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Chapter2 ④


ニカ、この場合はヴェローニカ皇女と呼ぶべきか、彼女の〈別邸〉は〈学校〉市街地の西側、主に高級なタウンハウスの集まる一角にある。


庭つき、厩舎つき、総二階建て。

石造りと白壁の混じる古いライツェンの様式で建てられ、彼女だけでなくライツェンからの留学生も何人か利用する。

いわばライツェンの〈学校〉出張所だ。


帝都での一件は留学生たちの耳に届いていたから、僕らが噴水つきの玄関に入るや彼女とは好意的な挨拶が交わされる。

この所どこに行っても奇異か敵対かでもてなされてきた僕らからすれば、返って居心地の良さすら覚えた。


〈別邸〉の応接間に全員が集合したのは夕方近く。

ちなみに最後は僕とアデルだ。二人ともアナ王女のボートで波と櫂に散々振り回され、顔を青くしての帰還であった。


「というわけで、特別に持ち出しの許可を得てきました」


もっとも注目すべき報告。つまり襲撃にあったという話を終えたシンディが、赤い皮で装丁された本をカバンから取り出し、天面をタイルで張った机の上に置く。


「〈西洋探訪録〉か。この本に記述があったんだな?」


侍女の淹れた紅茶でようやく人心地ついたのか、アデルが本を手にとってしげしげと眺める。


「あったにはあったんですけどね。それ以上に重要なのが本そのものです」


偽造、もしくは隠蔽の可能性に気づいたシンディは、ニカやカルネの手で調べてもらおうと持ち帰って来たらしい。

原則持ち出し禁止の図書館からどうやってそんな許可を得たやら。


「そこは、伊達に三年通ってませんから。あそこの司書さんとは顔なじみです」


「なるほど。……で、どうなの二人とも」


アデルから本を受け取ったカルネとニカが、さっそく魔法と透視(?)で状態を探る。


「うん。中身の紙と外側は明らかに時代が違うね。

 詳しくはわかんないけど、ごく最近取り替えられたんじゃないかな」


「内側の綴じ糊の場所が合ってない気がするですの」


さすがに持って帰ったからといって本をバラバラにはできないので、中身に触れずに探れる二人の意見は貴重だ。


そして背表紙側から目をこらしていたカルネが、ついに決定的な何かに気づいた。


「あれ? お嬢、こういう本って羊皮紙をページごとにバラバラにして使うの?」


「そんなことはしないですの。

 紙がもったいないので普通は二つ折り、もしくは四つ折りにしてからページを分けますの」


「じゃ、これかな。件の箇所あたりで、ページが一枚ごとにバラバラになってる。

 ここしかないから、きっと弄ったときに切り分けたんだろうね」


「つまり記述を抜いた奴がいるというわけか」


結論をまとめるアデルに、二人は間違いないと首を縦にふる。


「抜いただけじゃないよアデル」


僕は二人から本を取るとその表紙を軽く叩いた。


「ページを抜いて、文章に手を加え、さらにそれがバレないように表紙ごと取り替える。

 こんな手の込んだことができるのは蔵書を管理している司書か、これを持ち出しても怪しまれない人物だけだ」


「学内の誰かと見て間違いないでしょう」


シンディが僕に同調する。彼女が危うく殺されかかった最大の理由は、おそらくそこに気づいたせいだ。

孤立して問題の本を調べていた以上、襲われるに十分な条件が揃っていたわけだし。


「こっちの動きは筒抜けなんだろうね。

 情報探しにまで護衛が必要になるとすると、シンディに続けてもらうのも難しいかな」


「レイ、物は考えよう、だろう?

