1ー⑨ きまぐれ
陽があと少しで沈む。何故かよくわからないが、俺は夕方が嫌いだ。活気あったものが段々と、滲みぼやけながら、消えてゆく。そんな夕日に胸が痛くなる。まぁ、そこには胸骨しかないけど。
あれから俺は任務完了の報告をした。そしたら「悪い、いったん南どなりの国へ行ってくれないか?内容は後でまた言う。」と言われたので、飛んでここまで来た。
この国の名は、<エリカ・ガリア・メイ・ビリブ帝国>、通称エリカ帝国と呼ぶ。どうでもいいが、昔はガリア帝国と呼ばれていたらしい。国土はアヴァロン…、今のアヴァロンの半分くらいの大きさだろうか。
距離はアヴァロンから20kmしか離れておらず、なんというか社会科でいう『武装した平和』的な状態らしい。王の名は、シャルル…なんとか世だ。何代目かは覚えてない。確か病気になってるとかそんなことを聞いた気がする。
俺は死神の姿のまま、中世のような街並みを歩く。
夕暮れということもあってなのだろうか?人はさほど歩いていないようにみえる。
ん?歩いても大丈夫か、だって?勿論問題ない。
実はこの姿は死ぬ間際の人や命をかけている人には見れるのらしいが、健康な状態の人には見れることはほとんどない。しかし一回死に直面したときとかに、姿を見られるとその人が万が一普通の状態に戻ったとしても一生見えるようになるとかならないとか。
だからぶっちゃけ行くときに受肉化しなくても良かったのだった。まぁ、過ぎた話か。
さっきの戦いは正直運動にもならなかったと思う。実際やったことなんて手を前に出したことと、鎌を上げ下げしたことくらいだし。
さっき俺が唱えた呪文、「النار سوف تختفي」えーと、「火は消える」だったかな?あれは特殊スキル『混沌之虚無』の能力で、効果は属性魔法を無効化することと、その属性魔法を使用した人が無効化した属性の魔法を使えなくさせることである。
この能力の欠点は一度に無効化できる属性が2種類だけなのと、発動してからわずか数十秒で切れること、そしてその属性魔法を使えなくさせるというが、耐性があれば数時間で使えるようになってしまう。
ちなみに、戦いに違和感を感じた人もいるかもなので言っておくと、実は、ジョブスキルには詠唱しなくても発動することができる。まぁ数十回は練習しないと出来ないけども。
無詠唱というのは、「来たれ、なんちゃら~」みたいなやつのことであって、魔法名のことではない。それさえも言わないで発動するのはプロでも至難の技だろう。
さて、ついたしもう一回連絡するかな。
と、その時。
バタン。
数メートル先の女性が、道ばたに倒れた。よく見ると、お腹が異様に膨らんでた。
周りいた数人の人々がその女性に近づく。
「ちょっ!?だ、大丈夫ですか?」
30代くらいの男が声をかける。
「うぅ…」
人々は心配そうに声をかける。
その女性は苦しそうだ。声を出そうにも痛みがそれを邪魔してる。そこに1人、白衣を着た人が入ってくる。この世界に白衣なんてあったんだ。
「イザベルさん!?はっ、まさかもう?!予定よりも一週間早いのに…。」
白衣の男は魔法を使い…、おそらく痛みを和らげる魔法を唱え、その後誰かと交信をとっていた。きっと、ここに仲間を呼んだのだろうか。
周りにいた人が白衣の男に声をかける
「この人、どうしたんですか?!」
白衣の男は答える。
「この女性の方は、妊娠してるんです。産まれるのは一週間後の予定なのですが…。」
「この人は大丈夫なんですか?」
「それはまだなんとも…。」
次々と、白衣の人たちが来る。その中で一番年をとってる男の人が魔法を発動させる。
何て唱えたかは聞こえなかった。
その老年の人は苦い顔をする。
「これは…。魔力が急激に低下している。問題はお腹の子に魔力が一方的に大量に送られてるのが原因だと思われる。このままではこの人はもう…。」
「な、なんとかならないんですか?」
白衣の男は問う。
「原因は子供じゃろうから、その子供を…」
それ以上は言わなかった。言ってしまえばそれはこの世で一番残酷な選択になってしまうからだ。
さっきまで倒れて苦しそうにしていた女性、イザベルと言ったか?が、突然目をハッとさせて、白衣の人達に大声で言う。
「この子を助けて下さい!私の命はどうなっても構いません!だから…、だからこの子だけは…。ぐぅっ…!!」
「いけません!そんなことを言っちゃダ…」
男は大声で否定しようとしたのだが…。
「いいんじゃないかのう…。」
老年の男がそう言う。
「別に手がないわけではないじゃろう?それに、もうこの女性は母親じゃ。子供を助けたいと思うのは当たり前のこと。我らはそれを手助けするだけ、そうじゃろう?」
「ですが、っ、…そうですね…最善を尽くしましょう…。」
そうして、彼らはその女性をつれ数百メートル先の産婦人科?みたいなとこに入っていった。まぁ、そんなご立派な建物ではないが。
感動的な話だな。でもまぁ、あの人の寿命はあと残り小一時間だろうか?子供を助けれようと助けまいと、死ぬことに変わりはなさそうだ。
まったく魔力を大量にとかお腹の子供は欲張りなものだ。
俺は身を翻して進もうとする。しかし、胸に何かつっかえたようで、どうにもムシがすかない。
