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では例によって俺は魔力を練り始める。
とりあえずは少量で良い。
以前は手のひらに集めていたが、今回は顎の先に集めることにする。
――よし、ほのかに魔力が集まってきた。
ここでこれにイメージを投射する。燃えるような熱のイメージだ。
――魔法には大きくわけて二つの種類がある。
詠唱魔法と無詠唱魔法だ。
詠唱魔法はその名の通り呪文を詠唱し発動させる魔法。呪文というのは基本的に契約する神や精霊を降ろすためのもので、魔力はそいつらに対価として支払う。無詠唱魔法よりも手順を踏まえるため難しいが、威力や規模と言った面では優れていたりもする。対価の魔力も契約する神や精霊によりピンキリだが、極少量の魔力でも一定の効果が得られるためコストパフォーマンスにも優れている。
そして無詠唱魔法だが、こちらは呪文を必要とはしない。それは神や精霊の力を借りるのではなく、自分で自分の魔力を他のエネルギーに変換させてるだけだからだ。
メリットは沢山ある。まず使い勝手がいい。熱・風・衝撃など変換のコツさえ掴めばエネルギーならばどんなものにでも変換することができる。そして面倒な精霊との契約や呪文の詠唱さえも必要としない。魔力さえ持ち合わせているなら無詠唱魔法は誰にでも使うことができるのだ。
しかし、デメリットももちろんある。それは、魔力の変換比率は1対1であるということ。
簡単に言えば、1の魔力で放つ無詠唱呪文は1の威力しかないということだ。
少ない魔力では威力が弱く、多い魔力では燃費が悪い。これが無詠唱魔法の最大のデメリット。
ただ、これは一般的な考えだ。
これが俺様であったら、それはデメリットではない。
1の魔力量では1の威力。では100の魔力量では?1000の魔力量では?
魔力を練り込めば練り込むほど威力を無尽蔵に底上げする。それが無詠唱呪文。
他のやつが同じことをすれば魔力が枯渇し即行動不能に陥るだろうが、俺にはそんなことはない。
他のやつが一発撃てば魔力を使い果たすほどの一撃を、俺様は一度に何十発も撃つことができるのだ!
──であるからして、以前より俺は無詠唱呪文を主体に使ってきた。
そして今回ももちろん無詠唱呪文。
魔力を熱のエネルギーに変換させ、火炎弾として撃ち出そうということだ。
「火炎弾」
俺は顎をクイと動かし、魔力によって生成された火炎弾を前方へと撃ち出した。
激しく燃え盛る火炎の球体は、仄暗い部屋の中を明るく照らしながら高速で前進し、先ほど空いた穴の中へと吸い込まれた。
直後爆音が響く。穴に入った火炎弾は炸裂して、更に穴を広げ火の粉を飛び散らした。
高温の火炎は岩盤でさえ溶かすほどで、空いた穴の中では石などが煙を出しながら真っ赤に溶けていた。
そして俺はその光景を見て――、
――やはり。
と確信した。
その時である。ガサガサと音を立ててアリアンナがやってきたのは。
「アンス! 今の音は何!? て、これは――アンスこれはあなたの仕業ですか!?」
もう俺は驚きもしなかった。どうせアリアンナが来るとは思っていた。
洞窟中に響いたであろう爆音と振動。過保護なこいつが飛んでこないわけはない。
だからこの実験は最後にしたのだ。一番最初にやったのでは身体強化などの実験はできなかっただろうから。
「もうお母様に報告します! アンス、着いてきなさい!」
着いてきなさい。とは言うものの、アリアンナはいつものように俺を顎でがっちり捕まえお母様の元へと運び始めた。
まあこの展開は慣れたものだ。
そのため俺は運ばれながら、先ほどの確信についてゆっくりと思案することにした。
やはり、と俺が思ったのは、俺自身の魔力量の変化である。
先ほどの魔法――火炎弾の一撃。岩さえも融解させるほどの威力を持っていた。使用した魔力は極少量、一般的な熱変換の無詠唱呪文の中ではかなりの高威力の部類に入るはずだ。
しかし、それは俺以外の生物の場合の話である。
火炎弾を撃って俺が思ったのは、『弱い』ということだ。いや、『弱すぎる』と言っても過言ではない。
