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騎竜飼育員はじめました。  作者: 亜新ゆらら
その6.それは、突然に。
32/45

05










「はー。やっと帰ってきた………」


 濃い一日に、疲れ切った心が落ち着いた瞬間だった。


 日が落ちて辺りが薄暗くなる頃飼育所に帰ってきたフレディは、家の扉をパタンと閉めてようやく吐き出せたと言うほどの長い息を吐いた。


 普段着のドレスだしコルセットがないおかげでずいぶんと楽だが、やっぱりドレスは疲れる。


 悪戦苦闘しながら脱ぎきってシャツを羽織るとほっとした。


 いや、ほっとするというのもおかしな話だが、もうこの楽な格好に慣れすぎたフレディは、窮屈なドレスというものに必要性をまったく感じなくなっていた。


 もう女の人も普通に、日頃はシャツとトラウザーズを着るということを容認して良い時代だと思うのは自分だけだろうか。


 別にドレスが嫌いというわけではない。可愛いと思うし、そういう物を見るのは好きだし癒やされる。しかし身につけたいかというのはまた別の問題だった。


 昔から普段着でも苦手だと思っていたのだが、この生活を初めてさらに苦手になってしまったようだ。


(………まあ、困ることもないからいっか)


 何となく物悲しい気分になったが、別に良いかと開き直った。


 家にいるときだけ、頑張ろう。


 よし、と完結させるように一人頷くと同じくして、開け放っていた窓からバサリと羽根音が聞こえた。


『きゅー』


「ハク! どこにいってたの、心配したんだよ。…もうお家に帰っちゃったのかと思ってた」


 ここずっと姿を見せなかった白い竜の姿に、思わずほっとしてその頭を撫でて頬を寄せる。


「おかえり」


『きゅうー…』


 それを気持ちよさそうにすり寄る様は、あの日一緒にひなたぼっこをしていた時のままだ。その様子に嬉しくなって、思わずその小さな体をぎゅっと抱きしめた。


 ついこの間のはずなのに、なんだかずいぶんと昔のような気がする。


 それもそのはず、ここ最近は妙にいろいろありすぎた。街に行く頻度も多くて、気づかないうちにストレスになっていたのかもしれない。


 こうやって何もなく竜と一緒にいる時間が、とても癒やされると改めて思い知った。


「…お前、だいぶ汚れてるね」


 しばらくそうして撫でていると、いつもきらきらしている白い鱗が所々茶色くくすんでいることに気がついた。よく見れば足も羽根も、泥が跳ねたのかかなり汚れている。


 結構な勢いで雨が降っていたし、一時間ほどずっと同じ勢いで降り続いていたのだ。外にいたのなら汚れていても当然だろう。


「よし、お風呂に入ろ。綺麗にしてあげる」


『きゅー…、きゅう?』


 気持ちよさそうに目を瞑って大人しく撫でられていたハクは、フレディの言葉を理解しているのか一拍遅れて、迷ったように首を傾げて見せた。


『きゅううーー…』


「なに…?」


 よいしょと薄汚れた体を持ち上げて浴室に足を向けると、のしっとフレディの肩に首を乗せて大人しくしていたハクに、意思を持って抱き返されたような感じがした。


 珍しいその反応に首を傾げると、小さく鳴いたハクからはなぜか少し申し訳なさそうな、でも満更でもなさそうな、不思議な空気を感じた。


 変なの、と首を捻ったところで足を踏み入れた浴室の冷えた空気に疑問を覚えて、ふと浴槽をのぞき込む。


 するとそこは、当然ながら空っぽだった。


「そうだった」


 今帰ってきたばかりだった。おまけに今日はイレギュラーなことが多すぎて家のことをなにもやっていなかった。


 けれどじっとしているわけにもいかない。少し時間はかかるがすぐに溜まるだろうと、蛇口を全開まで捻って湯殿に湯を張る準備をした。


「……」


 こういうところは、ここはすごい。貴族の家でもないのに、蛇口を捻ると湯が出てくるのだ。


 熱さの調節は出来ないが水でうめればいい話だし、湯が出ないことを思えば雲泥の差だ。一番初めに風呂が付いていると知ったときの感動といったら、ちょっと一言では表せないくらいだった。


