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Chapter6 ~激突、魔法酒場ダンス対決!~ ①


最初から全てを見通している人間なんていない。


すぐそばに苦しんでいる人がいても、人は気づかずに通りすぎてしまうもの。


それは僕も同じこと。


でも、それでも、思わずにはいられない。

全てが終わってしまった、そのあとで。


これは……僕への罰だ。


「ニカ! やめるんだ!」


『滅び去ればよい! 全て! 全てだ! 何もかも、この街の全て!』


帝都の夜空に浮かび上がるおぞましい人型。ツタの手足と白鳥の胴体を持ったバケモノ。

それが紫の単眼を開き、炎の竜巻と鋼鉄の犬を従えて僕を睨む。



これは……僕への罰だ。



 ***



七月六日。


カヤのことを皆に話すべきかと悩んでいるうちに夜は明けて、僕らは早朝のシュレータァ・オットー酒場に出向いた。


昨日のうちに機装がらみで何かをかぎつけたらしく、カルネは朝から別行動。

僕とアデル、そしてシンディが酒場の赤扉をくぐったそこに、正面からカヤの声が飛ぶ。


「最後のお仕事、いえ勝負を持ってきてあげたわ!」


彼女は不敵に笑って立ち台から飛び降り、アゴを上げて僕らを挑発した。

昨日のアデルの言葉で追い込んでしまったか。

しかし勝負とはいったい……


「今日の夕方、ここで某ギルドの会合が開かれるわ。

 そこに列席する魔術師から情報を引き出す、そのお手並みで勝負よ。

 あなたたちが私より多く情報を得たなら、残りの全てを開示してあげる」


「待てカヤ。昨日の件なら私が言い過ぎた。

 だが、情報を引き出すと言われてもどうすればいい」


「自分たちで考えなさいよ。奇跡みたいな魔法使えるんでしょ?」


焦り弁解するアデルに対して冷ややかに応じ、カヤが鳶色の瞳を僕に向ける。


「やるの? やらないの?」


アデルなど最初から問題にしていない。

彼女は僕に正面から挑んできた。


正直に言えば、王朝軍の情報はもう重要じゃない。

僕自身が彼女を助けたいだけだ。

だがそれには、彼女が築いた心の城壁を乗り越える必要がある。


もっと時間をかけて彼女の側から乗り越えて欲しかったが、こうなればやむを得ない。


その壁、打ち砕かせてもらう。


「受けるよカヤ」


「…………いい目ね」


そう言い残して、カヤは僕に子細を書いたメモを投げると去っていった。



 ***



「何を知っている?」


カヤと別れて近場のレストランへ。

そのテーブルについた途端に、アデルが僕を見据えてそう言った。


「お前が場の勢いで難題を引き受ける奴だと私は思わん。

 レイ、なぜあんな女に肩入れする。お前は何を知っているんだ?」


言葉にこそ出さないが、シンディも探るような視線を僕に向ける。


もとより、ここまで来て隠し立てする気もない。

僕は軋む椅子に背を持たせて言葉を探す。

そしてややあって、僕は二人にゆっくり切り出した。


「アデル、シンディ。

 僕はカヤのことがどうしても気になって、フロルさんに聞いてみたんだ。

 ライツェンが彼女たち〈森人もりびと〉に何をしたのかを」


〈森人〉

亜陣の一種で、西方大陸の東側に住む人たち。

カヤのように尖った耳を持ち、幻術と呪術に長けた一族。

古い時代には賢者と崇められた種族だが、その虚弱さ故に現存する人口は少ない。


「教えてくれたよ。

 ただし、それは酷い、ある意味とても惨い仕打ちだった」


「惨いだって?

