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すると――なにか?
解る範囲で二人(?)の会話をまとめるとすると。
現在この巣はこれ以上広げられない状況にある。
さらに食糧事情があまり芳しくない。
その二つの理由からこれ以上家族を増やすことができずにいる。
だが打開策として、お母様はここから離れた場所に巣を移そうと考えていた。
その次の巣の予定地は、お母様の産まれた場所らしいが、アリアンナはそれにあまり賛成的ではない――。
という感じだろうか?
ふむ――。
巣を覆う硬い岩盤というのは、俺が実験したように顎に魔力を纏わせればどうにかはなるはずだ。
しかし、それができる者は限りなく少ないだろう。
俺の影響で巣の全員がある程度の魔力を持つようになっては来ているようだが、それも微々たる量だと考えられるし、魔力操作も上手くできるとは限らない。
できそうなのはアリアンナぐらい。しかし一匹出来たからと言ってどうにかなるという問題ではない。
そして第一に、この場で巣を広げられたとしても、一番の問題の食糧事情を何とかせねば、ということだ。
そうすると、巣の移動は確定、となる。
お母様の産まれた場所と言えば、蟻が魔物となるほど魔力濃度の濃い土地。
上質な餌となる生物が十分存在していると考えられる。
そこで程よい感じの巣を築くことができるのであれば、この蟻共は安泰なはず。
しかしアリアンナの反応がひっかかる――。
あの口ぶりは巣の移動もあまり賛成ではない上に、その場所自体にも反対しているかのようだ。
確かに、そのお母様が産まれた場所までの距離などは解らないが、巣の移動となるとかなりの労力を要するだろう。
まず巣に適した場所を探し、次に巣の建築に移る。そして巣の建築がある程度進めば、現在巣の中にいる蟻共の移動が始まる。
巣の中には自分では動くことがほとんどできない俺と同じくらいの幼虫や蛹が沢山いる。俺なら魔力を使いある程度なら動くことができるが、他の奴らは成虫の運搬無しではどうにもできないだろう。
そうなると、移動中になんらかの問題――外敵に襲われるなど――が発生した場合、幼虫共の命に関わりかねない。
それをアリアンナは危惧しているのだろうか。
しかし、だ。一匹一匹が大切な駒とは言ったが、巣の移動を無事完了すれば、餌の豊富な土地で更に増えることができるはずだ。
多少のリスクがあるとは言え、価値のある判断だと思うのだが――。
それ以上に、何かその場所に問題があるのだろうか?
「よろしいですかアリアンナお姉さま? 私はお母様の案には賛成です。 以前聞いた通りならその場所は魔力に溢れた肥沃な土地。 食べる物も豊富で、巣の移動には適した場所だと思います。 しかしお姉さまの口ぶりからは、それに対し賛成しかねるという印象を受けました。 それはいったい何故――?」
俺はその気になったことをアリアンナに投げかけた。
「確かに、巣の移動は今後避けては通れないことだと思うわ。 だけれどアンス、考えてもみて? お母様が産まれた場所ということは、どういうこと?」
どういうこと、だと?
それはやはり肥沃な土地だから餌が豊富とか、俺が言ったこととは別に何かがあるということなのか?
うむ――解らん。
「えっと、アンスには解りかねます」
「お母様のお母様、つまり、私たちのお婆様が居るということよ」
「――ああ、そうなりますね」
と、俺は頷いた。と自分では思う。
まあ幼虫だからこの行為が首を縦に振っていると思ってくれればいいのだが。
そして俺はすぐに、
「ですが――」
と疑問を続けた。
その考えは解る。
お母様の産まれた場所ということならば、生きているとすればお婆様が居ても不思議ではない。
いや不思議ではないというよりももう確定的なものだ。
我々が何故巣を移動させようとしているかと言えば、簡単に言って巣の立地が悪いから。
もし巣が拡大しやすい場所で、なおかつ餌に恵まれた土地であるならばそんな考えに至らない。
お婆様が居る場所というのはまさにそれだ。
魔力の溢れた肥沃な大地を離れるわけがない。
しかし、
「それが何か問題でもあるのですか?」
「問題だらけよアンス・・・。 私たち種族には一定の領土というものがあるの。 食糧を調達するための限界範囲みたいなものだけれど、その中には同じ巣の家族しか入ることは許されない。 もし仮に同族が入ってきたとして、家族でないならばそれは敵とみなされる。 お婆様が居ると言うことは――」
あとは解るわね?というように、アリアンナは俺を一瞥した。
