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Chapter7 ③


二体のフィルジオン、テーとシーの攻撃にヴンダーヴァッシェは為す術もなく翻弄されていた。


『うらぁぁぁぁぁぁぁっ!』


テーの力任せの連撃に、とっさに呼び出した〈添神装:リボン〉の防壁が粉砕される。


たまらず飛び退いたそこへ今度はシーの砲撃が降ってきた。


『よそ見をしているとハチの巣ですわ!』


水の錐が散弾となって銀装騎の装甲を襲い、たちまち無数の穴を開けた。


「内部機構に複数のダメージ! マズいよ左脚のアクチュエータに支障発生!」


カルネの叫びとまとわりつくしびれが、ヴンダーヴァッシェの左脚が動かなくなった事を僕に教える。


「くっ!」


とっさに右足で地を蹴って砲撃から離れようとするが、その時にはすでにテーが両腕を振り絞り闘牛のように迫って来ていた。


『〈束縛者乃怒濤バウンダー〉!』


先ほどと同じく、テーの腕部装甲が開いて黒い水球が形成される。

一見すると棘棍棒モーニングスターのように見えるそれがヴンダーヴァッシェの胸部を捉えた瞬間。


「ぐっ……あっ!」


水球は轟爆の爆心地となった。


銀装騎の装甲がメキメキとひしゃげ関節があらぬ方向へ折れ曲がる。

上から打ち下ろされたならまだ地面が受けてめてくれただろうが、銀装騎と僕らは斜め後方へと一瞬で吹き飛ばされ、湿地の地面にうつぶせに倒れ伏す。


「カルネッ……」


「生きてるよ……けどクソっ! ようやく修復が終わったのに!」


二体相手に逃げ回ってダメージを修復していたというのに、今の攻撃で元の木阿弥、どころかさらに状態が悪化していた。


目の端に浮かぶインジケータが真っ赤に染まっているが、見なくても全身にもたらされる痛みだけで充分だ。

もはや指一本動かせそうにない。


「でも距離は開いてるんだから今のうちに喚装を……はっ?」


操舵宮カンツォ全体に影が落ちる。

素速く間合いを寄せたシーが二連の砲身をこちらに向け、さらに間近でテーが両腕を振りかぶる。


『あばよ〈反抗者〉!』『お終いですわ!』


必殺の水球が両者に展開される。

まさにその瞬間であった。


『ま ち や が れ え ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ っ!』


高空からの風切り音と怒号。

何重にも重ねた虫の羽音のような唸りを引いてそれは降ってきた。


青銀の衛士、いや機装なのか。

落下の勢いそのままに水晶の大剣クレイモアでテーの両手首を切り落とし、着地で巻き上げた土砂のすき間から回し蹴りを放ってを蹴り飛ばす。シーの方向へ向けて。


『ぐぉっ!』『姉様避けて!』


躱せるはずもない。

シーが僕らめがけて放った水球が余さずテーの背面に炸裂し、黒と赤の鎧に派手な大穴を開けた。

致命傷にこそ至らなかったようだが、異形の四足は力を失って大地を転がり、相棒にぶつかると仲良く無様に地面にひっくり返って動かなくなる。


『無事か!?』


大剣を手に振り返る青い機装。その声は間違うはずもない。


「アデル!?」「アデルちゃん!? その機装は……」


『ああ、〈ライツヴァッシェ〉だ。〈魔術工房〉からかっぱらって来た』


「ウソ、だってあれボクがいなきゃ動くはずがないって……

 みんな何やってるの!?」


カルネがインジケータをいじって操舵席の左に小窓を開き、映った光景に目を丸くする。


ヴンダーヴァッシェとよく似た操舵宮。その中に三人の人物が見える。

向こうでも同じような窓が開いたのだろうか、三人はこちら向かって手を振った。


「レイ様、お助けに上がりましたよぉ」「こちらの声は聞こえますの?」


「何やってるの三人とも」


「私ら三人で動かしてるのさ。

 そこのヘボ女神の代わりにニカ様が機装を……なんだったか?」


