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Chapter1 ~号砲はマスケット~ ①


〈学校〉の低い城門を抜け、白馬車は快調に麦畑の脇を進む。


春には一面の緑だった麦畑も、夏を迎えて刈り入れもとうに終わっている。

延々続く黒い土の上に、ワラ束の塔があちらこちらに残るだけ。

ときおり遅刈りの小麦畑が濃い金の穂を風になびかせ、季節の交替を僕らに感じさせた。


「荷物の方はいったん〈別邸〉で預かりますので、到着したら日用品だけ抜いてくださいですの。

 荷ほどきより手続きを優先しないと勉強した意味がないですの」


小さなティーテーブルを挟んで、今日もハニーブロンドをフワフワさせたニカが、若草色のドレスの袖を邪魔っけに引っ張って今後の段取りを説明する。


十人がけの広々した車内。

そこにゆったり座った四人、僕、カルネ、アデル、そしてシンディは、ニカの説明にそれぞれうなずき返していた。


当初の予定では、僕らの荷物は〈貴族寮〉に直に届けられる予定だったのだが、思ったより時間を食ってしまったために予定は急遽変更となった。

ライツェンの誇る〈飛空船ルフトシッフ〉で旅程は大幅に短縮できたものの、それでも国境越えは馬車の仕事。

車輪では荒れた天候には勝てなかった。


筆記と面接の試験まであと数日。

今から悠長に荷ほどきをしている時間はない。


夏の始まりは〈進位試験〉の季節でもある。


〈学校〉では生徒の技量に合わせて通年で進位、つまり学位クラスを上げることができる。

そうは言っても頻繁に飛び級に挑戦できる傑物が何人もいるわけがなく、毎年この時期に全校まとめての進位試験が行われていた。


僕らも無理して試験に間に合わせなくてもいいのだが、時期がずれると後で追いつくのが面倒だ。

受けられる試験は受けておくに限る。


「荷ほどきしなくても近くにあった方がいいのですけどね」


「貴族寮には置いておく場所がないからな。仕方があるまい」


黒髪に褐色肌のアデルと、栗毛で色白なシンディがティーカップ片手にあきらめ半分の笑みを交わす。

今朝まで二人とも旅用の平服だったが、〈学校〉の〈執務〉に挨拶に行くだろうからと、いつもの黒軍服と空色メイド服に戻っている。


置き場がない、という言葉は残念ながら事実だ。

この春まで住んでいた貴族寮には大きな倉庫や厩舎は付いてない。

かといって寝室に大量の長持チェストを置いておくのは貴族としていかにも不作法で、結局ニカの〈別邸〉の厩舎で馬車ごと預かってもらう運びとなった。


「ボクが預かっておくって手もあるけど?」


そう言ってテーブルの上からクッキーをごっそり強奪するカルネ。


最近、彼女は日替わりで服を変えている。

神装群グループ〉が丸ごと一つ手に入ったため着る服には困らないらしい。


ちなみに今日のファッションは――青紫とオレンジも鮮やかなリボンとフリルいっぱいのショートドレス。

本人曰くお菓子をねだるのに最適の服らしいが、無論どういう意味かはわからない。


「力を無駄遣いしないほうがいいよ」


僕はカルネの手からクッキーを一つ失敬しながらたしなめる。


すでに機装、身の丈が建物ほどもある機械の巨人を二つも預かっている女神には失礼かも知れないが、僕らの都合で負担を増やしたくはない。


「レイ君がそーいうなら。でもって半分返せよぉ」


カルネは他のクッキーには構わず、僕が少しかじったクッキーを半分、器用に口だけで強奪してのける。


「じゃ、もう半分いただきまーす」


カルネと同じ仕草で、反対側に座ったシンディが僕の手に残った半欠けを強掠……残ったのは指に挟まったわずかな欠片だけ。


「仲がいいな」


「まったくですの」


向かいのアデルとニカがもの言いたげな冷めた笑いを浮かべ、僕は情けない顔でそれを見返す。


やがてのこった欠片を口に放り込んで、僕は両隣の少女たちの幸せそうな顔にため息をつくのだった。


ま、世はなべて平穏なり、と。



 ***



僕らを乗せた馬車がガクリと減速したのは、ちょうど市街に入る手前だった。

広くない路地に急停車したのを受け、ニカが素速く馭者窓を開ける。


「何事ですの?」


「すみません姫様。前で騒動が」


「もめ事か?」


ドアを開けてアデルが、続いて反対側のドアからシンディも顔を出す。

たちまち外からは言い合いの、というか挑発し合う言葉が流れてきた。

〈学校〉公用のロマヌス語で、語気も荒く相手をなじっている複数の声だ。


気になって、僕もニカと並んで馭者窓から外を見る。


すると


陸士りくしの腰抜けが、文句あったらかかってこいよ!」


「きたねえ海士かいしの漁師くずれが吠えてねえで来いや!」


ちょっと信じがたい光景がそこに展開されていた。


各々十人ぐらいの生徒たちが路地を占領し、石畳の上でにらみ合っている。

驚くべき事に双方が抜刀済みだ。


学校では武器の携帯が認められているが、抜いて良いのは決闘のときか身に危機がある場合のみと定められている。

たかが路上のケンカで抜くなど、軽率にもほどがある行為だ。


「学部同士の諍いですの?」


「どうも、そうみたいだね」


道の左右に陣取っている彼らは、制服から学部でグループに分かれているのが見て取れた。


右手の生徒たちは灰色基調の上着にチェック柄の乗馬ズボンと、僕と同じ〈陸士学部〉の制服。

左の生徒は紺を基調にした長コートにゆったりした白ズボン。

赤い腹帯や粋な黒い三角帽は〈海士学部〉の生徒と見て間違いない。


対立の原因が学部とは考えにくい。単に偶然と見るべきだろうか。


「お前たち何をやっている!

