転校生編3 ストーカーを撒くのは一苦労
「冬香ちゃん!? そんなに慌ててどうしたの?」
冬香は俺達の下へ来ると、アイリスの豊満な胸に飛び込む。
少しだけうらやましいと思ったのは内緒だ。
「いやちょっとね……あいつがしつこすぎて……」
「あいつ?……ああーあのメガネか!」
逃げたくなるほどしつこかったのか。あいつ許嫁とかいっときながら、嫌われるようなことしてんなよ。
「だって授業で移動があれば遭遇するし、休み時間もしつこいし、お昼も一緒に食べようとかもう嫌になるわよ……」
「もはやストーカーの域ね」
「ストーカーだな」
「でも冬香ちゃんよく逃げれたね、そんなしつこいメガネから」
確かにそれだけしつこいなら逃げるのも一苦労だろう。
「探索魔法使って、お兄ちゃんの居場所特定してから転移魔法で転移してきたの」
空間転移かなるほど、それなら逃げれるな。まて、空間転移? そんなの学校の授業で習ったか? ましてや一年の冬香が。
「転移魔法って……それかなり上級の魔法じゃない! そんなにあっさり使えるものなの!?」
流石魔法が得意なエルフ、転移魔法の難しさを知っているのか驚きを隠せないようだ。
まず転移魔法すらこの学園で使えるものは極わずか、それも上級生のみだ。それを使える冬香はこの学園の上級生に匹敵するレベルだ。
「えへへ、でも数十メートルぐらいしか移動できないから大したことないよ」
それでも十分すごいんですが冬香さん。あなた一体いつそんな魔法を習得したんですか? 兄さんあなたの将来が不安です。すごい意味で。
「転移魔法すらやってみせるなんて、さすが冬香ちゃんってとこだな……なのに」
「……それに引き換えお兄さんはダメダメだしねぇ」
二人とも哀れみの瞳で見てくる。
ちょっと待て、確かに冬香はすごいがそこで俺を出すのはおかしくないか? そしてその人を哀れむ目はやめろ。……やめてくれ、本気で悲しくなってくるから。
「そ、それより! 匿ってくれないかな!」
そういえばシエルから逃げてるんだったな。まあ本人も嫌がってるしここは俺達の出番だな。
「アイリス、シエルの位置は?」
「んー……屋上に向かって来てるわね」
探索魔法でシエルの位置を特定したアイリスがそのことを伝える。マジかよ早くないか? どんだけしつこいんだ。おそらくあいつも探索魔法を使ってるな。
「フフフ、ここは俺の出番だな」
自信満々に健が言う。残念だが頼りないとしか思えない。俺は期待していないような目で見ていた。
「お前今失礼なこと考えただろ!? まあいい、ここは俺に任せろって」
「なんか方法あるのか?」
「これを使えばあのメガネを撒けるだろ!」
健が取り出したのは御札のようなもの。なんかのマジックアイテムか?
