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Delay

作者: 結城ゆき

かなり前に書き溜めていて世に出ることのなかった短編を発掘したので不定期で投稿していく第一弾です。

今はあまり携帯電話のメール機能って使わなくなりましたよね。

LINEだったりツイッターだったり色々連絡取る手段がふえましたから。

なのでどういう状況なのか想像出来ないかもしれません。

ピロリン♪


『ちょっと仕事が長引いちゃって、帰り遅れちゃう。ごめんね! 22時には帰れると思う』


携帯のディスプレイに映し出されたメールの文字。

「……おせぇよ」

そう呟きながらメールの送り主へ直接言う。

「メール届くのが」

「あはは、今届いたんだぁ? メール、送ったの二時間前だよ」

このメールの送り主は僕の彼女。

付き合い始めて、もうすぐで四年になる。

安アパートだが、最近ようやく二人で暮らせるようになった。

「最近ほんと多いよなぁ……そろそろ買い替えた方がいいのかもしんない」

「もう結構長く使ってるよね? 確か……付き合ってすぐ、一緒に買いに行ったもん」

そう、最近俺はこの携帯のせいで大いに迷惑している。

送ったメールだったり、送られたメールだったり、送受信が何時間も後になったりする。

回線に不具合が起こっているわけでもなく、悪いのは俺の端末に違いないだろう。

「不便だし、今度の休みでも見に行こうかな」

「うん、不便だよ。そのおかげでこうして冷めたご飯が食べられるし」

彼女は皮肉交じりのセリフを吐きながら苦笑いした。

つまりきちんとメールが届いてさえすれば、帰宅時間に合わせて夕食の時刻を遅らせることが出来たわけだ。

まあ自分はというと、連絡もなかったので先に済ませてしまった。

「冷めてもうまいってのが、腕の良い証拠じゃん?」

「ふふっ、そうだね。でもどうせなら出来たてのがよかったな~、美味しいけど」

1LDKの小さな部屋。

僕たちはテーブルを囲い、彼女の愚痴を聞きながらテレビを見ていた。

なんてことのない、平凡な生活。

そんな些細な生活をおくれるだけで、僕たちは幸せだったのかもしれない。



明日で僕たちは付き合い始めてちょうど四年になる。

結婚記念日ならぬ、交際記念日とでも言うのだろうか、そんな日だ。

そして仕事帰りの僕は、彼女に送るプレゼントを選んでいた。

「お客様、こちらなどいかがでしょう」

そう言って店員が勧めてきたのは比較的安めで手頃な指輪だった。

僕は今、表参道の高級感溢れる宝石店にいる。

「あ、いや……もう少し高い物にしようかと思って……えっと、その」

店員は僕の表情と言動で察したのだろう。

「そうでしたから。それならこちらの指輪など……」

そう、僕は明日、四年目の記念日に彼女にプロポーズしようとしている。

彼女とは色々あったけど、ようやく一緒に暮らせるまでになった。

僕も定職に着き、少ないながら収入も安定してきた。

彼女は今のままでもと言ってはいたが、僕としてもそういうわけにいかない。

「あっ……これ、これにします。えっと、サイズは……」

「かしこまりました。きっとお似合いだと思います」

そう言って、笑顔で会計作業まで済ませてもらう。

店員の女性も僕らの幸せを祈ってくれているのだろうか。

まあただの営業すまいるかな、なんて。



買い物を済ませ帰宅すると、彼女は僕より早く帰宅していた。

指輪のことは明日までばれないようにしないといけない。

部屋のどこかに隠しておこうと思ったが、それも出来ず、とりあえずカバンの中に入れたままで置こう。

「おかーえり。遅かったね?」

「ああ、ちょっと仕事が溜まってて」

「遅れるならちゃんと連絡くれないと心配になっちゃうよ」

「ごめんごめん、こんなにかかると思ってなくてさ」

彼女が作って待っていたご飯を食べながら、他愛ない会話を交わす。

「明日でさ、ちょうど四年目だろ? どこかデートでも行かないか」

