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Chapter1 ~魔法の国のお姫様~ ①

時は西方歴1659年六月二十四日。


僕らが――レイ・アルプソーク一行が〈ライツェン魔導帝国〉の地に足を踏み入れてからおおよそ三時間の後。


「ひゃっはー! 高い高ーい!」


窓から身を乗り出したカルネが、青のサマードレスの飾りドレープをはためかせながら上機嫌に笑う。

外の強い風も肌寒い空気もお構いなしだ。


「落ちたら大変だよカルネ。ここ高いんだから」


「わかってるよーだ。ほらほらレイ君、下見て下。すっごく高い塔があるよ」


「どれ?」


僕が窓から顔を出すと、手の届きそうなほどすぐ下を尖塔の青屋根が過ぎていく。

屋根の上には子牛ほどもある水晶が乗り、複雑な切り子面を日の光に輝かせていた。


「なんの塔かな?」


「さあね。神殿、とは違うかな」


首を出していると強い風で革当てのベストがバタバタとはためいてしまう。

あわてて窓から顔を引っ込めた僕に、横から甘い声がかけられる。


「レイ兄さま、空の旅はお楽しみいただけてますの?」


「やあニカ。おかげさまでね。

 僕よりカルネの方が楽しんでるみたいだけど」


「お嬢、あの塔は?」


カルネが指差す塔を並んだ窓から一瞥したニカは、優雅なライム色のドレスをふわりと揺らして微笑む。


「あれは〈通信塔トゥルム〉ですの。街から街へ伝信を届けるための物ですのよ」


「伝信って手旗の? それとも狼煙のろし?」


たずねる僕にニカは自慢げに首を横に振ると、腰のホルスターからワンドを取り出して振ってみせた。


「もちろんコレ(・・)ですの。

 光の魔法で伝文を伝えて、それを塔の先端の水晶でリレーさせますの。

 領の南の端まで半日で通信できますのよ」


「光通信!? わっおー進んでるねぇ」


身体を壁沿いのソファーに戻したカルネが、ニカの説明に口笛を吹いて感心した。


「さっすが魔法の国だね。レイ君の国にもあったらよかったのに」


「いや、あの塔作るのも難しいと思うよ。これ(・・)だって無いんだから」


僕がコツコツ鳴らしたのはソファーだが、示したかったのはこのソファーも、窓も、床も壁も、とにかくひっくるめたこの建物、というか「船」そのものだ。


「あらためて、今日は〈飛空船ルフトシッフ〉への搭乗ありがとうございますの。

 ライツェンの魔導技術の粋を集めたこの発明品に感動いただけてなによりですの」


胸を張ったニカが、礼を取るマネで僕らをからかった。


飛空船ルフトシッフ

普通、船といえば海に浮かんでいる物だが、僕らが乗るこれは違う。

何と空に浮かんでいるのだ。

ニカの言うように最新の発明品らしく、まだライツェン国外へは未公表とのこと。

もちろん僕もつい一時間前までその存在すら知らなかった。


港街に着いた途端に港湾係官に捕まり、ニカの手紙を見せてから待たされること二時間。

案内された裏庭で、僕は初めて〈飛空船〉を目にした。


船とはいうものの、その形は大きく異なる。

帆や帆柱の代わりにウリのような布の大袋が、それも小屋みたいなやつが甲板にずらっと十個ほど並んでいて、海にある船より船体は細くて長い。

舷側にはずらっとガラス窓が並び、パッと見はカゴのようにも見える。


カルネが「あ、これ飛ぶね」と言ったのにも驚いたなら、乗り込んで本当に飛び立った時にはもっと驚いたものだ。


……もっとも驚くでは済まなかった人たちもいるけど。


「まだやってんのキミたち?」


下を見るのをやめ、サマードレスの肩紐を直しながらカルネが呆れた目を向ける先。

いつもの黒軍服のアデルと空色メイド服のシンディが、部屋の中央で二人仲良く抱き合いソファーの上に縮こまってがたがた震えている。


「まだとはなんだ、まだとは」


アデルの声に元気はない。

いつもは輝く肌の褐色も今日ばかりは青ざめている。

隣のシンディはいまにも泣きそうな顔で、窓から上に下にと目を逸らし続けていた。


「落ちないですよね。これ落ちたりしませんよねレイ様……」


「うん。仕組みはともかく、たぶん大丈夫、だと思う」


「そこは絶対に落ちないって言ってくださましぃ」


本当に泣きだしたシンディの肩に、自信満々の、でもどこかイタズラ含みの笑顔でニカが手を置く。