 まあ、結構汚れる仕事だし当然といえば当然なのだが、毎日街まで風呂に入りに行く不効率さを考えれば、水とガスを使う方がよっぽど建設的だと理屈では分かる。しかし、当時水しか出ないと思っていただけに、感動の振り幅がとんでもなくでかかった。


 しかも水圧が結構高いので早く湯が溜まる。これも良いことだ。飛び散る勢いで水を出しても怒る人はいない。これもフレディにとっては良いことだった。何事も無駄遣いはよくないが、臨機応変が最重要だ。今は許されて良いと思う。


 うんうんと頷きながら、フレディは待っている間にタオルと着替えを用意してその一枚を濡らし、ハクの体に付いている汚れを粗方拭き取る。


 拭いたことで出た汚れを軽くシャワーで流していると湯殿はいっぱいになり、良い具合の湯加減にできた。


「…ふむ」


 そうしてフレディはどうしようか少し悩んで、先ほど羽織ったばかりのシャツを脱ぎ捨てる。


 せっかく湯を張ったのだ。どうせなら自分ももう一度風呂に入ろうかと考えたのだ。


 髪だけ濡れないようにまとめて、洗濯物をまとめて入れている籠の中に脱いだ衣類を放り込む。


 浴室に戻ったフレディは、ぶるぶると体を震って水気を飛ばしているハクを抱き上げて湯船に浸かった。


『――きゅわー』


「――ふわー…」


 ぱしゃんと肩まで湯に浸かって、二人してため息を零した。


 やっぱり、お風呂は一人落ち着いて入るのが一番落ち着くし気持ちが良い。


 湯殿の縁に顎を乗っけて、気持ちよさそうに落ち着くハクの頭を撫でる。すると器用に水の中を移動してすり寄ってきた。


 今までで一番と言っていいかもしれないほど警戒を解いてくれていると、深く考えなくても分かるその反応に嬉しくなった。最初の警戒度合いが嘘のようで、頭を撫でてやると気持ちいいと言わんばかりに息を吐くその姿に、思わず笑みがこぼれる。


 …やっぱり、こうしているのが一番落ち着く。


「…べつに、それで良いんだよ」


 そうだ、それでなんの問題もない。


 誰に言うでもなくフレディはぽつりと呟いた。


 上の空で小さく相槌を打ってくれるハクを眺めながら、ずりずりと沈み込むように鼻下まで湯に浸って目を瞑る。


 思っていた以上に疲れていたのか、こうして暖かい場所で目を瞑っていると寝てしまいそうになる。


 微睡みの中でほんの少し脳裏をかすめるのは、今日のディリア家での出来事だった。


 いったいなぜあんな展開になったのか不明だが、帰り間際快く見送ってくれたディリア家の人たちはとても親切だった。


 変な噂のついて回るフレディにも先入観など持たず、普通の客人として扱ってくれた。あんな風に温かく迎えてもらったことが初めてだったフレディは、実は終始どうしていいか分からなかったのだ。


 それをあからさまに表に出さなかったのは偏に取り繕うことに慣れていたからか、一応受けていた伯爵令嬢としての教育が功を奏したのかは分からないが、心の中は混乱しかなかった。


 元々人様のお宅にお邪魔することも皆無だったフレディにとっては、仕方のないことなのだが。


「………」


 …色々とんでもない失態を犯してしまった気がするが、まあ、仕方ない。起きてしまったことはとやかく言わない主義だし、考えない方が精神的にいい気がする。役に立つかは不明だがいい予行演習が出来たと思うことにしよう。


 そう開き直ったフレディは、笑顔で見送ってくれたサンディアルトの母親であるアマリアを思い出していた。


 服を貸してくれたり、まるで自分の手のようにフレディの荒れた手を労ってくれたりと、アマリアは終始フレディに好意的だった。けれど、何がどうしてそうなったのかフレディは未だによく分かっていなかった。


