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Chapter2 ②


レイがアナ王女のサロンに招かれた頃、台地を挟んで向こう側でニカとカルネはシンディと別れ、アンリ王太子のいる陸士生徒会のサロンに乗り込んでいた。


敵意に囲まれたレイたちとは違い、ニカにとって陸士は自分の学部。

とくに問題もなく正門を抜け、途中生徒会の生徒に意外な顔こそ向けられたものの、彼女たちはサロンの中庭に通された。


こちらはかつてユニベルス領主の夏の離宮を改装した建物で、白漆喰塗りで彫刻の入り乱れる外壁がなんとも豪華だ。

多少の様式の差はあれど、雰囲気はニカの故郷、帝都ベァルケンに似てなくもない。


浅い池を目の前にした中庭には、何脚かのテーブルと椅子があるだけ。


そして渦中の人物たるアンリ王太子は、本を片手に池で遊ぶ少年たちをぼんやりと眺めていた。

御年十七歳、艶やかな漆黒の髪に白皙の美貌の王太子は、スラリと長い足をタイツと半ズボンに包み、上だけ灰色の制服を着てゆったりとくつろいでいる。


「美男子っちゃあ美男子だけと、なんつーかあれだね、縦に伸びすぎて可愛くない」


歯に衣着せぬカルネの言葉に、ニカは持ってきた扇子で口元を隠して苦笑する。


「背が高いというか、確かに造作全体が縦に伸びているのは認めますの。

 でもカルネ姉さま、ちょっとさすがに明け透けすぎますの」


カルネの判断基準がレイなら、確かに縦に長い印象は否めないだろう。

だがニカに言わせればこれでも希代の美男子に違いはない。

多少あらぬ噂はあるようだが、柔らかく耽美な眼差しといい、すっきり整ったアゴの線といい、陸士中の女生徒の憧れと言われるだけはある。


さて、いつまでも眺めているわけにも行かないですの。


ニカは日傘を片手にアンリ王太子に近づき、相手が本から目を上げるのを待ってお辞儀する。


「ご機嫌麗しゅうですの。アンリ王太子殿下」


「きみは……ああ、たしかライツェンのヴェローニカ皇女殿下だったね。

 ごきげんよう。僕に何か用かな?」


「ヒルデ講師に頼まれて来ましたの。アンリ様、お時間よろしいですの?」


「いいともニカ」


互いに面識があり、愛称で呼べる程度には親しい。


アンリは読みかけの本を机に放り出すと、椅子からスイッと立ち上がる。

立ち上がれば、その背の高さがさらに際立つ。ニカもカルネも彼の胸の高さぐらいに顔がある感じだ。

彼は背伸びついでに陸士の制服姿のカルネに気がつき、ニカに柔らかく訊ねる。


「ニカ、後ろの女性は?」


「私の友人でカルネ姉さまですの」


「友人に姉さま。ふふ、君はいつも人を不思議な愛称で呼ぶね」


アンリは何気ない様子でカルネに近づき、その手をとって甲に口づける。


「初めましてカルネさん。

 聖ガリアの王太子、陸士学部騎兵学科四学位(クラス)のアンリと申します。

 不思議な目をしていらっしゃいますね」


カルネの目は〈反抗者シュトロイベロ〉に特有のエメラルド色。

自然には存在せず、そして何より生来の色とは補色の関係にある。

この瞳こそ彼女らの矜恃の現れだ。

しかし同時に、それこそレイのようにしげしげと見ない限りはわからないほどに微かな特徴である。


それを一目で見抜いたアンリに、カルネの肩が一瞬ちいさく跳ねた。


「よ、よろしくねアンリ君。そっちこそいい目をしてるじゃないか」


「ははっ、家柄かな、女性を見るときはその人の一番輝いているところから見るクセがついててね」


「それってたらしって事? なんかレイ君より王子のイメージに近いよね」


カルネは後半を独り言のように細めたのだが、アンリはそれを耳ざとく聞きつけて興味深そうに顔を輝かせる。


「カルネさん、君はもしかしてレイ・アルプソーク殿下のご友人かな?