「心配ありませんのシンディ様。

 この船はちょっとやそっとで落ちたりしませんの。

 もし落ちても、この高さなら苦しむことはありませんのよ?」


「やめてくださいましぃ!」


……わざとやってるね。うん。


「冗談抜きでお嬢、これって浮いてる原理は浮力なの?」


興味津々と訊ねるカルネに、シンディを言葉責めしていたニカが振り向く。


「上の浮き袋に脱フロギストン蒸気が入ってるですの。

 その力で浮いてるですの」


「脱フロギストン…………おわっ、水素かよ火気厳禁じゃん」


上をチラッと見たカルネが、おそらく透視でその正体を確かめたか狼狽し、続いてひどくげんなりとして顔を下げた。

ニカは怖がる二人を見やりつつ、カルネの言葉に相づちを打つ。


「そうですの、火を近づけると爆発するのでデッキで火の使用は厳禁ですの」


「爆発だと! やめてくれ二人とも、これ以上怖い言葉を聞かせるな!」


ニカの追い打ちに、とうとう剛胆なはずのアデルがシンディの仲間入りをする。

二人とも飛ぶのは初めてだから、もう相当に参っていた。


ちなみに僕は今までヴンダーヴァッシェで何度も飛んだからか、そこまで怖さは感じない。

むしろこの船の仕組みや地上の風景にワクワクしっぱなしだ。


「ニカ、この船はどうやって空気を漕いでるの?」


「それは、あれですの」


彼女が指差すのは船の後方、窓の先に見える小さな風車の集合体。

四つの風車が一つの軸に連なり結構な速さで回転している。


「あれって風をうけてるんじゃ……」


「違いますの。あれが回って風を後ろに送り出してるですの。

 船の帆と考えは一緒ですの」


「回すのは人力じゃないよね。人そんなに乗ってないし」


カルネが後方に目を向けたまま首をひねる。


「もちろん違いますの。あれは〈永続魔導〉で駆動しておりますの。

 ……ほら、こんな感じですの」


ニカが通路のカーテンを上げ、給仕用の湯沸かし鍋を示す。

下のストーブから鍋まで細かい部品部品がいくつも繋がっているが、そのうち一つに僕は微かに〈赤の精霊(サラマンディア)〉の気配を感じる。

ちょうど中間位置に据えられた小さな黒い壺の中だ。


「この〈精霊壺せいれいつぼ〉に封じられた精霊が仕事をしてくれますの。

 壺の構造を変えることで、させられる仕事が変わるですの」


実演にと、ニカがワンドを取り出し精霊壺に軽く当てる。


するとわずか数秒で、鍋から濛々たる湯気が上がりはじめた。

直接火に掛けられているわけでもストーブの火に当たっていたのでもなく、だ。


「始動と停止に魔術師が必要なのと、仕事をさせるには〈四元素〉に応じた動力源が必要になるのがちょっと不便ですの。

 でもこれが発明されたおかげで、帝国はずいぶん豊かになりましたのよ」


「ふむふむ、魔法で産業革命しちゃったってわけだね」


カルネが何かに納得してコクコクとうなずく。

僕は子細こそわからなかったが、一つピンと来るものがあった。


「ニカ、もしかして〈学校〉で乗ってた馬車も?」


「レイ兄さま鋭いですの。あれも台車の下に〈永続魔導〉が組み込まれてたですの。

 外から見た大きさを小さく〈錯覚〉させる風の魔術でしたの」


「なるほど」


錯覚という言葉で合点がいった。〈学校〉で乗ったニカの馬車、あれは中が広いのではなく外が小さく見えていたわけだ。

不釣り合いな六頭立てだったのも内側のサイズから逆算すれば当たり前といえよう。


「さ、そろそろ見えてくるですの」


ニカが客席を舳先の方へとトコトコと移動する。

それについていった僕とカルネは、ニカにうながされて進行方向の地平線を見る。

そして島のような盛り上がりを見つけるが、ここは陸の上だ。

島じゃないならあれは山だろうか。


「ちょっとまって……あれ街じゃん! しかも超でっかい!」


目のいいカルネが先に気づく。

僕も徐々に近づいてくるものの正体を確かめ、思わず目をこすって二度見した。


日を受ける壁は高く、そびえる屋根はなお高い。

間違いない、カルネの言うとおり街だ。


見わたす湿地にそびえ建つその都市は、一つの島のように広く、小山のように高い。

故郷スィンダインと比べたって規模で圧勝は確実だろう。


さらに近づくと、その街並みが規模だけでないことがわかってくる。

白い壁に白大理石の石敷き。

