出会い編4
女の子と同居してキャッキャウフフの桃色ワールド……なんて事はなく。
「こっちに入ってこないでよね!」
「お前こそこっちくんなよ!
部屋の右半分を倉守の陣地になり、左半分を俺の陣地になった。一歩踏み込む毎に、百円の休戦協定条約だ。
「へ~火野君は料理作れないんだ~。倉守さんお願いですからボクの分も作って下さいって言ったら作ってあげるわ」
「いらねえよ!」
と言うわけで料理を作るのも別々で時間差で作っている。
朝先にトイレに入るなだの、風呂は後に入れだの、部屋の掃除の分担だのときりがない。
学校始まってから最初の日曜日、俺は樹里を呼び出してファーストフードで昼食を取っていた。
今後倉守美海とどのように対応すべきかについて女性としての観点から意見を聞く。と言う名目で樹里にひたすら愚痴っていた。
「ノボル静かにしないと」
口に手を当てて左から右へお口にチャックの動作もセットだ。
ちらりと俺たちのことを見る人間が確かにいた。
「あぁごめん。にしても樹里は良いよな」
樹里の同居相手は名家の一つに数えられる風間のお嬢さんで、かなりハイテンションで楽しい子だった。
「一緒にいて楽しいけど、やっぱり生活はみんな違うからいきなり同居生活は大変だよ。風間ちゃん。お片付け出来ない子だし、無許可で私の箒に乗っちゃうし」
箒は空を飛ぶ魔法道具全般の事だ。大体の箒はバイクとしても使えるし樹里が持ってるのもそのタイプだ。ついでに魔法特区内で箒として乗る分には免許不要。
「お互いに苦労してるって事か」
「でも。慣れるよ」
だといいけどなぁ。口には出さなかった。
「あ、みみちゃんだ」
俺は周りを見渡した。倉守がトレイを持って右往左往していた。
「みみちゃ~んこっちこっち!!」
その呼びかけで倉守もこちらに気づいて近づいてきた。樹里は席を詰めると、おいでおいでと倉守を手招きする。
「げぇ悪魔大明神」
「それは俺を罵倒したいのか?」
そしてそれは罵倒になるのか?
倉守は返事の代わりにはぁとため息を吐きつつも樹里の隣に座った。
「何してたの?」
「みりゃ解るだろ昼食だよ」
お前の愚痴をしてましたとは口が裂けても言えない。
「そういえばあんた達の関係ってどういうの? この学校で知り合ったにしては良く一緒にいるところ見るけど。もしかして付き合ってる?」
樹里は飲んでたコーラを吹いた。
「違うよぉ。ただの幼なじみで元パートナー」
少し頬を染めて首をぶんぶんと横に振っていた。犬みたいだ。
「あぁ彼女じゃなくて、許嫁だ」
倉守は写真みたいに硬直した。
「……本当に?」
「本当に」
俺は目線で樹里を見るように言う。樹里は顔を真っ赤にしながらうつむいていた。
倉守はそんな樹里をじっくりと観察すると。なるほどと言った感じに元の姿勢へ戻った。
許嫁って魔法使いの家だと今でも極々普通の風習だったりする。
「なんでノボルは言うの? 恥ずかしくないの?」
少し涙を流しながら樹里は俺のことをぽかぽかと叩く。力が入っていないので全然痛くない。
「反応が可愛いからむしろ言いたい」
「ひどいよぉ……」
許嫁って言っても諸事情で有名無実かしてる事を樹里が倉守に説明すれば、俺も本当の所を話しても良いのだけれど、
樹里はそう言うことを一切言わないので俺も言わない。
言葉を続けようとする俺に、樹里は自分の食べかけのハンバーガーを俺の口の中につっこんで、次の台詞を止めた。
「みみちゃんってどんな趣味なの?」
「趣味って言えるほど入れ込んでる物なんて無いよ。あ~でもあえてあげるなら読書?」
「ねぇみみちゃんの読む本ってどんな本なの? ミステリー?」
倉守は口を開いたが、何も言わなかった。その後、少し視線をそらしてもう一度口を動かす。
「恋愛小説。どーせ似合ってないとか思ってるんでしょ。」
キャラと合わないのを気にしていたのか。
「キャラに似合ってないって話なら樹里も全然似合ってないぞ。こいつの趣味箒だし」
「風と一緒になる感覚って気持ちいいよ。良かったらみみちゃんのオススメの小説教えて欲しいな」
会話自体は三十分もたってなかったと思う。
しかし今まで俺が倉守に抱いていた取っつきにくさは大分軽減されたように思える。やはり女の子の話し相手は女の子って事なんだろうか?