 もしそうだったら彼に言づてを頼まれてはくれないだろうか」


「そこまで、ですの」


話があらぬ方向に逸れようとする気配を察して、ニカが二人の間に割り込む。


「アンリ様、申し訳ないですが率直に聞かせてもらいますの。

 アナ王女との件ですの」


ただそれだけ聞いて、アンリはすぐに覚った顔になる。


「ふむ、合点がいったよ。

 ヒルデ先生の頼み事って、つまり陸士と海士の諍いの件だよね。

 残念だけど僕は力になれないんじゃないかなあ」


「いきなりですのね。なんでそんなことを言うですの?」


「だってほらアナと、いやアンヌと僕の口論が原因とか言われてるけど、ほんとにそうだとは思ってないでしょ、ニカ」


あくまでも飄々とした態度を崩さず、しかしアンリはニカに鋭く切り込んできた。

つまり口論の内容やその後の展開が直接の問題ではない、それはわかるはずだとニカに問いただしたわけだ。


次の言葉を探して険しい顔をするニカの横で、カルネは「アンヌって誰?」と首を傾げる。


「これは失礼。アナの聖ガリア読みだよ。

 お互い相手の読みで愛称にしてるんだ。ちなみに僕はエンリケって呼ばれてるけど」


「エンリケにアンヌねぇ……その様子だと二人ともラブラブ?」


「もちろん。僕は彼女にぞっこんなんだ。

 ま、少し目移りすることはあるけど、それでも僕は彼女を愛してる」


「随分はっきりと言うね」


「僕は自分に正直なんだよ」


「……嫌いじゃないよ、キミのような人間」


やり取りに眉をひそめるニカの前で、なぜか握手を交わすカルネとアンリ。

何かお互い通じ合うものがあったらしい。


「ともかくアンリ様、できる限り事態の沈静化に協力して欲しいですの。

 使者を立てるとか、打てる手はないですの?」


「使者なら立てたさ」


今日の朝食はパンだった、と言うぐらいにさらっとアンリは言った。


「でも海士で門前払いを食ったらしいね。

 向こうからも使者は来ないし。アンヌも今回ばかりは腹の虫が治まらないんだろう」


適当にそんなことをつぶやきながら、しかしアンリは片目で二人にそれとない目配せを送る。


ニカは意味を掴みあぐねたが、幸いカルネの方には意図が伝わったらしい。

彼女はさっとアンリの手を取ると明るい態度で彼を池に引っ張る。


「いいや、そう言うならキミに何か聞くのも馬鹿馬鹿しいし。

 それよりさっきからこの池の何をチラチラ見てるのか教えてよ」


「はははっ、バレちゃったねぇ。実は魚が好きなんだよ」


「そのお魚はスラリとしてて若かったりするわけ?」


「そうだよ。輝く宝石みたいなんだ」


「それいいね、でもレイ君に手を出したらボクがせーばいするから」


意味不明の話題でバカのように笑う二人を後ろから見ながら、ニカは一人でアンリの意図する事を頭の中に描き出そうと顔を曇らせる。


アンリとアナが原因ではない。使者は失敗。そして二人は信頼しあう仲……


「……そういうことですの」


奇しくも彼女が答えを導き出したのは、アナのサロンでレイとアデルが感づいたのとほぼ同時。しかも結論まで一緒だった。


ニカは二人から離れて慎重に選んだ相手に、この場にいるアンリの護衛でもっとも年若い生徒にさりげなく話しかける。


「ちょっといいですの?」


「あ、はい。なんでしょうか」


「生徒会でアンリ様の次に力のある方はどなたですの?」


「それでしたらジャン=アルマン様ですね。

 アンリ様の従者で、生徒会の副会長をなさってます」


「今この場に?」


「いえ。朝からお出かけになっています」


「そうですの。ありがとうございましたですの」


次に必要な情報は得た。これ以上ここにいても得る情報はないだろう。

踵を返すニカを、しかし若い生徒が引き留める。


「あの、すみませんお嬢様(モドモアゼル)


「はい? なんですの?」


「あの銀髪の女性はいったい……アンリ様がお側に女性を寄せるなんて、アナ様以外にはありえません。どういった方なんです?」


「彼女は女神なんですの。気にすることはないですの」


「はあ……?」


キツネにつままれたような顔をする生徒を残して、ニカは水辺で戯れるアンリとカルネの所へ戻っていく。


説明する気もなければ、わかってもらおうとも思っていない。


「あれを見て仲がいいと思えるなんて、見た目通りの青二才ですの」


とはいえそれを見越して彼女は声をかけたわけなのだが。

相手がアンリを取り込み、騒乱という手段を目的に据えている以上、うっかりそこに乗っかった協力者に声はかけられない。


年若く純朴そうな若者は、と言ってニカもまだ成人前だが、とにかくそういう者は嘘をつくのに慣れていないから、協力者にはなり得ない。


「嘘というならあれこそ嘘ですの」


いつしか水の引っかけ合いに興じる二人が、ニカには並んだ狐がじゃれ合っているように見えていた。

互いに脳天気を装いながら、それこそ遊ぶように互いの情報を探り合っている。

通じるところがあるとするならそれは気質、それも責任を背負った道化師の気質だ。


無論、それはニカにだってまだ備わっている。

故郷の一件で肩から荷が外れ掛かっているとはいえ、染みついた習慣は変えようがない。


「ともかくカルネ姉さま、あまりはしゃぐとレイ兄さまに言いつけるですの!」


「げっ、それはちょっとまって、レイ君に誤解されると困るし」


「いいじゃないか。楽しく遊んだって言ってあげればいい。

 そうだ、ついでに今度はレイ王子も誘えば」


「だーかーら、君に紹介したらレイ君の貞操が危ないから却下!」


「ははははっ、つれないなぁ」


見えない仮面を付けた王太子は、銀髪の少女に少しだけ寂しそうな笑顔を向けていた。


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