順を追って説明するが、自分の魔力量の正確な値などは誰も知らない。
俺自身、どんな魔物・魔人・精霊共よりも魔力量は多いと自負しているが、『どれくらい多い』かまでは解らないのだ。
どんな生物でもそうだとは思うが、自分の能力を数値化することなど不可能。
そのため魔力を使用する際は極少量だとか、だいたい二割くらい三割くらいという表現をする。
小一時間ほど走るためには体力を300使う。自分の体力の最大値は600だから走った後にもう一度だけ同じように走れるはず。などという生物はおらんだろう。
小一時間走ると疲労感を感じたが、もう一度同じことは出来そうだ。という具合に、自分の魔力というのは『だいたい』しかわからない。
そのため呪文も、『これくらい』の魔力を使った場合、『これくらい』の疲労感を感じる。という風に考える。
さて、俺はさきほど、ごく少量の魔力だけを使用した。
以前の魔王時代と同じ感覚で、だ。
しかし、威力はかなり小規模になっていた。
ここから考えられることは、『俺の魔力量が減った』ということだ。
魔力の使用は感覚でしかない。
もし現在の魔力量が魔王時代と同じなのだとしたら、同じ感覚で放った火炎弾の威力は魔王時代の時と大差ないはずだ。
しかし火炎弾の威力は眼に見えて弱くなっている。威力、規模で言うなら三分の一から四分の一程度だ。
例として魔王時代の魔力量を100とし、火炎弾を撃つための感覚的な使用魔力量を10と考える。これは威力とイコールになる。それが今回は四分の一程度の威力。となると今の魔力量を逆算すれば、25ほど。
確実に俺の魔力量は減っている。
生まれ変わったため、蟻の魔物になったため、しかも今は幼虫のため、原因はいくらでも考えられるが、今はどうにもできん。
だが、魔力量が減ったという事実が確認できたということは一つの成果だ。
これからそれについて対策を考えることができる。
おかしいとは思ったのだ。
あの程度の回復魔法二発撃ったことで、なんで俺の魔力が枯渇するのか。
──いや、頭の中では魔力量は魔王時代のまま。現在の魔力量ではなく魔王時代で考えて一割くらいの魔力を使って回復魔法ぶっ放せばどうにかなるだろうと二発も撃てば、そりゃあ枯渇するか。
ちなみに回復魔法も無詠唱魔法だ。魔力で自然治癒能力を格段に上げるだけの代物。別段珍しいものではない。
「アンス! 聞いているのですか!?」
――ん?
どうやら俺は考え込んでいたようで、いつの間にかお母様の前へと連れて来られていたことに今気づいた。
そして色々お母様やアリアンナが説教していたようだが、それも聞き流していたらしい。
すまんすまん。
「え? ああ、はい。 申し訳ありません」
「以前にも私はあなたに注意したはずです。 魔力の使用はまだ避けるべきだと」
「そうですお母様の言うとおりです。 アンスはもう少し自覚を――」
ええいうるさい。
こっちはいかにお前等を上手く使い魔王に返り咲くか毎日考えてるというのに。
しかも魔力が減ったという大事件も起きているのに・・・。
――あ。
こいつらが喜びそうなことをすれば機嫌が取れるだろうか?
どれ、せっかくだから見せてやろうではないか。
実験の成果というものを。
「お母様方! 実はアンスは偉大なるお母様を目標に日夜魔力の使用の特訓をしているのです! 見てください!」
そして俺は顎に魔力を集め強化し、自分の下の岩を軽く斬り裂いて見せた。
「まあ! なんてお転婆なのかしら! そういうのは他のお姉さまの仕事なのよ? アンスはしなくてもいいの」
なんだと。
この素晴らしい魔力操作をお転婆の一言で終わらせるだと?
お前たちは建築しか頭に無いのか。これで他の生物の首を刈り取るというような考えはないのか。
ならば――。
顎に集中させた魔力を熱に変換。
そのまま近くの岩目がけて射出する。
威力を考え少し控えめに放った火炎弾ではあるが、岩を融解させるには十分すぎるほどであった。
どうだ!
これならば他の生物を一瞬にして消し炭に、いや消滅させることも容易いぞ!
「なんて危ないことをするの! もし熱であなたになにかあればどうするのアンス!」
ひえー。
何をやっても怒られるではないか。