「集中制御ですのアデル様」


「ああ、とにかくそれをやってくれてる」


和気藹々とした向こうの様子に、カルネがシートにうずくまって頭を抱える。


「んな無茶な。

 〈集中制御機巧ツェントーレ・シュトィレァ〉の代わりをニカお嬢が? まさかだけど窓口の神衣って」


『やあ〈管理者〉。僕の事を呼んだ?』


窓の向こうから少年のようなハツラツとした声が舞い込む。


口調はともかくその声色は何度も聞いた覚えがある。

あの魔術の双子と同じだ。


「……もしかして〈魔女ウィッチ〉?」


『キミは〈御使い〉だね? よろしく』


カルネに続いて僕も額に手を当てて頭を振る。

何ともはや、まさか昨晩戦った相手と共闘する羽目になるとは予想もしていなかった。


「もうツッコム気も起きないや。

 ……でもどうやってその機装をここまで?」


「あれ、ですの」


ニカが茶目っ気たっぷりに上を示す。

僕らがふり仰いだ青空、そのはるかに高い所に茶色の木の葉のようなものが浮いていた。


「あれは〈飛空船〉?」


「下につり下げてもらったですの」


「生きた心地がしなかったがな」「落ちるときは死ぬかと思いました」


アデルとシンディが嘆息する。

窓のある飛空船に乗ってすら怖がっていた二人だから、周囲がはっきり見える操舵宮ならどうなったやら。


正直、阿鼻叫喚は想像に難くない。


「ともあれ間に合ってよかった。これで二対二、同数だ」


窓の向こうでアデルが剣を構え、青い衛士機装もその動きを追う。


再び向けられた切っ先が狙うのは、瓦礫の中からフラフラと身を起こす黒い機装たち。

自己修復によってダメージから回復しつつあるが、まだテーの両手は断面を見せ、シーの砲身は激突によってすっかり折れ曲がっている。


「仕掛けられるか?」


「行こう」


目の端でヴンダーヴァッシェの修復度合いを確認し、問題ないと見て僕は再び機装を立ち上がらせた。


「アデル、僕はテーを――腕の方をやる。足のシーは任せたよ」


「了解した」


よたつきながら左右に分かれた相手の展開に合わせ、僕のヴンダーヴァッシェは左に、アデルのライツヴァッシェは右に駆け出す。


「スラスター行くよ!」「どうぞ!」


カルネの合図で銀機装の太ももが火を吹き、巨体を加速、浮上させた。

テーは両腕を広げて迎え撃とうとするも、拳が再生待ちで水球は出せないようだ。


こっちだって素手は一緒だがさっきとは状況が違う。


「〈ネイル〉と〈バックラー〉!」「オッケー!」


砲撃が来ないなら添神装を喚び出す余裕がある。

右腕に小型の盾、両手に鋭利なつけ爪を装着し、ヴンダーヴァッシェはテーに斜め上から肉薄。


『ナメんなぁぁぁぁっ!』


吠え猛るテーの右腕に打たれると見せかけて素速く腕を絡め、それを支点に身体の勢いを殺す。

ただし、右手のバックラーだけは勢いそのままに振り下ろした。

昆虫めいた丸い頭にバックラーの縁が深くめり込み、斧で断ち割ったような被害を相手にもたらした。


『がッ!?』


「まだまだ!」


姿勢を崩すテーの前に着地し、つけ爪で前のヒザ二つを射貫く。


機装の戦いを経て学んだ事は、人間と同じく関節が弱点だという事だ。

自己修復がある以上、装甲越しのダメージには回復のチャンスがある。

しかし薄い鎖帷子しかない関節部なら、一度の攻撃で回復できないだけのダメージを与える事ができる。


四本足のテーは倒れこそしなかったが、細い二脚だけでは体重を支えられずに前のめりに傾いだ。

そこへ僕は機体を一回転させ、勢いを載せたバックラーラッシュを打ち込む。


「もいっちょ!」「おまけだ!」


さらに一回転。

カルネと息を合わせ、スラスターの勢いも乗せてバックルで敵の芯を捉える。

再度打ち上げられ、瓦礫の轍を刻んでテーが後ろへ転がった。


「甘いわ!」


窓越しにアデルの気合いが聞こえる。

ライツヴァッシェはクレイモアを巧みに振り回し、大砲の使えないシーを手玉に取る。