 好意を向けられて嬉しくないわけではない。しかし。


 いったい彼女は、自分のどこが気に入ったというのだろうか。


 ……わからん。


 令嬢としてあるまじきことしかしてなかったし、言わなかったように思うのだが。


 そう思うフレディは、アマリアがあのとき投げかけた言葉の意味を深く考えていなかった上に、よく理解していない証拠だった。


『取り繕わず、ありのままが一番だわ』


 そう笑顔で紡がれた言葉は、確かにその通りだとフレディ自身思っていることでもある。自分にとってもごく当たり前のことだという気持ちが、その意味を聞き流してしまっていた。


 けれどそうした取り繕わない言動をしたフレディ自身にも、彼女のその言葉が当てはまったのだという事実になぜか行き着かなかった。


 それは何の因果か、爪弾きにされた日々が長かったおかげで自分は“そういう枠”に嵌まらないとフレディ自身が無意識に思ってしまっているからだった。


 故に、理解できないでいるのだ。


 それにしても、彼女は変なことを言っていた。


「…見放さないであげてって、逆だと思うんだけど…」


 フレディが彼に見放されることはあっても、フレディがサンディアルトのような人を見放すなんてこと出来ようはずもない。というかそもそも愛想を尽かす尽かさない以前の話だ。


 そんなに親しいかと言われるとそんなこともないと思う。


「……公爵様は、ただ引きこもってる私が物珍しくて、コソコソしなくていいこの場所が楽だから来てるだけで。たまたま私がそこにいるから声をかけてくれているだけだろうし…」


 そうではないのかもしれないと一瞬思ったけれど、その考えこそが思い込みだ。自意識過剰もいいところだ。こんな出来損ないの劣化品に、誰からも好かれて誰からも認められるようなすごい人が心を向けるはずがない。第一、心を開いて欲しいとは言われたけれど好きだなどとは一言も言われていないのだ。…あれ、言われたか?


「………いや、言われてねぇな」


 たぶん。


 そこまで考えてはたと気がつく。


 公爵夫人のあの言葉は、見放さないでとは、彼の友人として理解者であってくれという意味か。それならばサンディアルトの言っていた「心の内の親しい部分」という言葉にも合致する。友愛だって立派な愛情だろう。


 もしかしたらサンディアルトは、友達もいないし作ろうにも環境が悪いフレディを哀れんでああ言ってくれたのかもしれない。


 そう思うと、それがあまりにも綺麗にすとんといい形に嵌まった気がした。


「そうか。友達か…。それなら出来そうかも」


 それなら、いつか手のひらを返されるかもという不安に落ち込まなくてもいい。


 それなら、そんな疑いを持って彼を見なくてもいい。


 ――それなら、無意識の期待を抱かなくてもいい。


 そう思うとそれはすごく魅力的なもののように輝いて見えた。


 初めは、どんなことがあっても彼とは接点を持たないでいようと思っていた。けれど接するほど、彼の人となりを知るほど、その人間性にはとても惹かれるものがあった。それを少し離れたところから感じられる「少し近い他人」のような、この距離感がフレディは心地よかった。


 それを無理に手放さなくていいと思って、少しだけ嬉しかった。


 必要以上に近づかない。でも、すれ違いざまに挨拶をするような、今日あったどうでもいいことを語り合うような、そんな間柄でいられたらいいと思う。


 それを世間では友人というのだろう。おおよそ友達と呼べる人がいないフレディでもそれは分かる。


『きゅう?』


 じっと一点を見つめたままぽつりと呟いたフレディに、気持ちよさそうに湯に浸かっていたハクがくりっと疑問に首を捻って顔を向けてきた。


 それにフレディは笑顔で応える。


「うん、聞いてくれる? あのね、公爵様…サンディアルト様が私と友達になってくれるかもしれないの。あ、でもね、友達って言ってもそんな親しい友達とかじゃなくて。迷惑にならない距離の、友達。…そういうの、なんていうんだろ。…知り合い?」


