1ー⑧ 別れ
一週間ほど遅れてしまってすいません…
ランスロットが抜剣する。切っ先がない剣は、魔法石の部分から水が噴出し、瞬く間に長剣になる。良かった。ちゃんと実戦でも使えた!
初めて使ったスキルであったが、うまくいったようだ。
俺が喜んでる間にも、ランスロットさんはどんどん敵を倒していく。しかも、見るからに相手の致命傷を避け殺さないよう斬っている。
正直、本物の姿になるのは嫌だった。ここまでランスロットさんと仲良くなれたんだ。出来ればこのまま、正体を知られたくはない。
ちらりと後方の、1人だけフードを被っていない男を見る。黒髪、中肉中背。なんというか、全体的に懐かしさを感じ、どこかで会ったような感覚に陥る。まぁそんなことはないはずだが。
そいつの両隣にも2人いる、だがどちらもたじろいでて戦力にもなりそうにもない。これは、自分がいなくても何とかなりそうだ。
しかし、どうにもその黒髪の男が気になる。それになんだか落ち着いてて、余裕そうな顔も浮かべている。
と、そこで急に男が、右手を出した。
「『煉獄之炎』!!!」
魔法を無詠唱で発動させた。
突如、炎がランスロットさんを、いや、ランスロットさんが持つ剣めがけて、突進した。
ジューー!!!!
水が急に蒸発する。
ヤバい、まさか剣の水を蒸発させ、闘えないようにさせたのか?多分、剣の保有してる水量が底をつきた。この周りには川はない。つまり、あの剣は今はもう使えない。
黒髪の男の声が聞こえる。
「この俺!選ばれし者、タクサ様にひれ伏すがいい!」
「…選ばれし者?」
どういうことだ?神託でもあったのだろうか。
「そうさ!なんたってこの俺、タクマ様は全属性魔法を使うことができる、転生者なのだからな!」
毛穴から嫌な汗が流れる感覚がした。
なんだと…?今、転生者って言ったか?
タクマは高笑いをし、やがて飽きたようにランスロットをみる。
「そこの男、お前はもう飽きた。俺様の寛大な心に免じて見逃してやる、死にたくないならそこをどけ。」
しかも、能力持ち、だと?…無理だ、ランスロットさんは剣の腕はあるが、魔法は使えても数種類だけだと思う。それでも、全属性を使えるやつ、さらに無詠唱で発動できるやつには叶うわけがない。
ランスロットさんとは仲良くなれた。出来ればここで引いてほしい。
「ふざけるな!人を見殺しにしてまで、生きてる価値なんてない!」
その言葉にハッとする。
人を見殺しにしてまで、生きてる価値なんてない…か。
そうか、そうだよな。ランスロットさんは優しい人だ。困ってる人がいたら助けたいと思ってしまう。昨日、自分を助けてくれたように。
フーーー、
俺は息を深く吐いた。
出会ってまだ1日だったけど、実に楽しかったな。久々に人間になれたような気がした。
でもそれも終わり、幕を下ろすときがきたようだ。俺も、そしてタクマというやつも。
「そうか、なら死ね。」
タクマが右手を出す。
俺は呟く。
「『受肉化解除』」
それは突然来た。何か大きなものが、漆黒の何かが体からあふれ出ようとしてくる。
最初は目から、黒い粒がまるで何かからの別れを悲しむように一滴の涙となって零れ落ちた。
その勢いはどんどん増していき、やがて口、爪と皮膚の間、他の部位からも溢れ全身を覆っていく。
やがてその漆黒の何かは首、胸、腕、足と体の表面を余すことなく黒く覆った。
皮膚を溶かし、肉を焦がし、生ある証拠全てを奪い、やがて骸の姿となるまで。
体から出てきた黒い何かが、地面を這うように広がる。その光景を見ることができたなら、きっと闇より出でし、漆黒の骸と見えただろう。
目線が高くなる。
体が軽くなる。
感情が薄くなる。
「タナトス…、俺のことはいい!だから今の内に逃げっ…!?」
ランスロットがこちらを振り向く。眼と目が合った気がした
やめてくれ。
そんな目でみないでくれ。
ランスロットは驚いている、
タクマは笑う。
「くくっ、はっはっはっ!それがそいつの真の姿だ!そこのお前は騙されてたんだよ!」
「タナトス…お前、なのか…?」
ランスロットは戸惑いながら問いかける。
俺は答えない。それが答えになると知りつつ。それにランスロットの知るタナトスなんていう、人間の心をもった奴なんてこの世にはもういないんだから。
あの姿は幻想だ。所詮、人間の皮を被った骸でしかないのだ。
タクマが口を開く。
「よぉ、死神。お前自身に恨みはないけど、これも上からの命令でね。ここでおとなしく成仏してくれや。」
俺は口を開ける。
「タクマという者、1ツ聞キタイ。オ前ニトッテ…、コノ世界ノ…人ノ命トハナンダ?」
一瞬タクマは目を丸くした。しかし、ほぼ間を空けずにタクマは答えた。
心底退屈したように。
「いくらでも変わりのある、模造品。」
