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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒の魔王と憑依者

作者: 白井 表


ネタに沈んでいた子をサルベージしました。

「異世界憑依/トリップが、よい状況であるとは限らない」そんな話。




とある世界、とある王国の要人が、異界の者を奴隷とするために召喚を行った。




暴風が吹き荒れる中、圧倒的かつ威圧的な魔力を溢れさせながらそこに現れたのは、紺色の服とマントに身を包んだ、黒髪黒目の一人の少年。


少年はゆっくりと瞼と持ち上げ、視線だけで辺りを見渡すと、それだけで全てを察したように瞼を閉じた。そして次にその瞳が顔を覗かせた時、そこに乗っていたのは「侮蔑」の色。

部屋の惨状など欠片も気にすることなく、倒れたり軽い傷を負っている人間たちを睥睨した。



淡々とした面持ちでその様を観察していた軍服の皇子は、力の差を理解することのないまま、圧倒的強者に対し、傲慢にも言い放った。



「喜べ。今日より貴様はこの俺の奴隷だ。せいぜい機嫌を取り、命を長らえながら仕えるがい――」



最後まで告げることなく、その身は隣にいた従者とともに壁に叩きつけられた。何が起こったのかさっぱり理解できなかった。きっと時間が経っても結果は同じだろう。

今日この日まで一切の汚れを許さなかった白の軍服が、鮮烈なアカイロに染まっていく。自慢だろう美しい金髪も血と埃に汚れ、一度とて地に付けられたことのないだろう頭は、無様に地面に沈んでいる。



「――か、はっ」

「己が力量すら知らん愚か者が、誰に口をきいている」

「き、さ、まっ―――がはっ!!」

「誰が余に意見することを許した。目上への礼儀すら知らんと見る。――いらんな」



いつのまにか皇子の傍へと来ていた少年は、その金髪頭を足で地面に縫い付ける。

彼はゴミでも見るかのようにそれを見下ろし――判断を下した。すなわち「死」あるのみである。

それを止めようとする者はいない。彼等が壁に叩きつけられたとき、その圧倒的な強さに多くの者が逃げ出しているし、頼みの従者はすでに事切れていた。

周辺の観察をしつつ、足の力を徐々に強めていると、静かになったことに気づいた。

見下ろせば、皇子は命こそ亡くなっては無いが、意識を失っていた。



「ふむ。――このまま摘み取ってもよいが、どちらにしろ国は滅ぼしていく故な。ガレキに埋もれながら死ぬのが相応というものだろう」



少年が呟きながら腕を上に振り上げれば、天上が塵屑のように粉々に吹き飛んでいく。

床を軽く蹴れば、その身はぐんぐんと上昇し、遥か上空でピタリと静止する。

眼下に広がるのは、ひとつの国の姿。――と言っても、恨み辛みや負の感情が多い時点で碌な国ではなさそうだ。少年が腕を振り下ろせば、国内の建物は急激な圧が掛ったように砕け、崩壊していった。全身鎧などを身に纏っていたものは、それ自体が圧縮され、血を噴出して絶命している。悲鳴が上がり、怒号が飛び交い、狂騒が広がっていく。

特にひどいのが、首輪を嵌められた種類の人種――それらを使役していたものだ。

下剋上といっても過言でないだろう。暴言や暴力を浴びせられていた側が、騒動に気づいた瞬間逆襲し始めたのだ。あちこちで暴動が起き始めている。

それらすべてを眺めながら、少年は呟く。




「醜いなぁ…」



*****



後日、国は奴隷たちの暴動により崩壊と周辺諸国には伝達され、少年の姿を見たものは彼の人を「救世主」と呼び讃えた。それが人型の奴隷たち―人に迫害された種族たち―に急速に広まったという。




******



そして少年により命を長らえた皇子は―――混乱していた。


「え、ちょっと待って、全身いたいんだけどここどこだよおれどうなってんの?――え、めっちゃ血がでてるじゃん重傷じゃん。あれ死ぬ?おれしんじゃう系わけがわかんないまま――ってぇ!!」