 軽々しく刃を晒すなど、誇りある〈学校〉の生徒のやる事じゃないだろう!」


アデルが生徒たちに声を張り上げた。

彼女はこの春まで〈学校〉の講師代理を務めていたのだから、当然といえば当然の行為。

だが声をかけられた側はそうは思っていないらしい。


「あ? 何だって?」


露骨に不機嫌な顔で海士の生徒がアデルを睨め付ける。

陸士の方は数人がアデルに気づいたように肩を震わせるが、しかし刃を収める気配はない。


「部外者はすっこんでろ! この前みたいに怪我しても知らねえぞ!」


「そうだそうだ!」「市民は口出しすんなよ!」


代表だろう大柄な海士生徒の周りで、数人が同意というか野次というか、とにかく聞くに堪えない声を上げる。


「何を生意気に――」


アデルが腰の馬上剣サーベルに手を伸ばして、しかし躊躇うようにゆるく柄を握ったのを、僕は声で止める。


「だめだよアデル」


彼女だってわかっているはずだ。今のアデルは講師でも何でもない。

指導する義務も権利もない彼女が剣を取れば、にらみ合う生徒たち以上に問題となる。


「〈この前みたいに〉?」


ふとシンディが視線で疑問を投げる。


「以前に怪我人が出るような事態があったのでしょうか」


しかし場にいる全員が答えを持っていない。

〈学校〉の近況など、車内の誰一人として知るはずがない。


「吠えるわりにどっちも仕掛けようとしないね。なんでだろ?」


一人平静にクッキーをバリバリしながら、カルネが僕とニカの間にニュッと割り込む。


「先に手を出したら〈決闘条項〉で不利になりますの、カルネ姉さま」


不思議そうなカルネに僕は素速く耳打ちする。


「……〈学校〉の決闘に関する取り決めだよ。

 正式に認められた決闘を除けば、先に襲いかかった方が例外なく処罰の対象になるんだ」


「ああ、なる。相手を先にしようとしてるわけだね」


生徒たちの事情は知らないが、彼らを遠巻きにする市民の表情を見るまでもなく状況は迷惑きわまりない。

どっちが動いたとしてもおそらく流血沙汰になるだろう。


正直に言えば関わりたくないが、かといってすぐに動くのも難しかった。


馬車とい乗り物は後退するのが難しく、そして方向転換にはスペースを必要とする。

極めつけにニカの馬車は魔法で小さく見せているだけの十人乗り六頭立てだから、くるっと回れ右なんて逆立ちしても無理だ。


「面倒なことになったね」


「いっそのこと私が素手ではり倒してきましょうか」


パンパンと手を打つシンディに苦笑を返したはいいが、もちろん冗談の域を出ないやり取りなのはどちらも承知済み。さてどうしたものか――


僕が考え始めたまさにその矢先、事は動いた。


「君たち? バカなことをやってないでさっさと散った散った」


緊張した場面に似つかわしくない、妙にのんびりした声が馬の蹄の音といっしょに入りこんでくる。

気づけば灰色ブチの馬にまたがった細い生徒が、にらみ合う両者に割り込んで双方を追い払おうように手を振っていた。


