Chapter5 ~給仕は魔法にのって~ ①
月が開けて翌七月一日。
「んー、どっかに仕事転がってないかなぁ」
露店の並びを冷やかしながらそう嘯いたカヤから、少し離れて僕とアデルが、さらに後ろには露店を見物しながらシンディとカルネが付く。
朝から彼女に合流したものの、今日は探偵の仕事がないとのこと。
適当に出かけようとする彼女に護衛は必要だからと同行を認めさせたが、やってることは散歩とそう変わりはない。
「手伝わせるんだろう? 早く決めたらどうだ」
眉をひそめてアデルがからかい、カヤはうっとしげにふり返った。
「うるさいわね。
探偵仕事なんてその辺にゴロゴロしてるわけじゃないのよ」
「いま、転がってないかって言ってませんでした?」
「あーもう、単なる冗談よ。
あなたって変なところで揚げ足取るわね」
シンディの呆れたツッコミにやけっぱちに返し、カヤがぷいと露店をのぞき込む。
このあたりはちょうどシュレータァ地区と内郭の中間ぐらいか。
色とりどりのタープが下がった露店には、そんなに値の張らないぜいたく品、例えばちょっと柄のいいスカーフとか安い揚げ菓子、あとは香り付けに使えるハーブなんかが並ぶ。
カヤが言うには、このぐらいが外郭の住人にが買える限界らしい。
「何でそんなに貧富の差ができるんでしょうか」
模造アメジストのブレスレットを手にシンディがポツリともらす。
カヤは馬鹿にしたようなため息を吐くが、なぜかシンディだけは無視できないらしく安物のアクセサリを取り上げると、チャラチャラと振ってみせる。
「これ一個作るのに、職人がどのぐらい働いてると思う?」
「一週間ぐらいでしょうか? 宝石はガラスですけど装飾が細かいですし」
「冗談、内郭の魔法職人なら一時間よ」
「一時間? それがか?」
アデルが声を上げ、そして僕も目で驚く。
金属加工ならプリダインでも盛んだが、ブレスレット一つに一時間とかいう職人にはいまだお目にかかったことがない。
「魔法を使えばいくらでも複製できるの。
ハンマーで叩いたりヤスリで削ったりしなくても、精霊に命じて素材から粘土細工みたいにいじってはい終わり、よ」
「便利ですねぇ」
シンディの素直な驚きに、しかしカヤは舌打ち。
何が気に障ったのか、僕らが顔を見合わせたそこへ、値札とブレスレットを見比べていたカルネが手を打った。
「安い……あ、そーいうこと?
魔法が使えるやつは量産して儲けられるけど、使えない人はそうはいかない。
ほらレイ君、昨日のお爺さんも見向きもされないって言ってたじゃん」
「やっとわかった?」
カヤがこれだから貴族は、と肩をすくめた。
「この街、いえ、この国じゃ使えると使えないでは天地の開きがあるの。
使える奴はすぐに仕事にありつけて少ない仕事で大きく稼げるけど、使えない奴は苦労しても稼ぎが少ないのよ。
気がつけば下働きぐらいしか職が無くなって……
ってなんで私が説明しなきゃいけないの!?」
気づけば長々と説明していたカヤに、僕らの苦笑が集まった。
僕らを嫌っていると言うわりに、彼女はマメに説明してくれる。
最初に会った時も聞かれてない生い立ちまで話したし。
僕らが外国人である事を差し引いても、元来の人柄は話し好きで優しいのだろう。
ただそれだけに、復讐めいた気持ちできつく当たられるのが残念だ。
きっとお互い立場が違えば、すぐにでもうち解けられたと思うのだが。
そんなことを考えていると、突然、一人の男がカヤに近寄ってくる。
「ようカヤ、こいつらはお友達か?」
半ズボンにソックス、チョッキとシャツの平服を着た男性は、にっかと笑ってカヤの二の腕を掴む。
カヤは嫌がってこそいないが、驚きに笑顔を引きつらせていた。
「ハ、ハンスじゃない。元気そうね」
ハンスと呼ばれた男性、腹は出ているものの腕や足腰がガッシリと太い。
立派な口ひげとぼさぼさの髪は銅色の赤毛、人好きのしそうな大きな瞳はライツェンらしい青。
短いエプロンを着けている所からするに料理人だろうか。
「おかげさんでな。今日は俺の店には寄らないのかい?」
「ごめんね、まだお茶の時間じゃないし…………ハンス?」
腕を放そうとしないハンス。
彼はカヤの鼻先にビバシっとお金のジェスチャーが突きつけた。
顔はもう笑っていない。
「借金、返してくれるよな?」
***
その店は地区の表通りから少し入ったところにあった。
〈ハンス・ベッケンのリンゴ菓子〉
高層住宅の一階。白漆喰で飾られた真新しい壁が店を飾る。
