第26戦:イレギュラーと幻の九つ目Ⅰ
とても、物が散乱していた。物、というよりはたくさんの紙だ。一括りにされていたり、一枚だけだったりと様々だ。紙には白黒の絵が描かれていたり、文字が書かれていたり、その両方が書かれていたりしている物もあった。
それは全て繋がっている物語のようだ。同じ人が別の紙にも描かれている。それも何人も。
紙は床全体に広がっており、足の踏み場もないくらいだ。古びた玉座近くまで紙は侵食している。
「…………また、やらかしたのか」
そこへ足を踏み入れた一人が呆れたように言う。“また”、ということは前もあったということだ。
「しょうがないさ」
一人の隣にいたもう一人が笑って肩を竦める。一人が足元にある紙を一枚拾い上げる。
その紙には上半分に絵が、下半分に文字がビッシリと書かれている。それには仲睦まじく笑い合う男女の絵が描かれている。その男女はとても似ており、兄弟だと思われる。女、少女の方は豪華なドレスを着て煌びやかで裕福な人のようで男、少年はそれとうって変わり、質素で清潔感溢れる召使のようだ。よくよく彼らを見てみると少女の腕の中には赤ん坊がいた。
「………レイーナ、オト、ニミューミ…」
一人が彼らの名らしき名を口にする。その口調はしみじみとした、懐かしむ口調だ。
もう一人も足元にある紙を一枚拾い上げる。その紙には先ほどと同じ構成で絵は小さな何処かの可愛らしいご令嬢と長身の礼儀正しそうな執事の青年だ。青年が主人であろうご令嬢に手を差し出しており、その手にご令嬢が手を軽く乗せ、微笑んでいる。
「マーシャ、コミー」
もう一人も一人と同じような口調で言う。この2人はどちらも青年のようだ。
最初の方の青年ー仮に彼と呼ぶことにしようーは持っていた紙を放り投げ、別の紙を拾い上げた。こちらも絵と文字で埋め尽くされている。
「皆、死んだんだっけ」
「嗚呼、とっくの昔に」
もう一人ー仮に青年と呼ぶーは彼の答えに悲しそうに顔を歪めた。
彼は青年の悲しそうな顔を見たくないとでも言うように紙の方へ視線を向けた。その紙に描かれた絵は2人の青年だ。一人の青年は親しそうにもう一人の青年の肩を持って肩を組んでおり、一方その青年は肩を組んできた青年に向かってこちらも親しそうに微笑んでいる。
「…ユウ、レン…」
彼の呟きに我に還ったらしき青年はもう一枚、紙を拾い上げた。こちらも今まで通りで絵と文字で埋め尽くされている。絵は長身の青年2人。一人は吸血鬼が着ていそうな大きな黒色のマントを羽織っており、もう一人は何処かの教会にいるシスターのように両手を組んで祈りを捧げているようだ。
「……リンハレィ、ミーヴィア」
再び悲しそうな顔をした青年を心配した彼は青年の持つ2枚の紙を取り上げ、自分が持っている紙共々放り投げた。それに青年は不機嫌そうに顔をしかめたが、別の紙を拾い上げ、彼と見た。
その紙も今まで通り、絵と文字で埋め尽くされている。絵には痣や傷だらけの少年がいて彼は狂ったような笑みを浮かべている。もう一人は少女で少年を見て嬉しそうに笑っている。2人とも、服や顔に返り血が飛び散っていた。
「「……アイト、ミクラ…」」
青年はポイッと紙を彼のように投げ捨てた。2人の足元に広げられた5枚の紙。それらは“始まり”。“終わりが生んだ始まり”だ。
2人は微かな足場を見つけて奥へ奥へと進んで行った。目指すは古びた玉座。いざ、進め。
「愛憎!!」
「出てこい!」
玉座の所へ辿り着き、2人は叫ぶ。返答は何もない。………いや、あった。玉座の後ろから途切れ途切れに息を吸う音が聞こえる。苦しそうだと言うことが音だけでもわかった。
2人は一度顔を見合わせると玉座の後ろへ回った。そこには体を2つに折って両膝をつき、苦しそうに咳き込む男がいた。
「またかよ。懲りないな」
彼はハッと鼻で嗤う。それに気づいた男は2人を見た。男は胸元の服を握り締めた。
「大丈夫か?愛憎」
愛憎と呼ばれた男は玉座の後ろに背を預ける。
男は左が銀、右が赤のショートヘアーで瞳がヴァークやサツキのように真っ赤だ。服は黒のノースリーブと黒の長ズボンに黒のブーツ。腰からは黒の少し長めのスカーフが垂れている。
右足を立て、膝の上に右腕を置き、愛憎は嗤う。
「……喋れなくなったのか?」
青年の問いに愛憎は違うと首を振った。そして右手の人差し指を動かして2人に来い来いと言う。2人は彼の近くに行き、彼と同じ高さにするために片膝をついた。
「………た…くま……さ、き…よ……く来た…」
「「??!!」」
愛憎の声を初めて聞いた2人…拓真と咲は驚いた。(青年の方が拓真、彼の方が咲だ)彼は今まで一度も声を発したことはない。いつも誰かと会話する時は頭に仮の声を響かせて話す。愛憎にとって会話はテレパシーしかなかった。なのに何故、今になって…。
「……なぁ、もしかしてまた“死んだ”のか?」
拓真が困惑気味に聞くと愛憎はそうだと頷いた。
愛憎…ここで察しのいい人はお気づきだろう、彼は愛憎の罪。名前がないため皆に好き勝手に呼ばれているのだ。
「すぐ生き返るからって無理しすぎだろ。バカか。いやバカだったな悪りぃ」
咲が呆れたように言う。
何も言い返す言葉がありません…と愛憎は苦笑い。
「でも、対価が声だとは想像してなかった」
「俺も同感」
拓真と咲が予想外の出来事にだよなーと共感し合っていると空間がガラッと変わった。床を埋め尽くしていた紙は消え、古びた玉座も消えた。代わりに現れたのは何処かの夕暮れ時の教室。教室の窓から見えるのはオレンジ色に染まったグランドのようだ。
「………なんのつもりだ。俺はもうここに来る気はないんだが?」
咲が立ち上がり不機嫌そうに、教卓に玉座の代わりとでも言うように背を預けている愛憎を睨みつけた。拓真は立ち上がりながらそんな咲に落ち着けと声をかける。
一方、睨まれた愛憎本人は、咲の反応は予想通りだとでも言うのか、ニィと口元を歪めて嗤った。
「………よう…こそ……精神……世界……へ」
慣れない声を響かせながら愛憎は言った。
日曜にがんばって投稿したいです…そろそろ終盤に近付いて来ました、この物語。