 お前にそこまで言わせるなど、ただ土地を取り上げたのではないのか?」


「ああ」


そして僕は、フロルに聞かされたライツェンの過去を打ち明ける。




ライツェンは痩せた土地が多い。

もともと山がちで平野が少なく、やっとあっても湿地帯が多く干拓しなければ田畑を確保することができない。


今から二代前の皇帝は〈森人〉の血を引いた魔術師で、彼が今のライツェンの基礎を作った。

この厳しい国土を豊かにするためには魔法が不可欠であると提唱したのだ。


最初のうちは上手くいっていた。

〈森人〉の持つ高い素養と中人の合理性が合わさり、わずか数十年でライツェンは領土に見合うだけの発展を遂げた。


しかし六十年前、先代の女帝が即位したころから歯車が狂い始める。

女帝は魔術研究を称揚し、国をさらに強く豊かにしようと目論んだ。

それが外に向かえば戦争だが、彼女は全ての力を内に向けた。


西方大陸の相互平和の理念はそのままに、際限のない発展を自国だけで享受するために。


だがすぐに限界が見えはじめる。

中人の魔術の素質はたかが知れているし、〈森人〉の数は少ない。

研究だろうが実用だろうが、それなりの素質を持った術師が相当数必要になる。


そこで女帝は狂気とも思える取り決めを作った。


いわく、〈森人〉同士で結婚してはならない。


例えば僕と父のように、素質が親子で受け継がれる可能性は高い。

女帝もそう知っていたから、〈森人〉の素質を半ば無理やり中人へ拡散させようと企んだのだ。


多くの〈森人〉が強制的に中人と結婚させられ、中には種馬や子袋同然の扱いまであったと、フロルは苦しそうに語っていた。


もちろん抵抗する〈森人〉もいたし、特に爵位を持っている古いマイスターの家系などは最近まで抵抗を続けたらしい。


だがそれも十五年前に現女帝が即位するまでのこと。

母の薫風を受けた現女帝が即位して、最初に出したのが〈森人〉貴族への最後通牒だった。


子の性別に関わらず、直ちに中人との間に婚約を結ばせよ。

さもなくば領地を没収する、と。


こうして純粋の〈森人〉の家系はライツェンから消えた。

最後まで抵抗した十五の領は解体、中人の貴族へと再分配されたそうだ。




「もちろん建前上は国家への反抗、すなわち四元素研究を行わなかったからというものだったらしい。

 でもその実体は……子供を差し出さなかったから」


「そんな酷い、国家のために子供を差し出せなんて酷すぎます!」


憤るシンディ。その横でアデルも絶句する。


「うちの国だって政略結婚はままある話だが……

 この国は魔法のためにそこまでするのか」


「フロルさんはそれ以上話してくれなかったけどヒントはくれたよ。

 この百年の間にライツェンの魔導師人口はほぼ百倍になってるって。

 たった二世代かそこらの間に百倍、それはつまり……」


一人の〈森人〉に百人の孫。

大家族だなどと笑っていられない話だ。

それを達成するためには、一人が十人近く子を成す必要がある。

種馬や子袋同然の扱いというなら、それが常態化していたと見るべきだろう。


これでカヤの憎しみの正体にも見当が付く。


「家族を助けたければ子を成す道具になれ。それが嫌ならのたれ死ね、か。

 狂った言い分だ。憎んで余りあるだろうな」


「カヤの気持ちになって考えると、彼女は自分のために両親を失ったようなものだからね。

 貴族や国が憎いのと同時に、おそらく自分自身も許せなかったはずだ」


言い方は下世話だが、結局彼女は身体を売らざるを得なかったのだ。

ならいっそのこと……。

そう悔やんでいたとしても不思議ではないし、他者への信頼が打ち砕かれるには充分すぎる理由だ。


「あの女の事はわかった。だがお前はどうする気だ?