前に張り出したデッキ席には草緑のタープが涼しく陰を落とし、侘びしさあふれるこの地区にしては洒落た雰囲気を醸し出していた。
だが店構えの良さに反してお客の数は少ない。正確に言えばゼロだ。
そもそも店主のハンスからして仕事もせずに出歩いていたわけで、いまだってビールを片手に隣のカヤにくだを巻く有様だ。
「でよぉ、店を新しくしたのはいいんだが、ほれ、そこのデッキの端が水路にかかっちまって税金が馬鹿上がりしやがったんだよ」
「だからってすぐに返せないわ。あれは年末収めって約束だったじゃない」
「金がすぐ必要なんだよ。こんままじゃ月末には店を売らなきゃならねぇんだ」
ハンスお手製の「巻きアップルパイ」をかじりつつ彼らの話を聞いていれば、おおむねの事情は理解できた。
店構えを整えたせいで間口税が増えてしまい、ハンスの店は資金繰りが悪化。
金策に追われている内に客が離れてしまい、挙げ句には従業員にまで逃げられた。
このままでは借金で店を手放さなくてはならない。
そこでカヤに貸したお金をすぐ返してもらおう、と、そういうわけだ。
「事情は真っ当だな」
アデルの納得顔にカヤが睨みを飛ばす。
「だとしてもそんなお金なんてないわよ」
「札束できるくらい持ってモゴッ!」
「持ってない! 札束なんて持ってないから!」
口走ったカルネを冷や汗かきつつ全力でカヤが黙らせる。
そこにハンスが赤ら顔をくしゃっと潰してすがりついた。
「頼むカヤ、お前さんが稼いでるのも知ってるし、そのわけも知ってる。
満額とは言わん、できるだけで構わんから」
「あれは……あのお金は渡せないのよハンス」
「でもよぉ、死んだカミさんの残した金でやっとやりかえたんだ。
このまま店を手放したくねぇんだよぉ」
カヤにも何か金を出せない事情があるらしいが、ハンスの身の上を聞くかぎり見捨てるのも忍びない。
『……店主、不憫、同情、滝涙々』
一日ぶりに目を覚ました〈賢者〉が肩の上でつぶやく。
それには同意するし、こうやって同情するくらいならいっそ何かするべきだ。
でも僕がお金を貸したところで根本の解決にはならないし、カヤに白い目を向けられるだろうことは疑うべくもない。
「レイ様……」
僕と同じ思いなのか、シンディがカップの縁をこすって目を向ける。
「わかりやすいな、おまえらは」
僕らを眺めてふっと笑うアデル。
「そんなに気にかかるようなら聞いてみた方が早いぞ。
おい店主、その借金はどれぐらいだ?」
「そんなに多くないが、もう金がほとんどねぇ」
「手間賃がいらない従業員が四人いて、店が繁盛してたら何日で稼げる?」
アデルの出した仮定に、ハンスは酔っぱらった頭を叩いて勘定を巡らせる。
「五日……いや四日あれば。でもよ、そんな魔法みたいな話が」
「あるぞ」
口を曲げて歯を見せたアデルが、僕らを順に示した。
「私らで良かったら手を貸すぞ。皆、異存はないよな?」
なるほど、働いた分で助けられるなら問題はない。カヤと組むのとおなじ事だ。
何やら腹案ありげなアデルに、僕とシンディ、そしてカルネが手を上げる。
「もちろん」「私もやりますよ!」「ボクも? しっかたないなぁ」
「ちょっと、こんな所でまた……」
乗り気の僕らに頭を抱えるカヤ。
でもどこかホッとした顔で、彼女は僕らに処置なしとため息をつくのだった。
***
渡りに船。いや地獄に天使様だ。
ハンス・ベッケンはいつものように生地を薄くのばしながらも、自分は夢を見ているのではないかと思わずにはいられなかった。
この三日間で彼の身に起こったことは、まず奇跡と言っていいだろう。
そして近い将来にもう一つ奇跡が待っていることを、彼はまだ知らない。
彼が調理場から目を上げれば、店内は客であふれていた。
皆ハンスのアップルパイを食べに来ているのだが、目当てはそれだけではない。
「窓席、パイ三つと紅茶一セット、オーダー入ります」
「あいよ」
バラ色の差す金髪をなびかせ、南ライツェン伝統の女給服を着た小柄な少女がカウンター越しに注文を伝えてくる。
くびれた胴着も丈が短いスカートも明るいオレンジ色で、フリルやドレープのあしらわれたブラウスは純白。
かわいいエプロンと小さなガマ口を下げた姿はまさに天使と呼ぶに相応しい。
店の客の大半は、彼女見たさに集まってきた連中だ。
「オッサン、手ぇ止まってるよ」
調理着を着た銀髪の少女に脇を小突かれ、ハンスはハッとして焼き上がったパイを皿に盛る作業にかかる。
横で少女が入れ違いにパイ皮を伸ばしはじめるが、その手つきはハンスそっくりだった。
