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生い茂る植物、遥か天まで昇る巨木。巣の中では感じられなかった植物の匂いと、暖かな日の光。
生まれてから(?)初めて感じる太陽の光は、湿度の高い巣の中で湿った俺の肌をほどよく温める。
草木を優しく撫ぜる心地の良い風は、静かに音を立て、聞いているだけで冷涼な気持ちにさせてくれる。
ようやく外に出れた俺は、そんな風景を見てこう叫んだ。
「な、なんだこれは──!!」
『ど、どうされました姫様!?』
震える俺を見て、近くに居る俺と同サイズくらいの蟻が心配そうに念話で声をかけた。
彼女?の名前はアリシア。俺を含めた斥候部隊四匹のうちの一匹であり、アリアンナよりも以前に生まれた俺のお姉さまである。
斥候部隊四匹の内訳は、アリアンナと俺様、そしてアリシアとアリアーデである。
何度も思ったことだが、こいつらの名前は――いや面倒だ。止そう。
しかしレパートリーが限られているというのに、もしかして本当に家族全員そんな名前なのだろうか?少し気にはなってくる。またの機会に全員の名前を聞いてみたいものだ。
まあそれはさておき。
アリシアとアリアーデの大きさは俺と同じくらいである。アリアンナの三分の二程度だろうか。
アリアンナがでかいのは俺が以前魔力を与えた結果であるためであり、魔力を与えていないこいつら二匹は俺と同サイズということだ。
もちろん声を出すことはできない。
特徴、というと、アリシアは少し小柄で他の個体よりもボディの黒さが薄い――ような気がする。アリアーデは全体的に丸みを帯びたボディのような気がして、なおかつ背中に白い縞模様が薄く入っている。
うむ。これ以上の違いは解らん。
だがどうにか区別はできる。俺ももう蟻が板についてきたようだ。
で、だ。
「どうしたもこうしたも――」
何故俺が憤慨しているのか、それを説明せねばならん。
しかしどこから説明すればいいのだろうか。
とりあえず。遡ること数時間前、俺たちはお婆様の巣の周辺の状況を調べるため、斥候部隊を編制し外に出ることにしたのだ。
巣の蟻共は例外無く、全員ある程度現状を理解していた。
プラス、女王に従順な働き蟻ということもあり、特別反対意見は無く、斥候部隊の編制は滞りなく進んだ。
それが先ほどの四匹。
アリアンナは元々予定ではなかったのだが、お母様の提案で俺の警護のため着いてくることとなった。
確かに、アリアンナの能力というのは巣の中で群を抜いている。知恵があるため頭の回転も速く、俺と世代もほとんど変わらないのにいつの間にか女王の側近みたいな立ち位置にもなっている。
戦闘能力も高いはずだ。まだ魔力の操作などはできはしないが、俺の与えた魔力は身体を強化し、治癒能力も底上げされているはず。
もしもの事態には柔軟な対応が見込めるだろう。
そしてもし件の兵士とかいう兵隊蟻を目にすることができれば、いい比較対象になるはずだ。
そして俺の良い運搬役にも――と思っていたが、俺はまた一つ虫の能力の高さというのを垣間見た。
俺を巣の外まで運んだのはアリアーデであった。
彼女の大きさというのは、俺とほぼ同じ。人間などで置き換えれば、同じ体格の人間を背負って足場の不安定な洞窟を縦に登るようなもの。
しかしアリアーデは一切疲労の色を見せず――というか逆に喜んで俺を運んでいったのだ。
『こうして姫ちゃんを抱きかかえることができるなんて、斥候部隊になってよかったわあ』
とか、
『姫ちゃんは覚えてるう? あたしも何度かご飯を持って行ってあげたのよお?』
などと喋る暇も――念話ではあるが――あるようだった。
しかしアリアーデのねっとりとした喋り方はあまり気に入らんかった。念話でも喋る癖などが出るのであろうか?
