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Chapter4 ③

あいつらに居所は知られていないし、夜の仕事の邪魔になるから。


そう言うカヤに不機嫌全開で送り出され、僕らは帝城グロースクランツの〈客人館〉へと引き上げてきた。


相変わらずサラサラと水音が涼しいホールに入ったところで、カルネが僕の手を引く。


「レイ君、ちょっと話がある」


「うん? アデルたちは先に上がってて」


軽い了解でアデルとシンディが階段を上がっていくのを見届けて、カルネは僕を館の裏庭まで引っ張っていく。


街灯代わりの〈元素塔プファイル〉が赤々と燃える裏庭。


茂みに囲まれたベンチに二人で腰かけた途端に、カルネが僕の額を触る。


「か、カルネ?」


「……おかしい」


カルネは何事かをつぶやき、僕の手を握ってひと言。


「ね、レイ君正直に言って。いま無理してないよね?」


「へ?」


彼女の言葉が飲み込めず、僕は少しの間火明かりに照らされる顔を見つめていた。



 ***



「カルネさん……」


真っ直ぐで一生懸命で鈍感なレイはともかく、シンディはカルネの様子に気づいていたか。


「夕方からずっとだな。

 何かを心配してるようだが、まぁ、あの女神のことだ、私らにはおよびもつかん心配事でもあるんだろうさ」


シンディと違って恋敵的な心配もない。

アデルは気にしないと決めて階段を軽く上っていく。


だいたい、あの女神は何かと心配事や考え事を抱え込むクチだ。

レイはそれが心配で世話を焼いているが、アデルまで一緒になって心配してやる義理はない。

本人が言わないことに気を使えるほど、アデルは自分が気配りのできる人間だとは考えていなかった。


あの女神とはケンカ友達ぐらいのつき合いで充分だ。


「私たちには、話せないんでしょうか」


ま、ここにもお節介焼きがいるわけだが。


アデルに言わせるなら、カルネと真に友人となれるのはシンディの方だろう。

レイを巡って争ってるわりには何かと仲がいい。


女王陛下はいたずらにけしかけたようだが、二人ともわかってそのゲームに乗ってる節がある。

何だかんだ言って気が合うのは確かだ。


それだけに、シンディの物わかりの良さがアデルには少し歯がゆかった。

友人だからこそ踏み込める場所もあるだろうに、このメイドは分をわきまえすぎている。


「お前ら、三人ともいい子だな」


「は? それはどういう意味ですかアデル様?」


「いやなんでもな……お?」


割り当ての部屋まで上がってきたアデルたちは、そこに小柄な少女の姿を見つける。

ハニーブロンドの巻き毛も豪華なライム色のドレスの少女。ニカだ。


このところ公務が忙しいのか顔を見せなかったが、応接室に佇むその背中は妙に小さく、疲れているのかぐったりと前に曲がっている。


「ニカ様? 王子に御用ですか?」


「……アデル様、レイ兄さまは?」


ふり返ったその顔からは、普段の快活さがすっかり失せていた。

頬に陰りが差し、目には取り憑かれたような暗い眼差しが揺らぐ。


「ニカ様まさかご病気では?」


様子を心配して歩み寄ったシンディに、ニカは何でもないと首を振った。


「いえ、大丈夫ですの。

 ちょっと仕事が忙しくて気分が優れないだけですの。

 それよりレイ兄さまはいないんですの?」


「レイならカルネと話しがあると、たぶん下にいるはずです。

 呼んできましょうか?」


「それには及びませんの。また出直しますの」


そう言って応接間からゆらりと出て行く足どりは、アデルの見立てではあまり健康とは言えない。

強いていえば三日ぐらい行軍した兵士のそれだ。


「ニカ様いったい……」


「まったく、お前は人の心配をしてばかりだな。

