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例によって、最前列はアリシア、中央に俺を運ぶアリアーデ、最後尾にアリアンナという隊列だ。
行進の速度は先ほどよりもかなり落ちていた。
不測の事態に陥らないためにだ。
アリシアはさっきよりも注意深く触角で地面を叩き、周囲を警戒しながら前進する。
後ろのアリアンナも、辺りをしきりに見回している。俺も同じく魔力の反応を感じ取れないか精神を研ぎ澄ませていた。
ある程度の規模の魔力を持つ生物なら、少々離れていたとしても察知することができる。
しかしこれも大雑把なもので、自身よりも圧倒的に魔力量の低い生物などは感知できない。だいたい十分の一程度。それ以上差があるなら居ても気づかないほどだ。
それは単純に、自身の脅威となるレベルの生物に対する危機管理能力に近いからである。ドラゴンがいちいちその辺の弱い魔物の魔力に敏感に反応するか?という話だ。
しかし逆に、自身より大きすぎる魔力を持つ生物も察知することはできない。あまり大きすぎると、逆に危険とは感じないのだ。小虫や小動物を取って喰うドラゴンなんていないからな。
それで、だが、現状少々離れていても俺が感じ取れるレベルの魔力というのは、俺が魔力を分け与えたアリアンナくらい。
つまるところ、もし俺が何者かの魔力に反応するとなると、最低でもアリアンナ程度の魔力を有することとなる。
アリアンナは現在俺たちの巣の中でもトップクラスの戦闘能力があるだろう。もしこのままお婆様の巣に近づいていったとして、そのレベルの魔力の反応がいくつもあるのならば――あまり考えたくはない。
ただ、そのレベルともなればかなり離れていても気づくはずだ。
それが全くといっていいほど感じない。魔力自体はあまり持ち合わせてはいないのだろうか?
しかしながら、蟻自体の戦闘能力は計り知れない。警戒はしておいて損はないはず。
『――姫様』
しばらく歩くと、前方を進むアリシアの脚が止まった。
そして小声で俺を呼び、後方の俺たちへ停止を促した。
「何かあったのです?」
注意を払い小声で答える。
『はい。 あちらを』
前方に何かを発見したようだった。
アリアーデに細心の注意をするように指示し、雑草を掻き分けゆっくりと俺の体を運ばせた。
すると草の葉の陰から、複数の黒い物体が遠方で蠢くのが見てとれた。
――いち、に、さん、よん・・・八匹か。
『はち、ねえ』
うるさいなアリアーデ。
もうわかったから。
もちろん前方に居たのは蟻であった。
もう見慣れたものだ。
大きさは、というと、少し距離が離れて正確な大きさは把握できないが、おおよそアリアーデやアリシア大ではないのかと推測できる。
それが八匹。
そしてその八匹のうちの六匹が、三匹三匹に別れ何かを運搬していた。片方は太い棒状の・・・、あれは尾か。
そしてもう片方は・・・、あれは胴?トカゲの胴か。
俺たちが先ほど喰ったトカゲに良く似た爬虫類を運搬している。
しかしサイズが少々大きいようだ。アリシア大の蟻三匹で運ぶほどの大きさ。尾だけでさっき喰ったトカゲほどあるぞ。
俺たちが喰ったのを子供とすれば、親という感じだ。
八匹で狩ったのか?
俺はその連中をしばらく観察していると、獲物を運んでいない二匹の蟻の容姿の違いに気づく。
それを見て、
「あれがもしかして――」
と俺が呟くと、アリアンナが意味を察したかのように、
「そうね」
と答えた。
その二匹の蟻は、他の蟻よりも簡単に言って大きかった。
距離が離れていたため、気付くのに少し時間がかかったが、かなり大きい。
アリアンナより、まだ一回りは大きいのではないかというくらいだ。
更に極め付けは顎だ。
お母様の顎もかなりデカかったが、それよりも大きい上に形が凶悪だ。
お母様の顎を神話の巨剣と例えたが、目の前のやつの顎と比べたらその辺のナイフ程度になってしまいそうだ。
アレがお母様の言っていた兵士――兵隊蟻とかいう蟻か。
その兵隊蟻と思しき二匹は、運搬を手伝うということはしていなかったが、まるで運搬している奴らを警護でもしているかのように、しきりに運搬する蟻たちの周りを回りながら着いていっていた。
なるほどな。
あの体格と顎なら、あの大きさのトカゲでも狩れるはずだ。
しかしかなり大きい。運搬する蟻は俺たちと同じくらい・・・、だとすると80センチ前後。兵隊蟻は、俺たちよりも大きいアリアンナよりも更に大きい・・・、150センチほどか。
蟻の大きさじゃないぞ全く。
いや80センチの蟻でも化け物みたいなものだが。
しかし、魔力の方はあまりだな。
見える距離に居て注視しているというのにそのようなものは全く感じない。
ただ魔力が少なくても戦闘能力は高いはず、魔力のあるアリアンナと比べてどうだろうか。
そこで俺はアリアンナに聞くことにした。
「アリアンナお姉さま」
「なに?」
「お姉さまはどう思われますか?」
「あの兵士が、ってこと? うん、単純な力だけなら向こうが勝ってる。 でも一対一なら負けないでしょうね」
「・・・わかりました」
そうか――。
虫等の敵の脅威を察知する能力は、他の生物よりも秀でているはずだ。
それが答えだというのであれば、正解なのであろう。
しかし、自覚はまだ薄いだろうがかなりの魔力を持った状態でも、一対多の場合では解らないということか。
アリアンナでそれならば、他の蟻なら・・・。
これは難しいな。
早々に敵の戦力を見極める必要があるぞ。
できるなら一匹だけを残して他を殺し、捕虜として情報を聞き出す。とか手はあるのだが、現状でも戦力差がありすぎる。無難に当初の目的通り巣まで着いていった方がいいだろう。
というか捕虜にしても、こいつらも数が解らなかったら意味がないな・・・。
『兵隊蟻は何匹居るんだ?』という問いに、『何匹・・・?』みたいに反応されたのでは困る。
では、
「刺激しないように一定の距離を保ちついていきましょう。 巣が近いとすれば周囲にも他の者が居る可能性があるので、前方だけではなく左右後方も警戒しつつ進みます」
『はい姫さま!』
うるさい!気づかれたらどうするのだ!
