鞭と痛みを彼女に……ほんのり【戸惑い】を沿えて……
「うん、うん、ごめんね」
その言葉を最後に電話を切る。
振り返れば、まぁ概ね楽しい時間を過ごせていただろう。
向こうが、どう思ってるかは、分からないが。
私は今、一つの恋を自分の手で終わらせた。
背が低くて、可愛らしい子だった。性格も大人しく、黙って後を付いてくるような性格。ちょこっとヤキモチ妬きで、束縛も程々にしてきたが、逆に可愛いなと思える程度の物だった。
明日か明後日には、いつも一緒にバカをやって来た、仲間達にも知れ渡り、また怒られるのだろうか?
『何で別れたんだ? お前には、勿体な過ぎる子だったろ』
まぁ、そんな感じの事を言われるのだろうな。私は、怒ってる仲間達が、私に詰め寄るシーンを、頭の中に思い描くと、直ぐに怒り狂ってる仲間達の顔が思い浮かんだ。
確かに、外側から見たら、彼女はとっても良い彼女に見えるだろう。私も、他の男と彼女が付き合っていて、別れると言い出したら、正気を疑うだろう。
容姿も良し。性格も良し。言う事は何も無いぐらいに、良い子なのは、間違いないんだが……
あぁ、彼女との出会いは、仲間達と、たまに開催する野外でのバーベキュー大会の時だ。
こう言う、企画の時は、親睦を深める事も兼ねているので、自分達の家族や彼女なんかも、みんな連れてくる。その時に、奥さんや彼女が友達を一緒に誘う事もあり、彼女もそうした誰かが連れてきた、ゲスト的な存在だった。
こう言う催しの時に、私ともう1人は、ほぼ独り参加で、だからと言って、奥さんや子供や彼女とワイワイしてる他の仲間を、羨ましく思う事も無い。
あの日も。
「あ~今日は、ゲスト来てるんだなぁ、可愛らしい子だな」
その程度の認識しか無かった。
最初は、彼女も知らない人ばかりの状況で緊張もしていたのだが、お酒も進み、お肉が焼ける頃には、少しは周りにも馴染んで来ていた。私は、いつものように、肉やらを焼く係り。
独り参加なので、誰かの相手をする必要も無く、回数を重ねる内に自然と、そんな役割が固定されていった。
今日も、みんなの為に、せっせと肉を焼く。
ほらほら、お子様達、ちゃんと野菜も食べないと、後でママに叱られちゃうぞ。
そんな事を、いつものようにしていると、彼女から声を掛けられた。
『大変ですね、何か手伝う事ありますか?』
「あ~まぁ、毎回の事だから、大丈夫だよ、それより楽しんでる?」
『はい! こう言う集まりって何か、ホノボノとして何か良いですね』
そうだよね。こう言う集まりは、何か良く分からないが良い物だ。その後も私は、彼女が退屈しないように、ホスト役に徹していた。せっかく縁がどこがで繋がって、こうして出会えたんだから、その縁を大事にしたい。
そして、そろそろ、時間も時間だし、お開きにするかと、ウトウトし出してる子供達を、それぞれが車の中に寝かし付けに行く。
その後、大人達で一気に片付けを終わらせ、後は帰るだけになった時に、彼女を連れて来た、仲間の奥さんが、私にこう言った。
『もふ君、悪いけど彼女を送っていってくれないかな? うちの車、子供が寝てて席を占領しちゃてるから』
きっとこれは、奥さんなりの気遣いなんだろうな、私に彼女が居ない事に対する。そう思い、まぁ無下にする事も無いかと、了承した。
「私で良かったら送っていくよ、大丈夫、変な事なんかしたら、後で、奥さんに怒られちゃうから」
そう言うと、彼女は笑いながら、私に送られる事に了承してきた。
私は、基本的には、おしゃべりな方だ。そして人を楽しませるのも好きな方だ。そんな芸人気質の私は、帰りの車の中でも、彼女と色んな話をした。
『もふもふもんさんは、今日は一人だったけど、彼女さんの都合が悪かったんですか?』