 だが確かに、いくら公務とはいえあそこまで疲れるとは思えんが」


彼女を気づかうなら引き留めるべきだったのだろう。


でもアデルにはそれができない。

他人の事情に踏み込めないのはアデルも一緒、人の事はとやかく言えないものだ。



 ***



「僕が? 無理を?」


ややあって口を開いた僕に、カルネはなおも神妙な表情でうなずく。


「うん。レイ君どっちかって言うとやせ我慢タイプでしょ。

 ボクからの〈想素ヴァーネルム〉供給が足りないのに無理して〈神衣〉動かしたりして、最悪死んじゃうよ」


「いや待って、そんなことは全然無いけど待って。

 カルネ、話す時は順を追って、わかりやすく、隠し事なしでいこう」


逆に彼女の手を握り返し、僕は植木に囲まれた暗がりで彼女に少し顔を寄せる。


カルネは小さく詫びると説明をはじめた。

いわく、〈看護者ナース〉を全力かつ長い時間動かしたのに、彼女の持つ〈想素〉が減っていない。

そうなると僕が全て出したことになり、本来であればとっくの昔に〈想素〉を使い果たしていないとおかしいのだという。

特に今は、眠ってるとはいえ魔術の双子や〈騎士〉までいる。

彼女たちの分も考えると、僕はいつ倒れてもおかしくない、と。


「でも何ともないんだよね?」


「うん。別に普段と変わったところはないけど」


炎に照らされるカルネの顔がキュッと歪む。


少し考えて、僕はもしかしたらと声を上げた。


「僕自身の〈想素〉がカルネの考えているよりも多かった、とか?」


「それは…………あるとは思うけどさ。

 〈学校〉の時だって、いきなりドカンと〈想素〉を増やしたし、それは確かにあると思う。

 けど、さすがにここ数日のは度を超してるよ」


「具体的にどのぐらい使ってるの?」


「仮にレイ君が常人の限界まで〈想素〉を持ってても……今日の〈看護者〉は使えて三十分が限界のはずだったんだ。

 ボクは手当だけで終わると思ってたもん」


「それを五時間使ったわけか……確かにカルネもビックリするよね」


ほんとにビックリするよ、とカルネが薄く笑った。


「ボクとキミは〈想素〉を共有してる。

 夕方ぐらいにガッツリ減っただろうなと確認してみたのさ。

 そしたら……増えてた。

 普通に考えると、キミはまったく〈想素〉を使わないで〈看護者〉を五時間フルで働かせたことになる」


「だから無理してると思ったんだね」


「思ったんですよ。

 そりゃ〈看護者〉にだって自前の〈想素〉プールがあるから、そこから引っ張ってきたと考えれば、うん、納得できなくはない……けど」


言葉を濁す彼女の横顔が不満げにふくれ、納得できないとはっきり告げている。


「話してみてよカルネ。抱え込まない、そうでしょ?」


「…………ごめん、そうだったね。

 そもそも、〈神衣〉はボクが異世界から力を引っ張るために作った、持ち運び可能な〈界門トーレァ〉なんだ」


「〈界門トーレァ〉?」


「世界から世界へ、可能性を飛び越して〈想素〉を受け渡すカラクリのこと。

 ボクら〈想神族ヴァーンネロ〉が世界を渡る時に使うんだけど、ボクはその仕組みを……ちょっと悪用して、別の世界にいる〈分身〉から、ボク自身へと〈想素〉を受け渡せるようにしてるんだ。

 この〈分身〉と〈界門〉のセットが〈神衣〉なんだよ」


「えっと……?」


戸惑う僕にわかんないよねと彼女は自嘲する。

そして思いついたのか、手の中で光を作るとそれを捻り始めた。


しばしの苦闘の末にできたのは……なんだろ……


「泥のお城と泥人形? が二つ?」


「街と人! もう、せっかく簡単に説明しようと思ったのに!」


光の文字で〈世界〉〈分身〉〈ボク〉と書き足して、ふてくされ寸前のカルネが話を続ける。


「いい?