「ふふ、ちゃんと覚えてたんだ。そうだよね、もう四年目なんだよねぇ」

狭いアパートの部屋で交わす何気ない会話は、幸せで満ちていた。

端から見れば普通の会話、そう言われるだろう。

しかし、それが僕たちにとっての幸せだった。

「あっ! そうだ、初めてデートしたときのこと、覚えてる? 駅チカの映画館前で待ち合わせて……あの時は……」

「ちゃんと覚えてるよ。見た映画のタイトルだって」

昔話で会話は盛り上がる。

こんな雰囲気で、彼女は僕にプロポーズされるなんて思ってもいないだろう。

こうして何気なく会話していても、僕は正直不安で堪らなかった。

プロポーズして、彼女は首を縦に振ってくれるだろうか。

今のままで良いというのが本音で、迷惑に思われるんじゃないか。

「ねえねえ、明日、待ち合わせしようよ。映画館の前で」

「そうだな、じゃあ仕事が終わったら、そこで」

それもいいのかもしれない。

あそこから全てが始まったように。

また明日、同じ場所から新たなスタートとして。



「うーん、結局どうなんだろうなぁ、難しい映画だった」

「そう? 私はいいと思ったけど」

時刻は夜22時を回った頃。

いつもより少し高級なレストランで食事を済ませ、僕らは帰路についていた。

二人並んで歩きながら、さっき見た映画について語り合っている。

歩いていると、家から少し離れた、小さな公園に差し掛かった。

「少し寄って行かないか? 公園」

「えー? もう寒いし、早く帰ろうよ。風邪ひいちゃうよ?」

「いいから、話したいことがあるんだ」

「……ねぇ、エッチなこと考えてない? ダメだって。そういうのは家に帰ってからね」

「ばか、そんなんじゃないって」

彼女をベンチに座らせると、僕は自販機へ温かい飲み物を買いに行った。

「ほら、これで少しは暖まるだろ」

「ん、ありがと」

そう言って、温かい紅茶を彼女に渡し、僕たちは二人揃ってベンチに腰掛けた。

僕の緊張が彼女にも伝わっているのか、なんとも言えない空気に包まれる。

しばらく無言のままでいると、そんな沈黙に耐えきれなくなったのか、彼女の方から声を掛けてきた。

「それで……話って?」

「ん? ああ、その……付き合ってもう四年だなって」

「もう、昨日からそればっかり」

適当な会話でなんとかその場を繋ぐ。

そう、これから僕はプロポーズをするんだ。

「でも、そうだね……色々あったよね、この四年間」

「……渡したいものがあるんだ」

「え? プレゼントってこと? へぇ、気が利くね~? なになに?」

僕は懐にしまっていた例のプレゼントを取り出す。

それを見た彼女は察したのだろう、少し表情が強張った気がした。

「これ……受け取ってくれるか」

僕は指輪のケースを開くと、中から指輪を取り出す。

彼女の左手をそっと取り、薬指へ指輪をはめる。

その間、彼女は黙ったままで、若干うつむいているようにも見えた。

「……ごちゃごちゃ言ってもしょうがないよな」

「結婚しよう」

ついに言った。

言ったからにはもう後戻り出来ない。

不安に押しつぶされそうだ。

彼女の顔を見ることが出来ない。

泣いているのか、笑っているのか。

長い髪に顔が隠れ、表情がわからない。

沈黙で頭がおかしくなりそうだ。

僕はその沈黙に耐えきれなくなり、彼女の顔を覗き込んだ。

そして――

「うん……!」

彼女は震える声で、しかし力強くそう呟いた。

どちらからともなく僕たちは抱き締めあった。

今までのことを思い返しながら、これからのことを考えながら。

「そろそろ帰ろうか」

あんまり寒空の下、長居していてはお互いに風邪をひきかねない。

彼女の耳元でそうささやくと、抱き締めていた彼女と離れる。

「うん、でもごめん……私もう少しここにいる、少し一人にしてくれないかな?」

「ああ、うん、わかった。あんまり遅くなるなよ、心配するから」

「ふふ、ごめんね、少ししたらちゃんと帰るよ」

彼女も色々馳せる思いがあるのだろう。

