魂を刈る者
深夜。
月の光がヘルセトの街を照らす。
シンと静まり返った街並みだったが、街の中の一角はまだ煌々と光が灯っていた。
1つの店では中年の男共が顔を真っ赤にし―――中には顔を青ざめている人もいるが―――くだらない話をしては盛り上がり、酒を飲み干しまた酒を注文していた。
完全にできあがっている。
ここは居酒屋、みたいなものだ。
その中、隅の席に影が2つ。
1人は名をマイヤーズという。体は肥え、顔は細長く目は鋭く白髭を生やしたどう見ても胡散臭そうな外見なのだがこれでもこの13区の市長である。
もう片方は20代くらいの年、胸元にロングソードを包み込む様に羽が描かれている純白のコートを羽織り、こちらもまたマイヤーズとは違う部類の怪しい雰囲気を纏っていた。
「…それで今回の作戦はうまくいくんだろうな?」
市長は問う。
男は深く被ったフードから見える口を若干ニヤリと釣り上げる。
「問題ない、こちらは50人、しかも全員専門家だ。抜魂者は出るだろうが万が一にでも逃がすようなヘマはしない。」
「フン、そうでないと困る。いったいいくらそちらに金を投じてきたと思ってるんだ…」
額に手を当て市長は呻く。
そういう市長の服装はどれもこれも一級品を取り揃えているが、今金持ちの間での人気の服を仕立てられていないところから見て本当に金に困っているのだろう。
「とにかく、出せる物は全部出した。残っているのは家と市長という座だけ、事が済むまで俺に連絡してこないでくれ。こうやってお前達と話してるのだけでも怪しまれる、…俺はあと2,3杯飲んでから帰るからもう帰っていいぞ。」
「わかった。あまり飲み過ぎて自分から魂を抜くことにならないようにな」
「フンッ、」
それから数時間が経った。
先程まで周りの星さえも消していた月の光で街は照らされていたが今は霧が立ちこめ外灯の光がいつの間にか立ち込めた霧と混ざり合い、怪しい雰囲気を醸し出している。
その中に1人ふらふらと歩く完全に出来上がった者がいた。
先程のマイヤーズであった。
「ふん…まっ、く、ふぁけ…おって、なぁぁぜぇ、こんあぁくういまなければ…ないのだ‥」
何やらぶつぶつ呟いている。
気分は極楽、きっと天を登るような感じなのだろう。
…この後本当に天に登るとはつゆ知らず…
「はっ!…なぁぁにぃがぁ死神…だぁ!ヒック、そんなもの…このマイヤーズ様が浄化してくれるわぁ!!」
口は災いの元、という言葉がある。
どういう意味かはよく覚えてないが、きっとこういう時のことを指すのだろう。
そして、
時は来た。
「ソレハ面白イ、」
後方から声が聞こえた。声と言うにはあまりにも無機質ではあったが、それは確かに言葉となっていた。
市長はゆっくりと振り返る。
そこには“死”があった。
形状的に物理的に人を殺めるには向いていない大きな鎌を持ち、禍々しい、しかし神々しさも兼ね備えたオーラを放つ、黒いローブを纏った“死“。
人々はそれを恐怖と崇拝の念を込め「死神」と呼ぶ。
「え…ひぃっ!!?し、しししししに、死神ぃ?!」
さっきまで天に登るような気分だったのだろうが、酔いも一気に醒め、この現状が現実であることを残酷にも突き付けられた。もういっそ楽になりたい…マイヤーズはそんな気分になったのだが、ここは腐っても市長まで上り詰めた男。折れかかった自分の心を奮い立たせ、最後まで抗う覚悟を決める。
「ふ、フン。いつからこの俺をつけていた?あ、あの居酒屋のときからか?ということはさっきの話を聞かれてしまったようだな…この俺様の寛大な心に免じて見逃してやろうと思ったが、聞かれてしまっては仕方ない、他の死神にも知られるのはまずい…ここで成敗してくれる!」
まだ回りきらない思考の中、市長は必死に頭を回しそう言い放つ。
もちろんはったりである。子供の頃、街の発表会で得た演技力を最大限に使い、自分の気持ちを奮い立たせただけである。心が折れたら死ぬことを彼は知っていた。
「……」
死神は何も答えなかった。
「どうした?!恐怖で声も出ないか!…仕方ない、お前の仲間の居場所やらなんやらを全部吐くなら俺の部下にいれてやってもいいんだぞ?」
マイヤーズの額に脂汗が滲み出る。
「モウイイカ?戦イタイナラ全力デ来イ」
確かに彼は最善の今出来ることをした。しかし意味のないことだった。それは人を遥かに超えた存在なのだから。
「ちっ、こうなったら…!」
市長は懐から一つの紙切れを取り出す。魔法陣が描かれた、赤い紙。そしてそれを目の前の死神の方に向ける。
破邪の魔法が付与された一回限りの護符である。
突如、その紙は粒となり、金色の光を当たりに放ち、街を照らしながら死神の体を埋め尽くした。
「や、やったか?!」
死亡フラグ。
その光は死神に吸い込まれるように消え、また街は暗闇に溶け込む。
マイヤーズは絶望した。これ以外にはもう手の打ちようがなかったから。
「『魂体分離』」
死神はその大きな鎌を上に掲げ、そして振り下げた。
ドサッ、
マイヤーズは一瞬苦しそうに顔を歪めたが、虚ろな顔になり霧で見えなくなった天を仰ぎ見て、地に伏した。
一振り。
それだけで心の折れた者は魂を奪われる。
あっけないほどの一方的な魂の略奪。
人の魂を等しく、平等に冥界にいざなう者、それを人々は『魂を刈る者』と呼んだ。