Beginning ~一夜の幻~
この物語はファンタジーですが、若干の空想科学が含まれています。
またコスプレ、ひみつ道具、変身ヒーロー、巨大ロボットなどの要素がかなり強く、剣と魔法のファンタジーとはちょっと以上にかけ離れています。ご了承を。
RPG風90年代アニメ(ワタル、リューナイト、グランゾート等)を見て育った作者が、その雰囲気で書きました。
もし気に入っていただければ、幸いと存じます。
「コスプレ?」
僕は寝椅子に横になった彼女の髪を、銀の御髪を梳りながら言葉を繰り返した。
「聞いた事ないよ」
「うん、言ったことないもん。
あ、そこもーちょっとてーねーにやってね。
神経通ってるから」
銀と白の羽衣を揺らして、彼女は僕の手をそっと誘導する。
頼めばシンディだってやってくれるだろうに、近ごろ彼女は僕に髪を手入れさせる。
僕の手が気持ちいいとか言っちゃって。
付き合う僕も僕だけど。
「異世界の服遊びだよ、コスプレ。
いろんな服を着て、お姫様とか英雄とか、怪物なんかになりきって遊ぶんだよ。
ボクの力って、案外そういうのと一緒なんだよね」
「仮装行列みたいなもの?」
「ううん、そーいうのじゃないかなぁ……あっ、いまのすきぃ」
櫛がいいところを通ったのだろうか、彼女が艶めかしい声で鳴く。
うん、これが反応に困るんだ。
こっちはまじめに手入れしてるのに、しょっちゅう「うにゅぅ……」とか「にゃはぁ」とか鳴くんだもん。
僕はこれでも真っ当な男なんだから、少しは考えてくれたっていいじゃないか。
「えへへぇ……しあわせぇ。
あ、レイ君赤くなってかわいい。ね、もうちょっとしてよぉ」
「もうここまで、あとはシンディに頼みなよ」
「けちぃ。……レイ君やっぱり意地悪だ」
人ならざるエメラルドの瞳が、僕を非難がましく見つめる。
……取り合わないよ。
いつものことだし。これ以上はどうあっても隠せそうにないし。
「これ以上鳴かれると……だし、ぼ、僕はもう寝るからね」
「にゃ? 何がどうなの?
そんな女の子みたいな格好して、何がどうなっちゃうのかな?」
「女の子って、これを着せたのはカルネじゃないかぁ!」
僕は立ち上がった拍子に、努めて目を背けていた鏡台を見てしまった。
ラベンダー色のドレスを着た少女が、ストロベリーブロンドの髪を垂らしてこちらを睨んでいる。頬はうっすら上気し、スカイブルーの瞳には涙がにじんでいる。
いや、それが僕自身の姿だ。
男の。
十七歳の。
レイ・アルプソークの姿に他ならない。
「だってレイ君梳くの下手なんだもん。〈それ〉を着たら誰でも上手になれるんだからさ」
「だからってこんな姿ないよぉ…………ひゃっ!」
鏡の中の少女に銀髪の小柄な少女が抱きつく。
着ていた羽衣はいつの間にか消え、鏡の向こうでは白い背中がロウソクの炎を受けて妖しく揺れる。
目を落とすわけにはいかない。
だっていま下見たら、その……裸だし……いやでも意識せざるを得ない。
「にゅふふふふぅ。
いいじゃんか、キミとボクの仲なんだし」
「ど、どの仲?」
「〈女神〉と〈御使い〉の仲に決まってるじゃないか。
さーてぇ、レイ君のお荷物はどこかなぁ」
怪しげに笑って、銀髪の女神は緊張にこわばる僕の素肌に手を滑らせる。
「ちょ、やめ――どこに手を入れてっ! だめだって、カルネェ……」
やめろと言うつもりで口を開け、でも次には必死に声を抑える。
間違ってもこんな姿、隣の部屋の二人に見せられない。
そう思って唇を噛んだ、まさにそのときだ。
「レイ、カルネ入るぞ。明日の馬車なんだがっ?」
褐色肌の女軍人が部屋のドアを何気なく開き、そこで固まった。
彼女は絡みあう僕らを上から下まで眺めたあと、すぐに怒りの目を飛ばす。
その矛先は僕ではなく銀髪の女神だ。
「なに、して、くれてるんだ貴様ァ!」
「なにって…………ナニ?」
「だろうな!
やはり異界の女神など信用できん、今すぐこの場で叩き切ってやる!」
「おー、やる気なのアデルちゃん?
でもそんなヘボ刀でボクを切れるの?」
「言わせておけば下郎が! うちの王子殿下にそんな格好を――」
「どんな格好なんです、アデル様?」
女軍人の背後から、堂々たる背丈のメイドが部屋をのぞく。
ああ、来てしまったか……
「わ、っわわっ、れ、レイ様……すっごくお似合いです!」
長身のメイドは女軍人を突き飛ばして部屋に乱入。
ただでさえ気まずい姿勢と服装の僕を後ろから抱きしめ、頭に容赦なく立派な胸を押し当ててくる。
「んーあいくるしいですぅ。ね、このまま一緒に寝ましょうレイ様。
私一度でいいからそういう事をしてみたかったんですよぉ」
「ど、どういう事ですかねシンディさん?」
「ダメダメ、レイ君はボクとソファーで寝るんだから。
ほら、でっかいのは寂しいベッドに帰った帰った」
「ま、いくらカルネさんでも聞き捨てなりませんよ。
こうなればレイ様をかけて勝負です!」
「方法は?」
「もちろんレイ様に決まってます!」
「よし乗った!」
いつから僕の名前は決闘の種目名になった? などと思う間もなく、前は全裸のカルネから、後ろは豊満なシンディからズンズンと手が伸び、僕の身体を上から下からまさぐってくる。
「やめてぇぇ、そこ、だめだってふたりとも……
……あぁれぇぇぇぇっ!」
僕が悲鳴を上げ、蹴り転がされたアデルがふてくされた顔で息をつく。
僕の声が下に漏れたのか、そこに宿の支配人が階段を上ってきた。
「お客さんがた、あんまり騒がしくせんでくれんかのぉ……」
部屋の中には組んずほぐれつの美少女三人(?)。
それをゆるんだ顔で眺める褐色肌のスラッとした軍人の図。
名状しがたい光景に、しかし太った支配人は急に訳知り顔をすると、無言でアデルに親指を立てる。
そしていい笑顔でそっとドアを閉め、軽やかな足どりで去っていった。
これはあれだ。
若干二名ほど、性別を取り違えられたな……
僕は明日も寝不足になると悟りつつ、悲鳴にそっとため息を忍ばせるのだった。
***
これは出会いの日々の物語の幕間劇。
おそらく、僕らが最も幸せだったころの一夜の幻。
全ては夜に始まり、そしてまだ旅は続く。
さあ、しばしあの夜に想いを馳せようか。
僕と女神が出会う物語に。