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Chapter5 ④


どこかでベルが鳴っている。

いつもの起床のハンドベルとは違う、もっと小さくて軽い音。


「レイ君起きて」


『ん……』


「急いで、人が来ちゃうよ」


まだ眠い。もう少しだけ……


『レイ君ってば!!』

『うわはぁっ!?』


だしぬけに、それも耳の中に轟いた声で、僕は一気に飛び起きた。


あたりには散らばった岩、岩、そして岩。

ここはベッドの上ではないし、ましてや寮でもない。


『ここは?』


「ここは森の中、今は演習の途中、だよね?」


『そうだった。ってあれ?』


僕は自分の身体を確かめる。

いつもの制服姿。

もちろん男のままで、ついでに身体の感覚がない。

また幽霊状態に戻ってしまったのか。


「どうしたのレイ君!? 身体、どこかおかしいの?」


顔を寄せるように横でしゃがむカルネが、僕の様子に目を丸くしてあわてる。

彼女は制服を着ていたが、シャツとネクタイ《クラバット》はまだ赤く血に染まったままだ。

見るからに痛々しいが、その様子を見るに傷はもう癒えているらしい。


『いや、僕の身体……何ともないね』


「ということは何ともあったんだ。そっか……」


ふうっと息を吐き、カルネが立ち上がって周りを見回す。

ただの急な岩坂と化した元ガレ場と、その下にうずたかく積み上がった岩の小山。僕らはその中ほどにに開いた穴の縁にいた。


「これ、レイ君がやったの?」


『半分くらいはね。その――』


「詳しいことは後にしよう、ほら」


カルネが耳に手を当てる。

ふもとの方向からだろうか、獣よけの鈴を鳴らしながら人が登ってくる様子が僕にも聞こえた。

さっき聞こえた鈴はあの音か。


「ともかくこれだけは伝えとく……ごめんなさい」


『はい…………はい?』


反射的に答えてから思わず聞き返した僕に、カルネはたちまち顔をくしゃっと潰して泣きそうになる。

まるで子供のように、彼女はとりとめもなく涙混じりにしゃべり出す。


「だから、ごめんなさいって……

 ボクまた我を忘れて……巻き込んじゃったし。怒鳴ったこととか、話したくないって……その、キミに隠し事したし、ごめんなさい。

 自分勝手だし、きっとレイ君怒ってるって……」


僕は立ち上がって、触れられないけれどカルネの肩にそっと手を置く。

彼女も気にしていた。そうわかってとても嬉しいし、急に寂しさが消える。

僕が寄り添うと決めたように、彼女もまた、あの二人に救われていたのだろう。

その想いを手の平にのせて、僕はカルネに微笑みかけた。


『ううん怒ってないよ。

 いや、ちょっとはカチンと来たけど、だいたい驚いただけだから。

 それに僕にも非がある。うん、心配してくれてありがとう』


「はぅう……」


カルネは本格的に破顔して、その場にへたっと座りこんでしまった。


『人間を信じてないって、そんなの本気じゃないのはわかってた。

 むしろ君に甘えて、それなのに疑ってかかった僕の責任だ。

 君に自棄な態度を起こさせた』


「それは、ちが」


カルネの横に腰を下ろし、彼女の言葉をさえぎってその顔を覗く。


『違わない。君は僕を守りたかった。

 でも僕が自分勝手に駄々をこねたんだ。思い出せない事が僕にあるように、君には話せないことがある。それを理解するべきだった。

 いや、理解するだけじゃなくて……』


思い返すほどに自分に非があるような気がして、僕はそっと下唇を噛んだ。

そこへ今度はカルネの方から手が伸びる。触れられない僕の頬に、彼女はそっと指を這わせた。


「そこまでだよ、レイ君。キミが全部悪いんじゃない。

 きっと二人とも、お互いをもっと信用するべきだったんだよ……

 ううん、今からだって遅くないよね。ボク、話すよ。キミに本当のこと」


『そうだね。それにみんなにも話そう。

 信じてもらうのは大変だろうけど、誰かの助けが僕らには必要だ』


互いにうなずき合い、僕とカルネは幻と実物の手を重ねた。


そこへちょうど、二人の人物が雑草を蹴散らして走り込んでくる。

褐色女軍人アデルと、長身メイドのシンディ。

彼女たちはそれぞれ武器を手に息を切らして坂を登り切ると、カルネを見つけてすがりついた。


「レイ! 大事ないか!? 敵は、敵はどこだっ!?」


「レイ様、血が、血が出てますよ! はわわわっ今すぐ応急処置を」


「はややっ、あの、だ、大丈夫だから落ちついて、敵もう逃げたし、アデルもシンディも落ちついてってば!」


「これが落ちついていられるかっ!

