2ー① 眠り病
「俺、魔法を学べる学校に行ってみたい。」
その声は、協会のような造りをしてる建物に響いた。
ちょっと大きすぎたか?
チラッとハデスさんの顔を見る。いや、目を見て言ったから確認するまでもないのだが…。
ハデスさんは一瞬目を丸くしていたがその直後、何か吹っ切れたかのように笑った。
「はっはっはっ!なんだ、真顔で見つめられたものだから何だと思えばそんなことか。…まぁ、そうだな。お主があの学園に入っても特に問題はないな。それに、あそこに入るには学年で上位の者しか不可能だしな…うむ。」
「本当ですか?」
「あぁ。第一、最初に勧めたのはわしじゃからな。却下する理由がない。」
腕を組みながらハデスさんはそう言った。
「…ただし、お主が本当にあの学園に入れるに値するかテストしてやろう。」
俺は眉をひそめる。
「テスト、ですか?」
テスト、前世で聞いたことがある。確か大人の…教師?が『楽しい楽しい期末テスト♪』とか言ってた気がする。それ以上はよく憶えてない。
「そうじゃ、テストの内容は…」
ハデスさんは腕を組みながら考えてる人のポーズをとった。どうでもいいが、その姿は様になってたりもする。
と、そこで
トントン、
後方…玄関のドアを叩く音が聞こえる。
「ん、悪い。誰か来たようじゃ。入ってきて良いぞー。」
ハデスさんがそう言うと、1人の男性が入ってきた。見た目は、20代前半で白髪…いや、白っぽい金髪か?身長は175くらいの中肉。貴族風の格好で腰には片手で持つ剣を下げている。それとその剣の持ち手にはなぜか無数の穴と、棘がついていた。
そして、彼の左目は固く閉ざされていて、周りの皮膚も他の部分より色が濃い、いわゆる隻眼というものだった。
「失礼します。ハデスさん、実は…、ん?そこの少年は誰だ?」
敵意は感じられなかったが、その真っ赤な目は血のように深く、見つめられ体が強張る。
「彼はタナトス、数ヶ月前から死神となった者じゃ。前にも行ったが、順番的にはお主の一つ下となるのじゃから何か聞かれたらちゃんと答えてやるのじゃぞ。」
ハデスさんがそう言うと、その男性はパッと顔を変え、小走りで近寄ってきた。
「おぉ、君がタナトスか!ミルクから聞いてるぞ、いじりがいのある子が入ってきたって!」
え、ミルクそんな事言ってたの。というか、親しそうだな。
「は、はぁ…」
愛想笑いをしようと思ったが、若干顔が引きつったかもしれない。
俺は押しに弱い人間(死神)なのだ。
「ゴホン。それで、用はなんじゃ?」
話をこれ以上そらさせないように、ハデスさんは咳払いをし、そう続けた。ハデスさん、グッジョブ。
「あ、そうでした。…実は第7区のことなんですけど…。」
第7区?、、あぁスラム街か。
アヴァロン第7区、『アネモ』。
王歴317年に魔王が出現し、立ち入り禁止となった地区から逃げてきた市民が詰め寄り、スラム街と化した街。『見捨てられた街』だなんて言う者もいる。まぁそれも、100年くらい前の話だから今はその孫世代の人達がくらしているのだろうか?