灰色の制服に緑のネクタイ(クラバット)ということは〈歩兵学科〉の生徒。

黒い短髪も涼しい色白の好青年。


一瞬、武器を携帯していないかと思ったが、よく見れば制服の胸元に木製の曲がった柄が二つ飛び出している。

服に収まるとなると短剣、いやナイフだろうか。


「誰がバカだ陸士のモヤシ野郎――」


邪魔された海士の生徒が、脅すようにサーベルを振り上げ――

次の瞬間、パカッ! という軽い破裂音を立てて手から剣が弾け飛ぶ。


「――ッ!?」


何かに得物をもぎ離された生徒は、信じられないとばかりに自分の手を見つめる。

それは他の生徒も、そして僕らも一緒だった。


魔法の気配はない。いったいどうやって、いや誰が。


「今ので一発」


唯一平然と言い放ったのは馬上の生徒。

彼はすかさず両手で胸の武器を抜く。


いや、それははたして武器なのだろうか。

鉄の棒と木の柄を組み合わせた奇妙な道具。


不格好ながら流麗な飾り彫りが施されたそれを左右の生徒たちに向け、彼は感情のうかがえない細い目をさらに細める。


「あれはマスケットか――」


奇妙な道具、いや、やはり武器を見てアデルが息を呑む。


マスケット――手持ち式の大砲。

火薬を用いて鉄の弾を飛ばす武器で、聖ガリア王国では弓矢に代わって普及しはじめたと聞く。

僕も長柄のものは何度か見たが、しかし馬上の生徒のものは初見だ。

片手で持てるほど小さい上に、どこにも火縄が見当たらない。


「これは我が国の最新式でね、火縄がないからといって安心しない方がいい。

 それに射手は僕一人ではないよ」


脅すように筒先で生徒たちを順に示す馬上の好青年。

彼の言うことにおそらく嘘はない。

海士の生徒からサーベルを撃ち落としたのは彼ではないのだから。


「もう一度言うよ。

 バカな事はやめてさっさと散った方がいい。

 さもないと、次の弾は武器じゃないところに当たるかもしれない」


それが脅しだったとして、効果のほどは絶大だった。

一触即発とにらみ合っていた生徒たちは、新たな脅威に凄むどころか捨て台詞もなく、たちまち尻尾を巻いて逃げ出していった。


「市民の皆さんお騒がせしました。

 とんだところをお見せして、生徒を代表してお詫び申し上げます」


深く頭を下げた黒髪の好青年に、市民からまばらな拍手と賛同のどよめきが上がった。

そこへ声を上げ、もう一人騎乗した生徒がやってくる。


「リーガット、あっちも片付いたぞ」


堂々たる体躯に縮れた黒い髪、手に持っているのは歩兵槍(パイク)……って。


「もしかしてバルトロ?」


僕が気づいて声を上げるのと、彼がこっちの馬車を見たのは同時。

突然の再会に彼の顔は嬉しそうでもあり、しかしどこか影を持っているようでもあった。


どうやら、世は平穏とはいかないようで。

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