その場に誰かが居たら意味不明なことを延々としゃべっていただろう皇子は、突如頭の痛みを訴え、しばらく悶絶したのち――真っ青になって起き上がった。

そして叫んだ。



「あっアホかァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!――いてっ」



当然傷に響いた。

それでも彼は叫んだ。想いの丈を吐き出さずにはいられなかった。



「なんだよこいつ何なんだよこの国は!! 碌なところじゃねえじゃん!! 『民は奴隷であり人族以外は畜生である』って、どんな理論だよふっざけんじゃねえぞ!! 何様だよこいつらはァアアアアアア!! ふざけんなっ!! しねっ!! 死んで地獄に落ちちまえっ!! なんであんな悍ましいこと出来るんだよ!! そういうのはゲームの中だけにしろよリアルでしてんじゃねーよ!! マジでふざけんなよ俺にとんでもないもん見せやがって!! そりゃ体感式じゃなくてよかったけどぉおおおお!? 記憶という名のここについての情報はありがとうだけどぉおおおお!! 俺にここで生きろってか!? コイツの姿かたちで生きろってか!? どんだけの人間と種族に恨まれてると思ってんだよ!!」



ゲホッゴホッガホッ―――血が混ざった咳を繰り返しながら、ゼェゼェと荒く呼吸する。痛みはアドレナリンが仕事してくれたのか今は大丈夫だ。

とりあえずこの傷をどうにかしなければならない。まだまだコイツに関して叫び足りないのだ。死ぬわけにはいかない。それに「俺」は生きていたい。今後死にたくなるかもしれないが、今は生きたい。



「人」が変わったように叫び続けていた皇子は、その身に回復魔法を掛けた。以前よりも効果が格段に上がっている様子に驚きの声を上げていた。以前が応急処置レベルだったのが、それを通り越して完治近くまでに達していたのだ。誰でも驚く。「これも中身が変わった影響か…?」呟きは融けて消えた。



身体の具合を確かめるように手足を動かし始めた皇子は、一通り確認し終わると「よし!」満足気に頷いた。その足で部屋を出、城内を掛けていく。

きっと召喚した少年がやったのだろうが、城は崩壊していたも同然の状態だった。

皮肉なことに、これから動く彼にとっては人の目を気にせずに済むという面ではありがたかった。当然だがするのは脱出だ。けれど今後のことも考えれば服は絶対に変えなければならないし――血塗れの軍服(特別仕様)、身元バレ必須である――食料も必要である。持ち運びについては便利なアイテムボックスとやらが存在したので解決した。



瓦礫を超えながら場内を駆け抜ける。幸い、平均以上の身体能力を有していたために、平然と一般人では無理そうなところも難なく進めた。

城内は決して無人ではなかった。隠れながらの移動だ。途中人が潰され絶命しているのから全力で目を逸らした。ここで止まれば自分も同じ運命をたどることになるのは解りきっていた。

壁が倒壊し、中が無事そうな部屋を見つけては侵入する。目的は服だが、ついでに宝石の類が合ったら資金源として回収した。

三つほど女物で外れ、四か所目でようやっと男物を発見して着替えることが出来た。これであまり目立たないだろう。ひび割れた鏡で全身を見て、ハタと気づく。キラキラとした明るい金髪――今は薄汚れているが、これは王族特有の髪色だったはずだ。

慌てて考えて――色を変える魔法とやらで黒色に変えた。かつて「皇子」はこの魔法を何の役にも立たないものだと言い放っていたが、とんでもない。この皇子は馬鹿であったと断言できる。

この魔法はどんな「色」でも変えることが出来るのだ。髪色を変えただけで人は印象が大きく変わるから密偵には大助かりだし、服だってそうだ。同じデザインでも色が違うなら違った服に出来る。幅が広い魔法なのは確実だ。――と、話が逸れた。



とにかくここで気づけて良かった。元の髪色のまま外に出ていたと思うとぞっとする。絶対袋叩きに遭っていただろう。これ幸いと、事件の責任を全て「皇子」に押し付けて――実際「皇子」が原因なんだけど――嬲り殺しにされたはずだ。本当によかった。まだ城の中にいるうちに気づけて。

気を取り直して、後は食料庫だ。出来るだけ詰めていく。さすが皇子に与えられるアイテムボックスだ。一月位詰め込める容量があった。片端から詰めていく。主食と肉をメインに果物と調味料まで。余すことなく。





