まったくもう!
「――ということがあったんだ」
ラドは早上がりした時間を潰すべく、アキハが働く工房で甘葉の素揚げを食べながら今日の出来事をネタにダベっていた。
甘葉は最近の好物だ。この体はやたらと甘い物を欲するので一度試しに食べてみたらハマってしまった。
甘葉とはその名の通り木の葉そのもので、夏に採った甘葉を氷室で半年ほど眠らせると、発酵してメイプルみたいな味と香りを醸し出す。
パラケルスではそれを素揚げのお菓子にして露天で売っているのだが、ラドは頑張って働いた自分へのご褒美として、毎日これを買って帰るのが習慣になっていた。
その甘葉の破片が、アキハの口から豆まきのようにラドの顔に吹きかかる。
「はぁぁぁ? なにそれ? それで喧嘩しちゃったの!!!」
「汚いなぁもう。それにこれは僕が買ってきたんだよ。もっと遠慮して食べてよ」
アキハは噴き出して空になった口をまた満たそうと、片手いっぱいに甘葉をとり口に放り込む。サクッとキレのいい音が工房の鉄を叩く騒がしさを押しのけて部屋に響く。
「そりゃ甘葉も吹き出しちゃうって、ラドが喧嘩なんだもん!」
「そりゃ僕も柄にもなく熱くなっちゃったのは認めるけど」
「ラド、ほんと変わったよ。今までだったら絶対喧嘩なんてしなかったのに」
「んーでも、引けない場面だったからさ。分かる? 男には引けない場面ってのがあるんだよ」
「何が引けない場面よ。で? どんな喧嘩したのよ?」
自分が買ってきた甘葉が凄い勢いでアキハの口に取り込まれていくのが気になるが、それ以上に気になるのは『何で』ではなく『どんな』と聞くのがアキハの感性だ。女の子なのに喧嘩の内容に興味があるとは、なんとも血の気が多いというか変わっているというか。
「エルカドっていう子に僕が一撃を食らわせたら勝ちってルールで――」
「エルカド? 荷屋の?」
「そう、よく知ってるね」
「有名だよ、カッコよくて女の子に人気なの」
ちょっとムッとくる。
『へーあの小山の大将がねー』と思う僻みと、『女は結局顔しか見ないんだ』という勝手な思い込みに立腹し、「じゃアキハも」と気色ばんで聞くと、「うーん、わたしはどうなぁ。でもあんなにシュッとして女の子みたいにキレイなのに、剣術も魔法もすごいんだって」とさほど興味ないように答える。
そんな態度に少しほっとするが、今度はカッコいいという単語につい対抗心を燃やしてしまう。思考は大人でも脳は子供。きっとホルモンバランス的に自制が効かないのだ。
十五歳程度のガキ相手に何を張り合っているのだと分かっているのだが。
「えーほんとかなぁ? 魔法はたいしたことなかったよ」
「え!!! まさか魔法ありだったの?」
「うん、剣と魔法の勝負」
ムキになって胸を張って答えたラドに、アキハが裏声になるほど驚いた。その驚き方が意外で寧ろラドが驚く。
「ばか!!! 何でそんな喧嘩してんよ! 当たったらどうするつもりだったの!!!」
「危なかったよ、二回くらい当たりそうになったけど、僕、意外とすばしっこいみたいなんだ」
「ちょっと何いってんの!? そういって死んだ子、何人もいるのよ」
「マジ!?」
ギョッとするが、それを聞いてやっと勝利の意味を理解した。
目の前で魔法の詠唱をしただけでエルカドがあれほどビビったのは、子供の魔法でも人を殺すだけの威力があると知っていたからだ。先生が死なれては困ると言ったのは本当だったのだ。
そしてエルカドは僕がその事を知らないと知っている。だから魔法の詠唱を始めたのをみてエルカドは加減がない火の魔法が来るかもしれないと思ったのだ。
そこに救われた勝負だった。
「そうなんだ、じゃ本当に危なった。やけどだけで済んでよかったよ」
「本当だよ。もう止めてよ~~~」
アキハは水泡を作ったラドの手をみて、ほーっと体に残る不安を吐きだした。だがまだ心配なのか「他にも怪我してないでしょうね」と、頼みもしないのにラドの服を剥いで確かめようとする。おせっかいは誰譲りなのか、ラドの世話をしないと気が済まないらしい。
「ほら! ココにこんな痣つくって」
他人事なのにほっぺたを膨らませて「これなによ」と、肩の痣をツンツンと突っつく。
「いたっ! 大丈夫だよこのくらい」
「下はどうなのよ」
今度は漬物石でもひっくり返すように、ころんとラドをひっくり返してズボンをお尻から引き下げるようとする。
「やめて! やめてよ! セクハラ反対! 他に痣なんて無いって! 当たったのはここだけなんだから!」
それを聞いたアキハは手をとめて「ホント?」と聞き返す。
「ホントだよ、殆どの剣は受けたんだから当たってないよ!」
その言葉は何故かアキハを上機嫌にさせた。ニタリと笑い高くもない鼻をつんと上げる。
「そっかー、ふふーん、それはわたしのおかげかなー」
なぜここでアキハが勝ち誇る?
「どうして?」
「わたしが、こんなこともあろうかとラドを鍛えてあげてたんだもん」
「ほんと? いやでもそうかも! それで体が勝手に動いたんだ!」
「えへへ~でしょ」
「じゃ、エルカドと戦えたのは全部アキハのおかげだよ」
「でしょ! でしょ! そんな~感謝だなんて、甘葉毎日おごっちゃうだなんて~」
いや、言ってねーって。
「でも、受け流しは体が覚えてたのに、攻撃は全然だったんだ。せっかくアキハが鍛えてくれたのに」
「あっ、……それは」
「それで苦戦したんだ。自分でも思うほどへっぴり腰で、まぁアキハのおかげで勝てたけど」
「ううん、そう。勝てて良かった……ね」
「まるで素人でさ、せっかくの稽古が全然活かせなかったよ。ごめんねアキハ」
「……」
アキハの顔がだんだん曇っていく。額に汗も。
「ん、アキハ?」
ちらちら横目に飛んでくるアキハの視線。
「――ごめんっ! ラドを鍛えたというのは半分ウソで、実はわたしが一方的にラドに打ち込んでたというか……その、そこにある木の棒でバシバシと」
アキハは壁の片隅に立てかけてあった木の棒を目で示し、バツ悪そうにはにかんでパンと手を合わせて頭を下げる。
鍛える? 一方的に? バシバシと?
なんだその聞いたことのない稽古は? それは鍛えていたではなく、いわゆるサンドバック状態になっていたということではないか。
「え? えー。えーっ! ひどい! じゃ、やってることエルカドとかわんないじゃない!」
アキハは「違う、一緒じゃない、私には愛がある」とか、「打ってこないラドが悪い」とか、ワタワタと勝手な言い訳をのたまう。
ラドはまったくと呆れるが、それでもアキハのおかげで自分の受け流しスキルがマックスになったのは事実なので、口ではひどいと言いつつ有り難いと思うのに変わりはなかった。
だが、それを言うのはちょっと癪なので、アキハの頭の上に手をぽんと乗せることにする。
「まぁ、素直に喜べないところはあるけど――」
ラドは上目にアキハの目を見てニコっと微笑む。
「ありがと」
それが恥ずかしかったのかうれしかったのか、アキハは赤くなりながら「うん!」と、とびきり弾けた笑顔を見せた。
まったく、がさつなくせにこういう時だけかわいいヤツなんだから、もう!
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