運命を蹴っ飛ばせ! 2016年2月 プロローグ
プロローグ
2016年1月28日、私は東京スカイツリーの展望回廊にいた。
地上450メートル。眼前にはどこまでも続く東京の街並みと、
真っ青な空が広がっている。
(すごい! こんなに高いだなんて思わなかった)
声に出さず私は呟いた。
まるで宙に浮いているような、鳥というより神さまにでもなったような気分。
ああ、やっぱり来てよかった。ずっとテレビで見て、ぼんやり憧れていたけれど、
ちょっと手足を動かして行動を起こせば、もうこの体は、頭の中の願望を
現実に変えることができるんだ。
本当に、元気になったんだ……。
緩い螺旋を描く回廊を上っていくと、最高到達点と書かれた柱に行き当たった。
柱の先、分厚いガラス窓の向こうに、赤い三角の塔が見える。
東京タワーだ。
その右手に連なる銀色の高層ビル群を私は見つめた。
あのあたりがきっと虎の門。5年前、私が〝どん底″を味わった場所だ。
そう、今からちょうど5年前、私はあそこにいた。
あの一角の病院で、急性骨髄性白血病と宣告され、絶望し、自暴自棄になっていた。
生きることを、止めようとしていた。
今でも憶えている。あの時の死よりも暗い感情を。
ただの白血病であったなら、私はあそこまで複雑な絶望を抱かなかっただろう。
単純に嘆き悲しみ、怒るだけで済んだことだろう。
しかしその時の私は再発だった。20代の時に発病し、
骨髄移植によって完治したはずの血液の難病「骨髄異形成症候群」が、
さらに重い状態となって再発したのだ。
再発の心配はない。もう検査に来なくていい。
そう言われていたはずなのに、なぜ!?
なぜ私ばかりが2度も。
あの時、病院からの帰り道、家へと急ぐ車の窓から、建設中のこのツリーが見えた。
日本中の期待と希望を一身に受け、冬空の下、真白く輝いていた。
私は虚ろな目でそれを眺めるだけだった。
感情はなく、上ってみたいという気持ちはこれっぽちも起こらなかった。
ツリーは私とは完全に別世界のものだった。
あの時の私に向かって、心の中で語りかける。
「大丈夫だよ。闘えるよ。あんたは自分が思っているより、ずっと強いよ。
大丈夫、あんたが今、手放そうとしているその夢は、5年のうちにすべて叶うよ。
奇跡は本当に存在するんだ」
奇跡は存在する。
そしてそれを起こすのは他でもない、自分の意志だ。
これから私が綴るのは、〝霊性″という目に見えないものが
注目され始めた時代のノンフィクション。
心と魂のささやかな記録。
書いている時は必死すぎて気付かなかったけれど、後から読み返せば、
そこには逃げ場としての病を求めた自分と、そこから脱出することを決意した自分が、
残酷なまでに克明に表わされている。
私は死を望み、死を獲得した。
生を望み、生を授けられた。
祈りは確かに聞き届けられた。望めばすべてが叶うのだ。
「お腹空いたよ。ご飯食べようよ」
すぐ横で、小さな子供の声がした。
「はいはい」と言って母親らしき女性が笑顔を見せる。
彼らに呼応するかのように私のお腹もグウと鳴った。
タワーを降りて家に帰ったら、あの日記を手放そう。
ここからまた新しい一歩を踏み出そう。
今の私には、あの頃の自分が想像もしなかったような、
わくわくする素敵な目標がある。
もう病気の自分とはさよならだ。
さあ、勇気を出して、次の扉を開くんだ。
眼下の景色に別れを告げ、私は午後の光の中を歩きだした。
この時の記事はこちらでーす♪(写真付き)http://blogs.yahoo.co.jp/unagi_anpan_paris/13881232.html