 この街が別の世界で、ボクはいま放浪の旅の最中。

 で、急に食べ物である〈想素〉が必要になったけど手持ちがない。

 そういう時に、街にいるボクの分身からこう、サッと送ってもらえるようにしたわけ」


説明に合わせて泥人形が生きているように動く。

カルネ泥人形がお腹を空かせて倒れたそこへ、街にいる分身泥人形が泥団子「パン!」……パンらしいけど、それを投げて寄こした。


「なるほど。

 あれ? でもそれだと、収支合わなくても送ってもらえるんだから大丈夫じゃないの?」


「うーん、それがちょっとできない事情があって……

 神衣が送れる〈想素〉は一度に少量。だから受け取る〈神衣〉は送ってもらった〈想素〉を常に溜め込んでるんだ。

 使う時にこうドバッと出せるように」


街にいる分身が畑を耕している。

できた作物……たぶんカブ「ニンジン!」もといニンジンは、すぐにカルネに投げ渡され、その背中にどんどん溜まっていく。


「ただし、これをするためには〈神衣〉をある程度束ねて〈神装群グループ〉にして、〈核神装〉やボクの管理下に置く必要がある。

 管理外でこれをされると、力を蓄えた〈神衣〉は次第に変質して、終いには独立した〈邪神〉になっちゃうこともあるんだ」


泥人形カルネが目を離した隙に、横に置かれたニンジンの山がお化けになってしまった。


「こうならないように〈神装群〉に戻る前の〈神衣〉にはロックがかかってる。

 今のところ復活した〈神装群〉は一つもないから、外からの仕送りはストップしてるんだ。

 だから今の〈神衣〉の力の源泉は、蓄えた分とキミやボクからの上がりによって成り立っている」


いつのまにかニンジン……カブお化けを退治したカルネ人形が旅先で畑を耕していた。

だが街に比べて面積は小さく、当然とれる作物も少ない。


「だから収支が合わないって事は、畑じゃない所から実が成ってるってこと。

 どこから湧いてるか知らないけど、キミだけじゃなくアデルちゃんやシンディも同じなんだよね」


「アデルたちも?」


「うん。〈裁定者〉も〈乙女〉も、このところ短期間にかなりの力を使ってるはずなのに二人ともケロッとしてる。

今日〈乙女〉に聞いたら、シンディから借りてるって言ってたけど」


「僕と同じで収支が合ってないのか」


「なんだかおかしな事だらけだよ。

 もう一人気になる人がいるし……この世界の人間はもしかしたら……」


ふいにカルネの手が僕の肩を掴む。


「何?」


「ちょっと確かめたいことがあるから、じっとして」


「いいけど……くむっ!? ちょ、カルネッ!?」


突然首筋に噛みつかれ、さらにひやりとした舌で舐め回されて思わず変な声を出してしまった。


がさりと生け垣の向こうで小さな音がする。

誰かが通りがかったのかも知れないが、間違ってもこんな場面は見られたくない。


幸い、息を殺しているとすぐにカルネが離れ、同時に生け垣からも気配が消える。


「いきなり何をするのさ!」


「うーん違った。直接接触ならキミの〈魂〉の近くに入れるから、もしかしてと思ったんだけど……

 あれ? なんで怒ってるの?」


「怒ってないけど、そういう事をするならもっと周りに気を使ってよ!

 近くに人がいたじゃないか」


「へ?」


キョトンとした顔でカルネが周囲を見回す。


「誰もいないよ?

 アデルちゃんとシンディなら部屋にいるし、半径百メートル以内に他に人が居ないことは前もって確かめたよ?」


「でも今……」


「ボクは何も感じなかったし気のせいじゃないかな?

 それより周囲に人がいないうちに、ママちゃんの事で中間報告があるんだけど」


「ママちゃん? ああ、ゾフィー女帝のこと?」


「どうもきな臭くなってきてる。

 ダヴを分解してはいないけど、でも〈魔法〉を使って何かしてるのは確かだ」


ダヴ――銀装騎ヴンダーヴァッシェはいま女帝の〈魔術工房〉にあり、その様子をカルネは時々探りに行っている。


彼女が何もできないと太鼓判を押したわりには、ここ数日どうも雲行きが怪しくなってきたようだ。


「何やってるかまでは掴んでないけど、あのママちゃん、ボクにだまされたフリしてなんか企んでるよ。

 レイ君のオバさんほどじゃないにせよ頭が回るみたいだね」


「母さんと比べても仕方が無いじゃないか」


それはまぁ、ゾフィー女帝も僕の母も大国の指導者だし、少なくともお馬鹿に務まる仕事じゃないのは確かだけど。


「だって似てるんだもん。

 あの鼻っ柱の高さとか。もしかして親戚じゃないの?」


「いや、そんなことは……ないよ?」


否定してみたが、息子の自分でもそう思うことがある。

案外人の上に立つような女性って、そういうところがあるのかも知れない。


「とにかく、もうちょっと探ってみるよ。

 さてと、シンディがヤキモチ焼いてるかもだし、そろそろ戻ろうレイ君」


彼女に引っ張られ応接間に戻った僕を、ワイン片手に上機嫌のアデルが出迎えた。


「早かったな二人とも。もう終わったのか? まだ若いなぁ」


「アデルちゃん酔ってる?」


「誰かさんのせいでシンディがふて寝してな、他にやることもない。

 そうだレイ、ニカ様に会わなかったか? さっき来てたんだが」


「いや、会ってないけど」


カルネも首を振る。


すれ違ったかと僕が首を傾げたその時、大きな窓を遠雷の光と音が叩いた。


晴天の雷。あの少女が闇に挑んでいるのか。


「〈ヴァイセ・エルフェ〉……キミは誰だ?」


僕の心を見透かしたようなカルネの声が、静かに部屋を流れていった。

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