 いや、違うか。知り合いは、知っている間柄に適応されるものだ。ほぼ他人と言える。あれだ、アリアディスのような感じだろうか。彼は上司だけど、フレディはあまりそう感じたことがないし、普通に物が言える。フレディにとって取り繕わなくていいし、ありのままで接することが出来る数少ない人だった。


「うん。私友達っていないからよく分からないけど、私にとってのアリアン様みたいな感じ、かなぁ。…まあきっと、長くは続かないだろうけどね」


 そうだ、友人としてならアマリアのあの言葉だって叶えられる日が来るかもしれない。そう思ったら少し心が躍った。


 けれど実際問題、そんなの長くは続かないだろうことは分かっていた。


 彼の抱えている問題が解決して、以前のように普通に街に帰ってきたらきっと今まで以上にいろんな方向からもてはやされるだろう。今回の件で悠長なことは言ってられないと悟った令嬢たちもここぞと言わんばかりに押しかけるに違いない。それ以外にも、我が娘をとまるで捕食者のように狙っている貴族など山のようにいるのだ。もしかしたら早々に結婚が決まるかもしれない。


 そんなとき、友達とはいえ女の、それもある意味有名な自分が近くにいたら邪魔にしかならないだろう。サンディアルトの障害になるなんて、そんなのはフレディの本意ではなかった。


 だからこれは今だけ。彼の抱えている問題が解決するまでの関係。そう、いわゆる期間限定の友達というやつだ。


 それもそれでいいかもしれないと思った。


 アマリアはフレディに対して見放さないであげてくれと言っていたが、きっとそんな心配はいらない。近い将来、サンディアルトの方がそれどころではなくなってフレディの方なんか見向きもしなくなるだろう。


「…………」


 それでいい。それが正しい流れ。フレディはいつも通り、ここで子竜たちの世話をして仕事で傷ついた竜たちを労る。そんな毎日が戻ってくるだけだ。…でも、その近い未来のことを想像するとなんだか胸がぎゅっと締め付けられた気がした。


 胸の真ん中が苦しいような意味も分からず声を上げて泣きたいような、そんな不思議な気持ちになった。


「…結婚しても友達でいることって出来ないのかな」


 小さくぽつりとそんなことを呟いていた。


 男であれ女であれ、気の合う者同士いつまでも仲良く出来ないのかと、なにも知らない子供のような思考が頭をかすめる。


 そんなことは出来ないと理解している。いつか自分で思ったではないか。「サンディアルトにはそれは無理だ」と。そこになにもなくとも嫁が嫉妬に狂うのが目に見えている。


 それほどまでに彼の容姿も性格も家柄も、魅力的なのだ。


 そう思うと人気者の嫁も大変だな、と気苦労が絶えないであろうサンディアルトの未来の妻になぜかフレディは同情した。


 だからもう彼女ともあんな会い方をすることはないだろうと思う。また来てねと上機嫌に言ってくれたアマリアには申し訳ないが、変な噂が立っても困るというものだ。


 彼女は五十だという話だが、年齢など関係なく同性と仲良くなれるのは素直に嬉しい。けれど、自分のような人間があまりしゃしゃり出てもよくないとも思う。彼女は公爵夫人だ。どんなに可愛らしくて、ずっと見ていても飽きないほど愛らしくても、彼女は目上の人間である。


 それに半分以上は社交辞令だろうと思うフレディは、もらった服はありがたく仕舞っておくとして、このことはこれで仕舞いにしようとちょっと物悲しく考えていた頭を切り換えることにした。


「よし、ちゃんと綺麗にしてあげるね」


 フレディにのし掛かったまま肩に顎を乗せて、なぜかすがるように抱きついたまま微動だにしないハクを掴み上げて立ち上がる。


『きゅっ!?』


 ざばりと水が音を立てて跳ねる中、フレディの言葉を聞いていなかったのかいきなりのことに驚いたらしいハクが一瞬だけ声を上げた。それを無言で受け流したフレディは、そのまま浴室の床に彼を下ろす。