「こいつは、身代わりの護符っていって対象者の魔力を送り込むと、魔力を送る限り自動的に動いてくれる代物だ……そしてその身代わりは自分で命令可能ってわけよ! そんでもって、対象者には微弱ながら魔力のジャミングをかけてくれるんだぜ!」
なるほどな、確かにそれを使えば逃げれそうだ。しかしこいついつの間にこんな物を……
「まさかあんた……これ使って変な事しようしたんじゃないでしょうね」
奇遇だなアイリス、俺もそう思ってたとこだ。
「そんなわけないだろ! 純粋にサボるためだ!」
「はぁ……どっちにしろ、ろくでもなかったわ」
「でもいいの? 健ちゃんのでしょ?」
冬香は申し訳なさそうに健聞く。健は冬香に護符を渡すし、一息をつくと。
「だって俺じゃあそれを扱いきれなかったから……」
「そうか、才能がなかったんだな」
体操座りをしていじけている健の肩に手を置き、止めをさす。
「お前だって俺と一緒で才能ないだろうが!」
お前と一緒にしないでいただきたいな。俺はこれでも授業には出てる。
「そんなこと話してないで、早く身代わり作らないと! あいつ来ちゃうわよ!」
「そうだった! じゃあ健ちゃん使わせてもらうね!」
そう言い冬香は護符に魔力を込めていく。すると護符が光輝き、あっという間に冬香の姿が出来上がった。誰が見ても冬香としか思えないほどの出来だ。まるで双子かと錯覚してしまう。
「それじゃ私はここに隠れてるから、あなたはあいつを撒いて」
身代わりは小さくうなずくとそのまま屋上から飛び降りた。この校舎4階なんだけど、平気なんだろうか。
「じゃあ私は隠れてるから!」
冬香はそう言うと屋上にある小さな小屋へと入っていく。道具などが置いてある物置部屋だ。
冬香が隠れてから数秒後、シエルは屋上へとやってきた。
「おや? ここに来ていたと思っていたんですが……思い違いでしたか」
冬香がいないことを確認すると、すぐに去ろうとする。しかし視線が合い、シエルは俺の元へ歩いてきた。正直話したくないのでこないでいただきたい。
「ここに冬香さんは来なかったかい秋斗?」
「残念だが来てないぞ、大方お前が追い回すから逃げてるんだろ」
嫌味をこめて言ってやった。実際嫌がっていたから嘘ではない。
「そうですか残念だ、せっかくランチをご一緒しようと考えたんだけどね」
「友達と食べたいんだからそっとしといてやれよ。あんまりしつこいと嫌われるぞ?」
「ふむ、今日はここまでにしておいたほうがよさそうですね。あなたの言うとおり嫌われるのは嫌なので」
やけにあっさりと身を引いたシエル。もっと面倒になるかと思っていたがこれは予想外だった。
「では私はこれで失礼しますよ」
そしてシエルは屋上から去っていく。
「……魔王のくせに生意気なんだよ」
なんかあいつぶつぶつ言ってたな、全く聞こえないけど。
「あー一時はどうなるかと思ったが、うまくいってよかったな!」
「本当ね、あんたもたまには役に立つじゃない」
「たまにはは余計だ!」
確かに今回は役に立ったな。すこし見直したぞ健。
「あいつ……行った?」
冬香が小屋から顔だけ出してこちらを見ている。まだ警戒しているようで辺りを見ている。
「大丈夫よ冬香ちゃん。さ、こっちにいらっしゃいおなか減ってるでしょ? 私の分けてあげるから」
アイリスが冬香を手招きで呼び寄せる。そして冬香はアイリスの膝の上に座る。なんかこうしてみると姉妹みたいだな。
「あーやっぱり可愛いわ冬香ちゃん。このまま本当に妹にしちゃいたいくらいね」
冬香の頭を撫でながらアイリスは笑顔で喋る。
「アイリスちゃんがお姉ちゃんなら私いいよ」
「なら俺は!?」
「健ちゃんは……やっぱりお兄ちゃんにはなれないかな」
「何故だ! 何故なんだ秋斗ー!」
俺の襟を掴み揺らす健。止めろ、頭がシェイクされて気持ち悪くなる。そして何かを思いついたように手を止める。
「そうか……アイリスが姉になるってことは……秋斗とアイリスが結婚したらそうなるのか」
揺さぶるのをやめたと思ったら急に何かを言い出したぞこいつ。
結婚? アイリスと俺が? そんなの万が一つにもありえない――アイリスさんなんで顔真っ赤なんですか?
「け、結婚!? そそそそんなことあるわけないじゃない! だって秋斗よ!?」
とがった耳の先まで真っ赤にしながら大声で言う。そこまで言われると流石に傷つくな。
「だ――駄目だよ! お兄ちゃんが結婚だなんて!」
なんで冬香も否定してるの? 俺を独身でいさせたいのか? いつからそんな子に育ったんだお前は。
「なあ健」
「なんだ糞野郎」
「女心って分からんわ」
「ああ、俺もわからねえ。 でもな……さすがにこれは俺でもわかるぞ、爆発しろ」
なんで健まで怒っているのかさっぱり分からん。だがこれだけは分かった。
女心ってやつは分からない。