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その日、絶対的な力を持つ一人の魔人が死んだ。
彼の者の名前は魔王アングルクス=ドラド。大陸の覇権を争う四人の魔王の中でも、一際異彩を放つ豪の者であり、生まれついての強力にして強大な魔力で、一代にして魔王の座に君臨した最強の魔王であった。
膨大な魔力量は他の三人の魔王たちよりも頭二つは抜きんでて、従う者には隷属を逆らう者には死をという暴力の化身。
彼を討つためだけに他三軍の魔王たちの合同軍が結成されたという逸話さえも残る。
そんな彼についた二つ名は、暴君・絶対者・魔帝とやはりその力の畏怖を象徴するものであった。
ただその悪逆非道振りは、やはり異質であり、使えぬと判断されれば配下でさえも躊躇無く殺された。敵対するものであれば降伏などというものは受け入れず、まさに皆殺しにされたのだった。
信頼するのは己が力、力こそが全て、力さえあれば何もかもが手に入れられると考えていた彼であったが、力だけでは手に入れられぬ物があったことを死の間際に気づくことになる。
彼の死は実に呆気ないものであった。
彼の最も近くで居て、彼の力を最も知る彼の側近衆の一人、魔神官ベリス。彼は自らの玉座で、彼の唯一と言っていいほど信頼する者の刃によって、その生涯を終えた。
死の際、彼に芽生えた感情は、裏切られたことに対する怒りよりも、
――何故?
という困惑であった。
彼の絶対的な力に心酔し、集まった強力な配下達。その中でも一際強く、その中でも一際忠誠を見せていた側近衆。
そしてその側近衆の纏め役でもあった魔神官ベリス。
その力はもちろん、技術、戦術眼、忠義全てを彼は信頼していた。
どんなに傍若無人に振る舞おうとも、ベリスだけは自分についてくる。
そう思っていた。
そしてベリスも、そう思っていたのだろう。
どんなことがあっても彼の覇道に着いていくと。
しかしながら、平気で味方を殺すその傲慢さは、いつしか不信へと変わっていたのだろう。
彼自身が一目置くベリスだったとしても、そんなべリスの思惑までは伝わらなかったのだ。
他の配下の魔物同様、次殺されるのは自分ではないか?という恐怖に、さいなまれていたのだ。
刃を突き立て、崩れる自分を見て、ベリスが吐いた言葉が蘇る。
「貴方は殺し過ぎたのです。 敵も、味方も。 私はそれが恐ろしかった。 次は自分ではないかと」
――そんな、お前だけは。
信じていたのに?殺すつもりはなかった?
ベリスがその全容を知ることはなかった。
震える手でダガーを握りしめたベリスは、ギュッと目を閉じた。
それが何を意味するか、彼は知ることも無くその生涯を終えた。
魔王アングルクス=ドラドの死は大陸全土を震撼させるだろう。
そして魔王の一人が潰えた今、停滞していた覇権争いは熾烈さを取り戻し、更なる群雄割拠の時代へと移り変わることとなるだろう。
その日、絶対的な力を持つ一人の魔人が死んだ。
彼の者の名前は魔王アングルクス=ドラド。生まれついての強力にして強大な魔力で、一代にして魔王の座に君臨した最強の魔王であった。