転校生編4 成長したな……うんほんとに
あれから数日が過ぎていた。シエルの校内ストーカー行為もあの日以降自重しているのか、冬香も最近困っている様子は見られない。
しかし自重しているとはいえしつこさは健在で、毎日懲りずに冬香に迫っている。冬香も面倒だが少しだけならと話してやっているらしい。そんなことをするからあいつも調子に乗ると思う気がするが、冬香らしい判断だった。
『そうねー確かに冬香が小さかった頃にそんな話があったわねー』
「てことは、あいつが言ってた許嫁ってのは本当ってことか」
ここは秋斗の部屋で、秋斗は母親と電話でシエルの言っていた許嫁について聞いていた。ここ数日何度か連絡をしていたのだが今日まで繋がらなかった。
この電話には魔法式が組み込んであり、それを使い現在旅行中の母親と連絡が取れている。電話以外にも外の街灯、部屋の電気。それらすべてに魔法式が組み込んであり自動で発動している。
魔力を溜めることが出来る特殊な石があり、それからこの家中に魔力が供給され家具をの魔法式を起動している。そしてこのように魔法式が組み込んである物を魔法具と言われているらしい。
「でもその縁談の話は断る前にうやむやになったんだけどね」
「うやむやになった?」
「秋斗の事があってね、あなたは魔王の子でしょ? 縁談を進めると知られる危険があったのよ」
「なるほどな……」
「あなたが気にすることじゃないわよ秋斗。そもそも冬香も相手の子を好きじゃないみたいだったし」
でも縁談の話は完全に断ってないわけだ。だからシエルは許嫁とか言ってたわけか。
「でもどうするんだ? 相手は貴族なんだろ?」
「無責任で悪いけど、もう冬香も自分で考えられる歳だし、あの子には自分で決めてほしいわね。母さんも父さんも冬香が決めたことなら何も言わないわ」
冬香自身の問題。
家が決めたような婚約、だがそれを選ぶのは冬香だ。俺達が口を出すことじゃない。
「もし断っても大丈夫よ、父さんがそこはどうにかするから」
親父が? あの感じからそこまで頼りになりそうな感じはまったくしないが、母さんがそこまで言うのだからなにか方法があるのだろう。
「秋斗? あんたはお兄ちゃんなんだからあの子を支えてあげてね」
「わかってる。任せてくれ」
「フフ、いい返事ね。それじゃあ冬香のこと、よろしく頼むわね」
そう言うと電話が切れ、少しして秋斗は電話機を机に置く。
あの子を支えることが出来るのはあなただけ。母親に言われたことが強く頭に残る。
「支えるか……兄だからな。 俺がしっかりしなきゃ」
とりあえずまずは冬香自身がどう思っているかが重要だ。
俺は冬香をサポートする。婚約をするのかしないのかは俺には関係ない。 そうだ関係ない。
関係ないと自分に言い聞かせ無理やり納得させる。だがどこかに婚約してほしくない……そう思っている自分がいる。どうしてそう感じたのかは分からなかった。
「俺がこんなことじゃあ駄目だな!」
窓の外を見れば外はすっかり暗くなっており、街灯が光っているのが見える。
「もう夜か……よし!」
勢いよく部屋の扉を開けるとそのまま階段を降りていく。
「ここはとりあえず風呂でもはいって気分を変え――」
脱衣所の前まで行くと、俺は扉へと手をかける。
このとき俺は忘れていた。今冬香がどこにいるのかを。そして思い出すこともなく、スライド式の扉を開けてしまった。
「――よ……う?」
扉を開けた先にいたのは、冬香。そして冬香の今の姿はというと、小ぶりな胸、細い腰、綺麗な足……
そう――全裸だ。
「え……お、お兄ちゃん?」
「……へ?」
一瞬の沈黙。冬香は突然の出来事に目を丸くし驚いている。
俺はとういうと、一体自分の目の前で何が起きているのか理解できていなかった。というより思考が止まっていた。そして一瞬で自分が何をしたのかを理解する。
「あ……冬香……その……」
ヤバイ! ヤバイ! どうする俺!? こんなときどうすればいい!? なんと言えば兄としての威厳を保ったままこの状況を回避出来る!?
思考をフル回転させてどすればいいか考え、そして思いついた。
「冬香……成長したな」
親指を立てて、そう言った。
まさに最悪最低の返答だ。そして俺は静かに扉を閉めた。
一体どうすればあのような最低な返答を思いつくのだろうか。そしてそのまま脱衣所の前で数秒呆然と立ち尽くす。
「……キャアァァァァ!!」
脱衣所から冬香の悲鳴が数秒遅れて聞こえる。冬香も今の出来事をようやく理解したからだ。
そして脱衣所の扉が勢いよく開けられる。
「おおおお兄ちゃんの! 変態!」
冬香の手に魔力がこめられ、俺に向けて風が襲い掛かる。旋風魔法を使ったのだ。
風に吹き飛ばされ俺はリビングへと吹き飛ばされる。
「ちょ……! 落ち着け冬香!」
冬香はバスタオルを片手に身体を隠し、右手を自分の部屋の方へと向ける。
すると冬香の部屋の扉が勢いよく開けられたと思うと、そこから飛んできたのは剣。あれは冬香の剣、親父からもらった聖剣だ。聖剣を遠隔操作とか出来るの?
「聖剣!? それはマジで洒落にならないからやめろ!」
「バカバカバカバカ変態兄貴!!」
聞く耳など持たず、闇雲に聖剣を振り回す。剣が辺りの壁や、椅子などを切り裂いていく。
よく切れるな流石聖剣……こんなのに切られたりしたら、怪我ではすまない。そしてとどめといわんばかりに勢いよく聖剣が振り下ろされる。
「バカー!!」
「うおぉぉぉぉ!?」
無我夢中で聖剣を両手で押さえる。その格好はまさに真剣白刃取り。タイミングを間違えば俺は真っ二つにされて二人に増えていたところだ。
「た、頼むから落ち着け!」
腕を震わせながら聖剣を押さえた状態で言う。
その言葉でやっとわれに返ったのか、冬香は聖剣を降ろし後ろを向く。離れた聖剣を見て俺はほっと一息をつくと、その場に座り込む。
「……見た?」
「は?」
「だから――私の裸を見たか聞いてるの!」
耳を真っ赤にしながらそう叫ぶ。後ろを向いていても分かるほどに赤い。見たか見てないかで言えば、見ました。はっきりと。でもそんなこといえるわけない。
「見てない! 見てないぞ! 誰がお前の裸なんて見るか!」
「私の裸なんて?」
「ああ!」
「そう……見たくないんだ……」
ゆっくりと振り返る冬香。その顔は許した顔ではなく、何故だか鬼の形相をしている。なんで怒ってるの?
「バカー!!」
そう言って思いっきり俺の顔を殴る。めちゃくちゃ痛い。
なんで冬香が怒っているのかまったく理解出来なかった。
「なに怒ってるんだよ!? 見てないって言っただろ?」
「知らない!」
そう言って脱衣所へと走り去っていった。
なんで俺は怒られたんだ? 見てないっていったのに一体何がいけなかった?