「嬢ちゃんスジがいいじゃねぇか」
「オッサンの動作をコピーしてるだけだし、ボク料理下手なんだよね」
言ってることはさっぱりだが、きっと謙遜に違いない。
なにせ彼女の伸ばした生地はまさに理想の状態、まな板の木目が透けて見えるほどなのだから。
彼が仕上げたパイとバタークリームのセットを、あの女給少女がトレイに移し替えて運んでいく。
その動作は見てて楽しくなるほど軽やかで、うっとりするぐらい優雅。
とても初日にすっ転んで皿を割ったとは思えない。
服を変えただけであの動き、きっと長いスカートが苦手に違いない。
最初に会った時も半ズボンを履いていたし、変な女の子もいたもんだ。
彼女の連れ、というか彼女が連れなのか、年かさの二人も店の給仕をしている。
背の高い娘は経験があるのか、宮廷ふうの優雅な仕草が美しい。
一方、褐色のイスパニア娘はちょっと微妙だ。
手伝ってもらってる手前こんな事は言いたくないが、表情が硬すぎサービスが悪い。
でも三人とも、いや銀髪娘まで入れれば四人ともかなりの美人だから、この二日で新たに来るようになった客のほとんどが若い男なのも仕方がない。
菓子店としてはどうかと思うが、美人女給が給仕してくれるというのは正直悪くないアイデアだ。
死んだ嫁には申し訳ないが、こんな店があったらハンスだって確実に通うだろう。
いっそ本格的に検討してみるか。
「オッサン! 手、手!」
また小突かれた。
いまや厨房は大騒ぎだ。
ひっきりなしに客が出入りするので休む暇もない。
間違いなくハンスの人生で一番忙しい。
でも彼は楽しかった。
例え客の目当てがあの天使みたいな娘たちだとしても、みんなハンスのパイを食べに来てくれている。
それが純粋に嬉しかったのだ。
***
「頑張ってるじゃない」
「あ、カヤさん、いらっしゃいませ」
大賑わいの店内にふらりとカヤが現れる。
ここ数日、僕らがハンスさんの店にいる間、彼女はこの近所で小さな探偵仕事をして、合間に休憩に来る手はずになっていた。
近所にいればカルネの監視の目が届くので、ひとまず安心だ。
「いつものもらうわ……ってそういうこっちゃないのよ!」
僕の引いた椅子に反射的に腰かけ、さらに注文までしておいてカヤはテーブルを叩く。
「あなた! その格好とか仕草とか言葉とか恥ずかしくないの!?」
「慣れましたから」
僕の心からの笑みに、カヤは外れそうなほどアゴを垂らしてジト目を向ける。
彼女の言いたいこともわからないではない。
ただ女性に間違われることも、妙に注目されることにも慣れたのは事実だ。
そして僕は今、この仕事が楽しくて仕方がなかった。
思えば直接人と触れあうような仕事など初めてだ。
僕の働きで喜ぶ人の顔が見られるなんて、こんなに楽しいこともない。
僕の考えに、朝から肩に乗っている〈賢者〉が笑いかける。
『仕事、対価、笑顔、素敵。
楽しい、いいこと、大事』
「うん、働いた分だけ喜んでもらえるっていいよね」
「美少女みたいな顔で幸せーな感想言ってんじゃないわよ!
なんか私が馬鹿に見えるじゃない!」
彼女が何に怒っているのか……むしろ嫉妬されてる気もするが、とにかくわからないまま僕は彼女の注文をハンスに伝えようと歩き出し……
「きゃっ!」
床の継ぎ目につまずいて尻餅をつく。
それでも手に持ったトレーは水平を維持し、ふわりとしたギャザースカートは怪我の無いように衝撃を消す。
さらに倒れる向きまで自動調節とくれば、お察しの通りこの服は〈神衣〉だ。
〈女給仕〉という名だったか。
着てたらドジるはずがないのに、とはカルネの言だけど。
「「「をぉぉぉっ!?」」」
前方で男性客から何やら歓声が上がる。
いったい……
『あー、ショタガール……前、おっ広げてね?』
「ひゃぁっ!?」
〈術師〉の呆れかえった指摘に、遅ればせながら僕はスカートを押さえつけた。
無駄に丈が短いのがこの服の欠点。
今のはドロワーズまで見えてなかったよね?
『いや見えてたし。思いっきり全開だったし。
ショタガール、ドジッ娘と天然まで持ってるって、それちょっと最強過ぎね?』
「余計なお世話です!」
『口調まで完璧に乙女ってるし……』
天使と悪魔を肩に、僕は立ち上がって給仕を再開。
まだまだがんばらないと、ハンスさんのお店を助けるためにも。
『ショタガール、だいぶなりきってね?』
『レイ、燃えてる。〈賢者〉、応援する。
でもちょっと心配』
双子が何か言うそばで、僕はまた足を滑らせるのだった。