城内を出て、街も被害に遭っているのには愕然とした。この分だと国全体なんじゃないだろうか。そしてそこかしこから聞こえる暴動の音。悲鳴と争う声が聞こえて、今からここを通らなければならないのかと、元一般人だった「彼」は震えた。

怖くないわけがない。今まで冷静に行動出来たのは、うまく人と接触を避けられたからだ。

生の声と感情をぶつけられたら、彼は自分でもどうなるか分からない。相手の感情に引き摺られて、こっちまでパニックになるかもしれない。そもそも、自分じゃない身体の中に居ること自体が異常なのだ。周りも異常事態が起きているからこそ、なんとか正気を保てているに過ぎない。そしてこんな事態だからこそ、生き延びるための生存本能が働いて、急激に体の動かし方に慣れてきている。ぎこちなさなど遠の昔に超えた。



震える体を叱咤して、身に付けていたマント―焦茶色に色変え済み―をわざと地面で汚した。こんな状況で綺麗なものを身に纏う人間なぞ、地位の高い人物ですと宣伝するようなものだ。危険しか呼ばない。

程よく汚したところでフードを目深に被り、深呼吸。すってーはいてーすってーはいてー。

喧騒が意識の外に追い出されたのを感じてから、目を開ける。自分でも落ち着いているのがわかる。




そして彼は「地獄」へと飛び込んだ。




その後、彼は全力で走った。逃げている最中助けを求める声――ほとんどが奴隷に逆襲された貴族だった――すら振り切って逃げ続けていたが、視界に妊婦と幼い娘が下卑た男どもに追い詰められているのを見て、目の前がカッとなった後思わず蹴り飛ばしていた。



「―――あ、」



しかも無意識で身体強化していたのか、一瞬で全員――といっても5,6人だが――をノしてしまった。

まあやってしまったものはいいか、と振り返れば、幼い娘が母を護ろうと両腕を広げてこちらに対峙していた。驚きで目を見開いた。そしてそれは母親の方も同じようだった。



――強い子だ。将来いい大人になる。美人さんになるぞ。



そう思ったら口元が緩んでいた。フード下だったが見えたのだろう。少女がきょとんとした。

それに微笑ましく思いながら少女の頭に手を伸ばす。急なことに目を閉じて怯えられたが、撫でる仕草をすれば、恐る恐る目を開けてくれた。そんな少女に守護の魔法をさりげなく掛ける。



「君は強い子だ。その調子で母親を護れ。彼女の身体には新しい命があるからな」



ぽんぽん、と最後に撫で終わると少女は固まっていた。不思議に思ったが、まあいいかと、母親の方へ向かう。その足を見て納得した。ガレキでやられたのだろう。痣と深い傷がある。出血が長時間続くとマズイことになったに違いない。彼女に対しては膝を折って屈み、足に触れる。

軽い回復魔法を掛けて、目線を合わせる。少女にしたように撫でるついでに守護の魔法を掛けた。



「よく頑張りました。貴方がその子を無事に出産する日を楽しみにしています」



ふわりとマントを翻し、要はそれだけだと駆け足で去っていく。

茫然した様子だった妊婦の「ありがとうございます」という声が、後から聞こえた気がした。



その後、怪我人や動けない病人を治しながら彼は王都を脱出する。そのうち9割が人間以外の種族で、かつ人間に虐げられたが故の過去の傷であったことに、泣きたくなったし後で泣いた。生きててごめんなさいと言いたかった。それでも彼はこんな理不尽な状況で死にたくなかった。





後に、魔王の少年と同じく「救世主」として伝えられるが、「黒の救世主」――歴史的事件に伝わるこの通り名が、二人の人物の者であることは知られていない。








数年後、とある場所でとある二人が邂逅し、


「ストップストップ!止まって!待って待って待って下さい!ガワは一緒ですけど中身違うんです!!「皇子」は確かに貴方に葬られましたんで殺すのは勘弁してください!! 殺さないでプリーズ!!」


元皇子な庶民が必死に弁明という名の命乞いをすることになるとは、誰も知らない。




いかがでしたか?

ちょっと急ぎ足な印象を受けたかもしれないですが、寛大な心で許容してくださるとありがたいです。

よろしければ評価の程、よろしくお願いします。

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