 自分自身まで憎いと思っている女の、一時の気晴らしに付き合ってやるのか?」


「ううん、そうじゃない。

 僕は彼女を意固地な恨みの連鎖から解きはなってあげたいんだ。

 自分を恨まなくてもいい、信用できる人間がいるって、そう伝えたいだけなんだ」


「ははぁ、それで引き受けたんですね?」


ようやく納得したふうのシンディが、「また不器用なやり方です」と控えめに微笑んだ。


「他に思い浮かばなかったんだよ」


「だとしても、せめて私がしくじる前に教えて欲しかったな」


アデルが頭を抱える。


「図らずもあの女の心をザックリやってしまった私が言えたことではないが、レイ、なぜ黙っていた」


「確証が持てなかったのが一つ。

 もう一つは……ごめん、言っていいものか迷ってた。

 僕らが同情で優しく接したって、カヤの目には貴族のお遊びと映るだろうし。

 でも事態がこうなった以上、方針を変えるしかない」


「今日の勝負か……お前はどう見る?」


「カヤは追い込まれて迷ってる。

 僕らが信頼できるか、それともただのお遊びか。

 その迷いがこんな形に彼女を駆り立てたなら、僕らに残された選択肢は一つ、勝つしかない」


「戯れでないと見せつける。そういうわけですね」


僕がシンディに首肯したところで、カルネがレストランに上がってきた。


「お帰り。どうだった?」


「ほぼ間違いないところまでネタを上げてきた。

 悪いけど報告だけだよ。すぐに戻ってあのママちゃんを止めないと」


疲れた様子のカルネが椅子にどっかりと座る。


僕らは手っ取り早く情報を交換したが、その結果、互いに目を丸くして驚き合う事となった。


「そんなことになっちゃってるの? ダンス勝負って大丈夫?」


「まぁなんとか、勝算がないわけじゃない。

 そっちこそ女帝を本当に止められそう?」


「勝負は五分より少しマシかなぁ。

 説得できたらいいけどダメなら実力行使だね」


「大騒ぎは止してくれよ。夜逃げなんて御免だぞ」


アデルの冗談にてへへっと笑ってみせるカルネだが、その声はどこか弱い。


「じゃ、そういうことでボク行くよ。あ、レイ君、これあげる」


カルネが二個の〈神衣〉を僕に投げる。

片一方は紫の〈レディ・ドレス〉。だがもう一方は見なれない金色の小石。


「これは?」


「お守り、使い方は〈乙女メイデン〉が知ってる」


そう言って彼女は席を立つと、風のように帝城へと戻っていく。


「〈乙女〉が、って……?」

「はて?」


キョトンとするシンディと顔を見合わせるが、彼女の〈神衣〉は沈黙したままだった。



 ***



「やぁ」


薄暗い地下道。

ボクが急に目の前に姿を現しても、ママちゃんことゾフィー女帝は驚きもしなかった。

ただ草色のローブを少し揺らして、涼しい顔を向けてくる。


「困りましたねカルネヴァル様。

 ここにはこないようにと申し上げてあったと思いますが」


「そうはいかない。

 キミたちがやってることを見過ごす事はできないんだ」


「はて?

 最初の取り決めのとおり、我々はあの銀機装に傷一つ入れておりませんよ」


「そりゃね、そのくらいわかってるさ」


ボクは女帝の手を取ろうとしたが、それをするりと躱して女帝がボクに地下道の奥を示す。


「案内はいりません。

 どうぞ、今しがた完成したばかりです」


「完成……?」


連れだって暗いトンネルを進んだボクらは、やがてあの、ダヴのいる大空洞に出た。


ボクはすぐに気づく。

立ったまま休眠するダヴの対面、馬鹿でかいカーテンが取りのけられ、そこにあるはずのない、この世界にあるべきではない巨人が立っていることに。


「やっちまいやがった……」


「いかがです?

