06
――まったく忌々しい。
かつかつと踵を打ち鳴らしながら歩くその音にさえ滲む高慢さに、使用人たちは彼女の機嫌の悪さを瞬時に感じ取った。
遠巻きに控えるそんな使用人を一瞥したサンドラは、今日はもういいと言って手で払うように部屋から追い出した。
とある夜会から帰宅したサンドラは、苛立ちの頂点だった。
それは目にした光景を信じたくないという気持ちよりも、あの女の忌々しさの方が遙かに強かったからだ。
思えばはじめから自分はあの女が嫌いだった。
理由など無い。…いや、あったかもしれないが忘れた。それほど、サンドラにとっては理由など些末なものでしかなかった。
「………」
自室のソファに座って頬杖を突くサンドラの脳裏には、フレディア・アストメリアの顔が浮かんでいた。
周りの喧噪など気にも留めないというあの涼しい顔が、いつも気に食わなかった。
公の場に足を向けるだけで、みんながあの女の姿に息を呑む様を何度見てきただろう。それを目にする度に、言葉では言い表せないほどの瞋恚を覚えた。
そして本人がそれを全く検知していないところが、もっとサンドラの苛立ちを煽っていた。
大事なのは今だ。これから先だ。
そう思っていてもあの女の存在を感知する度に、一番はじめに見たあの涼しい顔が脳裏をよぎるのだ。
けれどサンドラだって、気に入らないものをすべて排除してきたわけじゃない。そんなことは到底無理な話だし、できることだって限られている。
どこの誰が言ったのか知らないが、自身が気に入らないと思っていた子爵令嬢の家が破綻したとき、突き落としたのは自分だという噂が流れた。
その醜聞が一瞬で消えたのは父親の手際の良さだと分かっているサンドラは、その件について自ら口を開いたことはなかった。
正確には突き落としたのはサンドラではない。元々傾いていた家が落ちたタイミングが、たまたま自分が彼女を嘲笑していた時期と重なっただけ。…あえて言うなら、自分はちょっと口添えをしただけだ。
飛竜の研究所に興味があると言っていた隣国の伯爵家の人間に、あの家の人間ならよく知っていると教えてあげただけ。現にあの家には引きこもりよろしい騎竜団の研究員が二人いる。
その情報をどう使ったのかは知らない。
想像することは易いが、そこから先のことは自分とは関係ないことだ。
傾いた子爵家の当主が娘をどう扱うかなど知ったことじゃない。
「……」
その家の一人娘は、とてもお淑やかで楚々としていて、よく笑う娘だった。…思えばあの気に入らない女と雰囲気が似ていた。
その後のことは知らないが、風の噂で流れてきた話を聞いたとき、サンドラはついほくそ笑んでしまったのだ。それはその娘の見た目があの女に似ていたからかも知れないと、サンドラは今ようやく気がついた。
どうやら自分は相当あの女が気に入らないらしい。
そして今日見たあの光景が、サンドラのその感情をいっそう駆り立てた。
一度閉じた目を開けて、蝋燭の火がゆらめく薄暗い部屋を、どことはなく睨み付ける。
「―――やっぱり邪魔だわ。あの女」
誰ともなく呟いた声は憎悪に満ちていて、他人が聞いていたら危機感さえ覚えたかもしれないほど低く濁っていた。
顔を見ない日々に清々していたけれど、やはりあの女は自分の邪魔にしかならないようだ。
こんなことになるなら視界に入らないから構わないなんて生温いことを言っていないで、それこそさっさと消しておくんだったと後悔した。
あの人の手を取っていいのは、あの女じゃない。
――それを思い知ってもらわないと困るのよ。