 駆け下りてきた者たちからお前が危機だと聞いて、しかもあの爆発だ!

 お前が心配でこっちが死ぬかと思ったんだぞ!」


「そうですよレイ様! さ、早くシャツお脱ぎになって、傷は浅うございますぅ」


「だーかーらー傷ないから! ここでぬがしちゃだめぇぇぇっ!」


取り乱した二人になすがままにされ、地の口調で迷惑そうに鳴くカルネ。

とっさに飛び退いた僕は、その光景に笑い声を抑えきれなかった。


カルネは迷惑七割安心二割、あと一割はおそらく感謝かな? ぐらいの微妙な表情で僕を見やるが、だからといって助け船は出せないのだから仕方がない。

むしろ囲まれてるのが僕でないのが、助かったやら寂しいやら複雑な心境だ。


とにかくホッとした僕は、手近な岩の上にあぐらをかいた。


衛士えじの皆さん、ここまででけっこうです」


穏やかな声に顔を上げると、赤と黄色の鎧に身を包んだ〈学校〉の兵士たちが数名、固まって山道を上がってくるのが見える。

声の主は、その中心に守られている人物か。


兵士たちが前を開けると、予想どおりに朴訥なのは顔だけで、丸い目に鋭い眼光を光らせたヒルデ講師が進み出る。


「そちらにいるのはレイさんですね? 無事で何よりです」


彼女はアデルらによる感動の嵐を感心なさげに素通りし、ただ遠目にちらりとカルネを確認して声をかけるなり、そそくさと小山に脚を向けた。


「これまた見事に吹き飛んで、まぁ。下からでもよく見えるわけですね」


そして彼女は岩山から突き出た黒い物体、カカシ騎士の腕に目を留める。


「ん、あれは……手ですか?」


興味を示した様子で腕に近づこうとするヒルデ講師を、兵士の一人が槍を立てて止めようとする。

しかし講師からメガネ越しに凍えるような目を向けられると、兵士はすごすごと槍を引いて緊張した顔で引っ込んでしまった。

彼女が講師ではなく〈諜報〉の一員としてここにいるのは間違いないだろう。


お付きの兵士を背後に待たせ、ヒルデ講師は力なく垂れた鎧の手に触れ、その指を両手でコキっと動かす。

僕も仕留めた相手に興味があったから、カルネから離れすぎないように注意しつつ、ヒルデ講師の後ろから大鎧をのぞき込む。


それにしても大きい。指の一本だけで僕の腕ほどの太さがある。

カルネを鷲づかみにした手だ。

持ち方しだいでは毛刈り前のもっさりしすぎた雄ヒツジでも楽勝だろう。


「ん――鎧ですかねぇ。

 衛士さん、ちょっとこれを掘り返していただけませんか?