「ソウカ…ナラバ カカッテコイ。オ前ノソノ チンケナ手品デナ。」
「お前っ…!」
タクマの余裕そうな表情が一変する。完全にブチ切れたようだ。
突如タクマは右腕を突き出す。そして魔法を発動させる。
「『煉獄之炎』!!!」
さっきランスロットに打ったのと同じ炎系魔法が自分を襲おうとする。それはランク5の最上級魔法だった。
だが、
属性魔法なんて弱いもの…、俺には利かない。
俺には特殊スキルが3つある。だが、そのどれもが何らかの弱体化を受けてる。
しかし、その中に1つだけ制限はあるものの、質は落ちてないものがある。
それは――――。
「『混沌之虚無<النار سوف تختفي>』」
手をかざし唱える。すると、さっき放たれた炎の魔法が、まるで幻想だったかのように消えた。
「は…?」
タクマは最初何が起こったかわからなかった。失敗かと思ったか、もう一度打とうとする。
しかし異変に気づく。
「魔法が…、発動しない?!」
たじろぐタクマに俺はカタコトはやめて言う。
「お前の炎系魔法は俺が封じた。どうやらお前は魔法は少し腕があるようだが、耐性はほぼ0だな。…ちなみに、今使ったこの特殊スキルは相手の魔法を無効果し、その使った魔法の属性を使えなくさせる能力だ。」
「は、え?は!?」
「普通の魔術師なら1日は炎系魔法を使えなくなるだけなのだが…しかし、お前はどうやら炎系魔法を一生使えなくなってしまったようだな。」
ちなみに、1日くらいは封じた属性を使えなくなるのは確かだが、一生使えなくなったなんて保証はない。強いて言えば感覚である。だが最低では数年は使えなさそうだ。
「は…?え、はぁぁっっ!?」
「俺は他の属性も封じることが出来る。どうする?いっそのことただの人間にしてやろうか?そうしたらお前のことは許してやろう。」
俺に今皮膚があったとしたら、きっと慈悲深そうな顔になっていたかもしれない。まぁ、俺にとって慈悲と狂気は紙一重なのだが。
「はぁぁ!?ふざけるなそんなことしていいわけ…」
「動くな、無駄な抵抗をするな。そうしたら楽に死なせてやる。」
俺はタクマに近づく。猛烈な殺意をだだ漏れにしながら。目の前にはもう、先ほどの絶対的余裕な態度は無く、1人の、無力な愚者と同じ顔をした汚物があった。
「ちょっ、ちょっとまてよ!俺は選ばれたんだ!この世で最強の力を手に入れたんだ!おかしいだろ?!なんで俺が死ななきゃいけない!」
俺は立ち止まる。そうだな…
俺は口を開く。
「それがこの世界のルールだ。さっき自分の能力が最強の力といったな?全属性が使えるだけのやつなんて、異世界ではありきたりすぎるんだよ。」
タクマの顔が驚愕に染まる。
俺は続けた。
「さっき、なんで?と言ったな。理由が必要だというなら、そうだな…、」
俺は考える。それらしいことを言うために。
やがて、一つの言葉が浮かぶ。
「命有るものいつかは死ぬ。栄えた奴も、傲慢なヤツも。お前はその順番が来ただけだ。」
鎌を振り上げる。
「なんでだよ!俺は転生者なんだぞ?!選ばれたんだぞ!?そんな俺が、…ヒィィッッ!!!やめっ、やめろ!!俺はこんなとこで死んでいい人間じゃ…」
鎌を振り下ろす。
「幕を下ろせ、喜劇は終わった。」
そのときタクマの心は死を覚悟した。つまり、心が折れた。
骨の手は空気を逆撫でするように弧を描き天を仰ぐ。そして優しく、されど力強く、何かを握り締め、潰す。
その瞬間、タクマとその仲間の男達の息の根が完全に止まる。自分の体、まぁその内ポケットにある袋の中に魂が送られてくのがわかる。
「25人目…か。」
自然と声が出てしまった。
我に返り、振り向く。
ランスロットと目が合う。
さっきより目の高さが近づいている。
終わったな。うん、わかってた。しかし今の自分にはそんな悲しい事とは思えなかった。
帰ろう。任務は終わった。所詮は人と死神。刈る者と狩られる者の関係なのだ。
俺は身を翻し、そこから離れようとする。ランスロットにこれ以上見られたくなかったからだ。
しかし、俺が遠のこうとすると、
「まってくれ!タナトス!」
後ろから呼び止める声がする。
俺は立ち止まる。しかしそっちには向かない。振り向いたらきっと、絶望してしまうから。
「…」
「ありがとう。君がいなけりゃダメだったかもしれない。俺はお前が何者だろうと、そんなの気にしない!…いつでも、俺のとこに来て良いからな。」
俺は振り返らず去った。
受肉化したことで手に入れた自我。欲望。執着。骸となった今でも、…見た目は空洞にしか見えないけど、確かにここに何かが芽生えていた。
この気持ちはなんだろうか。
春の夕暮れ。俺は誰とも無くそう問いかける。
ちょっと早過ぎた感はありますが、まぁこんな弱い敵に時間かける必要はないですよね?