「あ~いやいや、私ともう1人居たでしょ? 私と彼は、いつもお一人様参加だから、彼女なんて居ないよ」
『え~、背も高いし、気遣いも出来て、話も面白くて、何で彼女が居ないんですか?』
「顔が怖いからじゃない?」
『確かに、ちょっと怖いかも、あっちょっとだけですよ』
まぁ、こんなよくある会話を続けて、彼女の住んでる部屋のある最寄りの駅に着いた。
「奥さんに聞いてたんだけど、この駅から歩いてすぐなんだよね? さすがに、今日会ったばかりだし、部屋まで送るのは、私が気が引けるから、最寄りの駅までね」
『本当に、もふもふもんさんって気が効いて優しいんですね、私は部屋まで送って貰っても良かったけど、今日は、ここから歩いて帰りますね』
そう言って、その日は彼女と別れた。
それから、2日~3日した後に、彼女を連れて来ていた奥さんの旦那さん、私の仲間の1人が。
『もふ~この前のバーベキューの時、うちの嫁が連れて来てた子いたろ?』
「あ~はいはい、あの小さくて可愛らしい子ね、それがどうかした?」
『お前に、もう1回会いたいらしいぞ? 携帯の番号教えといてもいいよな? まぁダメだって言っても教えるがな』
まぁ君ならそうだろうね。私は、最初から諦めているので、聞いて来た事すら、少し驚いたぐらいだ。
「教えたからな。じゃなく、教えてもいいか? は珍しいな、どうした? 道に落ちてる、誰かの吐き捨てたガムでも拾って食ったのか?」
『俺は教えちゃえって言ったんだが、嫁がちゃんと聞いてこいって言うから』
そして、その次の日の夜に、彼女から電話が掛かってきた。
どんな事を話したか、もう忘れてしまったが。
「あっ1つだけいいかな? 私の事は、もふ君って呼んでくれていから、あのバーベキューの時に何かの縁で知り合って、もう友達? みたいな物でしょ? もっと普通に呼んでくれたらいいよ」
『それじゃ、私の事も、絵夢って呼んで下さい』
「了解、了解、絵夢ちゃんね」
『違います、絵夢です、呼び捨てで絵夢って呼んで下さい』
まぁ別に、本人がそう呼べと言うのだし、呼び捨てで呼ぶぐらいの事で、ドキマギするような年でも性格でも無いので、私は普通に呼び捨てで呼ぶようになった。
その後も何回か電話が掛かってきて、話をした。そして、ある時、次の休みに、買い物に付き合って欲しい。そう言われた、何でも、車でしか行けない場所に、大きなアウトレットモールとか言う物があるらしく、そこに行きたくても行けないらしい。
特に予定も無く、どうせ暇潰しにパチンコ屋に行くぐらいの私は、買い物に付き合ってあげる事を、彼女と約束した。
そして、買い物に付いていった。
まぁ……なんと言うか、一言で表すのなら【疲れた】だった。
女の子の買い物、ものすごく時間が掛かる事を失念していた。
初めて来た。滅多に来れない。これらも合わさってか、アウトレットモールにある全ての店を見て回る。私は、半分ぐらいで、ギブアップをして、スイーツなんかを売ってる店で、ソフトクリームを買い、車の中で待機してた。
「寝てると思うから、ゆっくり好きなだけ回って来ていいからね」
そう彼女に言い残して。こう言う所が、私がモテない要因にもなっているのは、自覚しているのだが、無理して付き合うと、間違いなく不機嫌になる。不機嫌になるぐらいなら、ならない処置の方を選ばせて貰った方が、お互いの為だ。
その帰り道に。
『私、デート中に、1人で勝手にお店回っておいで、車で待ってるから、そんな事言われたの初めてだったよ』
怒っている訳でも無く、むしろ笑顔で、本当に初めての体験で驚いたと言う感じで話してきた。
「ほら、不機嫌になったら、その後が楽しくなくなるでしょ? それなら、無理して付き合う必要も無いって思うんだよね、と言うか……今日のこれデートだったの?」