細すぎる腕のせいで打撃ができないシーは足技で応戦しようとしているが、大振りの上に動きが鈍ければアデルの敵ではない。


「もらった!」


振り上げた足を剣の背で払われ、バランスを崩したところに柄による痛打が決まる。

股座の関節に強烈な打撃を喰らってシーは片足で踏んばろうとするが、それを見逃すアデルではなかった。

素速く剣を返しシーのヒザを切断、地面に転がす。


「勝負あったか?」


互いに足回りをやられて地を這う機装に、ライツヴァッシェがアゴを上げて迫る。


できれば生け捕りにしたいが、そこにつけ込まれて反撃をもらうのはマズい。

僕も両の貫手を構え、這いずりながら両機ににじり寄るテーの背中に狙いを付けた。


「カルネ、どこに打ち込んだらいい?」


「〈想素変換機巧ヴァーン・クラフト〉のあるあたりだから……あの背中、ど真ん中でいいと思う」


「アデル」


「わかった」


銀と青、二機の機装は同時に腕を絞り、指示された場所を素速く射貫く。


黒の機装は二機とも機巧を停止。

自重ででつぶれる様子はないので、これなら……


『くくくくっ』『ふふふふふっ』


黒い異形から同時に笑い声が上がったのは、その時だった。


『やるじゃないか〈反抗者〉ども。でもな、これで終わりじゃねえぞ!』


テーの一喝と共に両機の傷がメキメキと再生していく。

背に空いた大穴すら数秒でふさがり、全身の機巧が甲高い音を立てて回転を始める。


「んなバカな!

 〈想素変換機巧ヴァーン・クラフト〉が壊れてるのにどっからそんなエネルギーを」


「おい女神、さっきのが弱点じゃなかったのか!?」


「二人とも落ちついて! もう一度狙えばいい!」


僕の叱咤にアデルが剣を構え直すが、わずかに早くテーとシーが再生した手と砲身を重ねる。


『『〈歪ナル裁キバウンドリィ・ディサイド〉!!』』


姉妹の叫びに機装が互いに水球を放ち、爆縮した二つの水球は次の瞬間、猛烈な勢いで破裂した。

爆心の黒い二機装にダメージはなく、しかし銀と青の機装は激しい水の壁に打たれて一気に後退する。


「そんなんありかよ!」


『言ったはずだぜ〈反抗者〉、一心同体だってよぉ!』


『そちらの作ったモノもありがたく使わせてもらいましたわ!』


「作ったモノって……まさか〈人造神衣〉ですの!?」


ニカの悲痛な声に、僕はとっさに精霊の感覚を研ぎ澄ます。

異常はすぐに感じられた。

黒い二騎を中心に、ものすごい勢いで精霊が〈吸われて〉いく。

昨夜の〈魔女〉がそうしていたように、精霊を〈想素〉に変換して修復に当てているのか。


『ボコボコにしてくれたお礼だ!

 アタイら姉妹のとっておきで地獄に送ってやるぜ!』


『行きますわよ姉様! 〈一体復合〉!』


シーが身を伏せ、テーが跳び上がる。

それを黒い霧を紫電が包み、両方の機体が変化を開始した。


テーの足と頭部が背中に畳み込まれ、豪腕が伸びて形を整える。

シーも脚を伸ばし、細い上半身は面一に畳み込まれて前に倒れる。

二門の大砲は胴の両脇へ動き、テー全体を足腰と捉えれば腰鎧の位置に納まった。


そして二騎は上下で結合し、テーの胴から新しい頭部がせり出す。

雄牛を真似た角と兜を持つ頭部は、いつか見た術士機装のように顔面につるりとした宝玉を頂き、その上に人の悲痛な叫びを模した顔鎧を重ねている。


『『目覚めよ、〈嫉邪装騎しっじゃそうきフィルジオン〉!!』』


姉妹の声を受け、顔面の宝玉に紫の閃光が走った。


『SHVAAAARRRRRRRKHG!』


雄叫びを上げ、その機装は悠然と大地に仁王立ちになる。

ヴンダーヴァッシェよりも大きく、おそらくはペンヴリオで見た術士機装よりさらに頭一つは高い。


「……もともと一体だったのを上下に分割してやがった!」


カルネがインジケータに指を走らせて吠える。


『このフィルジオンに勝てるなんて思うなよっ!