なるほど、そういうことか。
アリアンナが危惧しているという問題は、お婆様のテリトリーに足を踏み入れてしまうということだ。
お母様もそれ以上口を紡ぐということは、同じくそれを考えている。
他にも新しい巣を造れそうな場所は?お婆様との和解は?などという無粋な質問はやめにした。
現状で最悪、最善とかではなく、結果的にそれしか道が無いのだ。
今から知らない土地を探索し、巣を造れそうな場所を探す時間も無い。そして多少知恵を得たところでそれはまだ本能に勝るほどでもない。
つまりは、生き残るためには蟻共は巣を後にし、お婆様のテリトリーに入り――。
「――戦わなければならない」
「そうなるでしょうね」
今度はお母様が答える。
そこで俺はなんともいやらしい質問をした。
答えは解っていることではあったが、蟻共にどれだけの分析能力などがあるか知りたかったためである。
何故その答えになったのか、という要因も聞きたい。
それに加えて、万が一答えが違った場合、他の解決策の早々の立案も必要になる。
「勝てる見込みはあるのですか?」
「いえ、無いわ。 ゼロといっても良いくらい」
――だろうな。
お母様が逃げ惑ってせっせと巣作りや子育てをしている間、相手はずっと餌に困らない土地に居たわけだ。しかも魔力に満ちた土地で。
となれば数は雲泥の差。しかも蟻となれば増え方は尋常じゃないはずだ。
十倍?いや数十倍と見積もってもいい。
しかしおよそゼロという表現をしてくれてホッとした。
これがもし『やってみないと解らない』だとか、『勝てないわけではない』だとか、うやむやに勝てる確率があるというようなことを言われていたら――。
まあそれは無かったわけだし、考えるのは止そう。
さて、そうすると聞かなければならないことがある。
「お母様、理由をお聞かせください」
俺がそう質問すると、お母様は蟻という生物の生態を踏まえ詳しく説明してくれた。
自分たちを蟻とは自覚していないため、自分たちの暮らしを子供に説明するような感じであったので、ある程度俺の言葉で置き換える。
簡単に勝てない理由はというと『兵力差』とお母様は言った。家族の数の差だ。
蟻同士の戦いというものがどういうものかはよく知らんが、それはどんな生物の戦闘においても最重要視されるものだろう。
しかし、蟻共には数の概念が無い。なのに、相手の方が数が多いと理解しているようだった。それもかなり、と。
何故それが理解できるのかと聞くと、
『お母様のところには私が産まれた時、既に兵士がいたの』
とお母様は答えた。
その兵士という言葉自体は無論知っているが、蟻の兵士のことなどはもちろん解らない。
そこで兵士について俺が聞くと、お母様は説明をしてくれた。
まず、虫は幼虫の間に食べた食事により体格などが大きく変わってくることは俺は知っていた。
そしてそれは蟻にも例外ではなく。幼虫の間に質の良い食事をとったものは、女王になることができる。
逆に最低限の餌だと、普通の蟻に成長する。
そこでお母様の話によると、その中間に位置するものが存在するらしい。
それが『兵士』、兵士は平均よりも体格が大きくて顎がするどく巨大だというのだ。
そのため普通の蟻では仕留められない大きな敵を倒すことができたり、巨大な餌の運搬、そして外敵からの警護など、まさしく兵士と言った役割を担っているらしい。
働き蟻という言葉は知っていたが、それにも多様な種類が居るとは俺にも初耳であった。
しかし、それがどうして数の多さに通じるのか、となる。
ここでまたお母様の説明をまとめるが、わかりやすいように平均的な蟻を『働き蟻』、兵士を『兵隊蟻』と区別し呼称することにする。
初めに、女王は簡単な巣を造るとまず働き蟻を量産する。しかしこれは故意ではなく、必然的なものである。
それは女王一人では幼虫共が兵隊蟻になるほどの餌を供給できないからだ。
そして働き蟻が増えてくると、巣の増築と並行してまた働き蟻を増やし続ける。
巣がある程度大きくなり、働き蟻の数も十分になり、そして餌の供給が安定してくるとそこでようやく兵隊蟻が産まれるのだ。
もし巣が小さい、働き蟻の数が少ない、餌の供給にばらつきがあるなど、少しでも問題があれば兵隊蟻は産まれることはない。
つまり、お婆様の巣というのは、お母様が産まれた時すでに『巨大な巣を持ち、働き蟻の数も相当で、なおかつ餌も豊富』だった、ということ。
確かに、巣にはそんな兵隊蟻なんてやつはいない。
ということは、この巣は随分昔のお婆様の巣よりも劣るということか。
『ゼロと言っても――』
いや、本当にゼロだろう。




