プロローグ 魔王の兄 勇者の妹
たとえばだ
親だと思っていた人から急に「お前は俺の子じゃなかったんだ」なんて言われたら信じられるだろうか? よくドラマとかアニメでありがちなパターンだが現実なんかじゃそうそうないし、言われたところで信じられるわけがない。
勿論俺だって信じられないし、信じたくない。
そして……もしもだ?
その親から「お前は魔王の子だったんだ」なんて言われたらどうする?
無造作に置かれた服、片付けられていない机。年頃の男の子を感じさせる部屋だ。
そんな部屋に朝日が差し込み朝の訪れを教える。そして部屋が明るくなりだすころ、赤髪の少年の枕もとの目覚まし時計が鳴り響く。
「ん……朝か……」
重たいまぶたをこすりながら俺はゆっくりと身体を起こし、目覚まし時計を止める。
「やっぱり夢じゃない……よな……」
俺の名前は霧島秋斗、昨日までは普通の少年で、普通の家庭で育ち、普通に妹、父母がいて、普通に学校に通う学生だった。
そう昨日まではな。
「大魔王サタンの息子ね……」
「やっぱり信じられるわけないよなぁ……」
寝癖でぼさぼさの髪を掻きながら、俺は部屋においてある鏡で自分の顔を見ると、ため息をついた。
どう見てもどこにでもいそうな普通の少年。でも俺は魔王の子、そして現在の魔王だ。
それは昨日の晩、家族で夕食を食べていたときのことだ
「そうだ秋斗、俺と母さんは明日から旅行に行くから」
「旅行? また急だな、一体どうしたんだ?」
「商店街の福引が偶然当たったのよー」
母さんがニコニコと笑顔でチケットを取り出すと俺に見せる。
「いいんじゃないか? たまには夫婦水入らずでゆっくりしてこいよ。家のことは俺がやっておくからさ」
「そう言ってくれると助かるよ……あと秋斗、お前に言っておかないといけないことがあるんだ…」
親父が真剣な顔つきに変わる。俺もそれを見ると自然と身体が緊張するのが分かる。珍しいなあんな真剣な顔するなんて。
「実は……お前は……」
「魔王の子なんだ……」
一体何を言われたのかわからなくなった。魔王? 俺が? 悪い冗談だ、親父があんな顔するからもっと重大なことかと思ったのだが、まさか冗談を言われるとは。
「冗談はやめてくれよー 魔王? そんなのありえるわけないだろ」
「残念だが本当だ」
親父は真剣な目で俺を見たままそう答える。
本当? マジで? いやいや、だって魔王って数年前の魔界大戦で倒されたって言われてるじゃん。もうこの世に魔王は存在しないはずなんだ。だからありえない、俺が魔王だなんて。
食卓に重い空気が漂う。こんなことを言われてはそれも当たり前だ。
「魔界大戦は知っているな?」
「ああ……確か連合軍と魔王軍が戦って……最後に勇者によって魔王が倒され戦争は終わったっていう」
数十年と続いていた人類が率いる連合軍と魔王率いる魔王軍による大規模な戦争、それが魔界大戦。
初めは魔王軍に圧倒されていた連合軍だったが、勇者の登場により戦況は逆転、最後は魔王が勇者に討たれ戦争は終わりをむかえたとうものだ。
「そうだ、そして世界に平和が訪れ魔族との間に平和協定が結ばれ戦争は終わった。歴史上ではそうされている」
「じつはその中に隠されていることがある。魔王を討った勇者はその後に魔王の跡継ぎを発見したんだ」
跡継ぎ? まさかとは思うがその跡継ぎって……
「その跡継ぎこそが……お前だ秋斗」
この瞬間、俺の中の時間が止まったように感じた。
「まてよ! でも俺だって証拠は!」
そうだ、証拠! 証拠がないじゃないか! まだ俺がその跡継ぎだって決まったわけじゃない。
「証拠はな……俺がその勇者なんだ」
「は?」
親父が勇者? あの大戦の英雄? いやいやそれこそ信じられないよ。こんな脳天が禿はじめてるおっさんが勇者?
「あの時、お前を発見したとき殺そうかと考えた。だがお前に罪はない……だが世間はお前の存在を認めはしないだろう。そこで私は考えたお前を育て魔王サタンのように残虐な者ではなく、心優しく正義感あふれる子に育てようと」
「あなたにあんなことを二度と起こさせないようにと、父さんと私はあなたの存在を隠してあなたを育てたの。魔王の子だからって殺すのはおかしいでしょ? 同じ命なんだから」
俺は親父と母さんの話を聞いて改めて自分が魔王の子なんだと信じることが出来た。いや信じなくてはいけないのだろう。
でもこの人たちは魔王の子である俺を精一杯育ててくれた。それだけでうれしかった
「ありがとう親父、母さん……でも……もっとタイミングとかあったでしょ?」
そう、言い出すタイミングだ。何も今日言わなくてもいいだろう。それも夕食のときなんかに。妹もいるんだぞ? 妹は驚きか呆然と俺たちの会話を聞いていた。
「いやー言おう言おうと思っていたが中々言い出せなくてなー」
「それに私と父さんは明日旅行行っちゃうしねぇ」
なら旅行から帰ってからでもいいのでは? そう突っ込みたい気持ちで満載だ。
「旅行っていつまでかかるんだよ……一ヶ月とかじゃあるまい」
「一ヶ月? 違うぞ一年だ」
一年か、そうか一年か。なるほどそれでは今日しか言うタイミングがないな。
ちょっと待て一年? こいつら一年とか言わなかったか? 一年ってあれだろ? 春夏秋冬一周で一年だよな、それ以外ないよな?
「は? 一年?」
「そうだ、ほら見てみろ」
チケットを渡され見てみる。チケットには一年間の世界旅行と大きく書かれていた。
「楽しみだなぁ世界旅行、なぁ母さん?」
「ええー楽しみだわぁ」
ダメだこいつら、気分はすでに旅行気分だ。なに言っても無駄な気がする。そういえば、何か引っかかるんだが――あ。
「親父って勇者だったんだよな?」
「ああそうだぞ、それがどうかしたか?」
嫌な予感がする。猛烈に嫌な予感しかしない。というかもう確定な気がしてならない。俺は額から嫌な汗が流れるのが分かった。
「親父が勇者ってことは……まさかこいつも勇者?」
俺は隣に座る妹指す。妹はキョトンとした顔をしている。
「そういえば言ってなかったか? 勿論冬香も勇者だぞ」
あーやっぱりそうかー嫌な予感は見事的中してくれた。
そんなわけで妹が勇者 兄は魔王という世にも奇妙な関係が出来上がった瞬間だった。