「みみちゃん良い子だからどうにかなるって」
倉守が用事があると言って立ち去ったあと、樹里は笑顔で言った。
この一件で関係が劇的に改善されると言うのならば、その二次元に浸食されすぎた脳味噌をどうにかするべきだろう。
あれは、俺と仲良くしてたんじゃなくて、樹里と仲良くしてただけだし。
むしろ、状況は悪化している。
魔法高校での受業の大半は魔法実技、工学魔法、魔法理論の三つで構成されている。
さらに二年から、魔法道具、戦闘魔法、工学魔法、純粋魔法、のコース別選択が待っている。
一般的な魔法を教える学校では実技魔法は行われずに、戦闘魔法を除いた三つからの選択になってる。理由は簡単で魔法使い同士の戦闘は危ないからだ。
そのため日本で戦闘魔法を学びたいのなら魔法特区に来るしかない。おかげで魔法実技の受業になると、普段は炭酸の抜けたコーラみたいな不良生徒達でも、シャキっと背筋だけは伸ばすはずなのだが、
倉守美海は見事に爆睡していた。
と言うか何でこいつ寝てるの? お前いつも十時ぐらいには寝てるよな? 用事が無いときは外ほっつきあるいて、帰ってきたと思ったら飯風呂寝るのくたびれサラリーマンみたいな生活してやがるのに。
同じ釜の飯を食うを実践しようと思った結果。冷えたご飯を一人で食べることも珍しくないんだぞ?
二人一組で学ぶ魔法高校では、成績もある程度二人一組で決められる。席もお互い隣同士で配置されるので、起こすのは必然的に俺の役割になってしまう。
そろそろ倉守が先生に指されるタイミングだったので、俺はほっぺを押した。押した。さらに押した、九十度のひねりも加えてみた。だが、残念ながらこの死体、ただの屍のようだ。
ゆするしかない、と思ったときにはすでに当てられていた。さらにタイミングが悪いことに当てられたタイミングでは寝ぼけながらも立ち上がってしまった。
「倉守、遅延魔法について答えろ」
壮年の教師はすでにため息をついていた。
「……チェンマ法?」
「よだれたれてるぞ」
それでようやく倉守は現実に戻ってきて、ハンカチを出して口と机を拭いた。いや、だから何で俺を睨むの? 今のは授業中におねむなお前が悪いだろ
「しょうがない。火野お前が答えろ」
「遅延魔法は魔法のタイミングと場所をあらかじめ指定して行う魔法で、特長は二つで発動する時には二人ともその場にいなくても良いこと、発動するまでの合間に、魔力の配合比率を変えられるので、普段の戦闘では出せないほどの高威力の魔法を使えること、代わりに一度遅延魔法を行ってしまったら戦闘中の解除はほぼ不可能で、解除しようにも一日近く時間を使う場合もある」
「よろしい。いいか倉守、確かに魔法実技の最初は座学で退屈かも知れないが、ここでの事を覚えてないと受業で死ぬぞ?