やはり、今日のことのせいだ。受肉化したこと、それかランスロットさんと話したことで自分の心の中の何かが変わってしまったのだ。
立ち止まり、考える。
助けるか、見捨てるか。
死神というのは簡単に言うと、地上界で役目の終わった者の魂を地縛霊とならないよう天界に導く者である。
この女性はどうだろうか?残り少ない寿命を精一杯生き、新たなる運命を生み出そうとしている。
彼女の寿命は刻一刻と0に近づいている。役目を終えようとしている。
だがこの人に役目はないのだろうか。俺はそうは思わない。
話を変えるが、死ぬことは消えることではない。この女性が死んでも、きっと冥界で暮らすか、転生してくるだろう。しかし、今、新たなる生命として誕生しようとしてるお腹の子はどうだろうか?子どもの魂はもろく、弱い。子供の頃に死んだら魂は消滅する可能性もある。
何を考えてるんだ自分は。
今日は一段と長く考えてしまった。嫌な癖である。
…まぁ、なんていうか、助けたいと思った。
その産婦人科のようなとこに急いでいく。薄い木で出来た壁を通り抜けその女の人がいるとこを探す。
いた。残りの寿命はあと、30分、いや20分か?だいぶ消耗が激しい。
すぐさま、女性の方に右手を出す。
「思えばいいタイミングだよな。俺がこのスキルを持ったのと。これが因果の法則ってやつかな。」
独り言のように呟く、そして唱える。
「寿命付与」
自分の体内から純粋な魔力と共に寿命が減っていくのがわかった。純粋な魔力というのは無属性という意味である。
この女性の年は20過ぎだろうか?とりあえず俺の寿命の50年分の寿命を付与する。聖戦士団の魂といっしょに寿命も貰っといて正解だった。
その女性にいくらか生気が戻った気がする。
と、そこでふと女性の顔を見ると、その女性と目が合ったような気がした。その凛とした目は確かに俺を真っ直ぐと見上げているようで、目をそらしてしまった。俺に目なんてないけど。
「…別に、ちょっとしたきまぐれだよ。」
誰とも無くそう呟く。
さてと、俺は曲がりなりにも男だ。この場からはいったん遠のいた方がいいだろう。
壁を通り抜け、産婦人科の前で腰を下ろす。もうすっかり空は明かりを失っている。
彼女が助かるのは絶対だが、一応出てくるまでずっと待った。
太陽が半分ほど顔を出したころぐらいだろうか、というかこの世界のアレは太陽だろうか。
ドアを開け、女性の人が出てくる。さっきの人だ。名前は…確かイザベルといったか。
その女性は挙動不審のように当たりを見回し、やがて座っていた俺と目が合う。
「あなたが…、私を助けてくれたんですか?」
周りに人はいない。しっかりとその澄んだ青空のような色の目で俺を見ていた。俺が見えてるのは寿命をやる前、つまり死ぬ間際のときに見られていたからか。
「ア、あぁ。ソウだ。」
いつものカタコトのように喋ろうとするがコミュ障のような感じで喋ってしまう。もう普通に話そう。
「あの…、私、イザベル・ロメといいます…。昨夜は本当に、ありがとうございました!」
急に頭を下げてきた。あまりそういうのには慣れてないのでどうすればいいか悩む。
「別に、ついでだ、ついで。やることが終わったからその変ぶらついてたらお前が急に倒れて……、」
「ふふ…。優しいんですね、死神…?というのは。無慈悲でむごくて冷血だと言われてたので、、なんだかおかしいですね。」
俺が良い言い方を考えてると、笑いながらそう言った。というかそんなに評判悪いのかよ。
「そんなわけないだろ、それに冷血というがそもそも俺に血は通ってないぞ。」
イザベルは笑う。
「ふふ、それもそうですね。なら『血も涙もない』、ですかね?」
「おいおい確かに血も涙もないが、それは偏見だぞ。」
「ふふふ、そうですね。」
本当になんなのだ、この女性は。急に頭下げたり、ぐいぐいくるし。
俺は見た目はガイコツだが精神年齢は転生前と同じで子供なのだ。こう…うまく言えないが、足をすくわれてる?ようで落ち着かない。
俺はこれ以上変な感じにならないよう、その場を去ることにする。
「それじゃ、用は済んだから俺は帰るぞ。寿命は多分普通に生きる分くらいはやった、新たに誕生した子と一緒に幸せに暮らすがいい。」
「あっ、あのっ!!」
呼び止められる。なんなのだ、一体。
「なんだ。」
イザベルはうつむき何か悩んだ後、こっちを見上げ言った。
「私は、本当に、本当にいいんですか?…このまま、いつもと同じように生きてもいいんですか?死神って魂を冥界にもってくんじゃないですか?」
うーむ、偏見が酷いような…まぁ事実か。
「俺だって、刈る魂は選ぶ。それに、『生きてもいいか』なんて、そんなのお前にしかわからないし、他人が決めていいことでもないだろ。」
「で、でも!今生きてるのは…」
「どうでもいいだろそんなこと、じゃあな。日が昇ると混みやすくなるんだ。帰らせてもらうよ。」
めんどくさくなり、俺は強引に言葉を遮るように去る。
まったく、人助けってもんはこんなに疲れるものかね。でもまぁ、こういうのも悪くはないな。
一期一会っていうし。もしかしたらこれからの人生――死んでるけど…――に大いに関わることをしたのかも、まぁ大げさか。
あ、ていうか、連絡するの忘れてた。すぐ連絡しないと…
その瞬間、体にテレポートしたような感覚がきた。
イサベル・ロメ…いや、なんでもありません。