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喰っては寝て喰っては寝ての繰り返しである俺は自分でも解るほど著しく成長をしている。
げんにあれほど大きく感じられたお母様との体格差は縮まってきた。となるとアリアンナとの体格差もだ。
しかし、一向に同じサイズになることがない。
いつまでたってもお母様方の三分の二くらいの大きさなのだ。
俺が大きくなっているのは事実。だが追い付けない。
そこで俺は思ったのだ。
――こいつらも大きくなっているんじゃ・・・?
と。
すると、だ。
「そうねえ。 それは私も思っていたのよ。 大人になった私が大きくなるはずなんてないのに、どうしたのでしょう?」
「お母様、私もそれは気になっていたのです。 しかも私たちだけではなく、他の姉妹たちもなのです」
お母様方は口ぐちにそれを肯定した。
俺の疑問は当たっていたらしい。
しかもこいつら二人(?)だけではなく、他の蟻共もだそうだ。
俺は既に他の蟻共の体躯を抜き、あまり気に止めていなかったため気づかなかったようだ。
しかし、これは良いことを聞いた。
幼虫共だけの成長の変化を聞いたときは多少心配をした。
せっかく全てが俺の兵隊となるのに幼虫共だけがデカくなり強くなって、成虫共がそのままではなんとももったいない。
何匹居るかも自分たちでさえ解ってない蟻共を、地道に一匹ずつ魔力を与えて強化させていくのも骨が折れる。
しかし、俺の膨大な魔力はしっかりとこいつらを強化しているようだ。
で、なのだが、そのため不安要素が一つ。
俺もまだもう少し大きくなるはずだ。そして俺以外の蟻共も。
そしてお母様の次の産卵は当分まだだろうが、俺や俺と同時期の幼虫共が成虫になった頃合いに始まるだろう。
すると次の世代の幼虫共は、俺たちの時より強化されたお母様が産むことになる。
となれば次の世代の幼虫は生まれた時から既に大きいということも考えられるし、成長すればなおさらだ。
蟻共の建築能力というのは眼を見張るものがあるが、それでもいざその時になってというと時間がかかる。
つまるところ俺の不安要素というのは――。
「お母様、申し上げたいことがあります。 お姉さまがたなどの変化を聞き思ったのですが、現在のこの巣ではいささか窮屈に思います。 これから先私たち家族が更に繁栄するのは確実、次に産まれてくる妹たちのため、そして家族のためこの辺りで事前に巣を一度に広げておくというのはどうでしょうか?」
ということだ。
その問いにしばしの沈黙の後お母様は答える。
「――やはりアンスは私の可愛い娘ね。 家族への愛情も、考えてることも私と一緒。 丁度良いわ、少し話を聞いてちょうだい」
愛情とかは知らん。ただ俺の大切な駒を大量に保管するための倉庫を広げておきたいと思っただけだ。
そして貴様らが反論しづらいように貴様ら好みの言葉で取り繕ったのみ。
しかしお母様も同じ考えだったか。この最強の魔王と同じ結果に至るとはもう既に下等種族ではないようだな。
賞賛に値いするぞ。ハッハッハ。
だが話とはいったい?
お母様はやけに真剣な声色で話をし始めた。
「まずどういうわけか私たち家族は徐々に魔力を帯び始めております」
それは俺の魔力の影響だ。
「おおよそそれにより大人になった私たちにも体に変化が起き始め、子供たちの成長の速度や質も変わってきました。 これはとても素晴らしいことです。 アンスの言うとおり、これから私たち家族はもっと繁栄していくはずです。 しかしそれにはいくつか乗り越えねばならない問題があるのです。 一つは巣のこと。 この巣は私が前の巣より出てすぐに作り始めたものなのですが、どうやらとても硬い岩盤の上に造ってしまったようで、これ以上広げることが困難なのです。 そしてもう一つは食糧の問題。 前の巣から必死で逃げてきた私は、食糧もほとんど無い遠くの地で巣を作るしかありませんでした。 今現在、アンスを含めた赤ちゃんたちに与えるのがやっとなのです。 私たち大人は、あなたたちの笑顔があるから空腹をほとんど感じませんが――」
うむ。それも俺の魔力の影響だと思うぞ。
「――赤ちゃんたちの健やかな成長のためには食事はかかせません。 ですので今は自分たちの食べる分を割いて赤ちゃんを育てているような状況。 ですが、このままでは次の赤ちゃんを産むのはとても難しいのです・・・」
なんだと?
では――。
「あの何度も運んでいた御飯は!?」
「もちろんアンスには他の子よりも多くの食事を回しましたよ」
「そういうことではない! お前たちはどうしたのだ!?」
「アンス! お母様になんて言葉遣いを!」
「いいのですアリアンナ。 アンスはあなたに似てとても優しい子なの。 私たちを、そして他の姉妹の心配をしてこんなにも感情を露わにしているのよ。 でもアンス、あなたは次の女王として家族を守っていかなければならないの、今は自分のことだけを考えてほしいわ。 そして私たちは心配いらないわ、私たちはあなたたちの笑顔を見るだけでお腹がいっぱいになるの」
「そんな、なんて――」
――なんて阿呆なんだこいつらは。
俺は飯などほとんど喰わんでも生きていけるというのに。
本当に悪い予感というのは当たるものだ。下らぬ自己犠牲の精神とやらにだけはくたばってほしくはなかったのに。
何故勝手なことをするのだ。
貴様らは俺の駒だぞ。駒が勝手に動いて減っていてはどうするのだ。
俺に回す分があるなら他の幼虫共に回せ。即戦力になってくれるはずだと思っていたのに。
しかしお母様の話では、このままでは繁栄どころか破滅ではないか。
話に続きがあるなら早く喋ってくれ。
「ごめんねアンス」
「いえお母様、私も感情的になり申し訳ありませんでした。 しかしお母様の話では、今は繁栄というより進退窮まる状況にあるという印象を受けましたが」
「そうなのです。 このままでは家族は繁栄とは真逆の方向へ進むでしょう。 しかし、手はあります」
「お母様、まさか――」
アリアンナが信じられない、というような表情をした。ような気がした。
声は明らかに緊張を持っていたが、表情の変化はまだ俺には解らん。
もう少しすれば俺も幼虫の笑顔とかが解るようになるのだろうか。
「ええアリアンナ、私たち家族は、今の巣を放棄し、新しい巣に移ろうとおもっていたのです」
「しかしお母様! お考えは解りますが、そうなるとどこへ!?」
「それは私が産まれた場所です」
「やはり。 ですがあそこには――」
「解っております。 しかし、私たち家族の更なる繁栄には、必要なのです」
「ですが・・・」
おいおい。もう少し俺に解るように話してくれ。