『え? もふ君の中では、今日の買い物はどんな扱いに?』
「うん? 無料タクシー? 兼、荷物持ち?」
まぁ概ね楽しい買い物だったと思う。
そして、その日の帰り道、彼女の部屋の前まで送って行った時に、彼女から言われた。
『もふ君、私でよかったら、付き合ってくれませんか?』
すごく驚いて、固まってしまったが、まぁ何か返事をしないと。そう思い、とっさに。
「はい、喜んで」
等と、どっかの居酒屋店員のような返事を返してしまった。
まぁそれからは、仲間達に報告して、祝ってもらって、少しずつ少しずつ、二人の距離も縮めて行った。
そして、その距離が縮まると共に、彼女の持つ、少し変わった事が明らかになっていった。
最初は。
『もっと強くして!』
とかまぁ、割りと普通に居る、情熱系とか性欲の強い子なんだなぁぐらいにしか思って無かったのだが。
それは、じょじょにエスカレートしていき。
『乳首を強く噛んで』
『お尻を叩きながらやってみて』
等の、リクエストが出るようになる。
私でも、流石に気が付く、そう彼女はマゾなのだと。
「すごい、言いにくいんだけど、お前ってマゾ性癖あるの?」
『うん、それも普通の人より強いぐらいに』
彼女は、真性のマゾだった。所謂【ごっこ】の域に留まらないぐらいに。
彼女は、とっても自分の性癖に悩み、苦しみ、沢山たくさん泣いて来たそうだ。自分の欲望を我慢して押さえ付けてみたりもしたそうだ。だけど、上手くは行かなかったらしい。
そんな時に、仲間の奥さんから、私の事を聞かされたらしい。
知り合いには、すごく優しいが、基本、ヒトデナシで鬼畜で人間のクズで、笑いながら人を地獄に叩き落とし、這い上がって来たら頭を踏みつけて再び蹴り落とすような、サディストであると。
まぁ概ね合っているのだが……何かイマイチ納得出来ない。私のイメージそんな風なのだろうか?
それで、サディストと言う部分に興味があり、会えるようにして貰ったそうだ。
まぁ……正直に言えば、そう言う行為に興味が無いと言えば嘘だ。
むしろ、非常に興味がある。
私は泣きながら告白する彼女に。
「実はさ、そう言うの興味があるんだ」
それから、私と彼女との中に、そう言う行為が含まれる事になった。
最初の頃は楽しかったのだが、彼女は、生粋の真性のマゾ。
私が楽しめてやれる範囲を、大きく逸脱していた。
彼女は、私に【彼氏】としてでは無く【彼女の所有者】【彼女の御主人様】と言う立場を求めるようになる。
そして……彼女から私に向けての【提案・アドバイス】と言う名の【指導・教育】が始まった。
『もふ君、そこは、無理やり口の奥まで押し込んで、私がむせても、そのままにしてなきゃダメだよ、後、勝手に離したりした時は「誰が離していいと許可した!」って言って私にビンタしてくれないと』
『大丈夫、千切れてもいいから、むしろ千切るぐらいのつもりで、強く噛んで欲しいな』
もう……ノクターンでしか書けないような指導のオンパレードだ。
私も最初の内は、楽しかったのだが、あくまでも、私にとって彼女は【彼女】と言う者であり、決して【所有物】【奴隷】等と言う者には、出来なかった。
しかし彼女は、私に自分をそう言う立場として扱って欲しいと願う。
あまりにも、かけ離れた価値観により、じょじょに私と彼女の距離は離れていった。
「うん、うん、悪いけど、私にとっては彼女であって欲しいんだ、だから私の場合はいつまで経っても、どこまで行っても【ごっこ】の域は出そうにない、だから、冷えきってしまう前に……」
「ごめんな、告白してくれてのに、期待に応えてやれなくて……」
そうして、1つの恋が終わりを告げた……