第6戦:覚醒せよ、我が心のままに
「……やめて…お願い、やめてよ…お願い……お願いっ」
春は両手で頭を抱え、体を二つに折って泣き叫んでいる。その目の前には灰色のロングヘアーを持つ少年がニンマリと嗤って立っていた。
「大丈夫だよ。君も、こいつらのように、生きて死ねるから」
そう言って少年は右手に持つ少女、零の頭を握り潰そうと力を入れた。
「ア…ア"ア"ア"ア"ア"!」
痛みで零が叫ぶ。春が顔を上げ、叫んだ。
「もう……やめろ!」
その途端、春を彼の足元にある影が包んだ。
時は数十分前に遡る。春は零と共に第2体育館倉庫の掃除をしていた。
棚があんまりない分、部屋の見通しも良く、掃除は履き掃除だけで終了するはず………
「久しぶり?」
「お前…!」
だった。彼が来るまでは。彼は灰色のロングヘアーで服はジャケットに長ズボン、ブーツというラフな格好だ。
察しているだろうが冒頭の少年である。
「練!」
「君たちを殺しに来たんだ…遊ぼうよ」
そう言って練は左手にどこからともなく出した一筋の刀を握りしめた。
春は零を守るように立つ。
「レイ……ボクの後ろにいて…」
「!…嗚呼」
零は何か言いたげに顔を歪めたが、春の指示に従った。
春が両手を前に出すとそこに影が集まり、あるものを形作る。
「先行かせて貰うよ?」
バッと練が駆け出す。すると春は今だ影に覆われた何かを構えた。そして、影が晴れて現れたのは弓矢。彼もまた“七つの大罪”の1つと契約した大罪人であり、手に持つのは大罪武器であった。
春は弓矢を練、嫉妬に向け、矢を放った。
「!ハル!」
零が何かに気づき叫ぶ。
「もう、遅いよ?」
ズサッと春の後ろで音がした。彼が恐る恐る後ろを見ると…
「レイ!」
「アハハ…無様だねぇ女王?」
そこには練の魔法であろうか、鋭い何かでズサズサに傷つけられ、倒れそうになっている零がいた。
「あと、君もね。狙撃手?」
練は春の放った矢を刀で切り、驚いている春の懐に入り込むとみぞおちを右足で蹴った。
「カハッ」
「もうちょっと警戒しなよ…」
口から血を吐き、体を二つに折ってみぞおちを抑える春。痛みながら顔を上げると練が傷つき、血だらけになり動けない零の所にいた。
「レイ!」
「女王、使わないの?君の能力。君の能力なら僕は一発でしょ?」
練は零の頭を掴み上げ、彼女の目の前で「嗚呼…」と言い、不気味に笑った。
「君のは、不便だもんねぇ。」
そう言って、零をその手に持つ刀や自らの持つ魔法、風魔法で傷つけ始めた。傷つき苦しむ零をただ見てることしか出来ない春は先ほど練に攻撃され落とした弓矢も拾わず「やめて……やめて!」と泣き叫んだ。
そして、現在に至る。
春を包んだ影は近くにある棚にできた影をも吸い込み、彼を優しく包んでいく。
「何……コレ…覚醒はもう終わったはずじゃ?!」
練がその光景に驚き、零の頭を掴んでいた手に力を緩めた。その瞬間、
「“失せよ”」
「!!」
零の発した“言霊”と呼ばれる淡い色をした小さな球体が練を弾き飛ばした。練は壁に足をつき、衝突を回避。床に着地した。
「なんで…」
練が苦虫を噛んだように苦い顔をする。
練の記憶では零はある条件が重ならないと能力を発揮出来ない、ある意味不便でありチートな大罪人であったはず。なのになんで…。
「……ハル、そろそろお前の出番だぞ」
零がプッと血の混ざった痰を吐き捨て、今だ影に包まれている春に言った。すると、バッと影が晴れ、春が姿を現した。
「……“第二の覚醒”!話には聞いてたけど…」
練が呟く。
今の春は中国の民族衣装、チャイナ服姿で色は青で下に白いズボンを履いており、上部そうな革靴。左手は腕全体を覆う長く黒い手袋を、右手には甲がだけが出るような長く黒い手袋をしている。そしてその右手の甲には「S」という文字が水色で刻まれており、文字には羽がついている。春の水のような髪は後ろで一括りに束ねられている。髪を結んでいるのは白の細長い紐で先端に青色をした羽の形の小さなオブジェがついている。
春が目を開くとバァァ!と練を彼の足元から出た影が襲った。
「“第一の覚醒”よりも…?!」
練が影を腕で防ぐ。彼はその力に驚き、刀を構える。
練の言う“第一の覚醒”とは大罪人と罪の意志が一致し、罪が大罪人の武器となり、大罪人は姿や口調が変わると言う、罪と大罪人の絆が確かめられるものだ。だがしかし、“第二の覚醒”は意志など関係なしに大罪人が自らが持つ能力を最大限に発揮、解放した時になれる、“第一の覚醒”よりも全てのパラメータが大幅に上がるので難易度がアップする。ちなみに大罪人になる者は必ず、能力を持つと言われている。
春はしっかりと立っている。
「……レイ」
「おう。任せておけ」
春が右手の人差し指で練を指差す。それに練はビクッと驚くと警戒を始めた。
ブオン…と春の後ろに影が集まり、バズーカを作り上げた。バズーカは空中でふわふわと浮かび、主の言葉を待っている。
「………何をする気?」
練が問うと春がクスリと小さく笑った。
「我が名に従いし、言の葉よ。良きモノも悪しきモノも等しく罰せよ」
零が淡々と言葉を紡ぎながら両手を胸の前にかざす。するとそこに言霊が集まる。それを彼女は春の方へ放った。
「!!!」
練は2人が何をやろうとしているか気づいたようで彼は2人に刀の切っ先を向けながら駆け出した。
「もう、遅いぜ?ハル!」
零が叫ぶ。バズーカに言霊が吸い込まれる。春が声を発し、紡ぐ。
「………撃て」
ーバンッ!ー
バズーカが銃弾と大きな音と共に言霊を正確に練に向かって吐き出した。
練は止まり、言霊という銃弾を刀で受け止めた、が練の刀はそれを完璧に防ぐことは出来なかった。刀をすり抜けた銃弾が練の足、腕、体、顔を容赦なく傷つけた。
「クッ……“第二の覚醒”後すぐにこんなコンビネーションを見せるなんて……さすが女王と狙撃手、と言ったところかな」
練は右腕の傷を庇いながら言う。痛みで顔が苦痛に歪んでいる。
2人は練を睨みつけている。
ハッと嗤って練は言った。
「今日はもう帰るよ。重要な情報が手に入ったしね……」
スゥ…と練を霧が包み、霧が晴れた時、そこに彼はいなかった。
「ハル、治療してやる」
零が安全を確認し、春に向き直った。春は心配そうに零の右頬に出来た傷を右手で撫でた。
「?ハル?早く覚醒解除しろ?」
「……ごめん、ボクが不甲斐ないばっかりに……レイが………っ」
春が申し訳なさそうに謝る。零は一瞬、キョトン…とした。そして、フッと笑い、春の頭に精一杯背を伸ばして右手を置き、撫でた。
「大丈夫。このオレだぜ?」
にっこりと力強く笑う零に春は安心したように笑った。
「レイ」
「ん?」
「………次はちゃんと……守ってみせる…から」
「………おう!期待してるな!」
2人は零の言霊で傷を癒し、倉庫を元の状態に戻してそこを出た。出るとすぐにある人を探しに走り出した。