 〈束縛者乃怒濤バウンダー全収束シュトローム〉!』


ミュシルゥの乱暴な声に応え、フィルジオンの両手で生まれた水球が二振りの長剣へと伸びる。それは優雅な刃物なんかではなく、波のようにうねった、棘だらけの棍棒まがいの代物だ。


「いかに大きくとも二振り、レイ、挟み撃ちだ!」


ライツヴァッシェが先に大剣で斬りかかり、それを追って僕も貫手でフィルジオンに突貫する。


歪な水の剣が両者の刃を受け止めるが、振り上げたために胴が空いた。

ライツヴァッシェが刃を滑らせて懐に入ろうとしたそこに、フィルジオンの腰鎧の一部になっていた砲身が持ち上がる。


「なにっ!?」


『狙い通りですわお馬鹿さん!

 〈裁定者乃怒濤ディサイダー全連撃サージ〉!』


あざ笑うファッギィの号令で放たれる無数の水球。

それはもはや大砲などと呼べる連射力ではなかった。

発射音は一連の低い唸りとなって轟き、ライツヴァッシェは胴体を強かにえぐられて吹き飛んだ。


窓越しに一瞬アデルら三人の悲鳴が聞こえ、次いで窓自体が歪んで消える。


「みんな!」


「落ちついてレイ君通信切れただけだから……はっ!?」


一瞬の動揺をつき、ヴンダーヴァッシェにも砲身が向けられる。


何とか剣を振り解いて直撃は避けたが、怒涛の連撃がかすった右半身に次々と痛みと赤い表示が走る。


さらに立て直そうとしたこちらの肩口に水の大剣が襲いかかり、肩鎧を丸々はじき飛ばされた上でヴンダーヴァッシェは転倒してしまう。

上からまたも砲撃が降り注ぎ、こちらの手足を軽々と撃ち抜いた。


『ハハハッ。本気出したアタイらに叶う奴なんていねぇんだよ!』


『姉様、あの巫山戯た方から先に仕留めてしまいましょう』


フィルジオンは動きしないライツヴァッシェに狙いを変え、長大な身体を振ってゆったりと近づいていく。

向こうの三人がどうなってるかわからないが、トドメを刺されるのは時間の問題だ。


「カルネ! ダヴを早く動かさないと!」


「わかってる! くそっ、無理がたたって修復箇所が重複しちゃってる。

 二次的な不調が多すぎるよ!」


インジケータの真っ赤な表示にカルネが泣きそうな顔で立ち向かうが、一つ消せば二つ増えるような有様でまったく追いついてない。


そこでライツヴァッシェと繋がる窓が再び開いた。

一番手前に映るアデルは額を切って血を流してはいるが、立てる程度には無事な様子だ。


「三人とも無事かい?」


「何とかな。シンディは気絶してしまったが、ニカ様は幸いかすり傷だ。

 ニカ様?」


アデルに代わり、ニカが窓の真ん中に映った。


「カルネ姉さま、こちらは被害が大きすぎて手の施しようがありませんの。

 そちらは動けそうですの?」


「こっちも似たり寄ったりだよお嬢。

 あと三分あれば動かすところまで持っていけそうだけど」


互いに手元で必死に光を操りながら、カルネとニカが言葉を交わす。と、ニカが急に手を止め何事かに耳を澄ませる。


「ニカ?」


僕が声をかけると、ニカは何かの決意を瞳に燃やして顔を上げた。


「……カルネ姉さま、〈魔女〉が手を貸すそうですの。〈真核喚装しんかくかんそう〉をするって」


「〈真核喚装〉……その手が残ってたか……

 って、ニカお嬢、〈魔女〉はまだボクと繋がってない、遠隔で呼べないよ!」


「心配無用ですの」


窓の中でニカが立ち上がり、胸に手を当てて喚装する。

再び〈ヴァイセ・エルフェ〉となった彼女は、アデルに何かを言づてると、静かに手を振って窓を消した。


「何をするって……」


「カルネあれ!」


僕が指差す先でボロボロのライツヴァッシェが操舵宮を開く。


中からニカが飛び出し、迫るフィルジオンに十二色のリボンも眩しいワンドを振りかざして叫んだ。


「背ばかり大きな唐変木の化け物め。

 雷鳴改め、〈雷光の魔法少女 ヴァイセ・エルフェ〉が相手になるですの!」

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