他にも7区の人々の中の、特殊な能力を持った者を研究し、今の魔法があるとも聞いたことがある。
このときは知りもしなかったが、純血の人間の寿命は長ければ150年程にもなるらしい。そんな長いのかよ。
「つい4日前から、眠ったまま起きてこない…名前は特に決まっていないのですが、住民達は『眠り病』と呼んでる状態の人が急激に増えました。眠った者はどんどん衰弱し、最終的に飢えで死んでしまうモノです。発症者はどんどん増えていき、死者は今日で15人を超えてしまいました。」
「ほう…?だが、それはわしらには関係ないのではないか?魂さえあれば後でどうとでもなるしのう。」
確かに。別に急ぐほどのことでもないか。
後で天界に連れてこられた人の魂から聞けばいい。
「いえ。実はその、、、」
隻眼の男は何やら口ごもっている。
「ん?どうしたのじゃ、言えないことでもあるのか?」
ハデスさんが追い討ちをかけるようにそう言うと、隻眼の男は決心するように、いとつ息を吸ってこう続けた。
「実は、第7区の者の魂が還ってこないのです。」
「なんと…。」
ハデスさんの目がくわっと見開く。
「第7区を探しても自縛霊の一つもありません。それで前回、調べに行ったとき偶然死の直前の『眠り病』の者を見れたのですが、その者の命が絶えたときも、霊は体から出てくることはありませんでした。」
そんなことあり得るのか?死んだ場合魂は体から押し出されるように分離される。その反応はすぐ起こるものらしいから、やはり何かあるのか?
あったとしても、何が原因だ?誰か特殊な者の能力でそうなってるとか…。
「ふむ…、魂を身体を触媒として拘束でもしてるのか?…眠りを誘導する魔法はあっても、魂まで束縛する能力は聞いたことがない、もしや転生者、か?」
どうでもいいが、ハデスさんの口から『転生者』という言葉を聞けたのは少しおどろいた。自分も転生者だが一切そのような話は振られないからだ。
転生者、その線は大いにある。何せ、転生者は大体チートだしな。でもそんな悪いことするやつがいるだろうか。
「状況を聞き出そうとしても魂がいないなら不可能、魂喰らいか?いやそれにしては眠り病とは関係ないじゃろうし…。」
うん、これは…。
「とりあえず、もう少し様子み…」
「あ、そうじゃ。」
俺が保留の選択をとろうとすると、それを遮るタイミングでハデスさんが声を発した。
俺のことを見る。いや、なんか少し嫌な感じが…。
「タナトスよ、そういえばお主のテストの内容を決めるのがまだじゃったな。」
訂正、とても嫌な感じがする。
「もしかして…」
「そうじゃ。今回の件を無事丸く治めたら、入学応募の連絡を出してやろう。な?テストには丁度良いだろう?」
どこらへんが丁度良いのだろうか。
「おお!君も手伝ってくれるのか?!」
隻眼の男が嬉々として詰め寄ってくる。近い近い。
「えっと…、それってマジですか…?」
ハデスさんが頷く。
「うむ、お主の担当は13区だが、特別に7区の管理下にも置いてやろう。制限時間は一週間。今回はテストなので特別報酬は無し。それでは、よーい…スタート!」
「え、ちょっ、まっ…」
完全に話を進められてしまった。 この人、受からせる気がないんじゃないだろうか。
まぁ、無理だと思うけど少しだけ調べてくるか…。
「…はぁ。じゃあ行ってきますよ。」
「うむ。お主の頑張りを期待しておるぞ!」
「では。」
さっそく外に出ようとする。すると、さっきの隻眼の男が話しかけてきた。
「なんだかよくわからんが、受け持ってくれてありがとう!俺も手伝えることがあったらなんでもやるぞ!」
じゃあさっきのハデスさんの無茶ぶりを訂正させてくれませんか?と、言おうと思ったがやめておいた。
「はい、わかりました。えっと…」
そう言えば名前聞いてなかったな。
「ん?あ、まだ名を名乗ってなかったな。失礼。」
俺の顔を見て言おうとしたことを悟ったか、隻眼の男はそう言った。
どうやら、この世界にはエスパーがたくさんいるらしい。
「俺の名は、ラッド・ナイトムーン・カーライル、ラッドと呼んでくれ!」
隻眼の男―――ラッドさんは口の中の鋭く尖った八重歯を覗かせながらそう言った。
ていうか、鋭すぎね?
なんか長くてカッコイい名前だな。俺には「タナトス」っていう名前しかないから少しうらやましいと思った。
「わかりましたラッドさん。これから宜しくお願いします。」
右手を差し出す。
「おう!」
軽く握手した後、俺達はハデスさんの家から去った。