 フレディはぺたりと床に座り込み、石けんを泡立てるスポンジに手を伸ばしてはたりと気がつく。


 そこには自分が使っている物が一つあるだけだ。しかも当然人間用である。


「うーん。これじゃ上手く洗えないかな…? ――あ! そういえば……」


 以前誰かにもらった浴室用のブラシがあったはずだ。あれならスポンジより少し固い毛で出来ているし柄も付いていて持ちやすい。鱗の隙間も綺麗に出来そうだ。


 使い道がなくて困っていたのだが、何物も取っておくものだなぁと思いながら納戸の奥からブラシを引っ張り出してきたフレディの手にあるそれ見たハクは、なぜか不安げな顔をした。


『きゅうー…』


「どうしたの? あ、これ? これはー、あれよ。平気平気、別に掃除に使ったりとかしてないし」


 不安げなその顔が、その手にある物はなんだと訴えていると捉えたフレディは、ね、大丈夫! と笑顔を作って顔の前で振ってみせる。


 するとまだ何か言いたそうにしながらも、ハクはそのまま背を向けた。なんだか元気がないその姿に首を捻りながらも、背を向けたということに了承と受け取りフレディはその体を洗うことに集中することにした。


 しかし、いったいどこを飛んできたのか埃やら泥やらがすごく付いている。ブラシの毛がちょうど良い堅さなのか、最初は渋っていたハクも気持ちよさそうに身を委ねてきたことに気をよくしたフレディは端から端まで丁寧に洗っていく。


 最後に仰向けで膝に乗せて、一番泥が付いている足の爪を洗った。泡を流してタオルで拭くと元のぴかぴかの白い鱗になった。


 それを見たフレディは一人満足げに笑むと、今度は濡れた自分の体を拭いて浴室を出た。


 寝ているのかなんなのか、されるがままで全く動かない上に力の抜けきっている状態のハクを床に下ろして服を着る。


「ほら、いつまでそこにいるの? おいで」


 浴室の外に敷いていた毛の長いマットの上に下ろされたままの状態で寝そべって動かないハクに声をかける。


 すると億劫そうにのそのそと歩き始めた姿を横目に、先にその場を後にしたフレディはキッチンに足を運んだ。少しゆっくりしようとお茶を入れる準備をする。ハクの分はなにがいいのか迷った末、ミルクを温めることにした。


 ここには初めから生活に困らない設備が一通りそろっている。爵邸には比べるに値しないが、寝室と洋室は分かれているし、台所だって狭くはない。風呂もあるし、なぜか小さな庭もある。フレディにとっては十分すぎるほど出来た家だった。


 その十分すぎる台所で火に掛けた薬缶を前に立っていると、湯が沸く頃を見計らったかのようなタイミングでのそのそとハクが短い足で洋室までやってきた。


 その姿を目にしてフレディは、ハクの分と自分の分を持って洋室へ戻る。


「はい。飲みな」


 用意した温かいミルクを差し出しながら頭を撫でてやる。差し出されたミルクを飲む姿を見ながら、自分も座ってお茶を飲んだ。


 そこでふと思い出す。


「しまった…。提出する書類が…」


 消えている。どこにもない。


「あれ、どうしたっけー…、あ」


 おかしいな、どこに置いたっけ…と思いかけて思い出す。


 公爵邸で風呂を借りたときに、濡れた服をお預かりしますと言ってくれた使用人に持っていた物をすべて預けたのだった。


 帰り際に預けた物は元よりも綺麗になって手元に戻ってきた。それらが入った袋を引き寄せて漁ってみる。


「…が、ない」


 そういえばあの鳥も同じ理由で預けたまま、同じ状態だった。


 鳥の方は、まあ問題ないだろう。良きに計らいますと言ってくれた彼女たちに任せることにしたフレディはすっかり安心してその存在を忘れてしまっていた。書類も同様だったのだが、見当たらないということは入れ忘れたのだろうか。


 まあそういうこともあるだろうと思ったフレディは、その後どうするかに考えをシフトする。


 取りに行く…気にはなれなかった。そもそもあの雨ではただの紙切れなど無事では無いだろう。走っている間にどこかに落とした可能性だってある。


 だから明日考えようと、フレディはとりあえず疲れた精神を癒やすため眠りにつくことにした。









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