――果たして、俺は初めての外に出ることとなる。
俺がどれだけこの時を待ち望んでいたかなど、蟻共には解るまい。
わけのわからん蟻の魔物に生まれ変わって幾日。情報の入手のためにもいち早く外に出なければと思っていた。
既に解体されている肉団子では推測できなかったが、生きている状態での周辺の生息している生物を見たり、群生する植物を見ることができれば俺の今居るだいたいの地域が解る。
そして、大陸には四つの季節がある。気候や気温が解れば四季から俺がベリスに殺されてから蟻として生まれ変わるまでの時間が解るかもしれない。
だからこそ、俺は外に出たかったのだ。
しかし外に出て、アリアーデに一度地面に降ろしてもらうと、俺は外に出たことを悔やんだ。
知らなければよかったのだ・・・。
こんな現実を突きつけられるのならば。
外になど出ず、一生を蟻の女王として生きる方がまだマシだとも思えた。
それこそが俺が叫んだ理由だ。
なんだこれは、と――。
俺は何を見たのか?そして何を知ったのか?
見たのは木々が生える森林のような風景だ。
知っている植物も見かけた。治癒力を上げる質の良い薬草の一種、『リカブ草』
これは大陸の南側の温暖な地域で自生する植物だ。ほかにも名前は知らんが同じく南側に多く存在する広葉樹の一種も見える。
俺が昔居たのは大陸の中央付近、つまりはだいぶ南に離れた場所に今居ることになる。
そして気候から察するに、おおよそ温暖期。俺の思っている地域であるならば、雨期という可能性もあるが、それでも温暖期の次。俺がベリスにやられた時期は、確か温暖期に入った頃だった。
簡単に推測して、殺されてまだあまり日は過ぎていないか、多く見積もっても三ヶ月少々といったところか。
それで俺の知りたい情報はほとんどが手に入ったと言える。
だが、知らない方が良かったことまで知ってしまった。
いや、少し考えれば、気づくことは無いにしろそれは疑惑として浮上していたやもしれん。
しかしそれが無かったのは、一つの先入観によるものだったのだろう。
そして蟻共と同じ、客観的に自分たちを認識できないという理由。
――俺は蟻に生まれ変わった時、『自分の大きさをまだ生前?と同じ』だと誤解していた。
だから自分の目に映る巨大な蟻を、6メートルを超えるだとか30メートル以上の――と、認識してしまっていた。
俺が何が言いたいことが解るだろうか?
言うなれば、自分の大きさを2メートルだと思っている奴が、自身の大きさの三倍の生物を見た時に、『こいつは6メートルを超える大きさだ』と思う。ということだ。例え実際の自分の大きさが、数十センチだとしても――。
では、そろそろ答えを言おうか。
先ほど見つけた『リカブ草』こいつは20センチほどの背丈をしている。
以前の俺だとしたら、気付かずに踏みつぶしてしまうほど小さい。
しかし、俺の目の前にあるリカブ草はな――俺の目の高さにあるんだよ・・・。
これがどういうことか解るだろうか?
20センチくらいの背丈の植物が、丁度自分の目の高さ。
そうだ。そういうことだ。
ほんとうにどうしたもこうしたも――。
「――ないだろうこれは」
『姫様、もしやどこか具合が悪いので?』
「ああ悪い」
『そ、それは大事にございます。 すぐに戻りましょう!』
「ええい構わん。 このままいくぞ」
『は、はい。 かしこまりました・・・』
アリシアの心配をよそに、俺は進軍命令を出した。
蟻共には解らんとも。俺のこの言いようのない感情は。
何がドラゴンにも勝るだ。何が最強種だ。
何が30メートルを有に超えるだ。
所詮は蟻。魔物になったところでたかが知れてるのだ。
しかし、同じ蟻の目線になったことで、それさえも気づかなかった自分に腹が立つ。
クソ、クソ!
これも皆あの忌々しいベリスが原因だ。
さっきは少し消沈したが、この怒りまでもは消えはしないようだ。
感謝しようじゃないか。ベリスのお蔭で立ち直ることができたと。
礼は必ずさせてもらう・・・。