 我が国の魔導技術の粋を集めて作られた、我が国の〈機装〉です」


ヴンダーヴァッシェがもう一騎、そこに佇んでいた。


細かい部分やプロポーションに差がある。

全体が不格好に角張っていたり、なぜか頭部がトサカのように肥大してはいるが、むき出しの間接部を見るにコピーの精度はかなり高いみたい。


「国の名を取って〈ライツヴァッシェ〉と呼んでいます。

 いかがでしょうカルネヴァルさん、これは動きますでしょうか?」


「……いやいや、大したもんだよ」


ボクは笑顔に皮肉をありったけ満載して女帝を睨め付けた。


「分解せずにどうやったのやら、機巧だけなら動くだろうさ。

 でも残念ボクが――」


「承知しています」


女帝が、まるで出来の悪い生徒を見る教師よろしくボクを嗤う。


「あの銀機装が貴女なしでは動かない事ぐらいは知っていますよ」


「じゃなんで複製した!?

 動かないガラクタの山を眺めるためとか言ったらぶっ殺すぞ!」


「最初に申し上げたでしょう? すぐれたカラクリを拝見させてもらう、と。

 分解せずとも精霊に頼れば内部を探れる。

 素材となる元素から各部を複製し、その機巧、余さず学ばせていただきました」


リバースエンジニアリングか――完成品から動作や機能、原理を探るやり方。

確かに飛行船とか魔法がらみのカラクリが多いこの国なら、それだけで得るものは大きかっただろう。


だがもう充分だ。

これ以上あるべきではない知識を与えるわけにはいかない。


「ならこいつは用済みだね。壊させてもら――この感覚!?」


「お待ちになって下さい」


いつの間にか女帝の左手に白木のワンドが握られている。

そこから感じる気配、それはボクが探し求めるものの一つ。


「〈神鍵:伝令神乃魔杖ケリュケイオン〉! 隠してたのか!?」


「隠してたなんて人聞きの悪い、ライツヴァッシェの完成のお礼にお渡ししようと持っていただけです。

 しかしあれを壊すというなら……」


女帝の右手に火が灯る。


「これを燃すとどうなるのでしょうか?」


「くっそ……」


もちろんボクと同質の〈神衣〉自体は燃やされたところで消滅はしない。

しかしその依り代、〈物理的位相固定フィジカルアンカー〉を失ってしまえば、物理的な束縛を失った〈神衣〉は惑星の運動に置き去りにされ、宇宙の絶対座標に持ってかれてしまう。


光に近い速度で迷子になろうとする相手を捕まえるのは、ボクにだって不可能だ。


そんな事情を理解してはいないだろうが、それでも女帝の脅しは凶悪すぎた。

木っ端の〈神衣〉ならともかく、よりによって〈神鍵〉。


実力行使で取り返すしか……


「身動きなさらない方がよろしいかと」


「……そのようだね」


周囲から多数の魔導師が姿を現す。

手にはワンド、用意のいいことに全員種火持ち。


「どうしますカルネヴァル様?

 役に立たない〈ガラクタの山〉を見逃すかわりに、これをお返ししようと言っているのですよ?

 悪い取引ではないと思いますが」


白皙の美貌ににあくまでも優しい微笑みを浮かべ、女帝はボクから一歩遠ざかる。

その手の杖がジリジリと火に近づけられていく。


「待った!

 ……わかった。その条件、飲むよ」


「よかった。では上までお送りしましょう」


魔導師たちに連行される形でボクは地上に戻される。

さらに念を入れてか中庭まで連れてこられ、ボクはようやくその手から〈神鍵〉を受け取った。


「ご安心下さい。悪いようにはいたしませんから」


そう言って女帝たちが引き上げていく。


その背中を見送るボクは、ふいに強烈な不安感に襲われる。

まだ何かあったのではないか? まだ隠された狙いが……


でもそれを確かめるためにダヴと回線を繋ごうとして、ボクはレイ君からの割り込みを受ける。


「レイ君? ちょっと待って、何? ボクから〈神衣〉を……?」


彼に何か起こったのだろうか、〈絆〉を通じて〈神衣〉を呼んでいる。


ボクは女帝のことを一時棚上げにして、夕暮れの空を城外に向けて跳び上がった。

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