統一された青屋根の街並みは整然と区画割りされ、たぶん鳥ですら美しいというだろう。


「これぞ帝都ベァルケン。

 ライツェン魔導帝国の首都、魔法の花咲く都、白き帝都ベァルケンですの!」


眼下に広がる街並みを誇らしげに見下ろし、ニカは芝居がかった動きで手を振り回して宣言した。



 ***



〈飛空船〉は街並みを飛び越して速度を緩めると、二本の河に挟まれた広大な区画の上で静かに前進を止めた。


眼下の区画を背の高い城壁がぐるりと取り囲む。


〈帝城グロースクランツ〉


女帝の居城としてだけでなく、議会、商業、産業の中心となるべく整備されたまさにライツェンの中核。

建物は市街と同じく壁は白、屋根は青で統一されている。


船が高度を下げていく間に、ニカは手早く一行に建物を説明する。


北に位置する四面ばった建物は〈議事堂〉。

それに併設された宮殿は選帝公たちが滞在する〈選帝候宮〉。

南にそびえる鉄骨に支えられたガラスのドームとその周りに広がる森は、帝国立の〈植物園〉。

さらにその横には洒落た半円形の建物、〈帝国図書館〉が広く場所を取る。


それらの中心にそびえる尖塔群こそ女帝の居城たる〈帝王宮〉。

二十九個の尖塔と二重の城壁に護られたまさしく山のごとき城。


その最も高い尖塔、一つだけの見事な金葺き屋根を横目に〈飛空船〉は中庭にゆったりと着陸する。


降りた一行は待機していた馬車に分乗し、ニカの案内で〈客人館〉へと移動した。



 ***



七階建ての細長い〈客人館〉。

車寄せから入った僕らは、目の前に開けた高い空間に戸惑い立ち止まる。


建物の中央を縦断して流れる落ちる巨大な滝。


自然をそのまま切り取ってきたような岩むき出しの滝が、階ごとに設けられた小さな池で水音を立てる。

その周りには自然の木々が植えられ、天井は日の光を取り込むためにガラス窓が広く開けられていた。


滝の両脇には階段があり、それが各階の廊下を結んでいる。


僕らはともかく、カルネさえ目をまん丸にして目を見張る。

いったいどんな建て方をすればこんな事ができるのか。

そもそもなぜ建物の中に自然の風景が再現されているのか……


「精霊は魔法の源、そして自然こそ精霊の源、ですの」


荷物の届け先を使用人に指示していたニカが、僕らに並ぶなりそう話した。


「でもこれは所詮作り物ですの。

 あくまでも客人を驚かすためのハッタリですの」


「ハッタリって」


ウソでしょ、と引いた顔をするカルネに、あくまでニカは真面目に応じる。


「少々値は張りましたが、これも帝国の威厳を示すためですの」


「威厳、か」


それは確かにこんな形で財力を見せつけられたら、とにかく平伏しようって気にもなるだろう。

しかし明らかにスケールが僕の国と、というか〈西方大陸エウロペイア〉全体と違う。

夢の光景といってもいい。


「さあ、ここはただの玄関ですの。

 レイ兄さまたちのお部屋は上に用意しましたの」


ニカに促され、僕らは口数も少なくその後に付いていった。


ほどなく四階の一室、というか一角に通された僕らは、またしてもその豪奢さに度肝を抜かれる。


応接間は広く開放的で、一面に広がる窓からは帝城と帝都が一目で見渡せる。

金縁で飾られた漆喰壁は抜けるような白さ。

天井画には〈西方正教〉の天使たちが活き活きと飛び回る。

調度品は実用的かつ重厚で、経た年月に黒ずんだ木肌がかえっていい雰囲気を醸し出していた。


さらに六個も付属した寝室もそれぞれ充分広く、白い磁器タイル張りの湯浴ゆあみの部屋までついている。それも寝室ごとにだ。

風呂桶には専用の蛇口があり、好きな時に湯を張ることができるそうだ。


「この物語ってさ、そろそろファンタジーの看板を下ろすべきだと思う」


「何言ってるかわかんないけど、とにかくすごいって事はよくわかるよ」


唖然として言葉を交わす僕とカルネ。

いつもなら部屋に入るなり使い勝手を吟味するシンディも、安全を確かめに行くアデルですらも、今ばかりは圧倒されて立ちつくす。


テキパキと使用人たちをこき使って荷物をほとんど運び込ませたあとで、ニカは呆然たる僕らに向かって、穏やかに礼を取った。


「それでは皆様、〈魔法の国〉のご滞在をゆっくりお楽しみ下さいですの」

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