いや念話だからうるさいとかはないのか?
――あの蟻とかもフェロモンを使い意志の疎通を図っているようだが、念話とかは使わないのだろうか?
色々気になることが浮上してきたが、またの機会に考えるとしよう。その機会があればいいが。
果たして俺たちは、獲物を運ぶ八匹の蟻達に着いていく。
奴らはそれほど警戒というものをしていないようで、一定の速度でぐんぐんと進んでいた。
ここへ来るまでの俺たちのように、注意深く周囲を気にするなどという様子は見られない。
やはりあれほどの大きさの蟻ともなれば、天敵はほとんどいないのであろうか?
それともあの、兵隊蟻に絶大な信頼を寄せているということなのであろうか?
しかしながらその兵隊蟻も、ただ餌を運ぶ蟻に同行しているというだけのような感じだ。
振り向きもしなければ、触角で地面を叩くという素振りさえない。
ただただぐるぐると回っているだけ。
いざというときのための戦闘要員ではあるが、ほとんど餌取り係だけのようなものか・・・。
となるとやはりこいつらは、天敵を警戒していない。襲われるということを知らないのだ。
くくく、これは良いことを知ったかもしれん。
しばらく歩くと、開けた場所に出てきた。
先ほどまで生えていた木々の背は低くなり、見晴らしが良くなっている。
地面には相変わらず苔のようなものが緑の絨毯のように広がっているが、雑草などはまばらで、風通しもよさそうだ。
そこは少し急な勾配がついているようで、奥に行くに連れて高くなっている。
俺たちは自分たちを隠すものが無くなってきたので、それ以上進むことを辞めて草の葉に隠れ、奴らの進む先を確認した。
奴らは前方の急な坂を登っていた。
もちろん坂だからといって進軍の速度が落ちるということも無く、奴らは一定の速度で上がっている。
人間ならどうだろう?急な坂で、三人がかりで運ばなければならない大荷物を持ちながら、速度を緩めることなく登っていく。屈強な雄ばかりでも難しいだろう。
――すさまじいな。
俺は素直に感心していた。
しばらく奴らは坂を登っていくと、二匹の蟻が群れから離れた。
離れたのはあの巨体を持つ兵隊蟻だ。
兵隊蟻は獲物を運ぶ六匹から少し離れると、そこでようやく辺りを警戒するような仕草をし始めた。
大きな頭部に生える太い触角を機敏に振り回し辺りを見回している。
今までとは明らかに違う動きだ。
例えるなら、今この時点でひとつの仕事が終わり、新たな仕事に着いた、というような印象。
それを見て、
『着いたようですね姫様』
そうアリシアが呟いた。
多分そうだろう。巣のすぐ近くまで獲物を運ぶ仲間を誘導できたのであれば、それ以上そいつらの警護はいらない。
となると普段の仕事に戻るはずだ。
兵隊蟻の普段の役割といえば、巣の警護。
「ですね、お姉さま」
俺はそう返し、獲物を運ぶ奴らの進む先に視線をやった。
すると、坂の中腹辺りに、巨大な穴が空いているのを発見した。
今の俺たちは獣や人間の幼児くらいの体格をしている。その俺たちから見ても巨大だと思う大穴。
直径は5メートル・・・、いやもっとデカイ。
確実にアレだ。
その考えは正解だったようで、獲物を運ぶ蟻達は、その穴へと進み入っていった。
「とりあえずは、一つ目的は達成されたわね」
『そうねえ』
アリアンナが呟き、それにアリアーデが答えた。
うむ、とりあえず場所は解った。
だがそれで終わりではない。
『よし場所も解ったし帰るか』ではダメだ。
俺たちは斥候兵、敵の戦力も見極めねばならん。
むしろそれが最大の目的だ。
俺たちは何か解ることが無いかと、巣の入口であろうその大穴の周囲を観察することにした。
『やっぱり常に兵士が入口の周りを固めていますね』
アリシアが言った。
入口の周りを見てみると、確かに数匹の兵隊蟻が門番のように入口の前を行ったり来たりしていた。
たまにかなり離れたりはするものの、五・六匹の兵隊蟻が常に入口周辺に居る。
これはかなり厳しい。
アリアンナほどの戦闘能力を持つ蟻が相手が五・六匹、まともにこちらの戦力で相手取ることはできないだろう。
更に周囲を見渡すと、その開けた土地に、等間隔で配置するように兵隊蟻が居るのが解った。
巣の入口より上、勾配が急になっているところにはいないようだが、俺たちのすぐ前方から巣の入口にかけて、十数匹以上の兵隊蟻が右往左往している。
見えている兵隊蟻だけでも二十匹以上。
――どう攻める?
俺はこの巣をどう攻略するか、考えていた。