自分の立場として置き換えても、一人になりたいと思う。

僕は彼女を残して、一人自宅へと戻った。

このとき見上げた夜空は、雲一つない晴天で星が瞬いていた。

その星空に僕は、今日、この日が永遠に続くことを祈った。



「遅いな……」

静かに時を刻む、部屋の時計に目をやる。

彼女と公園で別れてから、そろそろ二時間半経とうとしていた。

いくらなんでも遅すぎる。

僕は様子を見に行こうと、上着を羽織り、部屋を出ようとした。

と、そのとき――

トゥルルル、トゥルルル♪

音がなり、僕はとっさに携帯を手に取るが、それは携帯の音ではなかった。

これは家の電話だ。

僕は慌てて靴を脱ぎ、電話に出る。

「もしもし、どちら様ですか」

『……さんのお電話番号でよろしいでしょうか』

「ええ、そうですけど」

『あの、ですね……』



なにも聞こえない。

なにも感じない。

まるで時間が止まってしまったみたいだ。

感覚が失われ、なにが見えているのかすらわからない。

今僕はどこにいるんだろうか。

明らかに脳の処理が遅れている。

ここは、どこだ。



「どうですか……?」

見たこともない、知らない男に声を掛けられる。

気がつけば、目の前には寝台に横たわる一人の女性。

顔に白い布が被せられ、僕は確認を強要されていた。

一体なにがいいたいのだろうか、この男は。

意味がわからない。

僕はわけも分からぬまま、その布を取り去る。

現れたのは、僕の彼女に瓜二つで、レストランで塗り直した口紅の色、目元のほくろの位置まで、全て一致していた。

この時点でやっと僕の脳は処理が追いついたみたいだ。

止まった時間がゆっくりと動き出す。

ここに横たわっているのは僕の彼女。

彼女は公園からの帰り道、飲酒運転の車に轢かれ、頭を強く打ち即死した。

そんな現実を僕は受け止められるわけがなかった。

当たり前だ、ついさっきまで彼女は……彼女は!

「くっ……うああああ!」

僕は冷たく、暗い部屋の壁を強く殴りつけた。

痛みなど感じない。

何度も何度も、行き場のない気持ちをぶつけるように、拳を強打した。

そんな僕の様子を見て、察したのだろうか。

さっきの男は部屋を出て行ってしまった。


そのときだった――


ピロリン♪


狭く静かな部屋に、電子音が響き渡る。

僕は携帯を取り出し、確認すると……一通のメールが届いていた。


『今日はすごく嬉しかった。これからも、ずっと、ずっと、末永くよろしくお願いします。えへへ、ちょっとかたいかなぁ? 今から戻るね~』


「……おせぇよ」

僕はそう呟くと、大粒の涙がぼろぼろと溢れだした。

涙で画面が滲む、手が震える。


『こちらこそ、よろしくお願いします』


そう打つと、メールを送信した。

その直後、暗い部屋の中に、僕の携帯ではない電子音が鳴り響いた。



安易に登場人物を死なせてしまうのはあまり好きではないです。

今回のお話は救いもないですし、只管虚しさだけが残るかもしれません。

最初は死んだ人からメールが届くっていう設定を考えついて、割と強引な流れになってしまった気がします。

当時の私はなにを考えていたんですかね……?

読み終わった後にタイトルの意味が感じられるようになっていると思います。

Delayの意味、わからない方は調べてみてください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 伏線の使い方がいいですね。 [一言] この一種のタイムトラベルみたいなもので、 出来ればこれでハッピーエンドが読みたいです。 難しいでしょうけど。 ある種この遅延トリックで推理ものとか…
[良い点] 電波通信の遅延を上手くギミックにした話で、それが伏線にもオチにもなっていたこと。オチの哀しさが一層引き立っていました。 [気になる点] 数時間単位の遅れってそう常態化してたものなのでしょう…
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