Chapter6 ⑤
ティジが衝撃破砕砲で〈箱船〉を沈めた。
それを感じた瞬間、セルは我知らず操縦桿から手を離して叫ぶ。
「あのたわけが! 我が軍の兵を海に沈めてどうするのである!」
止める暇はなかった。
そもそも飛べないイン・ディーセンに止めることなどできようか。
王朝軍全体でも飛べる機装など十騎もないのだ。
暴走しやすいティジのこと、〈嬰児〉の叫びに躊躇なく引き金を引いたのだろうが、認識が甘かった。
ここでほぼ全ての兵を失うとは。
例えあの銀の機装を倒したところで、とても釣り合いが取れるはずがない。
しかし、だからといって引き下がれるはずもあろうか。
残った兵力が〈大騎士〉と〈大僧正〉の二人しかなくとも、いつかの再侵攻のためにやれることはある。
それが予期せぬ犠牲となった兵士にしてやれるたった一つの供養だ。
セルは我が身に潜む〈嬰児〉を押し黙らせ、再び機装に前進を命じる。
「野蛮人どもに恐怖を刻む。それが吾輩の戦う理由である!」
詭弁であることは百も承知で彼は声に出さずにはいられなかった。
彼を嗤う〈嬰児〉の声に乗り、彼の鋼鉄の足は逃げる騎馬と巨人たちを追いつづける。
***
何艘もの小船が並ぶ桟橋。
そのたもとでアデルは馬を止める。
足音は近いが、建物が高すぎてここから相手は見えない。
でもそれでいい。
相手からもこの場に潜む兵達が見えないということなのだから。
「縄準備!」
巨人の若者達が担いでいた縄を下ろし、岸壁の砂地に慎重に曳いていく。
漁師町で見つくろってきた縄は砂に色が似て、さらに船を繋いでおけるほど頑丈だ。
必ずや狙いは達成されるだろう。
「完了です」
丸顔の巨人が手を上げた直後、目の前の倉庫を踏みつぶして機装が躍り出てきた。
全身の鎖鎧を揺らし、渋面の巨大な術士は仁王立ちになりアデルを見下ろす。
『まさに背水よ。観念したのであるか?』
がなり立てる大音声に先ほどまでの威勢が感じられない。
見破られたか? アデルの背に冷たい汗が流れる。
しかし躊躇なくズシリと一歩踏み出した機装に、彼女はまだ露見していないことを確信した。
「観念だと? 笑わせるな唐変木!
貴様の人形遊びのどこに我らを屈服させる力があろうか!」
『遊びと来るか……よろしい。
ではその身で吾輩が戯れているか確かめるがよい!』
さらに一歩。
機装の重さに砂がパラパラと踊るが、強固な岸壁は持ちこたえている。
逃げるふりをして巨人たちが配置についたことを確かめ、アデルは腰に下げたリリィの馬上剣を抜き放つ。
リリィ、私に勇気をくれ……
「来い化け物、私が相手だ!!」
『どこまでも、どこまでも愚弄を……!』
最後の一歩、機装の体重が全て岸壁に乗る。
「放てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
号令に術士巨人の背後で幾重にも火が踊った。
巧妙に隠れていた小人術士部隊の一斉魔法攻撃だ。
『小賢しいわっ!』
城を燃やすほどの炎も、蒼鋼の鎖帷子に全て阻まれては効果がない。
しかしアデルにはそんなこと百も承知だ。
必要なのはあの機装を振り向かせること。ただそれだけでいい。
そして予想に違わず機装が踵を返したそのとき。
「崩せ!」
物陰からシンディの号令が飛び、術士たちの詠唱が切り替わる。
アデルは馬から飛び降り桟橋へ走った。
最後の囮として彼女だけが〈その範囲〉に留まっていたからだ。
炎が途切れる代わりに、岸壁のあちこちからカラカラ、ジリジリと小刻みな音が聞こえる。
それは小さな地響きになり、そして突如、重みに耐えかねた岸壁が河へと沈み始める。
鉄の巨人は杖を振り上げたまま、支える地面を失って後ろに傾いだ。だがまだ踏みとどまる。
アデルは自分に降ってきそうなその背中を見ながら、決然と最後の号令を上げた。
「力の限り引けぇ――――ッ!!」
左右六人に別れた〈決死隊〉が砂地に渡された綱を引く。
自分の体重ほどの樽を高々投げ上げられる力が十二人分。
それが機装の足を掬い、ついに決定的なほどバランスを乱した。
『ぬ、ぬわわわぁ!?』
左半身を下に倒れはじめた機装が驚愕の声を上げる。
ここは小さいながらも港だ。
岸壁の下はかなり深いし、河砂が堆積して足場も取れまい。
鉄の五体など碇に同じ、そのまま底無し沼に落ちればいい。
『こ、〈断罪乃劫火・全開放射〉!!』
アデルが唯一の誤算に気づいたときには、機装の両肩はもう煌々と赤熱していた。
例の火炎放射。
その多くは水面を撫でたとしても直撃を喰らう人物が一人だけ存在する。
それは桟橋の上に乗ったアデル自身だ。
「――ここまでか……」
「さ せ ま せ ん !!」
声も高く、空色の風が岸から飛び上がる。
風のような人影は一直線に跳ね、灼熱の宝玉を木っ端微塵に粉砕して火の粉を撒き散らす。さらに空中で術士の呼んだ風に乗って方向を変え、空色の乙女は機装の右肩に飛び乗った。
「火など噴くなぁぁぁぁぁぁっ!!」
シンディの振り下ろした戦鎚が、天に向けて炎を吐こうとしていた宝玉を完全に打ち壊す。
「よくやったシンディ!」
アデルの声援に一瞬ハンマーを振り、シンディが身をたわめて跳ぼうとしたその時、杖を手放した機装が出し抜けに彼女を掴んだ。
「えっ……?」
直後、鉄の五体は水面に没する。
波をくらって大揺れの桟橋の上で呆然とするアデルの前を、機装の頭と振り上げられた手が徐々に沈んでいく。
その先には何とか逃れようともがくシンディ。
何度ハンマーが打ち付けられようとも、鉄の指が開く気配はない。
「アデル様、指が、指が外れません!」
水に飛び込んで助けるか?
