常じゃない。だが寝顔は天使だ。

 三人の寝息を聞きながら、ここまで聞いた話を整理する。


 エスクードかマルッカかあるいは二人がフランを北街道で殺害。荷物を奪って一旦隠す。

 その後、エスクードはギルドから早馬の仕事を貰い、その時にマルッカに手紙を渡す。

 その晩に荷物を山分けの筈が二人は林で殺し合ったということか?

 なにか変だ?

 そもそも手紙はなぜ必要なんだろうか? 二人は直接会えなかったから? なら手紙は誰が仲介したのか? 手紙の内容は本当に『今晩会おう』なのだろうか?

 いやまて、フランを二人で殺すために手紙で申し合わせた可能性もあるか。

 手足を斬られたというのも気になる。

 ズボンの裏地に書かれたイルカンドの地名も。

 やはり現場にいかないとダメだ。けど殺しはもう何日も前の事だし。

 いや待てよ! この国では死体を葬る風習はない。街道でやられた死体はまだ、現場にあるんじゃないのか!


 ラドは北街道の捜索を目論む。

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