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moon、知ってる?

何でもある街殺人事件

作者: 川里隼生
掲載日:2017/03/11

2017年7月22日で『小説家になろう』デビュー3周年です。これからもよろしくお願いします。

ユナイテッドテレビオリジナルドラマ




 通報者のザーラ・ツィルヒァーがミジョン通りを歩いていたのは今から約2時間前のことだ。9月に引っ越してから初めてのショッピングを楽しんだ帰りだった。彼女は通りに面する中東料理専門レストランの自動ドアが開くと同時に店内から男が倒れるのを目撃し、すぐさま911番をプッシュしたという顛末だ。


 ここはニュージャージー州ハスレット。かつてアメリカ最大の都市であったニューヨークを人口で2070年に、GDPで2076年に追い抜いた。今や世界最大の都市と言えば文句無しにここ、ハスレットである。アメリカ式の家に住み、イギリス企業から給料を貰い、中国人のシェフを雇い、日本人の妻と結婚するという冗談のような夢の生活をここで成し遂げた男もいる。この街には、まさに地球の全てがあるのだ。


 2人の警察官がやって来た。被害者の名はママドゥ・ジェットマン。2069年生まれ、満20歳、南アフリカ人とアメリカ人のハーフ、身長174cm、体重81kg、髪の色は茶、肌の色は黒、目の色は青、カトリック信者、共和党員、エイリーン大学卒業、大学時代はホッケー部で4年間補欠、クラスメイトにプロポーズするも手酷く振られた過去あり……ハスレット式に言えば、特筆することのない人間である。


 容疑者は店内にいた人物。マーティン・オグデン、アマヤ・トシヒサ両刑事の指示によって店は閉められ、ザーラを含め総勢8名が事情聴取を受ける。

「あなた、名前は?」

 マーティン刑事が長身で金髪の男に尋ねる。この男は店のシェフだ。

「アドリアン・オーステルベーク」

 アドリアンはぶっきらぼうに答えた。

「言っておくが、皿の上に毒を盛るなんて料理人の名を汚すような真似はしていないからな」


「私はリヒャルダ・ゼンパーです」

 ウェイトレスのリヒャルダは褐色の肌をしているが、両親ともアメリカ人で、趣味のスイミングで受けた日差しによるものだという。

「私だってサービス業に勤める者として、お客様には常に最高のご満足を提供しようと努力しています。命を奪うだなんて、とんでもありません!」

「なるほど。2人とも仕事に誇りを持っている、と」

 アマヤ刑事は警察手帳から目を離さない。逆にマーティン刑事は狼のような目でリヒャルダを見つめる。


 それから客への尋問に移った。最初はドアから最も遠い席でサラダを食べていた白髪の老婆。

「ジェセニア・セリア・ハロン・イ・アミエバよ」

「ミドルネームまで言わなくったっていいじゃないか」

 アドリアンが不快そうに言う。容疑者の1人が便乗して抗議する。

「そうよ。それだったら私の名前はモデスタ・イザベラ・カウエンよ」

「最長の氏名は俺だろうな。何たって俺の名前はアドリアン……」

「結構です」

 マーティン刑事が不毛な争いに終止符を打った。


 モデスタ・カウエンの婚約者であるアラン・カウエンが頭を下げた。2人とも20代だ。被害者の隣でフムスという料理を食べていた。

「すみません。彼女はどうも場の空気を読むということが苦手でして」

「何よ、私が悪いって言うの!?」

「その通りだ。無駄に時間を取らせやがって」

 アドリアンが太い両腕を組んで言い放った。

「あんたも乗ってきたじゃない」

 リヒャルダやアランがフォローしようとするも、アドリアンとモデスタは冷戦状態に突入してしまった。


 事情聴取は続く。事件発生の瞬間、出口の側のカウンターでメニューを眺めていたという赤毛の女だ。

「レベッカ・パンツです」

 その自己紹介をしたとき、アマヤ刑事の両目が確かにレベッカへ向いた。アマヤ刑事の母国である日本では、『パンツ』は『下着』を意味する。日本においては非常に珍妙な名前なのだ。しかし、このハスレットは全ての文化を笑わない。アマヤ刑事も今は1人のハスレット市民なのだ。