しかしどうやって? アデルの剣に鉄を断てるような力はない。
縄を投げて……いや、下にあるものが重すぎる。
あの馬鹿力のシンディがふりほどけない指を、時間をかけずに開く方法など……
しかし自分を助けようとした彼女を見殺しに、見捨てることなどできようか!
アデルは迷いを振り払い、桟橋の木肌を蹴って跳んだ。
「私は助ける! 誰ぞ力を貸せっ!」
それは兵に告げたのか、いやもしかしたら神に祈った言葉だったのかも知れない。
『不幸に挑みかかるべし……』
空を切るひと刹那が凍り付き、アデルの心にその声が届く。
『助けたい、うん。いい願いだ。
積極的に人に手を貸す人は、いずれ貸した以上に大きなものを得るだろうからね』
少年? いや、声の掠れた女の声か。
『私は〈裁定者〉。君の祈りは私に届いた。
君が誰かを助けたいなら手を貸すよ。
私は〈守護者〉の化身。誰かの代わりに戦うのが使命なんだね』
貴様もしや〈神衣〉か? いったいどこにいる。
『君の手の中』
手の中……まさかリリィの剣が。
『誰の剣かは知らないけど、ここはとても心地がよかった。
持ち主はきっと私と気が合う人物だったんだね』
手を貸すと言ったな。貴様なにができる?
『さしあたっては鎧と剣をあげよう。君が不幸に挑めるように。
代わりに私は、君を主としてその魂から少し力をもらうけど』
鎧と、剣……
まぁいい、助けてくれるならそれが何であっても利用してやろう!
魂の力ぐらい、好きなだけ持っていくがいい!
『取引は成立だね。
では私の主、銘を呼んでくれ。私たちを神にする、その名を』
「来い! お前の名は、〈不朽の聖騎士〉!!」
『承知!
人を助け、人を救うが私の使命!
もたらすはいかなる不幸にも屈せぬ鎧、いかなる不幸をも打ち払う大剣!』
時が凍結から覚める。
アデルの軍服と鎧が消え、その褐色の裸体を銀の風が巻く。
風は金色の布となり、透きとおった金剛石の鎧となり、リリィの馬上剣は七フィートはあろうかという水晶の大剣に変ずる。
レイの〈騎士〉に似ていながら遙かに重装甲。
長くぞろびく肩鎧も腰に巻かれた装甲綴りも、陽射しを受けて黄色みを帯びた虹色に輝く。
額に赤い水晶を戴く兜には、鋭利な刃物を思わせる羽根飾りが二列生えていた。
『燦然たれ! 気高き武人よ!』
アデルにはその重さが感じられない。
むしろ飛び出したときより身軽なくらいだ。
しかし沈みゆく機装の顔面に着地した途端、片足の重さだけで顔全体に蜘蛛の巣状のヒビが走る。
「……もしかしてクソ重いのか?」
『ダイヤモンドだね?』
言わんとするところは伝わった。
「……動けるならよし」
『よっしゃ行け!』
アデルは機装の顔面を踏み壊し、さらに鎖鎧をバラバラに粉砕しながらシンディを捉えて離さない腕を駆け上がる。
剣技には自信がある。
そして今、彼女は常人ではない。
こちらに驚きの目を向けるシンディの眼前に、鍔飾りを鳴らしてクレイモアを振り下ろす。
親友を奈落に引きずり込もうとしていた手は、彼女を残して真っ二つに割れた。
カラクリを押しのけて脱出したシンディがアデルを抱え、二人は十数ヤードを飛び越して地に立つ。
機装は身動きもなく沈んでいく。
観念したわけでもないだろうが、もしかしたらあの山羊ヒゲが逃げ出したのか、あるいは気絶でもしているのか。
とにかく砂と泥の川底に術士機装が姿を消すまで、兵士も彼女たちも無言でその成りゆきを見守った。
やがてぶくっと最後の泡が消え、二人の顔に笑みが浮かぶ。
「やったぞシンディ!」
「やりましたアデル様!」
『やるわね』『当然です』
〈乙女〉と〈裁定者〉、白手袋と籠手が打ち合わされ、二人だけでなく服同士までが感激の震えを交わす。
周囲で〈決死隊〉が、さらに隠れていた術士隊まで出てきて歓声を上げる。
起こったことの子細はわからねど、見あげるような鉄巨人に勝利したという感慨が、彼らに大きな勝利感と喜びをもたらした。
しかし……
万雷の響きがそれを打ち砕く。
皆が顔を向けた先には、全身から火花と紫電を散らし、力尽きて倒れる銀装騎の姿があった。