 おそらく下に体が埋まってるはずです」


ヒルデ講師に命じられ、兵士たちは槍を小さなツルハシに持ち替えて黒い腕の周りを掘り始める。


それを遠巻きにしつつ、僕はふとカルネたちに視線を戻した。


アデルはようやく落ち着きを取り戻したのか襟を直しているところ。

その足下でシンディの手で手当を受けているカルネはといえば、服を半分がた剥がされて、生気の失せた顔で「もうお嫁に行けない」とつぶやいている。


平然と布巾を畳むシンディに何をしたのか問いただしてやりたくなるな。


「出ました、首席補佐!」


目を離した隙に、兵士たちがカカシ騎士を掘り出し終わったようだ。

日の光に晒された黒い巨体はすでに事切れているのか、大の字にひっくり返ったまま身動きひとつしない。


ヒルデ講師がカカシ騎士を観察するそばに、咳払いをしてアデルが寄る。


「ハーケ講師、これはまた…………ずいぶん馬鹿でかい鎧だな。巨人か?」



「違うでしょうねアデルさん。

 この細さ、まともな巨人族が着込めるものじゃないです。

 あの手なんか、おそらく立ってすら地面をこするでしょう」


「しかしこれはどう見ても鎧だろう。

 脱がせてみれば正体がつかめるかな」


「そうですね……

 その鎧、外せそうですか?」


ヒルデ講師に問いかけられた兵士は、鎧に潜り込ませていた手を抜くと投げやりに首を横に振った。


「いえ、さっきから探しているのですがベルトの一本も見つかりません。

 どこもかしこもガッチリ留められていて、どうやって外して良いものやらわかりませんよ」


「ふーむ、弱りましたねぇ」


思案顔になるヒルデ講師。

そこへカルネが着衣を直しながら、横にシンディを引きつれて上がってくる。


「なんだか故郷を思い出しますね、ねぇレイ様……レイ様?」


長身メイドの声を無視して、カルネは真剣な顔で僕に向く。

その緑の瞳には鋭い光が灯り、固い決意がうかがえる。


『カルネ……言うの?』


『うん、この際だし。もう隠し事しない。

 ボクもみんなに言おう。

 みんなに、手を貸してもらおうと思う。いいかな?』


『いいんじゃないかな。では、御心のままに』


カルネは無言でうなずく。

彼女は一つ息を吸ってから、わざとらしくポーズをつけるとビシッとカカシ騎士を指さした。


「そこ、股の間に緊急アンロックボルト…………じゃなくてカンヌキがある。

 それ引っ張ったら開くから」


その瞬間、場にいた全員がカルネを見た。

人ごとに顔は様々だが、ほとんどが困惑の色を浮かべて、言われた意味がわからないと訴える。


だがカルネは構うことなく、アゴをしゃくって兵士に指示を飛ばす。


「早く、中に人が入ってるなら生きてるかもしれないし」


カルネに急かされ、兵士の一人がわけもわからぬまま、しかし渋々とカカシ騎士の股を探る。

分厚い前垂れの下に手を突っ込んだとたん、兵士はすぐに表情を変えた。


「なにか……取っ手があります!