火野には申し訳ないが、良い参考例なので言わせて貰うと、5年前の821魔法暴走事故はその典型だ。最強の魔法使いですら、魔法の扱いに失敗して死ぬことがある」
俺は平静を装うしかなかった。
はらわたが煮えくりかえるのを歯を食いしばり耐えた。
立ち上がって言いたかった。親父はそんなヘマをするような魔法使いではないと。火野の魔法使いが度最強であることを俺がもう一度証明してみせると。
教師は次の魔法に関する話をしようとしたが、チャイムは昼食の時間を告げてしまった。
倉守は昼食の時間になるとすぐに、教室から抜け出てしまう。食堂に行ってるのか、それとも外でランチでもしてるのか、俺には解らないけれど、昼休みの時間にあいつと合ったことは無い。
俺も俺で、教室や食堂では取らずに、屋外で食べることがほとんどだ。何故って?
アニメの話がしたいからだ。
「お前よくあいつとチームでいられるな」
俺は仰木修也とよく昼食を共にしている。彼のパートナーもやはり女子で、やはり彼もアニメ好きでお互いに似たような境遇だったので一瞬でうち解けた。
「キャンセルする訳にもいかないだろ?」
「そうだけどさ、俺なんか会話もあきらめてるのにさ。やっぱ女は二次元だよ」
の割には修也とパートナーは仲が良さそうに見える。隣の芝生は青いのか、それともアニメの話をあきらめてるのかさて、どちらだろうか?
「でよ。女子でも昼食時の倉守が何をしてるか知らないらしいぜ」
「あいつ友達いないのか?」
「さぁな。ガッカリで許されるのは二次元だけと心得ろ。それより今期は何見るか決まったか?」
よだれを垂らした恥ずかしさで、授業態度が改善されたかと言うと、答えはノーだ。むしろ乙女をそこで捨てたとばかりに、以降の授業も寝まくっていた。しかもちょっとやそっとじゃ起きない物だから、倉守が指される時になると俺が答えることになった。
俺が答えるのは別に問題じゃない。俺にとってはすでに知っていることばかりだ。
しかしこの学校で初めて魔法を学ぶ倉守にとっては、一字一句聞き逃してはいけない言葉、戦場で生きていくために必要な鉄の掟のはずなのだが……
「お前は何でこの学校に入ろうとしたんだ?」
家に帰ってきて、水をがぶのみしている倉守に素朴な疑問を投げかける。
魔法の初心者でありながら魔法の勉強を放棄しているのはおかしい。楽しい学園生活がお望みならわざわざこんな所に来る必要は無い。
何か目標があるはずだ。
「あんたには関係ないでしょ」
「大有りだよ。こんなでも一応お前のパートナーだからな。
俺にはきちんとした目標があってここに来た。
学園ランキング一位を取ることだ。今この瞬間だって変わらない」
「だからどうしたって言うのよ」
「やる気も目標も無いなら学校なんて止めてしまえ」
俺は学園の退学届を叩きつける。
「私にだって目標ぐらいあるわよ」
「言ってみろよ」
「……言えない」
倉守は親の敵でも見るような瞳を見せつけながらも、語らない。
「どれだけご大層な希望を抱いてるのかは知らんが、受業もすっぽかす程度じゃどうせ大した事でも無いだろうな」
「なによ。地獄の業が!」
俺は倉守の首を掴みにらみつける。
「もう一度その名で呼んでみろ! 殺すぞ」
倉守の瞳に見えたのは、恐怖や、激怒では無かった。
光を目指す強い意志だ。
手を離す。けほけほと倉守は咳き込みながらも俺を睨む。
「勝手にしろ」
俺は家を出るしかなかった。
最後通牒を突きつけても、倉守の生活に変化は無かった。
いつものように受業を寝て、それ以外の時間はどこかへほっつき歩き、家に帰ってきたかと思うとすぐ眠る。
なぜ俺がこんなやつと組まなければならない。
こいつでさえ無ければ―――
そこまで考えれば、もう答えは出ていた。
倉守を殺してしまおう。
ここは魔法特区。殺人さえも許容されている街だ。