 こっちは相手が一番警戒していた情報に、最初の一手で近づいたんだ。後はこの本を元に少しづつ詰めていけばいい。

 情報といえばニカ様、アンリ王太子の方はどうでした?」


「それについては、おそらくカルネ姉さまの方がいいですの」


なぜか投げやりな態度で、ニカがアデルから振られた話をカルネに渡す。

カルネはちょっと考えるふうに首を傾げてから、興味深そうな笑顔で切り出した。


「取りあえずアンリは白だと思う。明らかにハメられた側だね。

 本人の思惑を抜きにして、アナとの痴話喧嘩を口実に対立構図を作った奴が別にいるはずだ」


「なるほど。そこはアナ王女と一緒、か。

 怪しい人物については何か聞き出せた?」


「本人は知ってる感じじゃなかったなぁ。でも、ヒントならもらったよ」


「やっぱりそうですのね?」


カルネはうなずき、ほら、と指を立てた。


「『使者なら立てた』って言ったあと、そっとウインクしてたでしょ。

 あれって、つまりアナ王女もそうしているはずだって言いたかったんじゃないかな。レイ君たちはアナ王女から聞いたんでしょ?」


「そうだね。彼女も使者は送ったって言ってた。そして……」


「「門前払い」」


僕とカルネの声が綺麗に重なる。


「……だよね。つまりどちらの生徒会にも工作をしている奴がいる。

 そいつは相手からの使者を追い返し、そんなものは来なかったと両方のトップに言える人物」


「つまり生徒会でもそれなりの上位、もしくは……従者ですの」


ニカの口からその言葉が出たとき、僕とアデルはやはりと顔を見合わせた。

従者というならアナの側に常に従っていた者が一人だけいる。


「ジョージ・ヴィラーズか。ああいう若者を疑いたくはないが」


忌々しげにそう言うアデルに、僕も心の中で賛同する。

イスパニアに帰化した理由は知らないが、アデルのように周囲の無理解に苦しんだことは想像に難くない。それ故の行動なのか、はたまたまったく違う理由なのか。

どちらにしても彼が謀に荷担しているというのは、僕にとっては重い推測だ。


「アンリ王太子の周辺はどうだった?」


「抜かりなく調べてきましたの。

 アンリ様の従者はジャン=アルマン。聖ガリアの教会に属する――」


「ジャン=アルマンですか!?」


いきなり素っ頓狂な声を上げたシンディに僕らの目が集中する。

彼女は恥ずかしそうに口元を抑えて座り直すと、謝りつつも意外そうに話す。


「その生徒、知ってます。というか最初に話した彼です。

 私を助けてくれた人が自分がジャン=アルマンだと名乗りました」


その一言は僕らに大きな疑問を投げかけた。

〈眷属〉がアンリかアナのどちらかを亡き者にしようと企んでおり、それに両方の従者が噛んでいるとすると、〈眷属〉の襲撃からシンディを助けた理由がわからなくなる。推測の通りならシンディを見殺しにしてもおかしくはない相手だ。


「もしかして仲間割れ?」


「あるいは、ジャン=アルマンは違うのかも知れないですの姉さま」


「どっちにしても、まだ情報が足りんな」


頭をかいて顔をしかめるアデル。

確かに僕らはまだジャン=アルマンなる生徒の素性を知らない。決めつけるのは早計だし、かといって疑いを外せるほどの証拠があるわけじゃない。


「取りあえずジャン=アルマンの件は進展があるまで保留しよう。

 ジョージの方も一緒だ。

 先入観は捨てて、怪しい人物をあぶり出す事に集中。異存はない?」


僕の判断に皆がうなずく。

で、うなずいておいてから四人とも一斉にあれ? と首を傾げた。


「なんか、今のってアデル様が言いそうなセリフですの」


「奇遇ですねニカ様。私も自分でそう思ってました」


「レイ君がリーダーシップ見せると、なんて言うか……ムズムズする」


「その気持ちわかりますカルネさん。レイ様ってどっちかっていうと……ねぇ」


「みんなしてその反応は何?」


そんなに僕が何か決めるとおかしいかな?