 おい生徒、これがカンヌキか?」」


「そう、それを思いっきり手前に引いて。

 引いたらすぐに離れるんだよ、危ないから」


「何を偉そうに――うわっ!」


カルネの口調に文句を垂れた兵士は、忠告を無視した代償をすぐに払わされた。

彼が力を込めた途端、なんの前ぶれもなく鎧の前面全てが勢いよく開き、哀れな兵士を分厚い鉄板の下敷きにしたのだ。


情けない声で助けを求める兵士を、仲間たちが急いで引っぱり出す。

だが彼らをのぞいては、その犠牲者を気づかう者はいなかった。

薄情だったわけではない。

ただ目にした物の異様さに驚き果て、動けなかったのだ。


「鉄の……はりつけ台?」


アデルのうめきが、その第一印象をズバリ言い当てた。

開いた鎧の内部からは人が一人が収まるだけの空間と、それを支える鉄の枠組みが露わになる。

枠のあちらこちらに革のベルトが垂れ下がっており、もし人が入るならその全身を縛ってしまえるだろう配置だ。

確かに拷問用のはりつけ台によく似ている。


他にも鎧と枠組みのすき間には、鉄とおぼしきガラクタがところ狭しと詰まっていたが、その場にいた誰もガラクタの正体を言い当てることはできない。


「正しくは〈主従制御方式躯体マスタースレイブユニット〉。

 これは半端なタイプ、〈強化外骨格エクソスケルトン〉に分類される方だよ。

 長い腕は前垂れの中にある〈操縦桿グリップ〉で動かすんだね」


いや、この少女は別だ。

たった一人、驚いたふうもなく淡々と説明するカルネだけは。

ただし理解させるつもりなんて毛頭ない。

イタズラな彼女の目つきがそう語っている。


『なるほど、いいね』


『でしょ?』


周りに見えない顔で僕らは笑みを交わす。


僕にも、少しだけど彼女の手の内がわかってきた。

全てはこれから打ち明ける事の前座なのだ。

余計な常識を捨ててもらうために、信じられないものを見せ、わからない話を聞かせる。

ちょっとした荒療治というわけだ。


やがて長い沈黙が過ぎ、アデルがかろうじて小さな声を絞り出す。


「レイ、お前、何を言って……」


横のシンディはカルネの変貌ぶりに言葉もなく、あのヒルデ講師ですら口元に手を当てて目を剥いている。


「〈機械式現象統合制御兵装マーシヌンゲ・クライティ〉。

 略して機装クライティとボクらは呼んでいる。

 それにしても空っぽとはね。〈眷属シャフトン〉め遠隔操縦とはナメた事を……」


そう言ってカルネが唇を噛んだとたん、カカシ騎士の鉄材からユラリと黒いもやが上がる。


「あっ、持ってく気か!? みんな下がって危ないよ!」


カルネの警告を待たずに、兵士たちはカカシ騎士から立ちのぼる気味の悪い煙からわれ先にと後ずさる。

黒いもやは一気に濃さを増し、たちまちの内に巨大な鎧を覆い隠した。


『黒い……霧』


霧を思わせるその様子に、僕の頭でちりっと何かが弾ける。


何の前ぶれもなく、黒い霧は噴水のように高く、そして音もなく噴き上がった。

黒い水柱は立ち上がった側から、あっという間に風に散っていく。


「なくなってるぞ!」


兵士がうわずった叫びを上げる。

その言葉のとおり、気づけばカカシ騎士は穴の底から姿を消していた。

離れたもう一方の腕も霧になって消え、上に乗っていた岩がガラゴロと崩れる。


「証拠は残さないって事か。

 チッ、あんにゃろーどこかでこっちを見張ってたな?」


鎧の消えた穴を見つめていたカルネが、舌打ちして周囲を見回す。

察するに、カカシ騎士を霧にして持ち去った誰か、おそらくはあの小柄な黒騎士あたりが、周囲からこっちをうかがっていたのだろう。


『まだいるの? 気配でわかるんでしょ?』


『んにゃ、周囲にそれらしき気配無し……

 どうして知ってんの? 気配でわかるって』


『それよりほら、みんなが』


「ありゃ、まぁ」


事態の異様さが度を超してしまったのだろうか、アデルもシンディも、剛胆なはずの兵士たちですら魂が抜けたような顔でカルネを見ている。


そしてすぐにヒルデ講師が、続いてアデルやシンディまでもが鋭い目をカルネに向ける。

付き人の二人は眉をひそめ、明らかにカルネが僕であるかを疑っていた。


カルネの芝居がかった言葉がここに来て逆効果になってしまったか。

おどろきを飛び越して反感を持たれている。

予想外とはいえ、こうなると場を収めるのはカルネには厳しい話だ。


『カルネ、僕に任せて。

 僕の喋るとおりに、できたら口調まで合わせてくれない?』


『う、うん…………どうぞ』


僕はすっと息を吐き、それから三人に向け母国語で、〈学校〉のロマヌス語ではなく正真の僕の言葉で話しかけた。


「『リリィの騎士アドレイド、それにエル・アルバンの真珠姫シンシア、そして〈学校〉のヒルデ・ハーケ講師。

 僕、スィンダインの女王アルビナの息子レイは、あなた方に伝えなければならないことがあります。

 どうか耳を貸していただきたい。僕と、この身に住まう異邦の神の言葉に』」


礼を重んじるプリダインのしきたりに則って、僕は胸に手を当てヒザを折る。

それにカルネが少し遅れて従った。


故国では誓願を無碍にするのは最大の侮辱でありタブーだ。

もちろん誓願を行う側もそれは承知で、無理なことは言わないのが礼儀だけどね。


とにかくここまでしたなら、出身の同じ二人は大丈夫だ。

実際、彼女たちは戸惑いながらもヒザを折って頭を垂れる。


「「御心のままに、我が王子」」


異邦の人間であるヒルデ講師は礼に従わない。

でも剣呑な目を緩めると、困った笑顔で黒髪の頭を軽くさすってうなずき、ふもとを指差す。


「お話がしたい、ということですね。

 いいでしょう、あ、でも場所を変えましょうか。

 レイ・アルプソーク殿下。と、どなたかさん?」

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