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もぐもぐ。
――む!?
「――うまい!!」
俺は一口頬張ると、その味に驚き声を出してしまった。
「美味しい。 でしょ? 言葉使いはきちんとしなさいね?」
「え? あ、申し訳ありません」
もぐもぐ。
恥ずかしながら俺はかなりの反応をしていたのか、いつもは言葉使いにうるさいアリアンナの指摘も、多少柔らかなものだった。
いやほんと美味いぞこれ。
味付けなんぞもちろんされていないというのに、口の中に入れた瞬間肉汁があふれ出し、甘みのようなものが口全体に広がった。肉汁というか血かこれは。
狩ったばかりだというのに臭みが無い。まあ今は蟻になってるからそんなものを感じないってこともあり得るが。しかしながら、巣の中で食べたどんな肉団子よりも美味さというのを感じる。
俺は一口目を咀嚼し飲み込む。アリアンナが細かく肉の繊維を噛みちぎっていたのか、のど越しも良い。濃厚な味だというのに、サッパリとしていて後味が残るということもない。
これが魔力に満ちた肉の味だというのか。
俺は少しだけ後悔していた。
魔物は他の魔物を喰らうことで自身の魔力の糧にすることが多い。しかし、元々魔力に恵まれていた俺は、それほど他の魔物の肉というものを食べてはいなかったのだ。なんか気持ち悪いしな。
あの時、魔王として他の魔物を幾百幾千となぎ倒していた時代。確実に今喰ってるトカゲよりも質の良い魔力を持つ魔物を倒していたはずだ。
魔力は知恵と力を与えるが、味も与えるとしたならば――少しもったいないことをしたのだろうか。
いやしかし俺は大体手当たり次第に魔法で爆散させてたし、喰うとこほとんど無かったか。
ではダメだな。
とりあえず今はこのトカゲを喰うことにしよう。
「もぐもぐ。 美味しいですよお姉さま。 お姉さま方も食べてはどうです?」
喰っとけ喰っとけお前等も、美味いぞこれ。
『ふふふ、お気遣いはいりませんよ姫様』
『そうよお。 あたしたちは残り物で良いからいっぱい食べて』
二人?はよく見覚えのある顔をした。
アリアンナの顔も見るが、うむ。あの顔である。
『あなたが美味しそうに食べるのを見るだけでお腹いっぱい』
とかいう、あの顔である。
人の顔を見るだけで腹が膨れるとは便利な生き物だなこいつらは。まあ嫌味ではあるが。
しかし、こんな上質な餌もある土地だ。ほんとにお婆様の巣も近いはず。
少しでも食べて体力を回復してもバチは当たらんと思うぞ。
もしかしたら戦闘にもなるやもしれんし。
「あのうもぐもぐ。 お姉さまむぐむぐ」
「喋るときは口にあるものを飲み込んでからにしないさいアンス」
「はい」
いちいちうるさいぞ。お前は俺のなんなんだよアリアンナ。
――姉か。
俺は少し苛立ちを覚えながらも、トカゲの肉を飲み込んだ。
いやほんと美味かったぞこれ。
「このような生き物が居るということは、そろそろお婆様の土地なのでは? と思ったのですが、どうなのでしょうか?」
『ええ、匂いがついているのを発見しました姫様』
そう答えたのはアリシアだ。
頭部に生える二本の触角で地面を叩きながら、周囲を見回している。
「匂い・・・?」
『地面に道しるべに使う匂いが付いています。 似ていますがもちろん私たちのではありません。 つまりは、お婆様のところの者の撒いた匂いです』
よくわからんかったので俺はアリアンナに詳しく聞いてみた。
すると蟻はいくつかの匂いを使い、他の蟻に信号を出すとのこと。
よく使われるのは餌までの道順を示す道しるべの匂い。わかりやすく俺は道しるべフェロモンと名付ける。
外を巡回する蟻が餌を見つけると、すぐさま持って帰るのではなく、道しるべフェロモンを地面につけながら巣へと帰るらしい。すると、道しるべフェロモンを分泌している蟻が帰ってくると、巣の他の蟻は、そいつが餌を見つけたことを知り、その道しるべフェロモンを辿り餌のところまで行くのだ。
もちろん一匹で持ち帰れる餌である場合はその限りではないが。
そして、だ。蟻の種類が変わればその匂いも変わるだろうが、同種であったとしても似はするが巣の違い環境の違いで匂いに変化が起こるという。
そして以前、蟻には餌を取る一定のテリトリーがあると聞いている。
つまるところ、ここに自分たちと似た道しるべフェロモンがあるということは、つまりは同種――お婆様の配下の者がここまでやってきて一匹では持ち帰ることのできない餌を取っていった。イコール、ここはその蟻共のテリトリー内である。というのが、この道しるべフェロモン一つで解るわけだ。
なんだか蟻に生まれ変わって蟻のことに詳しくなってきたような気がする。まあ知識が増えるのはいいことだと思ってるからいいが。使う当てがあるのだろうか?蟻だしいいか。
他にも、外敵が近づいた時に出すフェロモンや、一匹では狩れない獲物を見つけた時に出すフェロモンもあるとのこと。警戒フェロモンと――集合フェロモンとでも名付けようか。
俺たちの巣の蟻は、魔物となって念話での会話能力を得て意志疎通能力が向上しているが、それでもいくつかのフェロモンは使うらしい。
であるからして、件の蟻の魔物としての進化度合?までもは解らなかった。
「つまりは、既にお婆様のテリトリーに・・・。 気付いたのはここが初めてですか?」
『はい姫様。 ここまでには似た匂いはありませんでした。 多分この辺りがテリトリーの最も外側になると思います』
「そうですか・・・。 匂いの感じからどのくらい経ったかなどは解りますか?」
『解ります。 匂いの強さから――まだそう経っていません!』
「なんだと!?」
俺を含めて四匹に緊張が走る。
道しるべフェロモンがあるということは、そこに俺たち以外の蟻が居たということ。そして付近に餌がないということは、複数の蟻がここまで来て、そして餌を持ち帰ったということ。
それがまだそう時間が経っていない・・・。
ということは、まだ近くに複数匹の蟻がいるということだ。
「アリアンナお姉さま! 最後尾ということはその道しるべの匂いを今までつけてきたのですか!?」
「いえアンス、途中まではつけてきたけど、周囲の雰囲気が変わってからはつけていないわ。 もしかしたらすぐにお婆様のテリトリーに入ると思って」
頭いいなお前。
「では匂い以外で感づかれる可能性は!?」
「絶対、というわけではないわ。 私くらい眼の見えるやつがいればの話だけど」
ならば行けるか――。
「アリシアお姉さま! 匂いは辿れる!?」
『もちろんです姫様!』
「よし! ならばすぐに匂いを辿り匂いの主を見つける! そしてそれを尾行しお婆様の巣を突き止めるぞ!」
『おー!』と答えたのはアリシアだけだった。
なんだノリが悪いな。
アリアーデにいたっては『うふふ』となにやら面白そうに笑っているではないか。
何がおかしいのだ。馬鹿にしてるのか。
「どうしたんですかアリアーデお姉さま」
『いーえ。 あなたは本当にあたしたちの自慢の妹だわ。 おおせのままに女王様』
なんだ急にかしづきおってからに。気持ち悪い。
いつものねっとりとした喋り口調はどうしたのだ。
「その前にアンス、これも食べてしまいなさい。 お姉さま方も少しでも」
『そうね。 少し頂こうかしら』
『姫様もお食べになってください! はいあーんして!』
果たして、食事を終えた俺たちはアリシアの先導の元進行を再開したのであった。