僕が複雑な表情でため息をつくと、彼女たちは口を押さえて笑うのだった。



 ***



作戦会議が終了し、ニカの所で夕食をご馳走になって帰宅。


それでこの日は終了する。


はずだった。しかし今日の僕らにはまだ、一つ大きな事件が残っていた。



それに真っ先に気づいたのはアデルだ。

夕暮れも過ぎてもう真っ暗な畑道。僕らを乗せて進む貸し馬車の上で、アデルは不意にスンスンと鼻を利かせる。


「なんか焦げ臭くないか?」


「そうかな?」


「言われるとそうだね。

 ごく微量だけど塵と一酸化炭素……っていうかこれに気づくってアデルちゃんの鼻は犬並じゃない?」


「茶化すな。

 どこかの農家でワラでも燃やしているのか? しかしこんな時間に……」


「あれを!」


シンディが立ち上がって進行方向を、陸士の〈貴族寮〉を示す。


それはいつもと変わりなく森の外れに黒々とそびえ、しかし次の瞬間、その壁面をパッと何かが照らす。

一度ではなく何度かまたたいた赤い光。それは……


「か、火事だ!」


向こうから馬に乗って現れた男が、僕らとすれ違いざまにそう声をかける。

身なりから生徒の使用人。

街に火消しを呼びに行く気なのか、彼はそのまま全速力で反対方向へ駆けていった。


「火事ですか?」


「そうらしいね。レイ君?」


「うん、逃げ遅れた生徒がいるかも。シンディ、アデルを担いで。

 馭者さん、引き返して街の常備軍を呼んできてください」


「お、お客さんたちは?」


「ここで結構、今から火を消しに行きます」


言うなり僕らは地面に飛び降り、銘々に〈神衣〉を呼ぶ。


「〈騎士ナイト〉!」『うむ!』


「〈裁定者アービター〉!」「〈乙女メイデン〉!」『いいとも』『任せて!』


「〈戦闘形態バトルスタイル〉!」


僕が身体ごと流麗な女騎士に化身する横で、金剛石(ダイヤモンド)の鎧を纏ったアデルを瀟洒なメイド服のシンディが軽々と担ぎ、カルネが羽衣を着て銀髪を翼のように広げる。


「僕は火を消すから、アデルたちは生徒や関係者をよろしく。

 カルネは念のために周囲を探って!」


「はいよ!」


指示に了解し、銀翼を羽ばたかせて離陸するカルネ。


僕とシンディは畑と林を駆け足で突っ切り、わずかな時間で〈貴族寮〉に到達する。


燃える館から遠ざかろうとする生徒や使用人とすれ違い、僕らは三年間親しんだ建物と最後の対面を果たす。

石造りとはいえ木もふんだんに使われているから火の巡りが早い。

建物は諦めるしかないが、人を助けるためにも打ちひしがれてはいられない。


「〈青の精霊(ウンディーネ)〉手を貸してくれ。〈赤の精霊(サラマンディア)〉は道を空けてくれ!」


魔法で馬寄の噴水から霧を借り、館を取り囲む火に幾筋かの空白を作る。

そこへアデルとシンディが飛び込み、逃げ遅れた人を救助しては引っぱり出す。


三時間の奮闘の末、僕らの得た成果は死者なしという勝利と、全焼という敗北だった。


常備軍や救出された人から感謝をもらいながら、僕らはくすぶり続ける瓦礫の中に立ちつくす。


「重傷の人は全部運んできたよ」


カルネは途中から手当の必要な人を街まで運んでくれた。

その彼女は、僕らの横に降り立つと、そっとつぶやく。


「なくなっちゃったね……」


「……うん」


三年を過ごした場所はもう灰と記憶の中にしかない。

そしてこの春、カルネと共に過ごした場所も。


「そんな気分じゃないだろうけど、一つ報告。

 燃え始めた直後ぐらいに、街に向かって畑を突っ切ってく馬が三頭。

 追っかけたんだけど途中で見失っちゃった」


「まさか放火か?」


「だとして狙いは? まさか…………」


言葉を交わすアデルたちにふり返り、僕は重い頭でうなずいた。


「脅し……かもしれないね」


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