 7人の容疑者たちの注目はザーラへと向けられた。

「あ……、通報したザーラ・ツィルヒァーです。偶然通りかかっただけです」

 ふむ、とマーティン刑事がうなずいた。

「で、最後にあなた、名前を」

 マーティン刑事が指す先、ザーラの左後方には、茶髪で黒い肌、青い目の青年が立っていた。

「ママドゥ・ジェットマン」


「生きていたんですか!?」

 ザーラの驚愕を表すこの発言は、明らかに7人の容疑者たちの共通した心情を代表したものだった。

「ええ。心臓も脈も呼吸も止まったそうですが、市立病院に救急車で運ばれて何とかなりました」

「何とかって……」

 レベッカは絶句するしかなかった。人智を超えた世界最高の医療。これがハスレットの真骨頂とも言える。


 ザーラと違いハスレット歴が長いマーティン刑事はママドゥに尋ねる。

「ではママドゥさん、この中で怪しい動きをした人はいませんか?」

 ママドゥは8人の顔をゆっくり見渡す。

「おばあさんは覚えてないな。隣にいたカップルは幸せそうに話してただけだよ。シェフが作って店員が運んできた料理はどれも最高だった。出るときに赤い髪の子の背中が見えたけど、手が届くような距離じゃないしなあ」


 ママドゥの目は最後にザーラで止まった。

「あれ? 確か倒れたとき、この人の顔が見えたぞ。そうだ、間違いない!」

 確かにそうでしょう、私が目撃者なのだから。ザーラがそう言おうとしたとき、既にザーラの両手首には手錠の冷たい感触がしていた。

「被害者がそう言うのなら間違いないな。ザーラ・ツィルヒャー。21時12分、殺人容疑で逮捕する」

 アマヤ刑事が言った。


「現行犯でない事件発生からだいたい1時間か。また平均解決時間更新だな」

 マーティン刑事が無表情につぶやく。

「ちょっと待って! 証拠がないじゃない!」

 ザーラが抵抗しようと暴れると、ママドゥが視界に入った。

「間違いない。あなたが犯人だ。ザーラ・ツィルヒァー」

「え?」


 ザーラ・ツィルヒァーと正しく発音できる人物はこの世に4人しかいない。ザーラ本人と両親、そして大学時代のクラスメイト。

「あ……」

 ザーラは思い出した。ママドゥのプロポーズを断った女、それがザーラだったのだ。

「仮死カプセルよ! ママドゥは仮死カプセルを使ったんだわ!」


「おいおい。言いがかりはやめろよ。陪審員の心証が悪くなるぜ」

 ママドゥはザーラに近寄り、刑事に聞こえないよう耳打ちした。

「やっと名前で呼んでくれたね。正解だよ」

「ちょっと! そんなのあり?」

「もちろん。だってここハスレットは、何でもある街だからね」


 ザーラには有罪判決が言い渡された。




何でもある街殺人事件 完




ザーラ・ツィルヒァー 唐魏野海


レベッカ・パンツ 本馬基奈

ママドゥ・ジェットマン 空良井武

アドリアン・オーステルベーク 大津博

ジェセニア・アミエバ 志村鏡子

リヒャルダ・ゼンパー 辻燈梨

モデスタ・カウエン 根本葉月

アラン・カウエン 牡鹿大毅

アマヤ・トシヒサ 雨宅利久

マーティン・オグデン ジャポーノ


脚本 渡瀬速行

美術 狩野浩文

衣装 江神友太郎

撮影 安藤瀞亜

編集 番さあや

音響 桜井蘭

音楽 湯浅権蔵

プロデューサー 遠藤慶輔


監督 徳竹箕浪


提供 HOMMAリゾート・あいと・ブリザード・宗馬製作所


制作協力 埼玉文化放送・横浜国際テレビ

著作 ユナイテッドテレビ

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